1年生 -プロローグ(出会い)-
ーーーーいつからだろう、何にも興味が持てなくなったのは。いつからだろう、生きていることに何も思わなくなったのは。ただ過ぎていく日々を無言いに生きるくらいなら、いっそ終わらせてしまったほうがいいと考えながら、終わらせることにもあまり興味がない。ただただ無為に毎日を過ごす。そんな自分がーーー。
「はじめまして、神崎 翔です。よろしくお願いします。」
春から、俺は高校生になった。県立神ノ宮高校という、桜の綺麗な学校だ。
新しい学校ということもあり、色々なタイプの人たちがいる。友達と話している人、一人でケータイをいじっている人、メイクをしている人、参考書を読んでいる人。そんな中、自分は本を読んでいた。
本はいい。生きていないのに、話は「生きている」。元来、自分の生に興味はないが、それはあくまで自分のものだけで、ほかの生に関係する事柄に興味がないわけではない。それは、俺が分からなかった道だから、興味そのものは持っている。
閑話休題。
一人ずつ自己紹介を済ませていく中、ある女子の番が来たとき、皆が少しどよめいた。
「遠坂 華です。よろしくお願いいたします。」
名前の通り綺麗な顔立ちに整った姿勢、落ち着いた口調とまとっている雰囲気そのものが美しい女子だ。
男には困らなさそうなその見た目と雰囲気に少しだけ興味を持ったが、すぐに手元の本に視線を落とした。まあ俺とは縁のない人種だろう、と。
「じゃあ最後に。私が担任のーーー」
担任の自己紹介も、遠坂 華に対するどよめきも、春の温かさの中で読む本の魅力に、勝つことは出来なかった。
案の定、遠坂はクラスの男子から質問攻めにあっていた。質問はいたってありきたりな、どこ出身なのだとか、何が好きなのだとか。そういった類の質問だ。気の毒だとは思ったが、まあ見た目がいい人の性だな、とも思ったので、そのまま本を読むことにした。本に視線を落とす瞬間、遠坂の雰囲気がとても冷めた感じがした。
今日は顔合わせのような形で、入学式が終わった。友達が全くいないわけではないので、終わった後他クラスの友達と少し話して帰宅しようとした。
すると、校門前で遠坂を見かけた。あいつも今帰りか、と思ったが、特に話しかける用事もないのでそのまま家の方向へと足を進めた。
夜、自分の部屋で課題を終わらせ本を読んでいると、ふとアイスが食べたくなった。1階におりて冷凍庫を漁るが見つからない。
「コンビニに行ってくる。」
と家族に伝え、家を出た。
「ありがとうございましたー。」
アイスを買い、コンビニを後にしようとしたとき、視界に見覚えのある顔が映った。遠坂だ。まぁそういうこともあるだろうと、コンビニをそのまま後にする。
『こんな時間に外にいることもないし、公園で食べようかな』
そう思い、公園に向かった。公園に着き、ベンチでアイスを食べながら音楽を聴いていると、街灯の明りに影が差した。
顔を上げると、遠坂が立っていた。
「こんばんは、神崎くん。」
「こ、こんばんは、遠坂さん。」
いきなり挨拶された挙句、一度も話したことのない相手だったので、少しびっくりして言葉に詰まってしまった。
「どうしたの?こんな時間に。」
そう聞くと遠坂は、「アイスを買いに。」と答えた。
同じ理由とは・・・、と思ったが、そこは口には出さなかった。すると、遠坂が、
「少し、お話いいですか。」
と、話しかけてきた。
「別に構わないよ。」
と答えると、遠坂はベンチに腰をおろしてアイスを食べ始めた。
なるほど、遠坂はアイスが好きなのか、などとくだらないことを考えていると、
「本。」
「...え?」
「昼学校で神崎くんの読んでいた本、あの本のジャンルは何ですか。」
「ああ、あの本か。ミステリーだよ。」
びっくりした、いきなり何のことかと思った。というか、あの中でなんで俺が何やってたか知ってるんだこいつは。
「やっぱりそうでしたか、見た事のある表紙だったので。私もミステリーとか好きなんです。」
「とかってことは、ほかのジャンルも好きなのか。」
そう聞くと遠坂は、
「恋愛系が好きです。」
と答えた。そして続けて、
「私は、男性がなぜ自分に好意をむけてくるのか理解できません。そもそも、男性女性と区分されている意味も、あまりよくわかりません。頭では理解できていても、そもそもの興味がないのでそれ以上先には進めないんです。だから、恋愛系のものを読めば、いやでも興味が生まれるかなって。」と。
「...へぇ、そうなんだ。本を読みながら、そういうことを考えるんだな。」
俺はそう返したが、内心では驚いていた。理由は違えど、読んで楽しむ以外の目的で、本を読んでいる人に初めて会った。
「すみませんいきなり。なんでこんなことをいきなり話したんですかね、私。学校で見かけた時からなんとなくあなたからは近い感じがしたんですよね。」
「そうなんだ。」
「えぇ。ではまた。機会があれば、話しましょう。」
そういって遠坂は公園を後にする。まだ溶けていない食べかけのアイスが、話の密度を物語っていた。