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ガールズターンザワールド

 つまり、何の特殊な喉も持たない人間が、まるで『満天☆青空レストラン』で宮川大輔さんが叫ぶようなでっっけ~~「うまい!」を放つ方法。唯一の方法、それは、

「運動し疲れて体が単純な肉と塩と水を求めているときに、体に流し込むってワケか。肉と、塩と、水を。急速に体から大きく欠落したものが、これまた急速に満たされたとき、ヒトはあんなにもデカい声で、うまい!って言えるんやなあ」

 今日の分の太陽は沈んだが、ウニエルシタス先輩のルビーのようなツヤ髪は煌煌と輝いている。そして、

「まさにその通りです。結局、喉が渇いてるときに飲む水が、汗を流し切ったときに齧りつく塩が、筋肉がズタズタに破壊されているときに貪り食う肉が、最も美味いのであるってことです」

「カネモちゃんがあんなでっかい声出してんの、初めて見たな~」


 今は自転車を漕いで帰っている途中である。私の後ろにウニ先輩が乗っている。その後ろを、私の弟が走っている。教材がパンパンに詰まった塾用の鞄は非常に重そうだ。

「(あとは、動画をいい感じに編集して、地球でいうYouTubeの宇宙版みたいな動画投稿サイトに投稿するだけですね)」

「(そやな。その動画が運よく爆発的に流行れば。ロウテリア星にもハンバーガーという文化が根付くかもしれへん。そうなれば、どんなに最高なことやろう……)」

 ところでこの会話は私とウニ先輩にしか聞こえていない。ウニ先輩…というかロウテリア星人の特殊能力で、「特定の方法で行った約束事を絶対に守らせるようにできる」というのがあり、その方法で私は先輩と「先輩は宇宙人であることが周囲の地球人にバレるような発言は、私と先輩にしか聞こえないようになる」約束をしているのだ。どうもこの効力はまだ続いているらしい。永続?

「(そういえば、確かロウテリア星人など一部の宇宙人は、ほぼ新月でも“見える”んでしたっけ?)」

「(ああ、見えるで。満月も綺麗やけど、この極めて細い月も綺麗なもんやな。ちなみに、今日の月はすでに沈んでるけどな)」

この会話は、後ろにいる弟には聞こえていないだろう。

「(新月も見えるのは、ロウテリア星人は目がいいからですか?)」

「(まあな。恒星の光にほとんど照らされていないときの月でも見えるってことは、どういうことかっていうと…)」

 キ…ガチャン。家に着いた。

「…」

 先輩は例のミサンガを差し出している。触れてみよ、ということだろうか。触れてみる。

 しかし、触れたところでどこか変わった気配はしない。なにをさせたかったのだろう。

「そら、見てみ」

 そら?上を向く。

「…うわあ、これは、」

 宙には、ラピスラズリのような、星々を何兆回もばらまいたような、美しい夜空が広がっていた。

(そうか……さっきのは、多分、“視界の共有”だ。ロウテリア星人には…ウニ先輩には、こう見えていたのか、この空は。)

 (宇宙全体の中で相対的に)視力のそこまで優れていない種族である地球人は、空を「こういう風に」見たかったら、望遠鏡なんかがいるわけだ。あるいは街から電気を消す、って方法も考えられるが、こっちは非現実的だろう。


「ただいま」

 母さんは「おかえり~どうだった?」と返す。どう、とは?よくわからない。でも多分、「ばっちぐー」だったよ。「そう?」と言う母さんの様子は心底どうでもよさそうで、まあ、実際どうでもいいのだろう。ただ、母親がせっかく料理を作ってくれているのにそれを食わずに、マクドナルドのハンバーガーで済ませるというのは、やはり申し訳ない気持ちがある。まあ、今日だけだ。明日からの晩ご飯は、もりもりとおかわりをしよう。

「先輩、先にシャワー浴びてください。その間に動画のチェックでもしときます」

「おおー、すまんなー。じゃ、先に失礼させてもらいます」

 さて動画。例のハイテクミサンガから私のスマホに送信してもらった、撮影動画。一時間超もあるこの動画をどう調理するのかだが……これについては、試してみたい案がある。……よし、これならいけそうだ。ウニ先輩がお風呂から出てきたら、言ってみよう。


