9親知らず子知らず
かゆい。
最初にあったのは痒みという感覚だった。
足に虫でも止まっているのか。そう思った誠は戦闘服の上から足を触った。
「……!? が、ぐぅぅぅう……!」
耐え切れない痛みが襲ってきて、思わず体をよじった。脛の骨が折れていた。
背負っていた背嚢から落ちたおかげか上半身に異常は無かったが、両足とも骨折していて動けない。
「添え木を……何か固定するものを……痛ッッッ」
辺りを見渡したが、枝などは落ちていない。能力で木刀を取り出そうとした時、ふと孝太郎が中にいることを思い出した。落ちる時に首や足を強かにぶつけていたが、無事だろうか。
すぐ側に穴を開けると、孝太郎が真っ青な顔を覗かせた。口元を歪ませて、今にも死にそうだ。
「………大丈夫か?」
孝太郎は穴から這い上がると、間を置かずに勢いよく吐き始めた。
「おい、マジで大丈夫かよ?」
一瞬、自分の両足が折れていることすらも忘れそうな程、孝太郎の顔色は悪かった。
「………うぷ。……お前がだじでくれるまで、ずっど中で回り続けてだんだぞ…………うっ!」
言葉短くそういうと、再び胃の内容物を吐き始めた。もはや何も出てくるものが無くて、胃液を吐いている。
そういえば、穴の向こう側は完全に無重量空間になっていたのだった。勢いを付けて穴へ飛び込めば、どうなるのか考えておくべきだった。恐らく外に出るまでずっと回り続けていたのだろう。自分で止まることも出来ず、頭と足に血が昇って血管が張り裂けそうになっていたはずだ。
爪から流れた血が固まってかさぶたのようになっている腕時計を見ると、短針はすでに6時を指していた。すでに空が明るくなっている。
「落ち着いたか?」
「……少しは」
「なら、この木刀を添え木代わりにして、両足を縛ってくれないか。折れてるらしい」
応急処置セット一式は背嚢の中に収納していたので、そこから包帯を取り出す。痛みに耐えながら折れている骨を真っ直ぐにして、木刀と包帯で固定した。これで正解なのかは分からないが、とりあえず安静にしておくのがベストだろう。
上を見上げると、木々の隙間から僅かに壊れたガードレールが見えた。
「よく死ななかったもんだな」
「お互いにな」
崖はほぼ垂直に切り立っており、全力で大声を出せば上へ届くかも知れない。しかしそれでは体力を消耗するので、近くに生えていた生木の枝を孝太郎に燃やしてもらい、煙を出した。どれほど高く上っているのかは分からないが、これで遠くからでも視認できるはずだ。
ここから動くことが出来ないので、ひとまず腹ごしらえという事で孝太郎の水で携行食品のカレーを作った。孝太郎は火と水を器用に操りながら、温かいお湯を作って白米を温め直していた。
冷たくても美味しい(自称)カレーだが、やはり温かい方が旨かった。
「……火と水って便利な能力だな。温かい飯が食えるってだけで涙が出そうだ」
誠は爪の割れた手でプラ製のスプーンを持ち、痛みに耐えながら、実際少し涙を流しながらカレーを食べた。
孝太郎はそんな誠を一瞥して、ふと呟いた。
「……便利な能力、か。お前が言っても説得力ねぇよ」
「…………」
焚火の番をしながらカレーを食べる孝太郎の背中を見て、そういえば喧嘩をして落ちてきたのだったと、今更ながら実感した。
少し寂しそうなその背中に、今ならもう一度あの質問をしてもよさそうな気がした。
「……なぁ。なんで、そこまで俺に……いや、能力に執着するんだ?」
孝太郎は生木をくべながら、しばらく押し黙っていた。誠はさらに言葉を続ける。
「教官たちが話してるのこっそり聞いちまったんだけどさ、お前の両親、陸軍のエリートなんだってな。もしかしてそれが原因か?」
能力者が生まれる要因はまだ解明されていないが、二種持ちは両親が能力者の場合にしか生まれない。そしてその能力は両親から遺伝する場合が多い。
孝太郎は両親の能力で、誠に負けたのだ。
「俺が同じ二種持ちだから、それで意識してるんだよな。立派だと思うよ。能力をくれた両親の為に努力する。すごく立派な事だと思う……けど、」
「けど、なんだよ?」
孝太郎が唐突に話を遮った。ぱちりと音をたてて、枝がはぜた。
「お前に何が分るんだよ? お前の親は一般人だろ。そうだな? 能力者としての責任を果たそうともしない無責任な親元で育ってきたなら、俺の気持ちなんて分からないだろうさ!
