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防衛高の日常  作者: 兄鷹
第一章 始まりを告げるラッパ 編
3/19

2入学式の激励

「結局、何だったんだあの人は……」


 変わり者の先輩から逃げるように校門へ駆け込んだ(まこと)は、そこでもやはり先輩たちから激励の『背中叩き』を喰らっていた。

 入学式の開催される式場まで上級生たちが両脇に並んで壁を作っていて、思い思いの言葉を新入生に投げ掛けている。そのたびに背中をバシバシと叩かれ、誠は少しうんざりしていた。


(というか、女子にも同じことしてるのか? この人等は)


 軍学校という性質上、総数は男子と比べて少ないが防衛高にも女子学生は存在する。。

 視線を横に向けると、男子の新入生と混じって洗礼を受ける二人の女子がいた。

 一人は見るからに負のオーラを放っていて、眼鏡を掛けた顔を歪ませて笑顔を作りながら、何とか激励を受けている。どう考えても訓練には不必要な二つの丘陵がたわわに実っていて、背中を叩く先輩たちもどこかぎこちない。陰キャ男子が無理して陰キャ女子に話しかけているみたいで、なんだか笑える。

 もう一人は短いポニーテールを揺らしながら、きびきびと歩いている。先輩たち相手にも元気よく挨拶する活発系女子だ。


「おう、元気が良いな!」


「これからお世話になります! よろしくお願いします!」


 ――訂正、超熱血系女子だった。勢いよく頭を上下させて、ポニテをぶんぶんと振り回している。白い歯を隠そうともせず、これからの期待に胸膨らませる典型的な新入生である。

 なんか、逆に先輩の背中を叩き返しそうな勢いだな……。


 対照的な二人だがそれゆえか仲がよさそうで、二人が話しているのを横で聞いていると、どうやら同じ中学校の出身だそうだ。誠の出身中学と同じ市内にある中学校で、誠も部活の遠征で何度か訪れたことがあった。だが、そこでナチュラルに話しかけられないのが誠の(サガ)である。陰キャ男子はお前だ。


 やっと式場に着くと、パイプ椅子の列がいくつか並べられていて、新入生は事前に通知されていたクラスごとに分けられて座るようだ。新入生以外はまだ来ていないようで、式場内は初々しさと興奮が交じった騒々しさで満たされていた。クラスごとに分かれてさえいればどこに座ってもいいらしく、仲良くなった子や同じ中学からきた友達と一緒に座っている人が大半だ。マジで余計なことしやがって。出席番号順でいいだろ、ここは。

 ちなみに、誠の中学校から防衛高に来たのは、誠ただ一人だけである。


 ――けど、中学校時代の俺を知ってる奴がいないってのは、良いな。


 仕方なく空いている席に、前から詰めて座った。腕時計を確認すると、入学式が始まるまで僅かに時間がある。誠は腰に深く腰掛け、入り口で渡された入学の案内と題された小冊子をぺらぺらめくった。

 入学式に寄せて、いろんな人の挨拶が載っている。

 へぇ、国防省長官もメッセージを書いてるのか。防衛軍の性質を考えれば当たりまえの事だが。


「ここ、隣いい?」


 誠が顔を上げると、顎に薄い傷のある男子学生がいた。

 誠の視線に気づいたのか、男は顎を撫でながら椅子に腰かけた。


「同じクラスだよね。俺、白鳥(しらとり)(バン)。よろしく」


櫻野(おうの)(まこと)っていいます。よろしく……白鳥君」


「他人行儀だな。万でいいよ」


 関東圏から出たことのない誠にとっては、万の標準語とは違うイントネーションに違和感があった。聞けば、彼は東北地方からやってきたお上りさんらしく、他の入学生より早めに入寮していたらしい。

 そういえば事前配布の資料に、遠方から来る人は早めの入寮OKって書いてあったな。

 誠は全く気にも留めなかったが、確かに親元が遠く離れている人にとっては大変な事だろう。


 防衛軍高等学校は、ここ横浜の関東校を合わせて全部で4校存在し、日本全国に点在している。しかし卒業後の待遇の違いや、ネームバリュー的な側面から、関東校の受験者は関東圏のみならず、全国から集まっている。どこの防衛高が優れているという事はないが、政府のお膝元である関東校が一番、という暗黙の常識が存在する。


『人と関わることが苦手だと、この先苦労することが多いよ』


 急に、謎の先輩の言葉が思い出された。

 別に人付き合いが苦手なわけじゃないっつーの、と心の中で言い訳し、誠はため息をついた。


「よろしく、(バン)


