独争
久しぶりです
これまでのことを思い出したヤイチは立ち上がり、暗がりの中を慎重に歩き出した。
「あの女、どんな能力だ?どの属性の特徴も感じなかったぞ」
キゲツという女の力によって眠らされたと確信しているヤイチは、能力の見当も付かずに苛ついていた。
(あの馬車を囲んでた奴らの仲間ってことでいいんだよな?じゃああの女も幹部なのか?)
「月」との接触、それはヤイチにとって好都合だった。ヌスが襲われた日に逃げた幹部はヨルカを狙っていた。
ヤイチは、ヨルカがまた狙われる可能性について考えていた。どうすればヨルカを守れるか、降りかかる火の粉を払うだけじゃ根本的な解決にはならないことを理解していた。
ヤイチがヌスを離れる時に決意したことがあった。それは「月」を潰すことだ。
根っこを叩くことで、ヨルカの平穏を守ろうとしたのだ。
現在、ヤイチはどこかもわからぬ暗闇の中で1人であったが、それによる不安や恐怖は微塵もなく、むしろ前向きな闘志を持っていた。
「ユウヒ、おまえには悪いけど、『月』は私が潰す」
ヤイチが不敵に笑った直後、近くで鳴き声のようなものが聞こえてきた。
それは暗い空間の中で反響し、正確な位置は分からなかった。
立て続けに鳴き声が聞こえ、今度は複数の足音も聞こえてきた。姿を捉えることはまだできていなかったが、かなりの数であることは明白であった。
(やっぱ魔獣の巣だったか?魔力に余裕はあるけど、出口見つけるまで保つか?)
ヤイチは刀を抜き、風を纏わせる。
鳴き声は多くなり、四足の獣達が姿を現す。ヤイチを視認すると魔犬は唸り声を上げて一斉に飛び掛かってきた。
(1匹ずつ構ってらんねぇ。走り抜けるか!)
襲いくる獣を躱しながら、進む道を塞ぐ邪魔な獣だけを攻撃して突破を試みるヤイチ。
風に乗りながら移動するヤイチを捉えることは難しいのか、ヤイチが過ぎ去った後には虚しく獣の吠える声が響く。
ヤイチ自身も余裕を感じながら突破していた次の瞬間、先程までとは異なる怒号と共にヤイチの体は後方へ吹っ飛んだ。
(は?)
ヤイチは驚愕した。何が起こったのかは一瞬で理解できた。しかし、なぜそんな事が起こったのか?ヤイチはそのことに対して驚愕した。
しかし、それを考える時間は無かった。飛ばされたヤイチは、突破してきた道からの魔犬の攻撃に対処しなければならなかったからだ。
魔犬を倒すのは簡単だった。だが、その数の底が知れなかったこと、魔獣に包囲される形になったこと、それらはヤイチの現状を厄介なものへと変化させていた。
ヤイチはそれ自体は打破できるものだと確信していた。問題は、さっき自分を吹っ飛ばした魔獣である。
薄暗い中でそれの正体を確認できたとき、「マジか」という声が漏れた。
屈強な体を2本の足で支えているその魔獣は魔猿と呼ばれる種類のものだった。体長は2ティバロット以上あり、その見た目だけでも充分な威圧感がある。
本来、魔獣は同じ種族同士で群れる。この場所が魔犬の巣であるなら、それ以外の魔獣の侵入に黙っているわけがない。
あの魔猿はヤイチと同じ扱いにならなくてはいけないのだ。
だが、魔猿はヤイチを殴った後もその場に立ち、他の魔犬から襲われることは無かった。
ヤイチはそんなことはあり得ないと思っていた。しかし、目の前の状況は夢でも幻でもなく、現実として立ち塞がっていた。
絶えず襲いくる魔犬をいなしながら、ヤイチはこの場所について考えていた。
(ただの巣じゃない。魔獣を飼っている奴がいるんだ)
その考えに辿り着くことは簡単であったが、それが分かったからといって簡単にこの場を切り抜けられるわけではなかった。
再びの怒号と共に魔猿が腕を振り下ろす。ヤイチはその攻撃に今度はしっかりと対応できた。
振り下ろされた瞬間に懐へと潜り込み、刀で思い切り足を斬りつけた。
「硬っ!?」
魔猿の足は頑丈であり、ヤイチが斬りつけた所からは僅かに血が流れる程度であった。
(こいつ、ただ飼われてるだけじゃなくて、鍛えられてる)
しかしながら、足を斬った勢いのままに魔猿の足下を滑ったヤイチは、進路の障害を突破することに成功していた。
「やってられっか!」
ヤイチは捨て台詞を吐いてその場を去った。
しばらく移動すると、魔物の群れを引き剥がせたのか、鳴き声が聞こえなくなっていた。