櫻野姓の軍人なんて聞いたことねぇ。空間系能力って恵まれた才能を持ちながら、ぬくぬくと在野で生きてるんだろう?」
違うと言い返す事は感嘆だったが、誠はこの話は最後まで聞いた方が良いような気がした。
「俺には義務があるんだよ。防衛高でいい成績残して、親に誇らしげに胸張ってもらうっていう義務がな! くだらないと笑うか? ……でも、それが俺の全てなんだよ。お前なんかに負けてられないんだよ……」
孝太郎は努力した。親戚や両親や、周りの期待に押しつぶされそうになりながらも、陰で努力し続けた。
「お前の目的はなんだ? お前はなんで防衛高に来たんだ? 俺には明確な目的があるんだよ。俺の方が、なのに、なのに―――」
――俺の方が努力してるのに、何でお前が勝っちまったんだよ。
喉まで出かかったその言葉を言うことは、孝太郎のプライドが許さなかった。
模擬戦で負け、挙句には喧嘩し、最後には庇われた。孝太郎の心はもうぐちゃぐちゃだった。
負けることを両親のせいにしたくなかったから、努力し続けた。それでも負けた。尊敬する両親の能力で負けた。
誠は涙をこらえる孝太郎を見て、自分が彼にどんな言葉を掛けられるだろうかと考えた。立派な目的を持ち、それに向かって努力する人間。その努力を何の気なしに砕いてしまったのは自分なのだ。
「……繰り返すようだけど、両親の為に頑張るって、立派だと思うよ。俺は、そんな風に、親の為に頑張ろうだなんて思ったことない……。
何か気に障ることがあったなら、謝るよ」
だが、これはどちらかが一方的な加害者でもう片方は被害者とか、そういった話ではない。誠だけが謝って終わりではない。
――こいつになら、少し話してもいいかも知れない。
誠にはそう思えた。
「俺の本当の両親は……」
孝太郎が顔を上げたのを見て、誠は言葉を続けた。
「俺が生まれたばかりの時に、今の両親の元へと俺を置き去りにしたんだ。だから俺は、自分の両親がそんな誇りに思えたことなんて一度もない。ずっと憎悪の対象だった。今の親に八つ当たりしたこともあった」
――嘘つき。
あの日、父さんと母さんがどれだけ辛い思いで真実を打ち明けてくれたのか、最近になってようやく気が付いてきた。
なのにも拘わらず、まだ小学生気分の抜けきれてなかった俺はすっかり口を閉ざし、親と口を利かなくなった。
いつも一人でいたせいか、中学校で友達は一人も出来なかった。ただ水の中に潜っている時だけが、静かな救いだった。他人の言葉のある世界から、自分を切り離してくれた。
――もう友達は出来た?
