ガールアンドソルト、アンドガール
あんまし理解できなかったけど、特定の波長にすることで、特定の人にだけ聞こえる音を出す技術があるらしい。その技術の恩恵を受けながら、私とウニ先輩はロウテリアの名曲と共に帰路を楽しむことに成功した。
「差す西日がでかすぎる…」
この時期の、太陽の沈まないっぷりはすごい。冬同様にすぐ西に行っちゃいはするのだけど、そこからが長い。でも夜になると怖いから、太陽が長居してくれるのは助かるぜ。と思いきや、そのうち“暑さ”という凶暴性をひん剝きにした次の季節に移行する。ばかか?もう地球人は火星に移住するしかないのか?
「そろそろ暑くなりそうやな。去年なんか死ぬかと思った」
「はやく地球温暖化を解消する宇宙的超技術教えてくださいよ」
「う~ん、それは担当分野外やからなあ…」
駅から徒歩10分、家に着く。
「では、ここからさらに10分、自転車で移動します」
そう言って、家の扉を開ける。玄関で「ただいま」を言う前に「おかえり」を先に言われた。母がソファで韓ドラを見てる。字幕はここから見えないので何言ってるか分かんない。
「んー、ただいまー。じゃー行ってくるから」
「はーい。気を付けてね」
母のどこまでもテキトーな返事を受け、通学鞄を家の中に放り込む。
「ほら先輩のも貸してください」
先輩の荷物も家に置いて、代わりに自転車の鍵と、これをとる。
「初めてやけど…」
「まあ本格的にするわけでもないですよ。行きましょ」
ク……カチャ。お久しぶり、赤い自転車。高校通学に使い倒したこいつも今ではときどき愛でてやるくらいに落ち着いていた。
「そいじゃ、後ろ乗れます?」
「おお、ウワサに聞く、二人乗りか?これ犯罪やないのか?」
「えっとどうなんでしょう。なあなあになってる節があるのでぶっちゃけなんてか…いや、ううん、こういうのにはきっぱりと自分の立場を確定しておいたほうがいいですよね……」
「お?おお……」
家にヘルメットを取りに戻った。
「はいこれを」
「ヘルメットかい!」
要は危なくなければいいのだ。まあヘルメットの着用は推奨されている。地球の人間界で。
先に自分がまたがった後に、本来荷物とかを縛っとくところにウニ先輩が座る。「よし…」く、とペダルに力を入れるが、鈍い。いつもよりペダルがかなり重い。ウニ先輩は軽そうだから二人乗りもいけると思ったが(多分実際に軽いのだろうが)、しかし、想像以上に自分が非力だった。
「すみません、ウニ先輩が漕ぐ側でいいですか?」
「……」
風が気持ちいい。今、汝の時計の短針と長針はどの方角をさしているだろうか?こちらは……と、両手でがっしりとウニ先輩の腰を掴んでいるから腕時計が見えない。
「くすぐったいなあ~…!」
「ごめんなさい。もうすぐですから」
建物の隙間から差すオレンジを見ると、どうも午後七時の直前くらいだと思うが。この時期の昼判定はやたらと長い。
やってきたのは近くの公園だ。腕時計は午後の七時。六月中旬の遅くまでだらだら眩しい空も流石に夜の青が混じりはじめるころだ。だのに人はそれなりにいる。
「お疲れ様です。疲れましたか?」
キキ…、ギ、ガチャン。適当なところに自転車を止め、ウニ先輩はヘルメットを外す。
「ふう!…や、ちょっと身体あったまってきたくらいやな」
「それは、すごい健康的ですね。…もしかして体力有り余ってる感じですか?」
「とも、いえるのか?」
マジか。正直、自分とどっこいどっこいのクソ体力無しインドアガールだと思ってた。これから体を動かすのだが……これは一緒にやる自分がひどい目にあいそうな気がしてきた。だが言わなければ始まらない。駐輪場アンド汚めトイレの隣、そこそこ広い人工芝ゾーンをすたすた歩き、乾いた砂フィールドへ。飲料も忘れていない。
「それでは、始めましょう。……バトミントンを」
「おかしな動機でやっちゃって、バトミントンの概念に申し訳ないが…ま、やるしかないよな」
バスッ……。
ゲーム、スタート。
空高くにシャトルが舞う。
空はもう飽きるほどにオレンジだ。一番星が瞬いていた気がするが、視線は目まぐるしく移るから確信は持てない。今、目が追うべきは星のかがやきではない。――パン!空気が切り裂かれる音がする。初速300~400キロ、数秒に一回の間隔で新幹線より早く展開が繰り返し繰り返される最速のスポーツ、それがバトミントンだ。
「ほっ…!」
――バシュッ!地面スレスレのところで、ウニ先輩の打ったシャトルを打ち返す。ラケットとシャトルが一触したときに生まれる爆速は絶えることない空気の壁をぶちぶちと破りながら進む。
久々にやったが、結構できるものだな。シャトルはウニ先輩のラケット――右腕――の反対側に飛んでゆく。次の瞬間にも着弾する――と思ったのが甘かった!
パン…ッ!