ヤイチは一度止まり、呼吸を整えた。食料は無く、大したことはないが傷も負っていた。
この巣がどこまで続くのか、出口があるのかもわからない状況で、この休憩は貴重なものだった。
(まだ戦える…けど、派手なのは勘弁してほしいな。魔力回復もできてないし)
嵐の前の静けさとでもいうのだろうか。落ち着いたヤイチは、この場に漂う静寂に不安を感じ始めた。
この場から先に進む道は複数続いている。どの道も先は見えず、不気味な気配が充満していた。
少しでも風が吹いていれば道標として完璧だったが、どの道からもそういったものは感じ取れず、外に通じているのか怪しいものだった。
背後から獣の鳴き声が再び聞こえ始め、もう少しでこの場が安全地帯で無くなることを示していた。
ヤイチは仕方なく、適当な道を選んで進んだ。
道はでこぼこで、歩くだけでも体力を使うような状態だった。能力を使い、風に乗りながら移動すれば楽ができただろうが、先の状況が分からないため、ヤイチは魔力の温存を選択した。
だが、歩き始めて間もなくして、奥の方に明かりらしきものがあることに気付いた。
進む足が速くなり、明かりに吸い寄せられる。
そこは外では無かったが、自分の服の色が判別できるほどには明るい空間だった。明かりの正体は十数本の松明であり、等間隔に置かれたそれは、この空間を照らすのに十分だった。
「人がいるのか?」
獣が松明を使うなんて聞いた事がない。ヤイチはそう考え、何者かの存在を疑った。
「騎士団の新入りだと聞いていたが、ここまで辿り着ける程度の実力はあるのか。素晴らしいね」
突然、自分以外の声が響き、ヤイチはその声の主を探した。
声は奥の通路から聞こえてきた。カツンカツンとわざとらしく足音を立て、こちらへ近づいているようだ。
ヤイチは刀を構え、声の主が姿を現すのを待った。
現れたのは、汚れた白衣を纏った老人であった。彼は口の端に笑みを浮かべ、ヤイチのことを舐めるように観察した。
「誰だおまえは!」
老人の視線を不快に感じたヤイチは反射的に身を引きながら怒鳴りつけた。
老人は笑みを崩さず観察を続け、やがて口を開いた。
「本来なら君はあの二人と同じ実験で今頃死んでいたはずなんだが、彼女が君を気に入ってしまったから生存率の高い実験に参加させているんだ。感謝したまえよ」
(死んでた?あの二人?まさか…)
「殺したのか…先輩方を」
ヤイチの刀を握る手に力が入る。周囲に緑色の風が漂い、彼女の髪が風に揺れる。
「怒っているのか?新入りの君にとっては関係は浅いと思っていたが…まあ、発展のための犠牲は受け入れねばならんよ?」
「ふざけんな!自分勝手な実験に巻き込んでおいて受け入れろだと!?なにも面白くねえよ!」
笑う老人を否定し、ヤイチは刀を振り上げて斬りかかった。
2人の間には20ティバロットほどの距離があったが、風の力を操るヤイチにとっては一瞬で詰める事ができる距離だった。
それだけの速さのヤイチの攻撃は老人を斬るはずだった。
しかし、ヤイチが斬ったものは老人ではなく魔犬であった。老人は魔犬を盾にする形で立っており、その様子をやはり笑っていた。
「なんっっの力だ!?」
驚きつつも魔犬を斬った直後の刀を止めず、もう一度老人を斬りにかかる。
しかし、またしても魔犬が間に入り、刀が老人に届くのを邪魔する。
「ははは、いい子たちだ」
一瞬で目の前に現れる魔犬。ヤイチは刀を振り続けるが、老人に刃が通ることはなかった。
気付けばおびただしい数の魔犬の死骸が地面を満たし、返り血でヤイチの体中は赤く染まっていた。
「やれやれ、ただ斬り続けるだけで何の策も無いか。彼女には悪いが、たったいま君への興味は無くなったよ」
「ま、待てよ」
(私の攻撃よりも速く魔犬が割って入れるのはなんでだ?)
この場を去ろうとする老人に、息を荒げながら呼び止めようとする。それには一切反応せず、老人は来た道を戻っていった。
「そうそう、君が振り切った魔獣達がここに来る。相手をしてあげなさい」
振り向くことなく、老人はそう告げた。
ヤイチは老人を追おうとするが、老人と入れ替わりで大量の魔犬が襲いかかる。
それらを斬りながら進もうとするが、果て無く現れる魔犬と後方からの足音、鳴き声がヤイチの足を止めた。
(まずい、バテた。てか、なんて数だよ)
やがて、さっきの魔猿も合流し、ヤイチは魔獣達に取り囲まれてしまった。




