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防衛高の日常  作者: 兄鷹
第一章 始まりを告げるラッパ 編
6/19

5不真面目グループ

()()()一年はすべからずカラオケに連れていくべし! まぁ、これも青嵐寮の代々伝わる伝統だ」


 権田先輩がこんなにハッチャけた人だとは思わなかった。

 期待の、って。絶対に『良い意味』じゃないよな。

 要するに、今日ここに集められた一年は皆、不真面目キャラだと思われていたという訳だ。なんか納得できない。

 だが結局、何だかんだカラオケに来てしまった自分いる。

 フライドポテトをつまみながら、三年の別の先輩が言った。


「ちなみに、カラオケが伝統ってのは嘘だぜ」


「……ですよね。少し安心しました」


「だが何らかの形で、一年に学則を破らせるってのは本当だ。俺らの時は、教官の部屋に忍び込まされて色々物色したな。ははっ」


「……」


 先輩はけらけらと笑って、ドリンクバーの炭酸を飲み干した。


「大丈夫だったんですか、それ」


「ふふ。後で一人ずつその教官に呼び出されて、グーでぶん殴られたよ。けどその教官も青嵐の出身でね、殴るだけで許してくれたのさ。もしかしたら、今年カラオケに来てることもバレてるかもなぁ」


「ちなみに、その教官の名前は?」


桑名(くわな)忠勝(ただかつ)


 予想外の所でクラスの担当教官の名前が出てきた。

 というか、桑名教官って青嵐寮の出身だったのか。防衛高の四つの寮は、それぞれ寮ごとの性格があるらしいが、もしかしてあの緩い性格は青嵐寮で培われたものではあるまいか?


「こういうのも、中々いいだろ?

 本当に防衛軍に入ったら軍律破りは重罪だ。でも、学校にいる間は防衛軍の一員でありながら学生でもある。一緒にバカやって絆を深めるのは学生の特権だ。今のうちにそれを享受しない手はない」


 思わず感心しそうになったが、普通にルール違反である。

 だが誠も、ここでそれを口に出す程、空気が読めないわけではない。


「これもイニシエーション(通過儀礼)、か」


 入学式当日、三好に言われたことを思い出した。

 あの三好(みよし)生徒会長こそ、青嵐に相応しそうな気がするが、あの人は赤烏(せきう)寮である。


「イェーイ! 誠、盛り上がってるかー!?」


 万。こいつに関しては、ほんともう何なんだろう。環境適応能力という面で比較するなら、無敵の微生物クマムシといい勝負が出来るのではないだろうか。


「本当、白鳥は流石だな」


 そう言って苦笑するのは、クラスⅮの本庄(ほんじょう)一茶(いっさ)だ。先の新入生歓迎会ではバッチこそ守れなかったものの、権田先輩に何度も掴みかかって戦った。元柔道部だそうで、防衛高でも柔道を続けるつもりらしい。


「勇者……いやただのバカだろ、アイツの場合」


 ちょっと口が悪いのがクラスFの桝米(ますごめ)結城(ゆうき)


「見ーよーや、凱歌を若人の~! 高鳴~る、鼓動とォー!」


 マイクを持って寮歌を熱唱しているのが、クラスⅠの遠山英雄(ひいろ)である。『ひでお』ではなく、英雄と書いて『ひいろ』だ。……キラキラネームって、なんだかんだ覚えやすいよね。


 誠、万、一茶、結城、英雄。この五人が、青嵐の不真面目ズッコケ五人組である。


「……というか、寮歌ってカラオケに入ってるんですね」


「校歌もあるぞ」


 たしかに有名な学校の校歌がカラオケに入っていることはあるが、何故防衛高のもあるのだろうか。本来なら、歌いに来る生徒などいないはずなのに。

 休日の外出に関しては、学則で細かくルールが決まっている。例えば、娯楽施設禁止、銭湯禁止、県境の移動禁止、十万円以上の買い物禁止、路上での鍋禁止、外泊禁止などだ。これらが禁止されている理由として、過去の先輩たちが()()をやらかしたという事が挙げられる。要するに、お前らが面倒事を起こしたら後輩にも迷惑が掛かるんだぞ、という事だ。実際に、具材を持ち寄って路上で鍋をした代があるらしい。絶対青嵐の学生だろ。


 結局カラオケには二時間ほど滞在したが、誠は何も歌わなかった。一年の中で歌ったのは万と英雄だけである。


 その後はこっそりともと来た道をたどり、公衆トイレで着替えた。何食わぬ顔でトイレから出てきた所を、近所のおじいちゃんに目撃されたが。十人の防衛生が公衆トイレからいきなり出てきたのだ。それはそれは変な絵面だったろう。


