第14話「従魔と術者」
『まさかこれが聞こえてんのか……?』
思わず呟けば、ハクさんが明確に反応する。
「今、“聞こえてんのか”と言ったな?不明瞭だが聞こえている。
……そうか。シリン、お前には聞こえていないのだな」
「何も。……ハク、誰と話しているの?」
「客人のジュウマだ」
ハクさんの返答に、シリンさんは一転、眼を開いた。
「まさか、この国に……」
なんか「信じられないものを見た」、みたいな反応だ。
そもそも、“ジュウマ”って……“従魔”か?俺がよく知らない言葉は曖昧に翻訳されるから、漢字変換迷う。
『えぇっとぉ……、アル?この場合、俺はどうすれば?』
同化解いて、姿見せるか?
「……そうしてください」
よっしゃ。
アルのお許しが出たんで、ちょっとばかしカッコつけて登場させてもらいますか!
『んじゃあ、今から出てくから驚かないでくれよ』
「!!」
今度は強めに念話を発してみた。これぐらいならシリンさんにも聞こえる。
突然届いた念話に彼女はびっくりしてたが、俺の言葉に頷いてくれた。
因みに。
この“念話”ってのは、要は空気の代わりに魔力――いや、この場合、魔素とでも言えばいいのか?――を振動させ、言葉を伝える方法だ。つまり、声と同じく“出力”を調節できる。
あと、念話を感知してるのがどこかは知らんが、人の聴覚に違いがあるのと同じく、どうも念話の感知能力にも優劣があるらしい。
だから俺は、念話を届けたい相手に合わせその都度出力を調整してる。
つまりハクさんは、俺がアルにだけ聞かせようと出力を絞ってた念話さえ聞き取れるほど、感知能力に優れてるってことだ。
要は“耳”がイイんだな。
……ひょっとすると、人間としては良すぎかもしれんが。
まあ、閑話休題。
俺は同化を解いて、2人の前に姿を現す。
客観的にはアルの身体から黒いモノが剥がれて、獣型にまとまってく感じかな。
まず頭、次に前脚ができて胴体が続く。最後に後脚と尻尾ができて、“俺”の完成!ってな感じだ。
俺の身体、結構デカいから、なるべく威圧感を与えないよう、動作もゆっくり、アルの後ろに回り込んでお座りする。
アルの背もたれになる感じだな。ちょっと低いけど。
シリンさんは俺の登場にあっけにとられたように息を呑んでた。けど、悲鳴を上げられないだけマシかな。
獣としても俺は大きいし、更には魔物だから本能的な恐怖もあるはずだ。
しかしてその実体は、ただのデカいモフモフなわけだが。
……この世界に“モフモフ”を貴ぶ文化があるとは思えねえしな。
……俺の毛皮、結構肌触りいいぜ?
自分では碌に触れないから、それだけが残念だ。
ま、そんなことはおいといて。
ひとまず自己紹介をしようか。
『――俺の名は宵闇。ショウとでも呼んでくれ。魔物だが、アルフレッドの相棒として討伐の手伝いをしている。さっき話題になってた“対抗手段”の1つってのが俺のことだ。……悪気はなかったんだが、隠れてたのはすまなかった』
「……そうだったのですね」
ありゃ。
シリンさん、見た目では驚いてなかったが、それでもやっと呟いたって感じだ。
一方、ハクさんは多少警戒を緩めてくれたけど、俺に向けられる視線は鋭いままだ。ちょっと怖いなぁ。
「魔物を人の敵とするこの国で、中々珍しいことだな」
そんなハクさんからは淡々と感想をもらったが……ん? ちょっと待て。
『ってことは外国では事情が違うのか、アル』
「らしいですね。魔物を従属させる従魔術などが外国にはあります。そういう地域では、魔物がちょっと珍しい家畜みたいな扱いだったりするそうです」
『へえ』
やっぱ、文化の違いみたいなものはあるんだな。
……ってことは、今のハクさんの言い方からすると、この人たちは外国人、なのか?
『……アル、この山超えた先にあるのはなんていう国だ?』
「イスタニアですね」
突然俺が話題を転換してもアルは動じない。
『もしかしてそこは、その従魔術が盛んな国だったりする?』
「ええ」
『ふーん。……じゃあ、従魔をもてるのは貴族だけだったりするのか?』
「……僕もそこまで詳しくはありません。ただ、術者本人でなければ魔物を従魔として使役できないそうですから、貴族とは限らないのでは?
ただし、術者は貴重で戦略的価値も高いので、こぞって貴族が求めるでしょうね」
へえ。
『じゃあ、シリンさんはイスタニアの貴族、あるいはそれに準ずる身分だってことか』
「「!」」
あ、やっちまった……。
『……わりい。無意識に思考がもれた。気にしないでくれ』
といっても、シリンさんの表情が引き攣ってる。ハクさんの視線もさっきより心なしか鋭い。
ルドヴィグ殿下にもやっちまったけど、念話で話してると本音とか無意識の思考とかがガバガバになるんだよなぁ。ムズイ。
「どうか聞き流してください。僕も忘れます」
アル、ナイスフォロー。
「……いえ。……わたくし達の事情はショウ殿のご指摘でほぼあっております。ただ、あくまで元です。今は見ての通りの身分ですので」
シリンさんの表情は引き攣ってたけど、声音に湿っぽさはなかったな。昔の身分に未練はないらしい。家の中を見るに暮らしは充実してるみたいだし、案外肌に合ってたとかなのかな。
国元で何があったか知らないが。
「なぜお前はわかったんだ」
ハクさんが訊いてくる。
けど――。
『……むしろ、隠してるつもりだったのか?』
「「……」」
あー……またやっちまった、かな?
