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第22話「同類」そして「変異」

視点が途中で切り替わります。


 ひとまず、イサナの体調が無事回復するかの保証はない。


 ということで、イサナの意識が戻り次第対応を考え、それまでは俺とアルが(イサナ)の身柄を預かる、ってことで話はまとまった。


 そうしてようやっと小屋へと移動する――という道すがら、ハクさんが呟いた。


「……お前はどうも、私とは異なるようだな」


 それに、俺は思わず笑って返す。


「奇遇だな。俺も今回のやり取りでそう思ったよ」


 その返答に、ハクさんは数舜俺のことを見つめてきたが、結局何も言わず、今度こそ小屋へと先導していく。


 付き合いの短い俺には、淡々と零されたそのハクさんの言葉と表情に、彼のどんな感情が含まれているのか知る由もなかったが――。


 少なくとも、俺は()()()()()を感じていた。

 何しろ、ちょっとした希望が潰えたわけだからな。










 

 ハクさんは俺と同じく、人型になれる魔物で“珍しい存在”。いわゆる俺たちは“お仲間”な訳だ。

 

 だから俺は、ちょっとばかし期待してたんだ。


――ハクさんも俺と同じ、地球からの異世界転生者なんじゃないか?


 ってな。


 だからどうだっていう話だが……それでも、俺はやっぱり気になっていた。

 


 この世界のどこかに俺と同じ経験(異世界転生)をした奴がいるんじゃないか?

 俺と共感できる奴がいるんじゃないか?


 って。



 やっぱ、俺にも郷愁はあるからな。

 最近は、隣にアルがいてそれなりに楽しい日々を送れているし、何しろ憧れの異世界転生なわけだから不満なんてこれっぽっちも(魔物に転生した以外に)ないけども。


 だけど、期待しちまったんだ。

 同じ境遇の奴を見つけたんじゃないかと。







 だけど、どうやらハクさんは俺とは違うらしい。

 少なくとも、思考や感性を俺と共感させられるほど、彼は俺と同じというわけじゃない。


 今回のイサナへの対応でそれがはっきりとわかってしまった。

 

 ちょっとでも期待してたぶん、なんとも寂しいことだが……。

 まあ、そんなに都合が良い事は、早々起こらないもんだな。









==========================================================================














――美しい月が昇る、その晩のことだった。








 夜の静寂(しじま)に、悲痛な獣の声が響く。


 続いて、肉を断ち、鮮血がこぼれ、生命がただの肉塊となっていく、そんな生々しい音が暗闇に伝わった。


 その音の発生源には異常に大きな“魔物”。


 二足歩行可能な後ろ脚、獲物を器用に掴み引き裂く前脚、そして一心不乱に肉塊にかぶりつくその大きな頭部。

 灰色の毛皮に覆われたその体躯は、全身が血に汚れ、禍々しさが際立っていた。


 ただ、魔物は片腕だった。

 右の肩口から先がなく、その鋭利な断面から、刃物に切り落とされたのだとわかる。


 昼間、()()()()()にやられたのだ。







 そして、その魔物が今、何を喰らっているのかと言えば――。






 悍ましいことに、かつて同族(同じ存在)だったモノだ。


 月下でも、血に汚れたその肉塊もまた()()()()()を纏っていたと辛うじて窺える。

 その遺体からは血だけではなく、不可視の魔力も垂れ流され、その残滓が周辺に凝っていた。


 やがて魔物は()()を終え、ググッと身体を緊張させる。

 背を丸め、毛を逆立て、何かを漲らせるようにその巨躯を震わせた。




 そして、周辺に凝っていた魔力が渦を巻き、魔物の方へと収束し――。

 

 遂にその時が訪れる。





 ボコボコと変形する魔物の身体、凶悪さを増す気配。


 やがて、欠損していた右腕が新しく生えた。

 しかしそれでも変化はとまらず、その体躯はより大きく、放つ魔力もより強く変わっていく。


――遂にその変化が終わりを迎えた頃。





 1頭の悍ましい魔物が、月夜に向かって吠え声をあげた。






==========================================================================







 灯りが落とされ、人の気配が失せた山小屋に、大きな黒い影が覆いかぶさった。

 そして、その影は念入りに室内の様子を探り、その中に“獲物”がいないことを悟る。


 やがてその影――魔物は、鋭い嗅覚で求める獲物の匂いを嗅ぎつけた。

 魔物は鼻っ柱をひくつかせながら、その視線を山の麓へと向ける。


 どうやら獲物は山を下り、麓の村まで逃げて行ったようだった。


 ただ忌々しいことに、その傍には“強者”がついていることも同時にわかった。この魔物を魔力で圧倒し、片腕を斬り飛ばしたあのニンゲンだ。


 魔物は一瞬、思案する。


 このまま獲物を追い、麓の村まで降りてもいいのだろうか……と。


 十中八九、村には“強者”がいる。

 あれは恐ろしい存在だ。何しろかつての魔物を――。





――そう、()()()()、だ。





 魔物は次の瞬間、まるでニンゲンのように、ニヤリと口元を歪めて嗤った。

 わずかに委縮していた体躯を伸ばし、自信の漲らせて眼下を見晴るかす。


 そうして、すっかり様相の変わった自分自身の巨躯に目をやった。


――今ならば。


 そんな、魔物の言葉(驕った考え)が聞こえるかのようだった。


 ……いや、事実そうなのだろう。

 

 やがて魔物はのっそりと移動を開始する。


 進路は山を下ったところにある人間たちの住処。


 そこには、かつての魔物に痛苦を与えた“()強者”と、“捕らえるべき獲物”。

 そして、たくさんの“壊してもイイ獲物”がいるはずだ。


 己に痛みを与えてくれたニンゲンは今度こそ肉塊に。

 壊してもイイ獲物も同じく肉塊に……。




――では、捕らえるべき獲物はどこへ……?




 その瞬間、魔物の動きが止まった。


――壊さず捕らえた獲物は、どこへ連れて行くのだったか……。


 生憎、魔物には、捕らえた獲物を持っていき、褒美をねだるべき相手は既にいない。

 何しろ魔物自身がその相手に牙を剥き、害してしまったのだから。


――メンドウ。……すべて壊せばいいのでは?


 そんな考えが魔物の思考を染めていく。





 かつての“主人”に歯向かい、同胞さえもその血肉に変え、大きく存在の変質したその魔物は、しかし結局のところ中途半端にかつての性質を残したままだった。





 この小屋までやって来たのは、かつての主人に命じられていたからだ。――ここに住む獲物を生きたまま捕らえ、主人()のところまで運んで来い、と。



 共に生まれ、共に狩りをして生きてきた、結束の固い同胞を手にかけたのも、かつての主人に望まれていたからだ。――あのニンゲンとジュウマ以上にオレ(お前)が強ければよかったのに、と。






 しかし、もうすべては無意味になっていた。

 もし命令を果たしたのだとしても、魔物をほめる主人はいない。

 










 魔物は、自身の行動原理さえ忘れかけながら――。

 





 眼下に見える灯りを踏みにじり、己に痛苦を与えた存在に今度こそ引導を渡すべく、山を駆け下りて行った。


第22話「同類」そして「変異」

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