「なんか、腹減ってないな」


「サイドメニュー結構頼んだからな」


 それでも昼になれば何か食べたくなるもので、駅から防衛高を挟んで向こう側、海の見える小洒落たカフェでランチを取ることにした。島村先輩の行きつけらしい。

 あまりこっち側には来たことが無いが、休日という事も相まって砂浜で散歩している家族やカップルが多くいた。流石に四月の頭に海水浴を楽しむ者はいないが、膝まで海につかり、磯で魚を追い回している子供がいる。

 ふと目があった。

 元気よく手を振る子供に、誠はそっと手を振り返した。

 学生の内はまだ分からないだろうが、それはたしかに守るべき子供の姿だった。


「マコちゃん! 今日は新入生連れてきたぜ」


「いらっしゃい、浩二君。大きいテーブル出してくるから、ちょっと待っててね」


 カフェの内装は白と黒が基調で、食器や調味料入れまで白黒だ。店の名前も、モノクロという徹底ぶりである。少なくとも軍服じみた制服が似合う場所ではないが、店員の対応は慣れたものだった。


「防衛高から近いけど、結構穴場スポットなんだぜ。教官も学生もあんまり来ないし、バイトの子の制服もかわいいだろ?」


 島村先輩が「いつもの」と頼むと、珈琲と蜂蜜パンケーキのセットが出てきた。ギャップが凄い。誠は珈琲の良さが分からないので、無難にオムライスを注文した。

 バイトの女の子が持ってきた簡易テーブルをくっつけて、何とか十人で座れた。


 防衛高では昼食にあまり時間が取れない。いつもの癖からか皆黙ってランチを食べていたが、唐突に権田先輩が口を開いた。


「そういえば、今年の富士山(フジヤマ)研修もそろそろか」


「ああ! めっちゃ懐かしいワードだな!」


 上級生たちががわいわいと思い出を語り始めたが、一年は置いてけぼりだった。

 口の周りのケチャップをふき取って、誠は水を一口飲んだ。


「富士山研修って、一学年の学生だけで行く合宿のことですよね? たしか来週の水曜日から四日間です」


 富士山研修とは、富士山麓の防衛軍基地で毎年実施される一学年だけの宿泊合宿である。入学してから直ぐに実施され、一学年同士で親交を深めあうには良いイベントだ。


「それになんと言っても、ついに『能力』の授業が始まるからな」


 そう。今まで実技の時間で学んだことは、防衛軍における基本的な集団行動の仕方であって、能力を用いた戦闘訓練ではない。入学生はこの富士山研修でみっちりと能力の使い方を教え込まれ、防衛高に帰ってくるとようやく能力を用いた通常授業が始まるのだ。


「ま、能力の制御って意味なら、ここにいる一年は全員余裕だろうがな。期待してるぜ」


 誠たち五人は顔を見合わせた。ここにいる五人はそれぞれ先輩相手に奮戦して、学生バッチを取ったり取られたりした五人だった。


「虫避けスプレーは絶対に持っていった方がいい」


「スプレー? ハッカ系の塗るやつが良いぞ。お勧めだ」


「着替えを入れる用のビニール袋は、口を縛れるヤツを持ってけよ? 臭くなるからな」


「ダメだ重くなる! 着替えなどいらん!」


「お前それで女子になんて言われたのか覚えてないのか!? 三日間外に置いといた納と…」


「一応、シャワーは使えるからね? 水しか出ないけど」


「……先輩がた、もう少し静かにしませんか。マコちゃんが困ってる」


 島村先輩の指摘に振り向くと、バイトの人が静かにレジスターの前で立っていた。

 幸い他のお客はいなかったが、富士山研修に向けて先輩たちから熱い気持ちのこもったアドバイスをもらって、その日はお開きになった。




「島村学生……。お前、将来尻に敷かれるな」


「何のことでしょうか、寮長先輩?」








 初めての週末もあっという間に過ぎ去り、あの忌々(いまいま)しい起床ラッパが鳴り響く。もう軽くトラウマものだ。


 掃除、食事、国旗掲揚に朝点呼。学生の義務を一通り終えたら、すぐに教室へ向かう。


「今日は大事な話があるから、早く席に着けよー」


 桑名教官が欠伸を噛み殺しながら言った。心なしかクラスメイトたちもゲッソリとした顔をしている。先輩たちの話によると、一週間が過ぎるとホームシックで泣き出すヤツも出てくるらしい。まあ、他人の心配をする暇などないのだが。