……


「……で、どうですか?」

「な~るほど、やけど、いや、やけどでもないか、つまり、これはなんていうか……やってみな分からん、やな……。やってみるか!」

 動画の方針は決まった。これなら編集量も少ないだろう。(宇宙テクノロジーな動画をどう編集するかは流石にできないので、これはウニ先輩がしてくれる)

「ふふっ」

「どうしたん?カネモちゃん」

「いや、まさか、こんなことになるとはな…って」…なんて奇妙な“大学一年目”だろう。「午後三時四十五分にマックでランチを取る人間は、どういう思考してるんだろうっていう、私の中にあったどうでもいい疑問。これのおかげで、私は今……異星からやってきた先輩とハンバーガーを食べる動画を撮って宇宙に発信するはめになっているわけです」

「ふはっ、それもそうやなあ…でもま、お互い様。私もおかしな地球人に捕まってもうたなあ」


善は急げ。


あるいは自分のペースで。


「ふあ……」


 不思議だ。シャワーを浴びて、歯磨きをして、それから存在の不確かな数時間があって、そうこうしてる間に、もうこんな時間で、そうだ、→

→明日の朝は早い。

 まだ乾いていない髪が、さっきまで温水を纏っていた身体に清潔を感じさせている。歯を磨いた後にガムを噛むのはセーフだろうか。もう歯は磨いたが砂糖を摂取したい。ノンシュガーのガムなら嚙んでもいいだろうかってそれでは砂糖の経口摂取という本来の目的が転倒してしまっている。思考がスライドする。

「なんか、たまに自分がさっきまで何を考えていたのかさえ思い出せなくなるときがありますよね?」

 今、ウニ先輩と二人で動画の編集をしているのだが、先輩が基本的にしてくれているため、隣でそれを見ているだけなのは暇なのだ。脳は勝手に暇つぶしの無限無益思考タイムに突入していたのだ。

「やから先に寝ときて」

「それはなんか申し訳ないですよ。車だって、助手席に乗る人は眠っちゃだめって相場が決まってるんですよ」

「ああ、現代地球の車はまだ基本的に自動やないから運転手は眠られへんのやったな。まあ、助手席眠ってもいいかどうかは運転手によるんやろうけど」

 ぼふっ。ベッドに倒れこむ。もう十時を過ぎ、健康志向の弟は隣の部屋で眠っている。あと一時間としないうちに両親も眠りにつくだろう。この夜にとどまる意思を持っているのは、この私の部屋にいる私とウニ先輩だけなのだ、世界の中で。

「話は戻りますけど、ボ~っとしているときに自分は何を考えているのでしょう。限りなく“何も考えていない”に近くはあるのでしょうが、完全にそういうわけではないですよね。」

 ベッドにもたれかかる感じで枕が立てられてあり、そこにウニ先輩は背中を預けている。不透明度の高い空中ディスプレイをスライドしたり引っ張ったりつんつんつついているように見える先輩は、これで、こんなんで、動画の編集をしている。

「半無意識下での自分の思考を調べる方法はあるけどなあ。思考盗聴は宇宙的に違法やけど、自身の思考を記録することは医学的にもむしろ推奨されてるくらいやし」

なるほど、自分がいつどういう状況でどんなことを考えていたのか、タイムラインで可視化できれば面白そうだと思っていたのだけど……それだけじゃなく、心身の健康の指標にもなるということだろうか?

