第6話「情けは人の――」
「いい人たちいるじゃねえか、お前の身近にも」
俺は口に出しても言ってやった。
「どうでしょうね。
あの2人も、いつかは辞めて、この邸からいなくなるはずです。ただ、彼らはそれぞれ“難点”がありますからね。簡単には辞めにくいんでしょう」
「だから、言い方……」
アルの物言いは相変わらず冷たいが、恐らくこいつは、信頼するのが怖いんだ。
“いつかいなくなるモノ”と決めつけ、最初から頼ることを考えていない。
あと、難点っていうのは十中八九、ローランドさんは隻眼、ベスはあの言動とあけすけな性格か。
確かに、ローランドさんの外見を“見苦しいモノ”とするならば、対外的な仕事もある執事としては中々厳しい。
ベスに関しても同じだ。ああいうタイプはどうしても少数派だろうし、料理の腕はすごくいいのに、周囲から理解が得られず、今まで職場を解雇されてきたのだろう。
「……それでも、残ってくれてる人たちには、感謝してるんだろ?」
「ええ。さっきも言いましたが、ローランドには身辺の管理、ベスには食事の用意で世話になっています。とても助かっていますよ」
ほらやっぱり。
お前がそれほど言うのなら、相当、彼らに感謝しているってことだ。
「だろ?なら、もっと素直にそれ言ってやれよ。あの二人も喜ぶぜ?」
「……そうすることになんの意味が?」
「そうだなあ……」
普通なら、“人を喜ばせるのはイイことだ”的なことを言えばいいんだろうが。その言い方ではアルは納得しない気がする。
こいつは、「なるほど必要だ」と思わなければきっと実行しない。
「……お前に合わせて言えば、“情けは人の為ならず”、だからかな。全員に愛想振りまけとは言わねえから、感謝してる相手にくらい、素直にその気持ちを伝えろよ。相手が喜ぶことをしておけば、いつかはお前に返ってくるぞ」
……この言い方では誤解されるかな。
「それ、要は、あの2人を懐柔しておけって、ことですよね」
やっぱり、そう取ったか。
でもアルが顔を顰めたのは意外だな。
「なに?アルちゃんそういうの抵抗あるの?」
「……」
……ちょっと揶揄った言い方をし過ぎたかもしれない。
アルが苛立った表情をするので、宥めるつもりで諸手を挙げた。
「ごめん、ごめん。それに、俺が言いたいのはそんなことじゃねえんだよ」
“もしものために懐柔しておく”とか、そんな直接的な利益を言いたいんじゃないと思うんだよな。この格言は。
だって、そんな下心をもって人に“情け”を掛けていたって、本当に困った時、助けてくれるかなんて知れたものじゃない。
まさに巡り巡って、他人に掛けた“情け”が自分に返ってくる、ってことを言いたいんだと思うんだ。
「他人に優しくすることは、実際、簡単なことじゃない。自分の心に余裕や豊かさが無いとできないことだ。そんな人間になれるよう、常に心掛けていれば、自然と自分自身が磨かれるし、同時に豊かな人生を歩めるようになる」
ここで言う“豊かさ”は、物質的なものじゃなくて精神的なものだ。
「そして、そういう心の豊かな人間が本当に困った時には、自然と周りから助けの手が出てくるもんなんだよ。これが俗にいう“お天道様は見てる”ってやつだな」
他人に尽くせる人や頑張っている人のことを、きっとお天道様は見てくれているものだ。これは信仰とかそんなんじゃなく、厳然たる事実だろう。
「だから、世話になってるあの2人が喜ぶことくらい、できる人間になれよ。笑顔の1つ、言葉の1つでいいんだからさ」
ふう、こんな説明でどうだろう。
割と適当なことを言ったような気もするが。
「……面白い、考えですね」
「そうか?ちょっと一般的な解釈からはズレてる気もするけどな」
ふむ。アルには納得してもらえたらしい。
「まあ、とにかく、他人に優しくすることはやって損はない。中々すぐに得にもならないけど、な」
「……」
きっとこいつは、他人に優しくされた経験に乏しいだろう。優しくされたことが無いのに、他人に優しく振る舞うなんて不可能に近い。地道にやり方を教えてやるしかないんだろうな。
俺は苦笑を浮かべながら、残りの料理を味わって食べた。
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それにしても。
俺が口にしたこの食べ物って、俺の身体の中でどう処理されてんだろうな。
普通の生物、というか人間だったら、唾液中のアミラーゼに始まり、胃液のペプシンとか膵液や小腸の消化液などで消化されていくわけだが。
当然、俺にはそんな高尚なモンがあるはずもない。
“俺がナノマシン説”なんて、冗談半分に唱えてはいるが、実際のところ俺は俺自身が一番謎だよ。
ついでに、「魔力」という不思議エネルギーについてもな。
未だに質量保存則も成り立ってんのか確信持てねえし。
十中八九、「物理法則に干渉可能な力」というなんとも胃が痛む存在が「魔力」と定義できそうだが、果たしてそんなエネルギーが存在可能なのかどうか……。
第一、魔力の媒介粒子はどうなってんだろうな。
因みに媒介粒子というのは、光を含む全ての電磁波でいう光子とか、わかりやすいところでいうと、音にとっての空気とか?なわけだが。
魔力は何を媒介にして物体に干渉してんだろうか。
ああ、いや、魔力は物理法則に干渉するんだから、媒介粒子なんていう物理的定義は当てはまらないのか……?
けど、魔力にも既知のエネルギーと共通した性質があることは俺が確かめてるし……??
うん。
これ以上は考えたらダメだ。発狂する。
ここはぜひ、戦略的撤退 ()といこう。
第6話「情けは人の――」