「……ハア。ちょっとあなた、人型になってくれませんか。それで少しは静かになるでしょう」
『すまん……』
本音が駄々洩れについては、なんか対策考えねえとなあ。
失言を連投しちまった俺は、ひとまずおとなしくアルの言葉に従った。獣型から人型になるため、俺は一旦形を崩して身体を再構成する。そしたら――。
「まあ!ショウ殿も人型をとれるのですね」
……あれ? これはさすがに驚かれるかと思ったんだが……。
シリンさんからもらったのは少し目を見張ったくらいのリアクションでしかなかった。
……あっれー。ハクさんはともかく、シリンさんはもうちょっと驚いてくれてもよくない?
あ、でも今、シリンさんショウ殿もって言った。
つまり、人型をとる魔物を他で確実に知ってるってことだよな。
「シリンさんがそう言うってことは、珍しいことなんですね?」
俺の身体は濡れちゃいないが、アルと一緒に床に座っとこう。
そうして俺はアルの隣に動きつつシリンさんに尋ねた。
彼女は頷いて言う。
「ええ。可能な魔物は珍しいでしょう」
「へえ。……その人型をとれる魔物っていうのは、俺みたいに獣型と人型の姿、どちらもとれるってことですよね」
「はい。私の知る限りでは。……とはいえ、確認されたのは記録上数例しかありません。本当に珍しいことです」
やっぱそうか。
最近わかってきたんだが、俺と他の魔物ってなんか根本的に違う感じなんだよな。
他の魔物って斬れば普通に赤い血が出るし、死体になればただの有機物の塊だ。つまりは生物の枠に嵌ってる。異常なのは魔法を使ってくる点くらい。
だが、俺は違う。
人型をとれたりアルに同化できたりするのもそうだし、他にも色々有機生命体としては不可能なことができちまう。
俺はいわゆる異世界転生者だし、その点が関係してるかもしれん。
だが、これ以上は他の“人型をとれる魔物”と比較しなきゃ結論はだせないな。ぜひとも直接会って色々検証したいところだ。
「――ああ、あと、従魔ってなんですか?」
これも忘れないうちに聞いとこう。
まあ大体予想はつくけども。
「従魔術で術者の配下になった魔物のことです」
やっぱりか。――ってことは、俺は従魔ではねえな。
「……ショウ殿は、アルフレッド様の従魔ではないのですか」
シリンさんも今の俺の質問で自分たちの思い込みを察したらしい。
眼を見開いて訊いてきた。
これにはアルが頷く。
「ええ。僕は従魔術を知識では知っていますが、使ったことはありませんし、僕はクロの――このヒトのことですが、行動を制御していません」
「!!」
「……」
だが、アルの返答が伝わった瞬間、またしてもハクさんの放つ気配が一気に鋭くなったし、何気にシリンさんの身体も緊張で強張った。
……もしかして、俺が従魔だと思ってたからこそ、比較的落ち着いた反応だったのか?だったら悪い事しちまった、かな。
「――客人、どういうつもりだ」
わお、ハクさん本気で殺気だしてるよ。
一見して武器は見えないから、魔法が得意なのか。それとも無手とか暗器とか?
俺たちは床に座ってるし、ハクさんは立ってるから、体勢的には圧倒的にこっちが不利だ。
問答無用で攻撃されたら……、どうすっかなぁ。
俺が現実逃避的なことを考えてれば、アルがなぜか溜息をつきながら口を開く。
「……信じられないでしょうが、このヒト――クロに人間を害するつもりは全くありません。勿論、僕にもありません。どうか、矛を収めてはいただけませんか」
……そうそう。
俺に他人を攻撃する気は全くねえよ?
……因みに今のは反撃のためだからノーカン!
「――俺は外にいた方がいいか?」
「いえ。そんなことならお暇します」
俺は気まずさを誤魔化そうと提案すれば、アルは身軽に立ち上がろうとする。
おいおい、もう暗いぜ?怪我すっか風邪ひくのがオチだって。
俺が思わず助けを求めてシリンさんに視線をやったら、彼女は一瞬驚きはしたが、すぐに微笑んでアルを押しとどめてくれた。
「ハク、威圧をやめてください。アルフレッド様、この天候の中、足元も不安定です。どうぞ、今夜は泊まっていってください。ショウ殿も」
「……いいのですか?」
「はい。お二方を信用いたします。この一間と毛布ぐらいしか提供できるものがありませんが」
「十分です。ありがとうございます」
ああ、よかった。俺もシリンさんに頭下げとこう。
食料は携帯してるし、最近は野宿も多かったから、温かい部屋と毛布を貸してもらえるだけで全然ありがたい。
「……シリン」
「ハク、私のことなら信じられるでしょう?」
「……それを言われては、退くしかない」
ハクさんは当然、不満そうだがシリンさんに諭されなんとか受け入れてくれそうだ。ホント逆の立場だったら俺もいやだもの。
一晩中、監視されるんだとしても文句はねえな。
ところでこの2人、結局のところ夫婦なのか?
第14話「従魔と術者」
因みに「殿」って敬称じゃないんですよね。
例えば豊臣家の女傑()・淀さんは、よく「淀殿」とかって呼称されますが、あれは「女の分際で出しゃばって」という見下した気持ちも含まれているそうです(諸説あり)。
今話では、別にシリンが主人公を蔑視してるわけじゃないですが、「ショウ殿」という呼びかけは少なくとも自分と同格と見ている、という訳ですね。