「こういったこともまたそのミサンガでできるんですか?」

「そうやな~……と、ほい、これで一旦編集は区切るか。このままいけそうなら、これで完成でもいいくらいやな」

 ベッドから上半身を起こし、長座体前屈の姿勢になる。空中ディスプレイに目を向ける。動画はどんな感じに仕上がったのだろう。

「おつかれさまです」

「ほ~い。って全然簡単な作業やったけどな」

 それから出来たてほやほやの動画を流す。

……

 20分間あるのだけど、流れている間は集中して見入ってしまい、二人してずっと無言で視聴を…………ということもなく、この馬鹿馬鹿しく愛おしい映像に二人して野次を入れっぱなしである。うわ、自分ってあんな顔でバトミントンしてたのか。例のミサンガを調整することで動画の音は二人にしか聞こえないようになっており、また約束の効力が適応されているので二人の会話は世界の誰にも聞こえない。(ウニ先輩が宇宙人だとバレる可能性がある発言は二人の間でしか音とならない)

(……しかしすごいな。あんなサッと撮った映像が、こんなに立体的に映るのか。現実世界と遜色ない。そう、現時点の地球の3DやVR技術とは比べ物にならない)

 動画が残り2分ほどに差し掛かってきた。隣で「くるで」と声がした次の瞬間、動画から我が弟の声が。『ねえちゃん!』……こうして聞くとつくづく小学生の声だなあ。ロウテリア星の言葉で“弟”と書かれたモザイクを顔に貼り付けた少年が、マクドナルドの入ったビニール袋を掲げている。「…ぶはっ」だめだ笑ってしまう。

『ありがとう!すぐ寄こしてくれる!?』…私が汗だくだくでそう言っている。

『うわっ汗ダクダクだ。マジでおかしいよ、アタマ』…聞き返すとなんとも生意気な弟だ。

 一瞬歩き出すのが見えたところで場面が切り替わり、人工芝にすとんと尻を降ろすところに飛ぶ。そっからテンポよく極小のカットが挟まり、弟からハンバーガーが渡されるシーンに。

『そう!ありがと!』ウニ先輩。次ぐように『ありがとう!』と私が言う。

――――と、すぐに各々が手を合わせて、ほとんど同時に『いただきます』と聞こえないこともない、ぐちゃっとした叫びなのを共鳴させた。その時点で動画は残り25秒、もない。私とウニ先輩は打ち合わせたようにカンペキ、一緒のタイミングでコーラをズゴゴゴゴーーーッと吸い上げ、獣のようにハンバーガーをガツガツ喰らうとあっという間に半円まで削り取っており、それから残ったコーラを瞬で経口流し込み。――残り2秒は――『『うまあァーーーーーい!!!!!!!!』』――女子大学生二人のばかでかい叫び声――動画終了。

 これが内容である。18分もただのJD同士のバトミントンが流れるだけ、と思いきや残り2分でハンバーガーを登場させ、1分もかけずに大半を搔っ込み、そのうまさを称賛する最もシンプルな言葉を叫ぶ。……クソみたいな構成の動画だ。動画タイトルは『ハンバーガー食べてみた』……これでバズるわけがない。クソ動画だ。

でも、

「ぷ、」

「くくく、」

「あーーーっはっはっはぁーー、はあーーーーっ」

「ひいーーーっ、あかんこれ、おもろすぎる」

まあ、いいのだ、これで。

 それは、確かに、この動画が宇宙的な大バズりをして結果的にロウテリア星にハンバーガーが進出すれば最高、こうなることを望んでいる。でもそんなのは超弩級の大大大金星、叶えば超ラッキーってだけだ。

「ふふ、はあ~~……。そういえば、サムネイルはどうするんですか?」

「ん?おお、あ、そうやな。え~……これでどう?」

 どれどれ。て、これ私たちがバトミントンしてる場面からテキトーにどっかのシーンを切り抜いただけではないか!地味だ…!

「くふっ、これがホントにバズると思ってるんですか?」

「誰にもそれは分からんわな。再生回数0回でもおかしくない」

「それはおかしいと思いますが……いや、宇宙規模にもなるとそれこそ星の数ほど動画やらの娯楽コンテンツは飽和している?だとすると再生回数0もおかしくない……?」

「考えとっても始まらんよな!そろそろいくか!ン渾身のぉ~~~――」「えっあ、はい――」

「「投稿!!!!」」


 まあ、こう意気込んだのはいいものの、いや、こんな愚かしくまで意気込んだこそ、なんていうか、そう、こんなもので、世界は変わらないし、宇宙はそのままだ。だけど楽しかったからいいのだ。




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