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防衛高の日常  作者: 兄鷹
第一章 始まりを告げるラッパ 編
12/19

休題Ⅰ 三方ヶ原みゆきの休日


 ……最近、欲求不満だ。


 三方ヶ原(みかたがはら)みゆきは、起き抜けのベッドでそんな事を考えていた。土曜の朝には起床ラッパが鳴らないので、少しゆっくりできる。

 まだ温かさの残る布団を名残惜しく除けて、ぐっと背伸びをした。肩の下、腕の付け根あたり……有体に言えば胸なのだが……に重みを感じ、ふと伸びを止めた。


「また大きくなったかな」


 みぞおちの下あたりから手を差し入れ、多少の硬さの残る自分の身体にさわった。


「んっ……」


 みゆきには、同年代の友達には言えないような、ちょっと変わった趣味がある。いや、別にそんなに変な事でもないのかも知れない。割と皆やっていると、何かの雑誌で読んだ記憶がある。

 男の子がたくさんやっているイメージだが、女の子がやってはいけないという法律はない。


 それでも、中学校の時の女友達――桔梗ではないが――に、休日はたっぷり二時間するのだと言ったら、引かれたことがある。

 それ以来、みゆきは自分のこの性癖をひたすらに隠し続けてきたのだ。


「ふっ……んん……」


 床にごろんと寝ころんで、入念にストレッチをする。()()前にストレッチをするかどうかは結構個人差があるようだが、みゆきはストレッチで体を温めてからするのが好きだった。


「ふッ……ふッ……ふッ……!」


 ちょっと汗ばむくらいまでストレッチをすると、みゆきは運動着に着替えた。あの部屋に入るために必要な上履きを持って、部屋の外に出る。


 ――やっぱり私、今日もいっちゃおう。


 みゆきは最近欲求不満だった。防衛高に来る前は主に自分の部屋でやっていたのだが、ひとりで出来る事を一通りやりつくすと、道具が無いと満足出来ない体になってしまった。

 頑張って貯めたお小遣いで両親に内緒で道具をそろえて、やはり自分の部屋でひとりでやっていた。


 寮の階段を下りていると突然、中学生の時に言われた、あの心無い言葉が思い出された。


『えっ。みゆきちゃんって、変態?』


「…………」


 もはや病気といっても過言ではない自分の趣味は、絶対に誰にも知られてはいけないのだ。

 みゆきはゴクリと喉を鳴らした。


 ……絶対に、誰にも知られてはいけないのだ。








 しかし、入学してから初めての週末。みゆきは遂に、他人の前で行うその行為の魅力に気が付いてしまった。


 道具がたくさん置いてあると噂の()()()()の事は、実は入学前から知っていた。ただ本当にそこへ行こうかどうか決心がつかなくて、ドアの前でうろうろしていたのだ。

 そうしたらいきなり……


「あれ、三方ヶ原(みかたがはら)さん……?」


 近くにあった雑貨屋から、クラスメイトである櫻野誠がひょっこりと飛び出してきたのだ。


「――おはよう、櫻野くん」


 ――もしかして、見られたかな?


 みゆきは手に持っていた上履きを背中に隠し、冷静を装って挨拶した。


「……一人でどうしたの?」


 ――……ッ!!


 今一番聞きたくない言葉が、誠の口から飛び出てきた。


「お、櫻野くんこそ、何か買ってたの?」


「いや、別に見てただけで」


「そうなんだ」


「うん」


「……ふーん」


「…………」


 ――絶対に怪しまれてるよね!? どうしよう!??


 挙動不審に見えていないだろうか。とにかく自分が不自然に見えていないかどうかが気になって仕方が無かった。


「三方ヶ原さんは、その靴持ってどこへ行くところなの」



 ――おわた。

 


「え、えっと。これは何でもないよ」


「……そうなんだ」


「そ、そうなの」


「…………」



 もう、絶対にバレた。

 女の子がこんなことするのかと、絶対に引かれた。


 その後にも少し何か話したような覚えがあるが、記憶が吹っ飛んでいてよく思い出せない。

 クラスメイトが遠ざかっていくその背中を見ながら、みゆきは投げやりな気持ちで靴を握り締めた。


「もうバレたなら、別にいいよね?」


 その部屋の前には、まだ大勢の人がいる。休日のこんな朝早い時間から利用していると思われたくなかったので、どうしてもドアに手を掛けるのをためらっていた。しかし、投げやり状態のみゆきは無敵だった。


「失うものは、もう何もない……」


 ドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開けて…………。



 最初に感じたのは、男の子たちの汗の匂いだった。ちょっと胸の辺りがぞわぞわする匂いだが、そんなに嫌いではない。


 土曜の朝だというのに、既にその部屋には数人の男子学生がいて、規則的なリズムの運動で汗を流している。

 みゆきは思わず、その動きに目を奪われてしまった。他人が、しかも異性がこんなに近くでやっているのを、今まで見た事がなかったのだ。精々が父親のそれ程度だが、しかし40を超えた父と、まだ若い学生とでは迫力が違った。


「……君、この部屋に来るのは初めてかい?」


 じっと見つめてくる女子学生を不審に思ったのか、その男子学生は手を止めてみゆきに声を掛けてきた。


「あ、はい! で、でも今日は見るだけにしておこうかなって思ってて、それでえっと……」


「はは、遠慮することは無いよ。俺が教えてあげる」


「いえ、でもせっかくやってる最中だったのに、申し訳ないです!」


 早口で断ろうとしたみゆきだったが、汗の滴る男子学生に押されて、結局他人の目がある所でやることになった。


 …………そして知ってしまったのだ。衆人環視の中でやる快感を。







 あれから数週間。もちろん富士山研修の最中にやる余裕なんて無かったし、防衛高に戻ってからも本格的に始まった能力訓練が忙しくてなかなかこの部屋に来ることが出来なかった。