母の震える声を思い出す。本当なら俺が謝らなくちゃいけないはずなのに、いつも心配ばかりさせて、情けない息子だ。今まで誰に育ててもらったというのか。
「正直今でも、なんで高村がそんなに能力に固執するのか分かんねぇよ。でも、大切な人が貶された気分になるっていうのなら、少し理解できるような気がする」
誠は背嚢に預けていた背を正して、孝太郎の目を覗き込んだ。
「不幸自慢するつもりじゃなけどさ、両親がどうとか、努力とか才能だとか、つまらない事言うなよ。お前の能力はちゃんと、尊敬する両親から貰ったものなんだろ?」
孝太郎はぷいと焚火の方へ顔を背けてしまった。だが、その背中は静かに震えていた。
「それにあの模擬戦、俺が勝ったのはたまたまだ。二回目やれば多分高村が勝つよ。これは傲慢からじゃなくて、本心からだ」
「うっせえよ。言われなくても分かってる」
次は絶対に勝つ。
そう言って、孝太郎は枝をくべた。
仲直り出来たのかは、よくわからなかった。
そもそも人間関係ってやつは喧嘩して仲直りしてはい仲良し、ってほど上手くは行かない。孝太郎はこれからも防衛高でトップを目指し続けるのだろう。別にそれが悪いことだとは思わない。
「ただ、もうちょっと皆とは仲良くやれないのか? 三年間ずっと友達いないのは精神的に堪えるぞ」
妙に説得力のある誠のアドバイスに、孝太郎は再びうるせえと言った。
「ガキっぽいことで、迷惑かけたな」
孝太郎は素直に謝った。
「そんな事思っちゃいないよ」
「……お前が自己紹介の時に能力言うのを渋ってた時、俺はどんなショボい能力何だろうって思ってた。だけど実際は空間系と強化の二種持ち…………。直前に自慢げにしてた俺がバカにされてるように感じたんだ。
櫻野、お前は自分のその能力の事、嫌いなんだろう? 自分を捨てた親から唯一貰ったものだもんな。俺とは正反対だ……。
でもな、もっと自信を持っていいと思うぜ。お前は能力を自分の物として使いこなしてる。少なくとも俺が羨ましいと思う程にな。そこまで自在に使いこなせるのは、自分の才能だろ?」
しかし誠は黙って手のひらを見つめていた。
何を考えているのか孝太郎には分からなかったが、特別問いただす気にもなれなかった。
「足が治ったら、もう一度勝負してくれるか?」
意外な言葉だったのか、誠は顔を上げて孝太郎の目をまじまじと見つめた。少し頬が緩んでいる。
「ああ。次俺が勝っても、もういじけるなよ?」
「……ッ、馬鹿野郎。もう忘れろ!」
誠は腹を抱えながら乾いた笑い声をあげて、次の瞬間には足の痛みからかうずくまって呻いていた。笑ったり泣いたりと忙しい奴だ。
――チカッ、チカッ
「………?」
急にまぶしさを感じて上を見上げると、崩れたガードレール脇で教官が懐中電灯を振っていた。
「櫻野! 高村! 動けるか!?」
桑名の声だった。他にも何人か兵士が動員されていて、車の音がした。
「櫻野が俺を庇って、足が折れてて動けません!」
孝太郎は声の限り叫んだ。横で誠が少し驚いた様な顔をしているが、気にしないようにした。
桑名教官は顔を引っ込め、しばらくすると何人かの兵士が能力を使って空中を舞い降りてきた。
富士山防衛軍自衛隊合同基地には、陸軍と空軍が常時在中している。空軍は戦闘機が中心で構成されているが、飛行可能な能力者も多数在籍している。孝太郎たちを助けに降りてきたのもそんな空軍の兵士だった。
数人で誠を担ぎ上げ、残りの一人が孝太郎を背負って飛び上がった。生身で飛ぶのは初めてだったので、少し感動した。これでもう少し見晴らしがよければ最高だろう。
「貴様ら、この高さから落ちてよく無事でいたな。熊や猿には襲われなかったか?」
「熊が出るんですか!?」
桑名の言葉尻に何か不吉な単語を捕らえ、誠は思わず口走った。
「なに、本州の熊などヒグマに比べれば小さいものだ。……ひとまず、それほど軽口が聞けるなら問題なさそうだな」
その後、不機嫌そうにしている桑名に、孝太郎と誠が目を見合わせながら状況を説明した。
まず、疲弊している孝太郎が一人で落ちてしまった事、それを助けようとした誠が負傷してしまった事。喧嘩のことやさっきまで話していたことは、お互いに示し合わせたわけではなかったが、どちらの口からも発せられなかった。
「…………よく分かった。
それで、櫻野学生の背嚢がまるで爆発に巻き込まれたかのように焦げている原因は不明なんだな?」
