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防衛高の日常  作者: 兄鷹
第一章 始まりを告げるラッパ 編
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1関東防衛軍高等学校

 ――ニ十世紀末、人類は新しい力を獲得した。



 後世に『能力』と呼ばれるその超常現象は、詳しい理由は分かっていないが、全世界で同時多発的に発現しはじめた。『能力』に目覚めた者は従来の人間の限界を超越し、一個人が軍隊に匹敵するほどの力を持つこともあった。

 しかし人間を超えた力は、人間の欲までも拡張する。各国で『能力者』の発掘と教育、そして軍事転用が加速化し、人間の持つ強欲は『能力』に後押しされる形で膨張を続けていった。

 誰も止める者がいないまま、限界まで膨れ上がった欲は、最後には第三次世界大戦の勃発という最悪の形で爆発した。別名、能力者大戦とも呼ばれるその戦争は全世界を覆い、強大な能力により犠牲者の数は増加の一途をたどる。東西冷戦中に開発された核兵器も猛威を振るったが、それ以上に凶悪だったのが、やはり能力者の存在だった。メンテナンスの必要な兵器と違い、能力者は一人の人間である。食事と睡眠だけで何時間も動くことが可能で、能力者の軍事利用はつまり軍事コストの大幅な軽減を実現したのだ。それによって各国の戦争継続へのリスクが減り、第三次世界大戦……能力者大戦はかなりの長期化の様相を呈した。


 長い戦争の中で、停戦が試みられた回数は少なくない。世界人口が低迷し始めた頃、国際連合(UN)が『国家間戦争での能力及び超常物質の軍事利用禁止条約』という有名な条約を発表した。戦争を生き延び、その当時残存していた150ヶ国の内、120ヶ国がその条約を締結したが、しかしそれでも戦争は止まらなかった。制御の効く軍隊等ではなく、一人ひとりが力を持つようになったことで、各地でゲリラ的に戦闘は続いたのだ。有名無実なその条約を嘲り笑うかのように、犠牲者は全世界で増え続けた。


 そんな中、能力者大戦の模様を激変させる、ある発明品が生まれた。それが『能力封じ』である。初期思想は軍事利用――敵対する能力者を無効化する目的で開発された『能力封じ』だったが、皮肉にもそれが平和を導くことになったのだ。一般市民が持つには強大過ぎる力を封じることで、結果的に社会秩序を薄皮一枚で保つことが可能になった。やがて世界人口が全盛期の半数を切り、程なくして第三次世界大戦は停戦へ向かった。危機意識というのは、全人類が共通して持っているものなのかもしれない。停戦に反対する国は無かった。長い戦争に疲れ、皆が平和を望んでいたのだ。

 だがその停戦は、各国の軍縮までには繋がらなかった。サルが火を使うことを覚えてから現在まで、地球上に戦争のない時代は無かったという。大陸では未だ紛争が頻発し、緊張が緩むことは無い。過去の冷戦時とはまた違った緊張の中、各国は自国の『能力者』達の教育、訓練に国防費を割いた。


 そして、それは日本も例外ではなく…………、






「……まさか受かるとは。しかし、こうして前に立つと壮観だな。防衛高……」


 四月二日。

 中学校の卒業式の余韻を残したまま、散り始めた桜並木を背に、少年は立っていた。

 櫻野(おうの)(まこと)、十五歳。新品の制服、もとい軍服と長靴を身に纏い、胸には一学年を示す紅のバッチが付いている。短くまとめられた栗色の髪がまぶしく、どこか日本人離れした印象を与えさせる。さすが防衛高に合格するだけあり、同年代の男子に比べて肩幅が広く、がっしりとしている。それでも脅迫的な雰囲気が無いのは、肩幅に見合った長身のお陰だろうか。

 辺りを見渡すと、同じような格好をした新入生がぞろぞろと列をつくっていて、順番に校門をくぐっている。入学式が行われる式場まで上級生たちがずらりと並んで道を作っていて、新入生は背中をバシバシと叩かれながら歓迎の嵐を受けていた。


『ようこそ、防衛高へ!』


 大きな字で書かれたのぼりの下で、吹奏楽部が校歌を演奏している。隣で歌っているのは合唱部だろうか。入学式の騒々しさをより一層盛り上げている。


 ここは関東防衛軍高等学校。一学年400人と限られた、『能力者』教育の為の超エリート校である。

 日本には現在、能力を持たない一般人で構成される自衛隊の他に、防衛軍と呼ばれる能力者の()()がある。防衛高を卒業すれば、高校の卒業資格と共に防衛軍での地位が約束され、軍での出世競争で大きくリードを付けられる。ここに集められた新入生は、関東のみならず、全国区から集った未来の幹部候補生なのだ。

