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第1話「オルシニア」



 春の穏やかな日差しの中、旅装の男2人がとある山中を進んでいた。


――ただし、夥しい小型の魔物に襲われながら。


「……お前、ぜってー嘘ついてるだ、ろ!?」

「なんのことかわかりません、ね」


 男たちは素っ気ない言葉を交わしながら、鬱陶し気に、そして無造作に、それらの魔物を排除していく。


 驚くことに、両者とも旅装のフードさえ被ったままだ。にもかかわらず、四方八方から迫りくる敵に、危なげなく対処し続けている。

 恐らくは、視覚以外の何かで周囲を把握しているのだろう。


 一方、襲ってくる魔物の外見は様々だ。

 小型の鳥類やイタチのような獣。あるいはヘビといった爬虫類にデカい昆虫類、などなど。


 姿形はほぼ普通の生物と変わらないが、唯一違うのはそれらが“(この世界特有)(のエネルギー)”を帯びていること。


 中には多少巨大化していたり、鳴き声や羽音に魔力を纏わせ襲ってきたりするモノもいたが。


 言ってしまえばそれだけだ。


 一応、一般人からすれば目を剝くような話だが、この男たち2人にとっては「鬱陶しい」以外の何物でもない程度。


 それでもやはり、煩わしいことには変わりないようで――。


 拳を振るいつつ、苛々と片割れが言う。


「こんな、悪路が、王都へ向かう正式な道程なわけないだ、ろ! 明らかに関所破りの獣道じゃねぇ、か! しかも一般人は死ぬヤツ!」


「今頃気づいたんですか」


 ドシッという打撃音、続いてザンッと剣が振りぬかれ、小型の獣が数頭まとめて地に落とされる。


 前者が拳と足で、後者がその手にした武器で為した事だった。


「っ。……お、ま、え、はー!」


「何か不都合ありますか」


 遂に前者が牙を剥くも、後者の男――いや、声音からしてまだ青年だろう――が冷淡に返す。

 当然、前者の方は憤懣やるかたない、といった態で叫び返した。


「大ありだよ! 現に俺の体力が尽きそうだよ!」


 そう言いながら、男は頭上から襲い掛かってきた鳥型を踏み込んで躱し、返す身体で蹴り叩く。


 一方、青年も地面から飛びかかってきた小動物と爬虫類をまとめて切り払いつつ、「ハッ」とせせら笑った。


「あなたこそ嘘言わないでください。こんな程度で膝を突く体力なわけないでしょう」

「まーそうだけ、ど!」


 男もまたあっさりと前言撤回し、今度はデカい猛禽類の爪を躱して拳を振るう。


 そうして粗方襲い掛かってくる魔物を排除し続け数分後。

 彼らにとってはひたすらに煩わしかった作業もようやく落ち着き、2人は歩みを再開させていた。


「――第一、こんなに小型のヤツが大挙して襲ってくるのはなんでだよ?」

「それは、恐らくあなたのせいですね」

「はぁ?!」


 冷徹な青年の返答に、短く憤慨した男だったが、続く言葉に押し黙る。


「明らかに魔物が興奮している――いや、これは恐慌状態と言っていい。大方、あなたという存在が力の弱いモノにとって刺激になっているんでしょう」

「……」


 男にとっても一理ある予測だったらしく、ぐうの音もでないといった様子。

 対する青年は関心も低そうに言った。


「いっそのこと、()()()()()威圧したらどうです。少なくとも小型はそれで近寄ってきません」


 経験則に裏打ちされているのだろう青年の言に、今度は男が言った。


「…………でも、その場合、今度はヤバい奴がこっち来ちまうんじゃないの?」

「……」

 

 これには青年も押し黙る。

 ついでに、静かに逸らされた視線からすると、実際彼も()()()()()()()過去があるようだ。


 その様子から確信を得つつ、男は未だ試していなかった己を称賛した。

 ……なお、半ば「面倒!本性晒そう!」と決断しかけていたことはそっと棚に上げている。


「――っていうか、そもそもなんでお前はこんな道選択したんだよ。こんなに襲われてんのはそのせいでもあるだろうが」


 「街道沿いはいくらなんでもこんなじゃないんだろ?」と続いた男の問いに、青年は眉を顰めたようだった。


「……そちらは何かと面倒なんですよ。北の森からは遠回りでしたし、関所では一々面通ししないといけませんし」


 その急激に重暗くなった青年の硬い声音に、事情を幾分知っている男は慌てながらも言葉を探して言いよどむ。


「ああ……。ええっと、なんだ。……ご愁傷様?」


 結局のところまともな言葉も出なかったが、青年は独り勝手に持ち直し、先と変わらない淡々とした態度で言った。


「とにかく、このまま目的地を目指すしか手はないので」


 そんな言葉に、男も頷くしかない。


「まあ、そうだな。……しっかし、楽しみだ!」


 ちらりと視線を向けた青年に、男はニヤリと笑いかける。


「いい加減この国、というか、この世界の文明が見たくてしょうがない。何しろ、ここまでずっと道なき道を進んできたからな」


 声からもその興奮が窺える様子に、青年は嫌そうに眉を顰めたようだった。


「……精々迷子にはならないでください」

「ならねえよ!」


 要らぬ忠告を受け憤慨した男は、しかし実際のところ本人が自覚している以上に()()()()()()()