「ああ、こっちも(まこと)でいいよな」


 誠がうなずくと、万はうれしそうに笑った。


「よかった! 俺、地方上がりだから、(おな)(ちゅう)の知り合いとか全くいないんだよ。周りはもう結構グループ出来てるっぽいし……ともかく、友達が出来てよかったよ」


 差し出された万の手は骨ばっていて、力強かった。改めて万の顔をよく見ると、油っぽい黒髪がくるくる逆巻いていて、深い目の色をしている。顔は少し日に焼けていて、鼻の頭の皮がむけていた。

 田舎の虫取り少年を、そのまま大きくしたような感じだな。


 その時、騒々しかった式場内がすぅと静かになり、誠はステージの上に誰かが立っていることに気付いた。


 学生ではない。学生が来ている制服がなんちゃって軍服だとするならば、壇上に立つ男が来ているそれは、まさしく軍服――防衛軍の正規軍人であることを示す()()の軍服だった。


「全員起立ッ!」


 ――ザッ!


 普通なら何人か立つのが遅れ、連帯責任がどうという理屈で何度か起立の練習をさせられるのだろう。しかし、ここにいるのは全国から集った受験者の内、えりすぐられた400人の新入生である。流石に防衛高に合格しただけあって、椅子から腰を浮かすのに一秒と遅れた者はいなかった。何だかんだ、皆こういうのに憧れているのである。

 だが、学生を鋭く睥睨するその軍人は、不満そうに言った。


「右足から立ち上がった者は何人いる?」


 マイクを使っていないのにも関わらず、男の声はよく通った。もちろん、全員が黙っているというのもあるが。

 そして、自分がどちらの足で立ち上がったのか。最前列に並んでいた何人かが急に指名されたが、答えられる者はいなかった。ここからでも見えそうなほど汗でびっしょりだ。


「覚えておけ。これから何時如何なる時も、動き出しは左からだ――――

 と、旧時代の軍隊ならそう教えただろう」


 男は口調をふと緩めた。


「能力の無い時代、つまり集団行動の練度がそのまま軍隊の力であった時代、行進の歩みをそろえる為に徹底されたのが『左足の原則』だ。集団で歩くとき、信号待ちから動き出す時でさえそれが求められた。

 しかし、人類が能力に目覚めてから、状況は大きく変わった。特定の個人が集団を上回る力を持つようになり、能力の強い者が、すなわち偉いものだという風潮が生まれた。ルールや規律など、時代に遅れた無用の長物だと……」


 能力の強弱は、確かに存在する。そして、能力者が無能力者を、より強い能力者がそうでない者を見下しがちなのは、現代社会に底流する名前の無い悪習だ。

 男は右に左に闊歩し、言葉をためた。


「だが、俺はそうは思わない!

 能力のある現代だからこそ、規律が必要だ。諸君らは高校生ではあるが、同時に国防省の職員でもある。あえて言おう『甘ったれるな』。諸君らは未だ子供であって、すでに子供ではない。ルールに従う義務がある。

 防衛高の教官たちは、君等を誰一人として子供扱いしないだろう。しかしそれは、大人としての責任が付いて回るという事だ。諸君らは国から給金をもらってここで働くのだ(訓練する)。高校生らしい生活とは無縁の職場だ。嫌なら逃げだしても構わない。

 だがもし、諸君らの一部が覚悟を決め、未熟な自分と決別するというのなら……」


 男は言葉を切って、大きく息を吸った。そして手を広げた。


「我々防衛高は、そういった者を歓迎しよう。

 遅れたが、俺は君たち57期生訓練生徒の指導主任を担当する中条(なかじょう)(あきら)だ。一人でも多くの者たちと共に、三年間を無事終えられる事を祈っている。以上だ」


 決して声量は大きくなかったが、中条の声は不思議と耳を熱くした。

 パラパラとまばらだった拍手も次第に大きくなり、中条が舞台袖に下がるまで止むことは無かった。


「結局、左足から動けってやつ、今もやってんのかな」


「さぁ」


 万の呑気な疑問を流していると、中条と入れ替わりで大人たちがズラズラと出てきた。右から順番に各クラス担任教官、寮母さん、カウンセラー、校長で、それぞれが手短に挨拶を済ませていった。

