ガールギブガールソング
「うまーーい!!!!!」
がばっ。目を覚ます。そこはホテルのふかふかのベッドの上であった。
「夢……」
それは、青空レストランの夢に過ぎなかった。再び眠りにつくことにする。隣ではウニ先輩が寝ている。うすい眉毛だな…。朝が来るまで、あとどれくらいだろう。
土曜日、ロウテリアの遊園地を堪能した後のでかいホテルのでかい風呂とでかいベッドを堪能した後、あるいはその間も、太陽は回っていた。ロウテリアにも太陽がある。夜が消えてからそれなりに時間が経ったころ、私は目を覚ましたらしい。ウニ先輩はそのずっと前から目を覚ましたらしい。…おかしい。私は休日にも規則正しく早朝に起きることが自慢だ。遠くの山から太陽が昇るのを見ることだって、一般的パンピーよりもずっと多いと思う。
「そうやろな。地球から来たにしては超早起きやと思うで」
「ああ、今って地球の日本では何日の何時くらいですか?」
「6月18日、日曜日の午前3時。ド・早朝…ってか深夜ちゃうか。そろそろ朝飯にしようと思うんやけど、地球的腹時計にはキツいか?先食うで」
「んん、行きましょう。今日の予定とか、そこで話しましょう」
ホテルといえばフレンチトーストなイメージがある。
「ロウテリアのホテルの朝食といえば、みたいなのあります?」
「ああ、なんやろ。前もいってんけど、地球からフレンチトーストが伝えられたときにバカ流行りしたってあってんな。そんときから、どこのホテルにもフレンチトーストはある」
「は~なるほど。ウニ先輩はなに頼むつもりなんですか?」
「なんか話してたら食べたくなってきたし、フレンチトーストで」
おお、これが、ロウテリアの…。到着と共に、部屋の中は強烈ないい香りに包まれる。甘ったるい感じではない。
「練習も兼ねて、食レポしながら食べてみます?」
「そうやな」
フォークは地球のそれと形状が変わらない。
「うまっ」
「マジにうまいな…」
「よく考えたら、私、ホテルでこういうの食べたの初めてですよ」
「そうか。自分で作るのとはどっか違うねんな。なんかこう…甘さが自然で…。ふわふわしてるし。これは…ホテルと家の違い?ロウテリアと地球の違い?」
「ええと、例えば地球ではフライパンを使うんですけど、ロウテリアでは調理器具も違うんですかね。いやこんなにふわふわするか…?口の中で溶けるわけではない…弾力はしっかりありますね?」
「うん。歯は簡単に受け入れるんやけど、それは豆腐にストンと落ちる包丁のようなものではないな。ふとんのような柔らかな反発がちゃんと食べ応えにつながってるんかな。」
「卵の使い方が見事としかいいようがない、ということですよね。…太りそうですね」
それか、ロウテリアの超技術をもってしては、低カロリー化に成功しているのだろうか。太らないフレンチトースト、とでもいうのなら地球で紹介すればクソバズること間違いなしだが。
「…食レポってこういうのでいいんかな」
「さあ。…青空レストランって知ってます?」
「知ってるで!名探偵コナンの後にやってる番組やろ。うまーい!のやつ」
ウニ先輩って意外と地球のテレビ見るのか。
「それそれ、それです。ああいうのとかどうでしょうか?」
「ふんふん。どういうことよ」
「昨日ロウテリアの動画投稿サイトで人気の食レポを見ましたが、気づいたのは、上品すぎるってことです。いや、おとなしすぎる。これは地球のYouTubeでも似た傾向はあります。若い男女がうまそうなものを食べて、うん、うん、おいしいですう、とわざとらしく言う。それから説明書みたいな解説を大げさな形容詞と一緒に言う。そんな食レポがインターネットで人気なのです」
「うん…青空レストランとは真逆やな」
「そうです!だから青空レストランみたいな、“叫ぶ食レポ”はインターネットでは斬新になる気がするのです。かわいこぶらずに、魂から出る美味いをインターネットに投下するのです!」
「なるほどな。…でも、ちょっと心配やな」
「ほう」
「あんな、うまそうに食えるかなあ」
「心配しなくとも。策はあります」
そう、絶対に、『青空レストラン』のように美味しそうに食べれる作戦が。
「もうこの後すぐにでも……いや、もう地球に帰っちゃうのは惜しい。ウニ先輩」
「ん?」
「動物園とか水族館とか近くにあります?」
