ヤイチ起きる
事件から三日後、例の魔獣の巣は騎士団によって調査された。血と虫が覆うその空間は不潔で、調査に向かった団員の中には気分を悪くする者もいた。
感染症などの予防のため、炎で燃やし消毒した。その結果、『月』の手がかりは何も得られなかった。
まあ仮にあったとしても、血で汚された空間で彼らの痕跡を集めることは不可能だっただろう。
というわけで、今回の事件の全容を知るためにはヤイチからの聴取が必須であった。
クランベルとスミレからも多少の情報は得られたが、ヤイチの死闘を黙って見ていたとは言えなかったようだ。
ヤイチは騎士団の医療班に運ばれてすぐに治療された。足りない血を補い、傷を塞ぎ、体内の毒になり得るものは除去された。
重体であった彼女だったが、医療班の迅速な処置によって安全な状態まで回復することができた。
しかしながら、ヤイチは依然として意識を取り戻さず眠り続けていた。
この一連の流れはユウヒとヨルカへすぐに伝えられ、ヨルカは胸を撫で下ろしていた。
ヤイチの呼吸は驚くほど静かで、2人が見舞いに向かったときにはヨルカの表情に不安の色が見えていた。
ヨルカはヤイチに声をかけてみるが反応はない。ヤイチがいつ目覚めるのか誰にも分からなかった。
そうして事件から1週間経ったころのことだ。ヨルカは医療班の手伝いのために騎士団へと通い出した。その合間を縫ってヤイチの様子を見に行っていたが、その日の病室には先客がいた。
「はじめまして。騎士団の方ですか?」
ヨルカは初めてみるその女を騎士団の人間だと思った。少し緊張した様子で挨拶をするが、その女はケロッとした様子で挨拶を返してきた。
「やあ、君はヤイチの友達かい?あたしはスミレ。団員じゃないよ、よろしく」
ヨルカは肩の力が抜け、落ち着いた様子でスミレの隣に腰掛けた。
「わたしはヨルカといいます。ヤイチとは小さい頃から一緒でした。スミレさんは何者…なんですか?」
素性を聞きたかったヨルカだが、何者以外の適切な言葉が出てこなかった。
スミレは得意げに胸を反らすと、ヨルカに向けて喋り出した。
「よくぞ聞いてくれたね、あたしは魔女。風の魔女スミレ。驚いたかい?ハートに認められた4人の魔女の1人さ!」
ヨルカは口を抑えると、そのあと小さく拍手した。その様子が気持ちよかったのかスミレは鼻を鳴らして笑っていた。
「君はあたしを魔女だとすぐに信じれるんだね。素直な子は大好きだけど、疑わないのかい?」
「えっ!?嘘だったんですか?お師匠と似た雰囲気だったので本当のことだと…」
「あぁ、いやいや嘘じゃないよ?あまりに簡単に信じるから一応ね。…お師匠?」
スミレはヨルカのその言葉が引っ掛かった。お師匠とはだれか、その答えを促すようにヨルカを見た。
「えっと、私もヤイチも昔は水の魔女レオルに力の使い方を教わっていました。だから…」
だからスミレの纏う雰囲気が魔女のそれだと感じた。そう言おうとしたとき、スミレは立ち上がった。口は震え、全身に力が入っているのが分かる。
「レオル…ああ、あの女に教わっていたのか…。それだけでも許せないが、それ以上に許せないのは…えっと、ヨルカ、レオルからはどの程度教わったんだい?」
怒りに震える体をギリギリの冷静さで抑える。ヨルカへの質問は引きつった笑いで行われた。
「え、それは能力の基礎的な扱い方ですけど…」
「基礎!?魔女がただの基礎しか教えなかったのかい!?」
スミレの大声にびっくりしたヨルカは二度首を縦に振って、スミレの言葉を肯定した。
「なんてことだ。あたし、用事が出来たよ。それじゃあねヨルカ」
ヨルカに別れを告げると、窓から外へと飛び出して行ってしまった。唖然として見ていたヨルカは何度か目をぱちくりさせた後に窓に近づいて外を見た。
「嵐のような人だったかも…」
そのまま外を眺め、時折吹く風に心地よさを感じるヨルカ。そういえばここは3階で、こんな場所から飛び降りるスミレはやはり魔女らしい異常さを持っているとヨルカは感心していた。
「よ…るか…」
スミレの異常さについて考え始めていたヨルカは、背後から微かに聞こえたその声を聞き逃しそうになった。
声が発せられてから数秒後、ヨルカは誰か何か言っただろうか?と振り向いた。部屋にはヨルカの他にはベッドに横たわるヤイチしかいない。ヨルカはヤイチに近づいて顔を覗き込む。
「よる…か、はは、ヨルカだ」
うっすら開いた目で、ぼんやりとした意識で、かすれた声で、確かにヤイチはそうつぶやいた。
「や、ヤイチが起きた!」
パッと顔が明るくなったヨルカは優しくヤイチを抱きしめると、ハッとして部屋を出ていく。廊下を走りながら「先生、ヤイチが起きました」と叫ぶ声がヤイチにも聞こえていた。
「…起きた?…あー、生きてんのか私」