 それにしても、校長の話が思ったより短かい。


 全員の挨拶が終わるまでずっと立ちっぱなしだったので、誠はいつ座れるのだろうかと飽き飽きしていた。

 そんな中、一人の生徒が舞台端から歩いてきた。長身を全く揺らさずにキビキビと歩いてきたその男は、壇上の中央に立つと、設置されたマイクに向かって話し始めた。


「生徒会長の三好(みよし)(けい)です。新入生の皆さん、まずはご入学おめでとう――」


「あっ」


 校門前で絡んできた謎先輩だった。


「へぇ、あの人が生徒会長なんだ。そういえば、あの人面接室の端にいなかったっけ?」


「えっ」


 万の言葉に触発され、誠は面接時の事を思い出した。

 ……うわぁ。何であんな生意気な事言ったのに受かったのだろうか。謎だ。そして出来れば思い出したく無かった。


「知り合いなのか」


「いや、ついさっき初めて話したばっかりで」


 二人でこそこそと話していると、ふと生徒会長と目があった気がした。万はすぐさまそっぽを向いた。なんで俺だけが変な先輩に目を付けられるんだろう。

 会長の挨拶の大半を聞き流し、ようやく入学式が終わった。


 入学式の後はクラスごとのホームルームがあるらしく、その場で解散とはいかず、もう一度各教室に集まることになった。


「1学年のクラスAは……東棟二階の一番奥の教室だな」


 小冊子片手に、万がつぶやいた。一学年の400人は、各40人ずつの10クラスに割り当てられている。クラスはAからJまであるが、別に成績順とかそういう意味はない。

 誠がつかつかと歩いていると、横に熱血女子と陰キャ女子がいた。もしかして同じクラスなのだろうか。


「……」


「ねぇ、もしかして同じクラスだったりする?」


 誠が黙っていると、万が唐突に熱血女子に向かって話しかけた。

 すごいぞ万、お前は勇者だ。


「俺、白鳥万。よろしく」


「こちらこそ。天野(あまの)桔梗(ききょう)だ。よろしく」


「どうも、三方ヶ原(みかたがはら)みゆきです。桔梗ちゃんと同じK市立第二中学校です」


 活発女子は天野、陰キャの眼鏡女子は三方ヶ原というらしい。そして、陰キャ女子はそこまで陰キャっぽくなかった。陰は陰を見分けるというが、誠のセンサーは反応しなかった。


「えっ、そうなんだ。俺もK市出身なんだよね、第三中で、二中にも部活の大会でいったことあるよ」


「同郷か、よろしく頼む……えっと」


櫻野(おうの)誠」


「――では櫻野君」


「……お好きにどうぞ」


 熱血漢……じゃなかった。熱血女子の桔梗は、話し方までテンプレ通りだった。

 それはそうと、同じ市内の出身であることを知らない体で話かけてみたが、意外と話しやすい人だった。あまり女子っぽさが無いもんな。


「櫻野くんって、もしかして水泳部?」


「え、なんでわかったの」


 身長の低いみゆきは、背の高い誠を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。しかし、その目は誠の顔を覗いてはいない。どこを見ているのだろうか。胸の辺りをじっと見つめている。

 みゆきは少し顔を赤らめて、少し恥ずかしそうに肩をすくめた。


 え、え、え。これはつまりそういう事か、そういう事なのか。


「こ……」


「こ?」


「こ、広背筋が発達してるから。あ、あと、撫で肩なのに結構がっしりしてるし、でも無駄な脂肪はないから。やっぱり正解だった?」


 めっっちゃ早口だった。


「変な事いってごめんね。私、筋肉は無いけど見るのは好きで、見れば大体その人がどんなスポーツしてたか分かるの」


 一部のオタクは、自分の好きなモノを語る時だけ急に滑舌が良くなるらしいが、それは事実かもしれない。

 でも普通逆だろう。その趣味は桔梗の方が似合いそうだ。イメージ的に、みゆきは図書委員やってそうな感じだったのに。


「凄っ。ねえねえ。じゃあ、俺は?」


 万が二の腕に力を入れて、みゆきに詰め寄った。みゆきは臆することなく、むしろ自ら近づき、万の身体を観察した。


「んっと、難しいな。でも、あるスポーツで特定の部位が鍛えられているというよりは、満遍なく仕上がってるような……。体操? いや、ボクシングかな」


「あ、惜しい。でも大体あってるよ。中三まで格闘技やってたんだ」


「後学の為に聞いておきたいんだけど、何やってたの?」


「ん、内緒」


 みゆきの目が怖かったが、万はそれとなくごまかした。内緒にするなら何故に聞いたんだろう。


 しばらく話している内に、Aクラスの教室についた。空きっぱなしのドアから入ったが、内装は教室というよりも会議室といった方が正しいかも知れない。どこにでもあるキャスター付きの長机と、重ねて置いておくのに便利なよくある椅子が並んでいる。前方には黒板の代わりにホワイトボードがあったが、本当にそれだけの簡素で殺風景な部屋だった。味気ない事、この上ない。


