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ジョゼットの事を好きな人を召喚する魔方陣は成功か否か

作者: 山田

「ねージョゼットの事を好きな人召喚してもいい?」


桃色の魔術師は猫のようは丸い瞳を細めて笑う。

ジョゼットは申請書類に記入していた手を止め、意味がわからないと首をかしげた。


「メイラ様、おっしゃっている意味がちょっと…」

「えーと、対象者の事を好きな人を召喚できる魔方陣を発明したから試したいってこと!」


お分かりかな?と腰に手を当て魔術師──メイラはジョゼットの顔を覗き込んだ。ジョゼットの蜂蜜色の瞳の中に悪い笑みを浮かべた自身が映っていて、メイラは怪しくないよぉと出来るだけ上品に見えるように表情を作り替える。


「はぁ…?好きな人、ですか。友愛や親愛ではなく、恋慕の方ですか?」

「そそそ!ラブの方ね!」


長い黒髪を一つにまとめ、最低限の化粧だけ施した行き遅れの貧乏伯爵令嬢の事を好きな人なんて──いないか。ジョゼットはふるふると首を横に振る。


「メイラ様…私ではお役に立てないと思います。召喚失敗か、私のとこを好きな人がいなかったのか、その判断が…第三者には難しいかと」

「趣味で開発しただけだから第三者の判断はいらないもん!ねーお願い!ジョゼットで試したいの!」


ジョゼット・アイビーは所謂行き遅れのご令嬢である。

歴史はあるが金はない、といった天災による赤字続きで没落寸前の伯爵家の末娘。在学中にはもうアイビー家は長くないだろうと令息や令嬢からは遠巻きにされ、先生方や勉強を見ていただいた先輩には特待生で卒業すれば就職先を選べるとかなり面倒を見て頂いた。

そんな学園生活を就活に比重を偏らせていたからか、就職後はがむしゃらに働いていたからか、現在齢29歳。未だに未婚である。


「蜂蜜の瞳!艶やかな黒髪!そして何より高位貴族より気高いその顔立ち!私はジョゼットの結婚式に出たいしウエディングドレス見たいの~!」


メイラは両手をバタバタと上下させ、幼子のように駄々をこねる。メイラ・アリオン・アライオン。今年で17歳。母親を先代皇后に持つアライオン公爵家の末姫でありながら、その魔力量と魔術の飽くなき研鑽から実力で魔導士団に入団した強者だ。そしてジョゼットの直属の上司である。


「えぇ…気高い顔立ちってつり目の事でしょうか?あと、行き遅れがウエディングドレスってかなり厳しいかと」

「もージョゼットの悪いところはすぐ否定するとこよね!貴女の上司として、また公爵家のメイラ・アリオン・アライオンとして命じます!その魔方陣の上に立ちなさい!」


権力と爵位を笠に着られたら勝てない。ジョゼットは仕方ないといつの間にか準備されていた魔方陣の上に立つ。

メイラは一角獣の角から作られた杖を持ち、触媒らしき何かを宙へ放った。



『──愛shI愛shIToiHukOkORoakAi糸導k』


一般人には聞き取れない言葉を紡ぐと、呼応するかのように魔方陣が淡く発光しだす。触媒が砕け、粒子となりどこかへ吸い込まれた。

魔方陣の光はどんどん強くなり、ジョゼットは思わず目を瞑った。


「───ぅわぁあああああ!!!!」

「きゃっ」

「ヨシッ」


ドスン、と大きな物が落ちた音と男性の声が部屋に響く。

その人はジョゼットの真横に落ちたようだ。ジョゼットは衝撃に悲鳴を上げ、メイラは歓喜の声を上げた。


光が消え、ジョゼットは何度か目を瞬かせた後、ようやく隣で尻餅をつく男性を認識して──再び悲鳴を上げた。燃えるような緋色の髪。涼やかな目元に、すっと通った鼻梁。騎士団に所属しているからか、引き締まった、贅肉の無い体躯。身長は、あの頃よりももっと伸びているだろう。この方は、間違いなく。


