マジックアワー・イズ・ブルーアワー
「寝過ごした!」
叫んでパッと飛び起きる。
ピリ付く感覚に叫ぶがままに飛び起きて、周囲を見回して。
俺は今いる場所が何処なのか、直ぐに見当がつかなかった。
「……?」
狭い部屋。
古ぼけた壁紙。
茶色一色の調度品。
毛足の長いカーペット。
部屋の唯一の窓からは、大海原の景色しか見えない。
大海原の景色の上に、オレンジとブルーが創り出す幻想的な空が広がっていた。
「あぁ、終わった」
その空を見るなり、俺は全てを思い出してベッドに沈み込む。
そのまま、ぐしゃぐしゃになった布団をかき混ぜて、言葉にならない悲鳴を喚き散らした。
「終わったぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
悲鳴の最後に絶叫を一言。
ピタッと動きを止めて黙り込むと、永遠にも感じる程の静寂が部屋を包み込んだ。
「参ったものだなぁ」
何の音も聞こえてこない部屋の中で、ポツリと呟く。
このまま何もしなければ、やがてマジックアワーが過ぎて暗い夜がやって来るだろう。
今からでも、何かやっていれば望みがあるかもしれないと、そう思った。
そう思った傍から、頭の中から強烈な否定が襲い掛かってきて、その考えを打倒していく。
当たり前だ。
「あと、20ページ…」
取り掛かっていたものは、ただの文章とは価値が違う。
この先の人生を決めるかもわからない20ページ。
文章を書くために、わざわざ遠く離れたこの地にやってきた。
周囲に何もない、海辺のこの町まで、わざわざ汽車でやってきて、適当な旅館をとって、缶詰になって書こうとしていたもの。
その発送締め切りは、ここを発つ日の前日。
今日中に発送出来なければ、一貫の終わりだ。
書くものは決まってる。
書く内容も決まってる。
途中までも、凄くいい出来で書けてると思う。
後は、最後の方を書き進めるだけでいい。
書き進めるにも、手書き原稿で20ページ分もあるのだ。
普段なら1日ガッツいて書く量…それが今日、発送締め切りなのだから、この時間ではもう間に合わない!
「あぁ……マジで無駄になっちまったかぁあぁあぁあぁ!」
力の籠った、活力の無い叫び声。
"ジリリリリリリリ!…"
そこに、突如として黒電話のベルが鳴り響く。
突然の電話。
俺はビクッとしつつ、受話器に手を伸ばした。
「もしもし」
恐る恐る出てみる。
受話器の向こう側から、怒鳴り声が聞こえてきた。
「こんな朝っぱらからうるせぇぞ!何時だと思ってんだ!」
威勢のいいオヤジの怒鳴り声。
その声が耳を突き抜けて言った途端。
マジックアワーだと思っていた外の景色は、見事なまでのブルーアワーへと更新された。