 誠はあるものを探してきょろきょろと教室内を見渡したが、そういえばアレもない。


「この教室、時計がないね」


「む、確かにそうだな」


「あ、本当だ」


「なんでだろうな」



「さぁ。なんでだと思う?」


 万の能天気な言葉に答えたのは、桔梗でもみゆきでも誠でもなかった。

 いつの間にか背後に男が立っていた。防衛軍の正規軍服に長靴。胸と肩には特別職を表すワッペンが付いている。


「まぁ早い話が、時間の管理くらい自分でやれってことだ。腕時計持ってないやつは購買部で買えるぞ、百均クオリティーだがな」


 男はホワイトボードの前に立ち、黒ペンですらすらと名前を書きこんだ。そして振り返り、Aクラス全員に語りかける。


桑名(くわな)忠勝(ただかつ)だ。入学式挨拶でもう知ってると思うが、Aクラスの担当教官として、君たちと一年間やってくことになった。どうぞよろしく」


 誠はてっきり、防衛高の教官は主任の中条のように厳しい大人ばかりかと思っていたので、桑名教官の気の抜けた喋り方に驚いた。


「あれですか。もしかして、桑名教官って無気力人間ですか」


 唐突に、隣に座った万が爆弾を投下した。

 マジで勇者すぎるだろお前は。本当は厳しい人だったらどうする気なのか。教室にいる万以外の生徒が全員『あ、こいつやらかしたな』という心境で一致した。


「ははっ。防衛高の教官が皆、中条みたいな奴だったら堅苦しくて嫌だろう? 別に俺は厳しくしても構わんが……。なるほど、今年の一学年は向上心に溢れているな」


「冗談ですよ! いやだな。ははは」


 クラスメイトの反感の目に晒されながら、万は乾いた笑いで取り繕った。

 余計な事言いやがってと言いたいところだが、今の短いやり取りでなんとなく桑名教官の人間性が分った気がする。そして、万が一番最初にぶっ飛んだ発言をしたことで、クラスの発言のハードルが下がった。これからはある程度思い切った話も出来るだろう。

 万はバカに見えて意外と策士なのかもしれない。クラスに一人はこういう奴がいると、全体の雰囲気がグッと良くなるな。


「で、早速だが君たちには自己紹介をしてもらいたいと思う。お互いの事もよくわからない状態じゃつまらないだろ?」


 出た、自己紹介。学生が一番最初に仲間たちの前で喋る機会であり、後々の学校生活が楽しいものになるかそうでないかが、この一瞬にかかっていると言っても過言ではない。


「名前、趣味、好きな物、最後に『能力』を言って貰おうか」


 その瞬間、多分Aクラスの全員が浮足立ったと思う。自分が能力者かどうかは非情にデリケートな問題で、積極的に明かす人もいれば秘密にしたい人もいる。少なくとも、初対面の相手に『能力』までも話してしまう事は絶対にない。だが、ここは防衛高である。能力を伸ばすための、能力者しかいない学校だ。これから共に生活していく上で、仲間の能力を知っておくのはむしろ大事な事だ。それに、なんだかんだ、ここにいるのは15歳の子供なのだ。自分の能力を自慢したくてたまらなくても、不思議ではない。

 だからこそ、ようやく本来の自分を見せつけることが出来る場を得て、全員が浮足立っていた。

 ……誠を除いて。


 最初に万が立ち上がった。


「じゃあ先頭打者(トップバッター)は俺から。白鳥万です。趣味は料理で、特に得意なのは木の実で作る焼き菓子かな。防衛高って施設内に商業施設があるらしいから、そこでいろいろ買って試してみたいと思ってます。好きな物は漫画とゲーム。全部実家に置いてきたけど……。そして能力は、」


 万は一旦言葉を切り、間を置いた。

 右手をすっと前に出し、少し力んだと思ったら、いきなり腕が発火した。


「見ての通り、右手が燃えます。まぁ燃える以外にも色々と効果があるんだけど、それはまた別の機会に。仲良くしてくれたらうれしいです。これから一年間よろしく!」


「うんうん。自炊ってのは良い趣味だ。普段は食堂の飯を食う事になるが、実地演習なんかでは自分たちで飯の準備をしてもらうからな」


 桑名教官のコメントが、なんか本格的だ。


 腕を振って消火する万を横目に、誠はぱちぱちと手を打った。というかこの男は料理が趣味なのか。そっちの方が印象強くて、腕が燃える能力の事を忘れてしまいそうだ。もしかして焼き菓子って、木の実を握りつぶしながら作るんだろうか。