「……なんかスポーツやってました?先輩」
なんか上手くないか?近くの地面にシャトルがからからと転がる。ウニ先輩のスマッシュはバチッと決まったらしい。……見えもしなかった。
「地球でいう、セパタクローみたいな遊びを、母星でちょっとな」
なんじゃ、そりゃ。
「最初のうちは、も、ちょっと、軽めでおねがいします……」
「はいはーい。結構時間はあるしな~」
とにもかくにも、我々はバトミントンに興じている。これが後々意味を持つようになるのだ。
点数は一応数えているが、点数よりは時間が重要だ。軽めに打ち合うのを10分、休憩を10分。終わればもう一度同様にする。
別に得点は重要じゃない。ホントに、重要じゃ、ない。……一応いうと、一回目は17対6、二回目は14対4で、こっちのボロボロ負けなのだけど。
そして…多分これが最後になるだろう。三回戦目。長い針が息苦しそうに円を圧迫している…あと20分もしないうちに夜の八時が来る。
「いい感じに汗は流れ、乾き、また流し、飛ばし、身体の芯が温まってきたのを感じます。ここらで仕上げに移りましょう」
「おう!じゃ、動画の撮影を開始するか」
「私のスマートフォンでいいですか?宇宙的超技術で撮影した方がいいですか?」
「うん~と…後者かなあ?ここはまかせてくれ」
ピ、ピ。先輩はミサンガ的超技術端末を操作した。「空間範囲を設定して、複数の定点を設けたら、格次元的な網状認知システムを起動させることで、完全に立体の映像を撮影できんねん」とのことだから、空間範囲を設定して、複数の定点を設けたら、格次元的な網状認知システムを起動させることで、完全に立体の映像を撮影できるのだろう、きっと。
「おっけーですか?」
「うしゃ!おっけ!」
「ではいきますよ。これからは、終了の刻が来るまでガチでいきましょう」
ヒュウ…パン――ッ!!舞い上がり夜空をかすめとった白いシャトルが落下、肉眼から見える南の星と重なったとき、ラケットを思い切り振ってやった!ラストゲームの開幕だ!
これこそが、ロウテリアでウニ先輩に話した、「青空レストラン風味のスクリーム食レポ」をやってみせる策、である!つまり、「八時にギリギリの限界に達するように 適度に身体を温めたあとにガチの運動でゴリゴリに汗を流す」がだ。
ざわざわと風が吹いていたことにカラダが気付く。太陽を失ってゆく木々は身体を黒く染めはじめ、私たちが認識できないままに新月が沈んだ。
「よッ!」
やはりウニ先輩は強い。コートもネットもない草バトミントンは、先輩の戦い方にピタリと合っていた。超の付く鋭角に切り込まれる、ピリピリした弩級の低空サーブ!これを打ち返すのは至難の業だ――――!!
(だけど…)
「私も!」
打ち返す。
…………
もう時計など見ていない。どちらかが点を取った際に、水分補給をしたければしてもいいのだが、その時でさえも時計は見ないようにしていた。ただ時間の裏に汗が流れる。
「はあッ、はあッ……こっちは水分補給終わりました。いけますか?」
「はあ、ふうッ!……しゃあ!いこう!」
さっきはこっちが点数を奪取したため、ウニ先輩のサーブから始まる。宙に放り投げられたシャトル。急角度の弧を描いて今―― ダン!足の踏み込みと同時に協力に放たれる!――それを打ち返す!
……
異様に長い間、ラリーがつづいている…!しかしそれも終わらせてやる!
(左!)
位置は完璧だ。スマッシュが狙える!大きく振りかぶった、そのとき――
「ねえちゃん!」
すか、ポト。午後八時と、三分。最終戦は、ウニ先輩16、私13で、負けが決まった。そしてつまり、弟がやってきたということでもあった。まだサラピカの自転車に跨った制服姿で…今左手で、カゴに入っていたビニール袋を掲げる。そう、マクドナルドだ。
「ありがとう!すぐ寄こしてくれる!?」
「うわっ汗ダクダクだ。マジでおかしいよ、アタマ」
とか言いながら「ほい」とドリンクを渡してくれる。紙のコップ越しにも分かるこの特徴的な黒はコーラだ。隣のウニ先輩にも渡している。「ありがとう」「いえ、姉に付き合わせてしまい申し訳ないです」うるさいな。
どっちもきったないんだろうけど砂よりはマシということで、三人で人工芝の方に移動する。その際にちょこちょこと例のミサンガをいじっていたのは、動画撮影の都合によるものだろう。多分、撮影定点とかいうやつを変更した。のだろうか?(あとで動画にうつった弟はモザイクかけるようにしておこう)
「えーと、ねえちゃんがえびフィレオ……ウニエルシタスさん?が、倍てりやきね」
「そう!ありがと!」「ありがとう!」
ハンバーガーを受け取り、ここで初めてドリンクが飲めるわけだ。ここからは稲妻――――ズ、ズゴゴゴゴッ 紙ストローが甘く黒く輝く液体を超スピードで吸い上げる 風が汗を冷やす 砂糖が人智を超えて瞬間で己の血潮となる、すかさず ガサ、ガサ、バクッ、と、ハンバーガーに大きな口で齧りついたのは二人ほとんど同時 塩分が身体からこぼれ落としていたものを驚愕の速度で補ってゆく 頭上で星が強力に輝いている、ことなんてどうでもいい 甘美な油がべっとりと口と唇に付着 洗い流すつもりで再びコーラを流しこもうとするともう半分しか残っていない、なんとさっきのひと吸いであんだけ飲んだのかと気づくが、いやかまうものか、残りの全部もこれで飲み干してしまえ、ゴッッッ!!!!
そして韋駄天、目を見合わせ、叫ぶ!
「「うまあァーーーーーい!!!!!!!!」」
隣で、ポテトを食べていた弟がドン引きの顔を見せていた。