「…………はい」
上官に対して虚偽の報告を働くのは、立派な軍律違反である。そのことを指摘するべきか迷っていた桑名だが、二人の間に以前まであった軋轢が何故か無くなっているようだったし、結果だけ見ればそこまで悪い事ばかりでもない。足の骨折程度、医療系能力を持つ軍医に見てもらえればすぐに治るだろう。
大方、二人で喧嘩してそのまま下に落ちでもしたのだろうが。
「よし、櫻野学生を車へ運び込め。高村学生、貴様も医務室まで付き添ってやれ」
「はい」
担架に寝そべった誠は兵士によって持ち上げられ、そのまま車に積まれた。孝太郎も後に続き、その場には桑名の他数名だけが残った。
山を下っていく軍用車を眺めながら、桑名はため息をついた。
「おい新堂、貴様の心配していた通りになったな?」
「爆発するのが、大人の目の付く所だったら良かったんですがね。今回は偶々運が無かったということでで痛でででで」
桑名は新堂の側頭部を両側から羽交い締めにした。新堂の部下が目を逸らすが、気にしてはいけない。
「貴様の断行した模擬戦が今回の引き金だろう!?」
「でも仲直りしてたっぽいじゃないですか?」
「それと模擬戦が何か関係あるのか?」
「鶏ですか!? 自分の言動くらい三歩歩いても忘れないでくださいよ?」
新堂は恨めしそうな目で桑名を睨んだ。
防衛軍基地の医務室には通常、医療系の能力者が緊急時の対応の為に控えている。一口に医療系とは言っても、自然治癒力を高めるもの、傷を物理的に塞ぐもの、部分的に時間を遡行させるものなど様々ある。
誠の強化系は今のところパワーを底上げしたり強度を高める程度の使い方しか出来ないが、鍛え方によっては自然治癒力も強化できるようになるかも知れない。
「強化系? しかも対象物は特に制限無し? なら是非医療系の道へ進んで欲しいわ! 医療系能力者はただでさえ数が少ないのに需要ばっかり高くて勤務時間も長いし……しかも給金も渋いし……。とにかく、将来の選択肢として医療系を無くさないでね!」
医務室にいた軍女医から猛烈なプッシュに合い、誠は少し引いていた。自分以外の生物は対象外だと伝え損ねたばっかりに……。
「お前の水を操る能力も、使いようによっちゃ透析くらいは出来るかもな」
「……ふざけるな」
付き添いの孝太郎に話を振ると、本当に迷惑そうにしていた。ちなみに透析とは糖尿病の治療法で、血中の糖を析出させる方法の事である。糖尿病治療専門の医療系能力者か……需要はある程度ありそうだが。
誠はふと、新入生歓迎会の後にも先輩たちから部活へのスカウトがあったことを思い出した。防衛高には誰でも思いつきそうな運動部はもちろん全てあるが、文化部もそれなりに充実している。部活には基本的に強制参加であり、帰宅部――もとい帰寮部は存在しない。
「なぁ、入る部活って決めたのか」
「………いや」
「中学校の時は何部だったんだよ」
孝太郎はふと考え込んで、思い出したように言った。
「俺は美術部だった」
「え、めっちゃ意外だな」
「外部で剣道をやっててな、だからなるべく暇そうな部活を選んだ。そういうお前はどうなんだ」
「水泳部だったよ。人が多い部活は嫌で、なるべく人と話さなくていい部活を選んだらそうなったんだ。俺が卒業した後は、部員もいないし廃部になったってさ。別に泳ぐこと自体は嫌いじゃないから、高校も水泳続けようかな……」
「勿体ねぇな。戦闘で武器を使うつもりなら、そういう部活に入ればいいのに」
「他人とガツガツ競い合うのは性に合わないんだよ。サッカーみたいなチームスポーツとか、それこそ剣道みたいな対人戦とか。競泳は泳いでれば終わるだろ? 他人の声を聞かなくていい。全部自分で決められる」
「お前、マジで人見知りなんだな。なんでそんな奴が防衛高に来たんだよ」
誠ははぐらかすようにへらへらと笑った。
――仲がよさそうなのに、お互い名前で呼び合わないのね。
軍医は誠と孝太郎を見て、懐かしさに目を細めた。
「さ、どいてどいて。今から治療するからね」
孝太郎は一歩引いて、誠の隣のベッドに腰かけた。軍医は袖をまくしあげて誠の脛に触り、骨の折れている個所を確かめた。
「これくらいなら唾つけときゃ治るわね」
何を思ったのか、その女は自らの手のひらにペッとつばを吹きかけ、誠の足に塗りたくった。
「ちょっ……」
「若い娘のじゃなくて不服かしら? 経口摂取の方が効き目が良いんだけど、そうした方が良かった?」