「なら次は私が。天野桔梗だ、よろしく頼む。読書と、あと強いて言えば語学の勉強が趣味だ。好きな物は特にないが、嫌いな物も特にない。

 能力は加速だ。長くは持たないが、私自身の動きを加速させることが出来る……らしい。私にとっては周りの動きが鈍く感じられるだけだから、むしろ鈍化といった所なのだが。防衛軍に入って、さらに上を目指すためにここに来た。お互い切磋琢磨し、実力を磨き合う関係になれればと思っている。以上だ」


「目標があるのは良いことだ。卒業後、君たちには軍曹として任官してもらうが、その後の出世スピードを考えるなら、今の内からいい成績を取っておかないとな」


 桑名教官の目がギラリと光った。

 防衛高の卒業生は、基本的に『兵』区分をすっ飛ばし、いきなり下士官の軍曹として各部隊に配属される。しかし、全員がそうなるわけではない。より優秀な者は、それに見合った地位への昇進が約束されている。明確な成績の基準が示されているわけではないが、例えば生徒会長や各部の部長を経験しておくと有利に働くらしい。

 ……そう考えると、あの三好慶とかいう生徒会長って実は優秀なのか?


 それにしても、堅物系女子って創作物にはありがちなパターンだが、実際に目にすると違和感がすさまじいな。熱血も相まって、余計に現実味がない。


「じゃあ、次は私が。三方ヶ原みゆきです。桔梗ちゃんと同じ中学校の出身で、趣味は筋に……に……人間観察です。好きな物はお母さんの手料理かな。しばらく食べられないのが寂しいです。能力は、光球を体の周りに浮かせることです。光球に触れた物は何でも弾きます。みんなと友達になれたら嬉しいです。よろしくお願いします」


 流石に、筋肉観察とは言わなかったか。でも微妙に誤魔化せていない気がするのは気のせいだろうか。


 その後もよどみなく自己紹介は進み、誠を含めて後二人という所まで来た。


 本来ならみゆきの次にでも自己紹介を済ませるべきだったのだろうが、誠にはそれが躊躇われた。誠にとって能力を話すという事はつまり、自分のアイデンティティにまつわる一番大事なことを暴露する事なのだ。


 そして、39番目の自己紹介が始まる。


「高村孝太郎(こうたろう)だ。趣味は音楽鑑賞で、好きな物は・・・CDかな。いろんなアーティストのCDを集めたりしてる。そして能力は火と水を生み出し、操ること。これから一年間、どうぞよろしく」


 まばらに拍手の起きる中、万がはいっと手を挙げた。


「ねぇ! その能力ってもしかして『二種持ち』!?」


「ああ」


 その短い返答で、教室内はさらに沸き立った。

 二種持ち。それは文字通り、能力を二つ所持すること。能力は基本的に一人ひとつだが、両親がどちらとも能力者の場合、極まれに能力の形質を受け継いだ子供が生まれてくる。それが能力の二種持ちだ。

 能力と遺伝の相関については分かっていないことが、未だに多い。能力者の子供でも無能力な事はあるし、無能力者から能力者が生まれる事だってある。しかし、二種持ちは能力者からしか生まれない。

 そして、二種持ちは往々にして、強力な力を持つことになる。


「水と、さらに火もか! 能力だだ被りかよ畜生~」


「でもさっきの話じゃ、腕が燃えるだけじゃないんだろ?」


「そうだけどさ。やっぱり二種持ちは羨ましいぜ」


 謙遜もあったとは思うが、万は本当に羨ましそうだった。能力が二つあるという事は、それだけで実力を表すステータスになるのだ。高村も誇らしそうに答えていた。


「で、全員終わったか?」


「いや、桑名教官。コイツがまだです」


 ざわめく教室を鎮めようと教官が声を発した。隣に座っている万が、後ろ背をバシバシと叩いてくる。

 しょうがないのだろうか。どちらにせよ、学校側は能力の内容を事前に知っているはずだし、隠すにしたって意味のないことだ。

 誠はおもむろに席を立った。うるさかった教室が少し静かになる。


「……櫻野誠です。趣味は漫画と読書、好きな物はカレーかな。防衛高の学生食堂は週一でカレーだって聞いてるので、少し楽しみです」


 くすくすと笑い声が聞こえた。


「――人見知りだけど寂しがり屋なので、是非構ってやってください。能力は強化、自分以外の生物には使えません。……あと、空間系も持ってます。よろしく」


 ざわめきは聞こえなかった。代わりに息をのむ音がした気がする。


 ああ、だから嫌だったのに。

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