 それを察している青年は、目的地に着いて以降の新たなる煩わしさを想って嘆息する。



 そんなやり取りをし続ける2人、その視線の先には――。


 三重の城壁に囲まれた華々しい都が漸う見えてきていた。


 それはこの大陸随一の国――オルシニア王国の中心地。

 威風堂々とした王城を仰ぐ、その王都。




 “大陸の華”と詩に謳われるその都が、彼らの目指す目的地だった。




==========================================================================




 そうして数時間後、ようやく検問を抜けた旅装の男2人が城門を背にして立っていた。



「これが王都かー。やっぱ、それなりにデカいなァ」

「あんまりキョロキョロしないでくださいよ。僕が恥ずかしい」


 感動の声をあげた前者は外套のフードを取り払い、物珍し気に周囲に視線をやっている。それに対し、中々に辛辣な事を口にした後者はフードを被ったまま。外界に興味がないようだった。


 とはいえ、彼らの周囲に目を向ければ、感動の声をあげた前者の男以外にも、何人かが興味津々で、あるいは不安げに王都の街並みを見回している。


 確かに、王都の関所であるここでは、旅人や商人、近隣住民が忙しなく行き来していて、まさに大国オルシニアの首都、その玄関口にふさわしい賑わいだ。


 鮮やかで華やかで雑多な様相は、初めて見る者を魅了するだろう。


 しかし、それらをあまり見回していると一目で田舎者とわかるし、運が悪ければ()()にされるため、控えたほうが無難ではある。

 王都と言えど、華やかさに伴い治安が不安定になるのはどこであっても同じことだ。


「でも、これはしょうがねえだろうが。それに俺がある意味“おのぼり”なのはホントのことだしぃ」


 だが、苦情を言われた前者の男は体格のわりに稚気のある口調でそう返し、相変わらず物珍しそうに周りを見回す。一方、フードを被った方はそれを鬱陶しそうに見遣っていた。


 やがて、彼らも周囲の人波に沿って歩き出していく。


「まったく。なんで僕がこんなやつと……」


 思わずといった呟きがフードの中から零れる。その声は、鈴を振ったような美声なのだが、いかんせん紡ぐ言葉が辛辣だ。


「それはいくら言っても無駄だぜ?なんたって――」


 一方、黒髪黒眼、一見して年齢の読めない異国風の男が、数歩先から相方を振り返り、口端を上げる。


「――俺とお前は一心同体も同然だ」


 そう言って笑む様は、男の抜群のスタイルもあり、妖艶といっても良かった、のだが。


「・・・その表現、やめろ。・・・気色悪い。鳥肌が立ちました」

「ひでえ言い様だな、おい」


 フードを目深に被った方が、盛大に顔を顰めて否定する。

 男はガクリと肩を落とし、嘆きながらも雰囲気を切り替えた。


「で?このままの足で、あのバカでっかい城に向かうのか?」

「まさか。王への謁見ですよ?そもそも、こんな埃臭い形で王城に通されるわけがない」


 フードで遮られてなお、整った美貌が窺えるその相方は冷然と返す。


「んじゃあ、宿でも探す?」

「僕の身分は既に説明しましたよね。さすがに王都に住居くらいあります」

「……そうなの?俺はてっきりそこらへんも()()されてんのかと思ってたぜ」


 本気で言っているのだとわかる様子に、フードの青年は嘆息する。


「あなたもズケズケ言いますね」

「ハッ、お前にだけは言われたかねえよ」


 普段のお返しとばかりに皮肉を放ち、容姿だけでなく、服装まで黒づくめの男は楽しそうに笑う。


「そんじゃあ、おまえんち、案内してくれよ?」


 小首をかしげ、黒い男――いや、()()()()()()()が言った。


「……“自分の家”と思ったことはありませんがね」


 そんな妖しの者に、青年は感情の籠らない声で応えていた。






==========================================================================





 オルシニア王国は、この周辺地域で最も栄えている国の1つだ。


 国土の西には肥沃な穀倉地帯が広がり、東には複雑にのびる海岸線が豊かな海産物を育んでいる。気候は温暖で四季があり、東西を横断する交通網が発達し、周辺国との貿易も盛んだ。


