第11話「変化の予兆」
風が、吹いていた。
そのただ中で、男がひとり立ち尽くしている。
黄みを帯びた不思議な色合いの白髪は後ろで束ねられ、同じ色合いの瞳が、風の吹いてくるはるか先を見透かすように見つめていた。
服装だけを見れば、彼は農民にしか見えなかった。しかし、眼差しには外見にそぐわぬ老成した雰囲気を漂わせ、その容姿も、とても農民とは思えないほど整っている。
そんな一種独特な雰囲気の男のもとへ、畑から歩いてきた女が声をかけた。
「ハク、もう中に戻りましょう?」
「……ああ」
だが、男は何かに気を取られているようで、相変わらず茫洋としたまま空を見つめ続ける。
「どうかしたの?」
傍らに近づいてきた女に問われ、男が初めて視線をそちらに向ける。
「……風向きが、変わった気がしてな」
その返答に、女は瞬時に顔を顰めて言った。
「あらやだ。嵐でも来るの?麓にも知らせに行く?」
そうして俄かに浮足立つ女に向かい、男は首を静かに振る。
「そうではない。……その嵐ではない」
そんな判然としない男の言に、女は苛立つでもなく言葉を返す。
「そう……。でも“嵐”はくるのね」
「ああ。きっと」
思わせぶりな言葉に女は一瞬にして顔を曇らせたが、しかし男の気づかわしげな視線に、すぐに笑みを浮かべてみせる。
「大丈夫。……その時が来たとしても、私たちには貴方がいるから心配ないわ。そうでしょう?」
「そうだな」
男は気負った様子もなく、頷く。
「その命、私が必ず守ってやる」
そう言って男は再び、何かを見晴るかすような視線を空へと向けた。
第11話「変化の予兆」
次話より新章「白の章」開幕です!