 在学中、生徒は『訓練生徒』(特別国家公務員の一種)として扱われ、国防省の特殊職員として給金を受け取ることが出来る。さらには家族の税金が一部免除になったりと、高校生としては破格の待遇が得られるのだ。


 そして、その対価として生徒たちは『訓練』をする。将来日本が危機にさらされた時、前線で文字通り『命』を張って国民を守る義務があるのだ。


 能力者として生まれた者には、二つの道がある。生涯ずっと能力封じを付けて、一般人として生きるか。それとも能力を活用して国防へ携わるか。能力は第二次成長期と共に発現し、日本では15歳(知的な判断が可能とされる年齢)まで封じられる。

 (まこと)のように後者を選んだ者は能力封じを外すことが許され、能力の制御と活用を、ここ防衛高で徹底的に叩き込まれる。


 ――トントン。


 しばらく物思いにふけっていた誠は、急に後ろから肩をたたかれて、思考を止めた。


「大丈夫、大丈夫。校門前で尻込みする子って、毎年必ずいるんだよ」


 振り向くと、胸に青いバッチを付けた先輩が、懐かしいものを見るような眼で笑っていた。バッチの色が青という事は、最上級生である三年生だろう。長身の誠を見下ろす程の男だが、首元からのぞく肌は硬質な筋肉の塊を連想させた。見た目は柔和だが、内に秘めた圧が隠せていない。防衛高で長く過ごすと、こんな感じになるんだろうか。


「君、名前は?」


「櫻野誠です……いえ、尻込みというか。ただ、思っていたよりも体育会系だなと思って」


 誠は、新入生を手厚く歓迎する先輩たちの、遠慮ない距離感の詰め方に少しビビっていた。別に人付き合いが苦手なわけではないが、ぐいぐい来る人が得意なわけでもない。

 そんな性根を見透かしたのか、謎の先輩はおもむろに微笑んだ。というか人に名前を聞いてきて、自分は名乗らないってどうなんだ。


「人と関わることが苦手だと、この先苦労することが多いよ。軍隊は縦社会だけど、それ以上に横の繋がりも大切だ。入試の面接で聞かれなかった? 『自分は仲間意識が強いほうだと思いますか』って」


 たしかに、聞かれた。これから寮や学校で、将来的には軍隊で集団生活を送るにあたって、仲間意識は必須のものだ。詳しくは覚えていないが、その時は適当にあたりさわりのない受け答えをしたはずだ。面接官相手に、15歳の嘘など簡単にバレていただろうが。


「……そしてそれ以上に、あの行為にはイニシエーションとしての側面もある。防衛高生になるには、必要な儀式だ。背中を叩いてくれる先輩のありがたみが、君もいつか分かるよ」


 そう言って先輩は、強く弾みをつけて誠の背中を叩いた。バシッという乾いた音が響き、叩かれた跡がじわりと熱を持つ。

 マジで何なんだ、この人は。


「痛ッ…」


「はは、そんなに悪くないだろ。ようこそ防衛高等学校へ」


「――お世話になります」


 不服ながらも、誠はしぶしぶ返事をした。

 なんで入学早々、俺だけ変な先輩に絡まれなきゃならないのか。

 誠は足早にその場を立ち去った。





「……櫻野誠」


 あまりうれしくなさそうな表情で上級生の洗礼を受ける彼の背中を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。

 青いバッチを付けたその男は、この学校の生徒会長だった。


「一応面接室にいたんだけど、覚えてないのかな? 無理ないか、滅茶苦茶緊張してたし」


 質問こそしなかったが、この男は面接官たちがずらっと並ぶ机の端に、ちゃんと椅子を並べていた。なので、ガチガチに緊張していた面接時の誠の事も、きちんと覚えている。


(能力が面白いという前評判だけ聞いてたけど、彼は面接も結構面白かったな)


 誠自身、極度の緊張でよく覚えていないようだったが、彼は仲間意識云々の質問に対して、立派に受け答え出来ていた。


『人間に、仲間意識という「感情」が存在するとお思いですか? そもそも仲間意識とは苦楽を共にした()()だからこそ芽生える「人間関係」を指す言葉であって、それが強いとか弱いとか、全く意味のない事です。ですが、防衛高で仲間意識が育つのは、俺としても少し楽しみです』


 失笑する面接官もいる中、誠は自分が今何を言ったのかさえおぼつかないような表情で受け答えをしていた。

 彼の能力も含めて、興味深い新入生であることには違いない――が、


「まだ無理もないけど、カタいなぁ」


 男はそう言って、笑った。

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