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あの月を灼くユウヒがノボル  作者: 上戸 シカロ
第二章 ハートの朝は少し眩しく
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独争 2

 獣を斬る。次が襲ってくる。斬る。また次。斬る。次が来る。噛まれる。斬る。次が来た。刀が折れる。噛まれる。なんとか能力で殺す。噛まれる。殺す。殺す。噛まれる。


「くそっっっっが!!」


どれだけの時間戦い続けているだろうか?ヤイチの体は自分の血と返り血でぐちゃぐちゃである。刀は折れて使い物にならない。魔力にも限界がおとずれようとしている。


ヤイチは自分の死を意識した。魔獣は減らず、先の道はあの大きな魔猿が塞いでいる。今のヤイチには、魔猿とやりあうだけの力は残っていなかった。


「あのじじい…何者なんだ」


ボロボロになりながら、ヤイチは一つ分かったことがある。なぜ魔獣が自分よりも速く動き、あの老人を守ることが出来たのかである。


答えは簡単だった。ヌスの闘技場、カイナに言われて会場を離れる時に見た魔獣と同じだったのだ。ここの魔獣たちは負の状態で戦っている。さっきのも帯電状態だから実現できた速さだ。


だが、それが分かったところで、数の暴力の前ではヤイチがたとえ万全であっても突破は難しかっただろう。


ヤイチは乱れる呼吸を必死に整え、攻撃のために風を発生させた。肌を撫でる程度の風がヤイチの周りを漂った。それは同時に、魔力の限界が来てしまったことの合図でもあった。


ヤイチはその場に膝をついて、無力感から来る笑いを止められなかった。


指先からは力が抜け、出血によって体が動かなくなっていく。笑い声は徐々に息切れへと変わり、魔獣たちはジリジリと近づいてくる。


「はぁ…はっ…ルカ、ヨルカ…会いたいよ…」


涙が込み上げてくる。このままヨルカに会えずに死ぬことがたまらなく悔しかった。


これまでのことが走馬灯としてヤイチの脳裏に浮かびあがった。生まれてからヨルカに出会うまでのこと。レオルの元で修行したこと。ユウヒが現れたこと。ヨルカにとってユウヒは大切な人だったこと。ヌスを出たこと。それから…