「お、王弟殿下…!」


持ち得る身体能力を全て使い、メイラの後ろに下がると平身低頭と言わんばかりに頭を垂れる。


「いてててて…なんだ、ここは」


王弟殿下──アンセル・フォン・ヴィヴァルディは痛む腰を押さえつつ、周囲を見渡した。そして、にんまりと微笑む姪の姿を視界に捉えるとそう言うことかと額を押さえた。


「メイラ、叔父と言えど王族を召喚するではない」

「あらあら叔父様、このメイラにはなんの事かさっぱりわかりませんわぁ」

「いや、わからないって…俺の足元にある魔方陣が証拠じゃないか」

「んふふ、その魔方陣は王族を召喚する物、ではないんだなー。これが」


メイラは後ろに控えていたジョゼットの手を引く。身体強化の魔術を使っているのか、ジョゼットは呆気なくアンセルの前に姿を現してしまう。


「あぁジョゼット嬢、久方ぶりだな。元気か?」

「は、はいっ。殿下におかれましてもご健勝のことと…」

「かしこまらなくていいよ。君もメイラに巻き込まれた口だろう」


これは召喚失敗で間違いないだろう。メイラは天才だが、ジョゼットを好きな人を召喚して、王弟殿下が現れるなんてあり得ない。


このまま他愛の無い話をして終わりだ、そう思っていたのに、メイラがジョゼットの肩に手を添えた。


「叔父様?この魔方陣の主役はジョゼットよ?」

「め、メイラ様…!この召喚は失敗で、」

「ほらまたすぐに否定する!失敗かどうかは叔父様に確認しなきゃ!」

「なんなんだ二人とも」

「叔父様、私が作ったのはジョゼットの事を好きな人を召喚する魔方陣なの」


ねぇ、叔父様。叔父様はラブの方でジョゼットが好き?


アンセルはメイラの言葉が一度では理解できなかったのか、何度か口の中で咀嚼し、飲み込み、そして──ぼんっと音を立てる勢いで顔を赤く染めた。耳や首筋まで真っ赤に染め、魚のように口をパクパクさせる姿に、ジョゼットは少しだけ、期待してしまった。


「うわー顔真っ赤だぁ。髪色も赤いから、なんか全部真っ赤じゃん」

「…メイラ、君は人の心がないのか!ないな!あったらこんな人の心を暴く召喚をしていないな!」

「その物言いはひどーい!あっ、ちなみに召喚条件に財力と顔をいれたから叔父様以外は召喚されていないからね!」

「それは助かった!」


アンセルは大きく深呼吸をし、髪を手で整えると、ジョゼットの前に跪いた。


「ジョゼット嬢」

「は、…はい」

「メイラの魔方陣は成功だ。しかし…姪御に準備された場で告白、と言うのも少し悔しい」


改めて君に思いを伝える場を設けたい。

その時に、振るなら振ってくれ。


ジョゼットのあかぎればかりの手に唇を落とすと、アンセルは真っ赤な顔のまま部屋を出ていってしまう。

扉が完全に閉じられた後、ジョゼットは力尽きたようにしゃがみこんでしまう。

メイラも同じようにしゃがみこみ、ジョゼットの顔を覗く。ジョゼットの顔も、唇を落とされた手の甲も何もかもがもう真っ赤だ。これは、単に異性にドキドキしたって訳じゃないぞ?メイラのあまり働かない女の勘がそう告げる。


「ジョゼットと叔父様って顔見知りだったんだねぇ」

「…学生の頃に、勉強を、見ていただいていまして…」

「あーなるほど。あのさ、

身分差が気になるなら公爵家の養女になればいいし、叔父様の事好きじゃないなら、告白の場に同席してあげるからねー!」


しばらくの沈黙の後、前者でと小さくこぼしたジョゼットに、メイラは大きく跳び跳ねるのだった。





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