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あの月を灼くユウヒがノボル  作者: 上戸 シカロ
第二章 ハートの朝は少し眩しく
53/63

なにがあったのか 2

見回りは順調に進んだ。予定通りのルートを進み、問題がないことを確認した彼らは、来た道を戻っていた。


日は沈み始め、ハートに着く頃には夜になっているだろう。


程よい疲労感を感じながら、彼らは時折会話をしながらも気を抜かずに周囲を見渡していた。


一台の馬車を見かけたのはそんな時だった。


「こんな時間に積荷の運搬か?確認してみようか」


穏やかな騎士が提案し、3人は馬車へと近づいて行った。


馬はおとなしくしており、こちらが近づいても特に反応はなかった。


「誰もいないのか?」


穏やかな騎士が荷台を確かめようと馬車の後ろにまわる。


思い切り膝を上げて荷台へと乗り込むと、中を確認した。


馬車の主人であろう人物もおらず、荷物すら無かった。


「どういうことだ?」


荷台から離れようとする騎士が外に目をやると驚愕した。


いつのまにそこにいたのか、馬車の周りは複数の人間に囲まれていた。


相方の騎士とヤイチはいつでも戦闘できるように身構えており、自分もそこに加わる。


3人を囲む彼らは全員黒いローブを羽織っていた。ヤイチも騎士の2人も、その特徴的な格好には覚えがあった。


「月」の信者だ。


「全く気付かなかった。8人か…多いが、いけるか」


騎士の言葉にヤイチは頷く。


「前戦った相手は歯応えなかったからな。数増やしたって変わんねえことを教えてやるよ!」


ヤイチが乱暴に言葉を放つ。取り囲むローブの者達は物怖じせず襲いかかってきた。


「きた!」


3人は同時に動き、戦闘を開始した。ヤイチが好き勝手に暴れまわるので、騎士2人は援護に集中した。


このあたりの動きは流石で、連携したことの無いはずの3人であったが、2人の騎士の完璧な援護によって、それぞれの動きがしっかりと噛み合っていた。


そういうわけで、5人差という数的不利にも関わらず、大した怪我も無く鎮圧することができた。


「やっぱ手応え無いな」


ヤイチは面白くなさそうに呟いた。


「そう言わないでくれ。彼らも頑張ってくれたんだ」


それは騎士達の言葉では無かった。ヤイチがその気配に気づいた時には、その人物はヤイチの肩に手をかけ、耳元で笑っていた。


「おまえ…誰だ?」


ヤイチはその人物の顔を確かめずに質問した。いや、ヤイチは顔を見ることができなかった。気配が与える悪寒の正体を見ることが怖かったのだ。


「怖がらないで。まずは君の名前が聞きたいな」


随分と余裕な声でその人物は自己紹介を促した。


「おまえ、状況分かってんのか?おまえの手下は全員倒した。騎士に囲まれて呑気におしゃべりかよ?」


ヤイチは強がって口もとに笑みを浮かべた。そして、恐怖を振り切って相手の顔を確かめる。


相手は女だった。髪も、肌も、服も白いが、眼だけは真っ赤で、恐怖以上に、ヤイチは魅力を感じた。


しかし、それは一瞬のことで、次の瞬間には警戒してようやく距離をとった。


「恥ずかしいのかな?君の心が乱れているのを感じるよ」


女はそう言って、ヤイチに向かって歩き出す。


「お二人とも、こいつ一般人じゃないと思います!倒しても構わないっすよね!?」


ヤイチは先輩騎士2人に話しかけたつもりだった。しかし、それに対しての回答は返ってこず、ヤイチはそのときやっと異変に気付いた。


「…いつのまに?」


ヤイチが目にしたのは倒れている2人の姿だった。


「2人は君と違って素直だったから、いまはぐっすり眠っているよ」


優しく笑う女だったが、この状況の異質さも相まって、ヤイチにはひどく不気味に感じられた。


「おまえ、本当になんなんだ?」


ヤイチの質問に、依然として笑顔の女はヤイチに触れられる距離で立ち止まった。


「私はキゲツ。友人に頼まれてね、実験台を探していたのさ。それで、もう一度聞くよ…」





君の名前は?




その言葉がヤイチの頭の中で強く響いた。


他の一切のことを考えられなかった。


ただキゲツの質問に答えなければいけないと思った。


心が安らいだ気がした。


「…ヤイチ」


穏やかに名前を明かしたヤイチは、先ほどまで警戒していたはずの相手に対してすでに心を許している。キゲツは嬉しそうにヤイチを抱くと、耳元で囁いた。


「ヤイチ、君をただの実験台にするのは惜しいよ。…()()()と同じ匂いがするね、君は私を楽しませてくれるかな?」


ヤイチの体から力が抜け、抱かれたまま眠ってしまう。


こうして三人の騎士団員は行方が分からなくなってしまった。

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