 しかし、溜まりに溜まった欲求不満も今日が限界だった。もうやりたくてやりたくて頭がどうにかなりそうだった。しかも道具が無いと満足できないし、他人の目がある中で行うことも覚えてしまった。


 一人でやっているとすぐに飽きてしまうものだが、他人も同じようにやっている空間にいれば、モチベーションが下がらない。むしろ、もっと見て欲しいとすら思ってやる気が出てくる。


 みゆきは躊躇せずにドアを開けて、上履きに履き替えた。この部屋に土足で入るのはルール違反なのだ。他にも、使った道具に付いた汗はきちんと拭き取らなければならないため、個人でタオルが必要になる。そして、たくさん汗をかくため、水分補給用の水が欠かせない。


 みゆきは手頃なマシンに腰かけて、自分の負荷に対して適正になるように準備した。もし負荷が軽すぎれば物足りなくなってしまうし、逆に重すぎれば回数がこなせなくなってしまう。


 最初に選んだのは、胸を虐めるマシンだった。黒光りする取手を掴み、グッと力を込める。


「んんっ! ふうぅ! んんっ! ふうぅ!」


 思わず声が出てしまうが、我慢は身体に良くない。むしろ息を深く吸って、深く吐くことが重要なのだ。

 口から取り込んだ酸素が肺へ届き、身体を動かす燃料となる。その力がマシンに直接作用し、パンパンと音をたてながら動き始めた。


「んんんっ!」


 胸の肉がきゅっと縮んで、すぐに解放される。また縮んで、解放される。その終わりの見えない繰り返しが、みゆきの身体に徐々にストレスを蓄えていく。そしてそれが弾けた時、肉体は更なる成長と快感の為に瀉血(カタルシス)を迎えるのだ!


「………はぁはぁ」


 1セット終える頃には、顔が火照り、全身から汗が吹き出していた。徹底的に扱かれた胸がビクンビクンと意志に反して勝手に震え、みゆきは恍惚とした表情を浮かべて悦に入った。


 しかし、まだあと2セット残っている。そしてそれが終わったとしても、マシンはまだ他にもたくさんあるのだ。


 ――今日も二時間ぶっ続けでやっちゃおうかな。


 前回は軽い脱水症状になってしまい先輩たちに迷惑をかけてしまったが、今日は水筒を持参している。モチベーションも高く保てているし、今なら永遠にやっていられそうだった。


「おはよう。今日も朝から早いな!」


 その時、部屋のドアが開いて、坊主頭の先輩が熱気の満ちたこの空間にやってきた。

 たしか彼は青嵐寮の寮長で、三学年の権田(ごんだ)恒興(つねおき)という名前だったはずだ。青嵐寮のクラスメイトから噂は聞いていたが、かなり厳つい体付きをしている。


 ――これは、大きさ(ボリューム)も期待できそう………。


 みゆきは権田のたくましい見た目に、知らず知らずのうちに呼吸が浅くなっていた。

 権田はふと、マシンの上でだらけきった表情を浮かべているみゆきを目に留めた。


「お、一学年の学生がいるとは、珍しいな!

 ――? その負荷は、少し君には高すぎるのではないかな?」


「い、いえ。私このくらいの刺激が無いと満足出来なくて……」


 みゆきの言葉に、部屋にいた男子たちが驚きの声を上げた。

 休日を返上してまでこの部屋に来るくらいだから、割と普通だと思っていたが、やはり自分は異常なのだろうか。言葉を間違えたかと不安になるみゆきだったが、権田は気にせずに笑った。


 権田は部屋の中にあったベンチに仰向け寝っ転がり、道具を手に持って規則的で周期的な運動を始めた。

 2セット目に入っていたみゆきが思わず手を止めてしまう程、権田のものは凄かった。


「ふうっ! ふうっ! ふうっ! ふうっ!」


 大きな声を出しながら、手をリズミカルに上下させている。汗が飛び散り、顔が赤くなっていく。


 みゆきの予想は当たっていた。権田のそれは力を入れるとむくむくと大きくなり、それに合わせて権田はもっと激しく手を上下させる。


「ふっ! ふっ! ふっ! ふっ!」


 段々とペースが上がってきた。はち切れそうなほど膨れ上がった権田のそれは、今か今かとカタルシスの瞬間を待っていた。

 そして――、


「っーー!」


 権田が目を細めた瞬間、みゆきには確かに見えた。










 何度も繰り返し扱かれた権田の胸筋の筋繊維が、音をたてて千切れていくのを。




 酷使された筋肉はボロボロになり、十分な食事と休養によって回復する。それはさながら臥薪嘗胆で雌伏の時を過ごす復讐者のようだ。

 食事で補いきれないタンパク質を手軽に補給するには、やはりザ〇スのプロテイン! 購買に行けば特価で買う事が出来るのだ! 牛乳に溶かすと美味しくなるが吸収が遅いため、運動後三十分(ゴールデンタイム)を逃さないようみゆきはいつも水に溶かして飲んでいる。


 そうして、虐められた身体の筋肉は超回復(カタルシス)を迎えるのだ!


 権田先輩のナイスバルクにモチベーションをもらったみゆきは、休んでばかりいられないと、さっそく3セット目を始めるのだった。

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