「既に君たちも知ってると思うが、明後日から富士山研修が始まる。戦闘服とブーツさえあれば、他は学則の許す範囲で何を持ってきても構わん。持ち物は各自で考えろ。

 実戦ならこんな無様な真似にはならないだろうが、情報部の失態で任地の情報をよく知らないまま遠くへ飛ばされる可能性もある。味方のミスで死ぬ事以上に、死ぬほどくだらない事はない。何があっても対応できる装備を各々の頭でよく考えるんだな。個別に相談しに来たらヒントくらいはくれてやるが……」


 先輩たちが言っていたのは、これの事か。まあ能力的に考えれば、誠があまり心配する必要は無いのだが。


「あと、櫻野学生」


「え……。は、はい何でしょう!」


「今日の授業が終わったら運動場横の倉庫へ来い。話がある」


 ひょっとして、カラオケに行ったことがバレたのだろうか。


 その日の授業も午前中は座学、午後はただひたすらに集団行動と言った具合で、何の変化もなく過ぎていった。

 桑名教官に、授業が終わったら来いと言われていた誠は運動着に着替えて運動場へ向かった。防衛高の運動場は一般のグラウンドではない。もちろん芝と土のグラウンドもあるが、高低差があったり、コンクリートの遮蔽物があったりと普通の学校には無いものがたくさんある。

 運動場脇にある倉庫、そこで桑名教官は待っていた。何故かモグモグしながら。


「遅いぞ、櫻野学生」


「すみません。……何を食べているのでしょうか?」


「グミだ。喫煙中でな」


 一つ食べるかと言って渡してきたが、誠は遠慮した。子供に人気のアニメキャラクターが描かれた、ファンシーなパッケージだった。


「早速本題に入るが、富士山研修の間、櫻野学生には空間系能力の使用制限が課せられる。重い荷物を担いで移動するっていうのは、別に意地悪では無くて体力鍛錬の側面もあるからだ。君にだけやらせないってのは違うだろ?」


「……理解しました」


 理解しているが、納得はしていない。

 不服そうな誠を見て、桑名はふと笑った。


「――だが、折角の空間系能力だ。輜重(しちょう)に活用しない手はない」


「………?」


「櫻野学生には通常の訓練に加え、能力を活用した資材や食料の運搬をしてもらう。今日ここに呼んだのはその為だ」


 従来、物資の運搬や人の移動に携わっていた空間系能力者だが、鬼人の活躍によって戦闘面への適性を再評価され始めている。しかし大半の空間能力者――といっても数は少ないが――が未だに輜重役として用いられているのも事実だ。


「さっそくだが、櫻野学生の空間系能力とは一体どういうものなんだ?」


 要するに、空間系能力でズルするのは禁止、しかし遊ばせておくのも勿体無いという事で、富士山研修に向けて輜重(軍需品の総称)運搬の練習をさせるという事だろう。


「学生の能力は事前の調査で簡単に分かってはいるが、詳細に調べない事には輜重には使えないからな。運べる物の制限、限界体積、限界重量などなど、今日は徹底的に調べるぞ」


 楽しそうに笑う桑名だが、個人の能力について調べるのは富士山研修のはずだ。日本では、能力者は15歳になるまで『能力封じ』を付けて生活することを余儀なくされる。防衛高に入学すれば外すことが出来るが、それまでは能力は使えない。なので、自分の能力について詳しく知っている者は意外と少ないのだ。それを調べ上げて鍛えるというのが富士山研修の目的の一つなのだが、桑名は誠にフライングさせようと言っているのだ。それは『誠』が、ではなく『空間系能力』を特別視しているのだが、特別扱いはそんなに嫌な気分でもない。

 さっさとこの能力を自分の物に(制御)出来るのならば、なんでもいい。


 という訳で始まった能力検証だが、まず結果から言うと、()()()入った。

 そんな気はしていたが、蟻などの昆虫も生きたまま出し入れ出来たし、最後には桑名教官も『穴』の中に入ってみたが何ともなかった。


「真っ暗で何も見えん」


 携行ライトで照らしてみたそうだが、どこまでも続く闇に背筋が凍りそうだったという。


「櫻野学生、これは自分自身も入れるのか?」


 入れた。足場は無く、無重量状態の空中をふわふわと漂っているような気分だ。中は真っ暗で、誠自身は帰るための穴をいつでも出せるからいいものの、確かにこの中に置き去りにされる事を考えると恐ろしくなった。