「……いえ」
かなり強めに足を押してくるがあまり痛みは感じなかった。痛いというよりもむしろ、唾が塗られた部分だけが燃えるように熱い。
孝太郎が軽蔑とも呆れとも何とも言えないような、おかしな表情をしていた。
「私の体液には傷を治して痛みを消す効果があるのよ。飲むのが嫌だったら、これで我慢して。すぐに歩けるようにはなるけれど、無理な運動は避けるように。友達にも言っておきなさいね、後ろから飛びつかれただけでも骨折するわよ」
これでも陸軍内では変に人気があるんだから、と女医はいった。胸元には医療系能力者を表す赤十字が付いている。
「今日一日は念には念をってことで、トイレ以外で歩くのは禁止。明日から一週間は松葉杖で生活しなさい」
そう言ってどこからか取り出した松葉杖を孝太郎に預けると、女医は医務室のドアを開けた。
しかしそこには立ちふさがるように人影が立っていて、
「……! あの、お見舞いに来たんですけど今って大丈夫ですか!?」
万、みゆき、桔梗が立っていた。彼らはいそいそと医務室へ入ってくると、ベッドに座っている孝太郎を一瞥してから誠の元へやってきた。万はともかく、なぜこの女子二人が来たのだろうか。
「聞いてたより元気そうでよかった。これ、お見舞い」
万は誠の足を軽く叩いて、何か重い物を手渡してきた。
「……お見舞いって、これミカンの缶詰じゃねぇか」
「それしか持ってきて無いんだからしょうがないだろ。ちゃんと良いもん食って早く直せよ」
「流石に病人食が出るんじゃないのか? 冷たいカレーはもうたくさんだよ」
次に前に出てきたのはみゆきで、寝室に置いておいた教科書を持ってきてくれた。
「明日テストがあるから、必要だろうと思って!」
「はは。ありがとー」
親切心からの行動なのだろうが、率直に言って余計な事しやがって、である。骨折を理由にして明日のテストは休めないかと画策していたのだが……。
そこで、誠はふと気が付いた。他人にこんなに失礼な感情を抱くのは久しぶりだったのだ。打ち解けてきた証拠……と捉えていいのだろうか。中学生の時には、こんな事思う機会すらなかったのに。
「折り返した時に会わなかったからおかしいとは思っていたが、まさか転落していたとはな」
桔梗は横目で、少し離れて座っている孝太郎を眺めた。
誠は教官にしたのとまったく同じ作り話を語って聞かせ、それで一応納得してもらった。一日目に協力を断られたことをまだ根に持っているのか、桔梗は少し疑わしそうに孝太郎を見ていた。
「で、授業抜けてきて大丈夫なのか?」
「ああ、今は自習時間中だ。ほとんどの者は徹夜の疲れからか、ぐっすり寝ているがな」
そう言われると、急に瞼が重くなってきたような気がする。数時間ほど意識を失っていたとは言え、睡眠と気絶はやはり違うのだろうか。
しばらく会話した後、無意識に舟をこいでいるのを見られたのか、話もそこそこに三人は帰っていった。
「お前も、もう戻ってもいいんじゃないのか?」
「どうせ自習時間中だろ。硬い布団で寝るより、こっちのベッドの方が良い」
孝太郎は誠の隣のベッドで横になり、深く息を吐いた。
「なあ、孝太郎」
「……! 何だ」
「――……いや、やっぱり何でもない」
「……そうか」
孝太郎はごろんと横を向くと、そのまま静かに寝入ってしまった。走って、喧嘩して、たくさん吐いて、余程疲れていたのだろう。
『お前の目的はなんだ? お前はなんで防衛高に来たんだ?』
「…………」
誠は、孝太郎にその質問をされてから、ずっと考えていた。今まで深く考えたことも無かったが、何故自分が防衛高に来たのか。面接の時にも聞かれた質問だったが、その時は無難な答えで済ませたはずだ。確か、日本を守る為とか何とか……。
しかし、孝太郎と能力について話して、誠は少し考えがまとまってきたような気がしていた。
――孝太郎は自分の能力を誇りに思ってる。それは、両親を尊敬しているからだろう。……俺とは違う。真逆だ。
誠は足に負担を掛けないよう寝返りをうって、孝太郎に背を向けた。
自分が防衛高に来た理由、それは自分が一番よく知っているはずの事だったが、今までわざと考えないようにしてきたことだった。
――俺は、強くならなきゃいけない。防衛高で強くなる。それは……。
誠の目に、静かな炎が燃えていた。
――いつかこの手で、自分を捨てた親をぶん殴る為だ。