せっかくだ。例の作戦とは関係ないけど、観光してから帰ろう。
「ええな!よっし、そうするか」
軟体動物のコーナーがすごかった…………。
作戦はこうだ。
やってきた月曜日。毎朝恒例の「いってきまーす」と共に扉を開く。そこから出たのは私……そしてウニエルシタスであった。実は、母親とかけあい、ウニ先輩が我が家にしばらく泊まることとなったのだ。これが作戦のキモである。
(ウニ先輩を家に泊めたいといったところ、父上も母上もやけに、軽ぅく承諾してくれた。なんでだろう。「将来のお医者様とのコネをゲットだ」とか考えてそうだな…。あるいは、なにも考えていない。後者の方が可能性は高そうだっ。)
キモはもう一つある。こいつが厄介なのだ。一緒に出てきたコイツ。「なあ」っつても、「なに」って素っ気なく返してくるコイツは一般名詞でいうところの“弟”ってやつである。耳に近づき、こそこそ声を流し込む。
「今日から、頼むよ。マジに」
「うん、はい、分かってるってば。八時でしょ?」
「そう」
「金はねえちゃんのだから別にいいけどね。よくやるよこんなアホなこと。あんまり他の人をねえちゃんの愚行に巻き込まないでよ」
「姉をもっと敬え。じゃ」
「さっき弟クンとなに話してたんや?」
話しかけるウニ先輩はすこし苦しそうだ。無理もない。普段より4時間も早めに朝食をとったのだ。まあ、パンパンである。
「今日の予定についてですよ。アイツは贅沢にも毎日、塾に行ってるんです。その終わる時間が8時ちょい前なので、自転車の移動時間を考慮して、8時ちょうどに私たちがいる公園に着くはずです。それからすぐさま、あいつに買わせてある…て、ホントに大丈夫ですか。お腹の張りが凄まじいですね。やはり午前6時半から朝食はムリがあったか…!」
「ぐ、な、舐めるなよ、適合してみせる。駅まであと何分や…!」
「10……?」
苦しむ先輩の様子は見ていて痛々しい。お腹の張りに効くかは分からないが、これを渡しておくことにする。
「なに?これえ」
「よろしければ。ワイヤレスイヤホンです」
正確には、その片割れである。気を楽にしたいときには、気が楽になる歌を聞くに限る。音楽でも聴いていれば、お腹の張りも紛れるだろう。
「カネモちゃんのオススメ歌集ってワケね。日本の歌は私もよお聞くで。そいや、カネモってどんなん好きなん?」
応えるかわりにスマートフォンをひとつふれる。左の耳から曲が流れ始める。ウニエルシタス先輩の右の耳には、私と同じ曲がながれていることだろう。
「…」
どうだろう。
「ぐえっ……ウ、なんじゃこりゃ」
……『水中、それは苦しい』の『マジで恋する5億年前』ですけど。
大学が一緒といっても、取っている授業は全く違うわけで、終わる時間も全くばらばらであった。お互い、サークルなどの用事はないが。つうか入ってないし、入ってないらしいし。とにかく今日はウニ先輩の方が遅いため、それまで図書館で暇をつぶした。同級生とばったり出くわして気まずくなったこともあった。
外で手を振っている先輩の姿。終わったらしい。ところで、うちでは、図書館に入るときは学生証が必要で、出るときは勝手に出れる、って感じなのだけど、どこの大学もそうなんだろうか?
「やーすまん。お待たせええ」
「いえいえ。これなら7時前には家、着きそうですね」
「あ、そだ。ちょっとここ押して?」
並んで歩きながら差し出したのは、右の腕だ。ミサンガ型の高文明万能端末が巻き付けてある。これ同級生とかにはバレないんだろうか。
「指紋登録?」
「そ。分かるんやなあ、そういうの」
「悪用しないでくださいよ」
6パーセントの確率で悪用もあり得るような笑いをしながら、ウニ先輩は左手をミサンガの付近で不思議な感じに動かした。
「どう…?」
私の鼓膜を、音楽が揺らしていた。きっと、私と同じタイミングに同じように、隣にいるウニ先輩の鼓膜もくぼんでいるはずである。つまり、私たちはここでも音楽を共有した。にしても、
(これは…)
(ああ、)
(悲恋の歌か。)
「……いい歌ですね。こういうの好きなんですか?」
「まあ、いや………うん。そう、こういうのが好きやねん」
地球人のみんな、グローバル化に一生懸命なみんな、宇宙に進出した暁には、まずロウテリア語を覚えるのをおすすめする。そのときには、おすすめしたい歌があるから。