 次は水道からホースを引っ張って来て、穴の中に直接水を入れてみた。風呂の時間を逃した者が使う滝行用のホースで、蛇口をいっぱいに捻れば体重の軽い人なら吹っ飛びそうなほどの勢いが出る。それでも何分経っても満杯になる様子は無く、十分ほど経過した所で少し気持ち悪くなってきた。だが、穴を閉じてしばらくすると頭痛が治ったので、内容量が関係しているというよりは、穴を開け続けたことに対する反動だろう。体積と重量の検証については、ひとまず打ち切りとなった。

 その後、中に入っている水を取り出そうとしたが、どうやら浮遊する水の塊がバラバラになって幾つも出来ているらしく、全て取り出すのは大変だった。液体を保管する時は何か容器に入れるのが望ましいだろう。



 ひとまず、実験で分かったことについてまとめておこう。


 ・誠の能力は、どこかの無重量空間に通じる『穴』を出現させるものである。

 ・空間内で生物の生存は可能である。空気もあれば適度な温度もある。その他有害物質も検出されなかった。

 ・限界体積、重量については共に不明。誠自身の予測だが、限界は無いと思われる。

 ・十分ほど穴を開けた状態でいると頭痛に襲われる。これは単に能力を使う事に慣れていないからだと推測される。時間は今後の訓練次第で伸びるかもしれない。

 ・液体は容器に入れた状態で保管するのが望ましい。取り出すのが面倒だし、通帳が危険だ。

 ・現在、穴の直径は1mが最大。無理矢理こじ開けようとすると急に閉じるので危険。中途半端に物を差し込んだ状態でギロチン的な用法が可能かと思ったが、こちら側に弾き飛ばされる模様。ボールペンがすっ飛んでいき、倉庫の天井に突き刺さった。



「直径1mが限度ってのが厄介だが、内容量に制限が無いってヤバいな」


「そこまで珍しいのでしょうか」


 何気なく聞いてみた誠だったが、深刻な顔の桑名を見て、さっと気を引き締めた。


「……ああ、凶悪な活用法が幾らでも思いつくな。櫻野学生が一人いれば、実質移動コストは一人分で大部隊を移動させることが出来る。検閲に引っかからずに、禁止武器の輸入輸出が出来る。そして今後、穴の数が増加したり穴自体が大きくなれば…………相当拡張性の高い能力だぞ……これは」


「は、はぁ」


 そこまで思いつく桑名教官が大げさなような気もする。能力者なんて、基本的に危険な者たちばかりではないのか。


「……今日ここで起きたことは忘れろ。櫻野学生の能力は、『重量にして1tまで入れることが出来る』だ。いいな?」


「……はい」


「真面目な話をしているんだ。これが西の例の国にでもバレてみろ、誘拐されて洗脳…程度じゃ済まないぞ」


「はい!」


 どうやら、事は誠が思っていた以上に大きいらしい。空間系能力者なら日本にも何人かいるはずだが、その中でも規格外なのだろうか。


 ――心あたりがあるとすれば、やはり……。




 桑名は内心で驚愕しつつ、それを顔に出すことはしなかった。しかし、事態が非常に深刻だという事を分からせるためにも、軽く脅しめいた言葉を使った。

 櫻野誠は二種持ちだ。二種持ちは能力者の両親からしか生まれず、子供はその両親の能力を受け継いで生まれる事例が多い。そして桑名が知る限り、櫻野姓の空間系能力者は防衛軍にはいない。


 ――だとしたら、在野にこれほどの能力を持った一般人が埋もれていたという事か? 彼の家族関係を今一度調べる必要があるな……。上官への報告義務は……いや、そもそも報告するべきことなのか、これは。


 防衛軍の一員として桑名は上官への報告義務を負っている。一学生の将来を心配する気持ちはもちろんあるが、一人で判断するには事が大きすぎた。


 ――やはり一刻も早く武田陸将に報告するべきだ。中条(あいつ)の伝手を使えば、いけるか?


「今日あった事は忘れろ。詳しいことは追って連絡する」


 桑名はさっさと誠を帰らせて、自分は外のベンチに腰掛けた。吸うつもりは無いが、お守り代わりに持ち歩いている煙草に火を付ける。

 外はすっかり日も傾いて、立ち上る煙が夕陽に照らされ揺れていた。


 ――今日は、もう一本だけならいいだろう


 桑名はそう考えて、深く煙を吸い込んだ。

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