それから…


「はぁ…はぁ…はは、ははは。そうだ…」


ヤイチは笑った。石のように固まる体を無理やり地面から引きはがす。立ち上がると、ぐにゃりと視界が曲がり、すぐに倒れそうになる。それでも必死に耐え、周りを見渡す。


辺りは魔獣に囲まれ、逃げ出すことは不可能だった。しかし、そもそもヤイチは退路を探していたわけではなかった。


この場にいる魔獣は老人によって体を改造されている。負の状態で戦わされている魔獣たちは体内の魔力を空にした状態で戦っている。だが、すべてがそうではない。


ヤイチが殺した魔獣の中には改造されていない魔獣、正の状態の魔獣もいた。


ヤイチは思い出した。ソレイユの日記通り、魔獣は美味かった。魔獣の肉は魔力を多く含んでいる分、通常の食事よりも魔力を回復しやすい。


「生は色々マズそうだけど…死ぬよりマシか」


折れた刀を握り、最後の力を振り絞って風を発生させる。そして、魔獣の死骸目がけて吹っ飛んだ。


身体に激痛が走り、さらに血が流れたが刀を握り続け、死骸を緩衝材にして墜落した。それと同時に刀で魔獣の肉を割き、すぐにかぶりつく。


嚙み心地は最悪。血の匂いも混じったこともあり、旅路に食したものとは別物であった。不味すぎて吐きそうになるが何とか飲み込む。


魔獣たちはヤイチの方に向き直ると、勢いよく襲い掛かってきた。


ヤイチにとってこの行為は賭けだ。魔力が回復するとは言ってもどれだけの量回復するのか、どれだけ早く回復するのか全く分からなかった。


それでもヤイチは振り向きざまに刀を振った。そうするしかなかったというのもあるが、肉を食った瞬間にヤイチは確信していた。


力が使える、と。


刀を振る瞬間、ヤイチはいつものように風を刀に纏わせるイメージを抱いていた。


結果、折れた刀を補うように風の刃が伸び、振ると同時に斬撃が放たれた。


「できた!」


刹那の喜び。無理やり動かした体に再び激痛が走る。補充した魔力は戦い続けるには充分ではない。


再度獣肉を齧る。襲いかかる獣を薙ぎ払う。その繰り返しだった。


これではただの延命治療だ。防戦一方であることに変わり無く、流れる血が止まる事もなかった。


「攻撃を受けすぎた…もう立つこともできないか」


もう一度肉を齧ろうとするが相当無理をしていたのだろう、生臭さや食感、咀嚼が足りていなかったこともあり、食べたものを吐き出してしまった。


もう魔力を補給する力も無く、立つこともできない。刀を振る腕は重く、指先は冷たく、刀を握っているのかどうかもわからなくなってきた。


獣が襲いかかってくるが、そのすべての動きがゆっくりに見える。


地面を蹴った足が宙に浮く。蹴られた地面から石ころが舞う。噛みつこうとして口を大きく開く獣の牙の一本一本がくっきり見える。


自分の呼吸の音がやたらと大きく聞こえる。心臓の拍動が感じられないほど、呼吸の音に集中している。呼吸は想像よりも穏やかで、こんな状況なのに冷静でいるみたいだ。


「風使いの私たちも風のようにあるべき…」


ヤイチの口を突いて出たのは、あの酔っ払いの言葉だった。


刹那、襲いかかる獣達は吹き飛ばされた。朦朧とする意識の中、ヤイチは確かに自分が吹き飛ばしたのだと確信した。


しかしなぜ?魔力が空っぽの自分がどうしてそんなことができたのか?


ヤイチは吹き飛ばした獣を見るでもなくただ空間を眺めていた。


「風になる…あぁ、そうか…私は…」


再度襲いかかる獣に今度は確かな自信を持って手を構える。重たいはずの腕は軽々上がり、先ほどと同じく奴らは吹き飛んだ。


ヤイチは笑う。限界を迎え、死に迎えられる直前、解けなかった謎が解けたように、この場の全てがヤイチを高揚させた。


(どういうことだ!?外の魔力を認識できる!まるで自分の身体みたいに!)


「はは、ははは、あははははははは」


無数の風の刃がこの場の獣達を切り刻み続けた。もうヤイチは立てなかったが、大した問題ではなかった。


そうしてこの場の魔力も底をついたのか、ヤイチの笑いと斬撃が止んだ。


いつのまにか獣も死に失せ、死骸の山がそこにはあった。赤黒く染まるヤイチは呆然と進むべき道を眺めた。


道を塞いでいた魔猿は生き絶え、こちらに服従するかのように頭を地面につけていた。


ヤイチはそれに満足して意識を失った。血に染まるヤイチの口角は上がっていて、まるで悪魔の最期のようだった。


全てが血に染まった空間に沈黙が訪れ、獣も人も眠りについた頃、風の魔女は満足そうにその場に降り立った。


心優しい騎士はその後ろで、その魔女の代わりのようにこの惨状に悲痛の表情を浮かべていた。


「スミレ殿、いや魔女よ、これがあなた方のやり方なのですか?彼女を見殺しにするような…こんなやり方が…」


魔女は振り返る。


「他の奴らはどうだろ?弟子をつくる奴ばかりじゃないからねぇ。でも安心してよ、ヤイチは死んでない」


そう伝える魔女に嫌悪を感じ、倒れるヤイチに駆け寄った。


「彼女はこのまま本部の医療班のもとへ送る。貴女ならすぐに連れて行けますね?」


「もちろんだよ。最初からそのつもりだよ」


「…その後はもう彼女に関わらないでください」


「それを決めるのはヤイチだよ。あたしじゃなーい」


魔女はヤイチをおぶると、クランベルへ向き直す。


「そーだ、そろそろ上の騎士の遺体を回収しに1人着く頃だ。そっちは君たちに任せたよ」


言い終わると魔女はヤイチと共にこの場から去った。クランベルはしばらく立ち尽くし、やがてその場を離れた。


その日の夜、騎士団に行方不明者の発見と救出が終了したことが報告された。死者を2名も出した騎士団はこれを深刻な事態と捉え、この件に関わったとされる『月』をさらに詳しく調査することとなった。




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