 だが、ただ1つ、国土が豊かだからこその弊害があった。


 魔物の存在だ。


 いまだ発生メカニズムは未解明だが、経験的に魔物は魔力の高い地域で発生することが知られている。そして、オルシニアはまさにその魔力の高い地域に該当するのだ。


 だからこその豊かな国土だが、それによる魔物の被害もまた大きい。


 当然、国としてはその魔物へどのように対処するのかが問題となる。実際、魔物の被害に耐え兼ね、この地で興った王朝が数十年で倒れたこともあるのだ。


 しかし、そのような地域で栄えているオルシニア王国は、現在まで長く安定した政治を行っており、発達した文化・技術も花開いているのが特徴だ。


 特に王都は“大陸の華”と評されるほどの発展ぶり。


 そんな繁栄を可能にしたのが、魔物への徹底した対処だ。


 どんな僻地であっても魔物が出現すれば迅速に対応できるよう、街道は国営として整備され、それに沿うように砦を配し、綿密な連絡網が敷かれている。

 そして、ひとたび魔物の被害が報告されれば、瞬く間に軍が派遣され、討伐にあたる。


 主要な砦には実力ある騎士団が控えており、時には魔力に優れたオルシニア王族自らが陣頭に立つことさえある。


 これによって商人からの信頼を勝ち取り、国内の商業は盛ん。民衆の王家への支持も厚く、これらが安定した経済と政治につながっている。


 加えて、建築技術の発展も目覚ましかった。


 中でもオルシニアの心臓部たる“華の都”はその堅牢さでも名を馳せている。煌びやかな都は三層からなる城壁に囲まれ、その中央に聳えるのが王の居城だ。


 意外にも武骨な外観は、この国が魔物との戦いの中で栄えてきたことを象徴する。


 だが、その城内に1歩入れば印象はガラリと変わる。

 豪奢な装飾と圧倒的なスケールを感じさせる内装は、華の都にふさわしい。


 かつては市民共々立てこもり、王族貴族が魔物との持久戦を行った歴史もあるのだが、今では耳を疑う者もいるだろう。

 それほどに、民衆とは隔絶した華やかな文化が長い歴史の中で醸成されてきている。




 そんな王城の顔たる謁見の間。

 そこに今、1人の青年が入室してくる。




 緑を基調とした礼服はシンプル。


 癖のある艶やかな金髪は後ろに流され、歩みに合わせて揺れている。顔の造作は神の創造物かの如き美しさであり、瞳は翡翠を嵌めたように煌めいて、その造形に華を与えていた。


 そんな、誰が見ても美丈夫と評するだろう青年は、しかし無機質な表情で謁見の間、中央へと進んでくる。


 一方、部屋の奥、豪奢に飾り付けられた玉座には、恰幅のいい壮年の男がいた。

 こちらも多少くすんでいるが金髪に碧眼。華美な服装に身をつつみ、関心の薄そうな視線を歩んでくる青年に向けている。


 その青年は部屋の中央で立ち止まり、膝を突いて礼を取った。


「此度は急なことにも関わらず、謁見の栄誉を賜りまして厚く御礼申し上げます。アルフレッド・シルバーニ、参上いたしました」


「うむ」


 青年の声は、誰もがハッとするような魅力ある声だった。一方、壮年の男――オルシニア現国王はぞんざいな態度だ。手を振って先を促す。


「アルベン山中にて報告のあった(くだん)の魔物は、無事討伐が完了。その後、民からの被害届もなく、御下命は完遂したと判断いたしました」


「そうか。では、下がって良い」


「は」


 たったそれだけのやりとり。

 何とも簡潔な事だった。


 といってもこの王城では何度も繰り返されてきたことだ。


 この青年は、もう何度も同じような命令を受け、それを完遂し、今日と同じように王へと報告してきている。そしてまた、そう時間も立たずに命令が下り、同じことが繰り返されるのだろう。


 今更、何が変わるはずもなかった。


 だが――。


『おいおい、王様、それだけかよ』


 今回は少し違う。


『お前もお前だぜ?もっとアピールしろよ。あれだけのケガ負って死にかけたんだからよぉ』


 ただしその声は、青年にしか聞こえていない。

 彼だけに向けられた“念話”なのだ。


「……」


 青年――アルフレッドは思わず眉をしかめた、が、その動きを王に見咎められる。すると、それまで青年に無関心そうだった王が、意外にも口を開いた。


「どうした、シルバーニ。なにかあったか」


「いえ。お見苦しい所を。……負った怪我が痛んだまでです」


 王の言葉も表情も、表面上は青年を慮るものであったが、実際のところは全く違う。

 それを承知している青年は、表情を無に戻し、平然と嘘をついた。


 王も(それ)には気づかない。


「ほう。……次の討伐任務は既に決まっているのだが、その様では厳しいやもしれぬな」


「……問題ありません。ご用命とあらば、お申し付けください」


 その返答に、王はいっそにこやかに笑む。

 

「それは頼もしいことだ。では、詳細は追って沙汰する。今度こそ下がれ」


「は」


 青年は短く返答し、なんら感情の見えない表情で立ち上がる。

 そして一度も王の顔を見ることもなく、美しく完璧な所作で、謁見の間を辞していった。




第1話「オルシニア」


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