なにがあったのか 1
目を覚ますと薄暗く、冷たい地面の上に寝転がっていた。見渡してみるが、岩肌ということ以外の情報はない。
まだ覚醒しきっていない頭は霧がかかったようにぼやけ、それが視界にまで影響を及ぼしているように思えた。
上半身を起こそうとするが体にうまく力が入らず、起き上がる途中で倒れてしまう。
何が起こったのか?
自分の体を確認せずとも分かることは、刀を取り上げられていないことと、それ以外の武装が無いことだ。
そもそもハートを出るときの格好自体軽装だったのだから、武装らしい武装は刀だけのようなものであった。
「かっ…」
声を出そうとすると、喉が相当渇いているようでまともに発声出来なかった。
そういえば、ハートを出るときは腰に水筒をぶら下げていた気がする。
仰向けのまま、腰のあたりを手で確認する。
幸いにもそこには水筒があり、なんとか口まで運んでいく。
勢いよく水が出たが、2秒と続かずに空になってしまう。
それでもいくらか喉を潤せたし、顔にかかった水で目が覚めてきた。
今度こそ上半身を起こすことに成功し、改めて周りを確認する。
薄暗く、岩肌に囲まれた場所であったが、そこそこ広い空間であることが分かった。
「何が…あった?」
ヤイチはまだぼやけた頭で、これまでのことを思い出そうとした。
ハートの外を見回ることになり、それが何故こんな場所にいるのか?
それはヤイチの入団が認められ、見回りに向かう時まで遡る。
「ハートの外?」
「うん。君はかなり優秀な剣士だよ。そういう新人には最初からハートの外の見回りを経験させるのさ」
装備を整えながら、同行する先輩騎士にそう告げられる。
新人の見回りには先輩の騎士が数人同行する。今回はハートの街中ではなく、外の見回りである。同行する騎士も5年以上ハートを守ってきた騎士の中から選ばれる。
「最近物騒な事件が増えたから、使える人材を増やしたいんだろうさ」
「…」
ヤイチは静かに話を聞いている。
「緊張しているのかい?心配はいらないよ、比較的安全な道を選ぶし、僕らもついているからね」
先輩騎士は胸に拳を当てると、頼もしそうに背筋を伸ばした。ヤイチはそれを見ていたが、大した反応もせずに「うす…」とだけ返した。
騎士の二人は顔を見合わせると軽く笑った。新人が緊張しているのが、なんだか自分たちの昔を思い出させるみたいで微笑ましかったのだろう。
それよりも気になったのはヤイチの装備である。
「君、そんな軽装で大丈夫かい?まさか見回りを甘く見ているつもりじゃあ…」
ヤイチの装備は胸当てと、両足を守るための鎧だけであった。しかも動きやすさを重視した軽めのもので、防御力としては少々頼りない。
そんな彼女の格好は先輩たちから見れば、新人らしくないと思えただろう。
「私の能力の都合っすね。防御するより避けるほうが簡単なんで」
普通なら、生意気だと怒られそうなものだが、彼らはヤイチの考えに理解を示してくれた。
「クランベル隊の人も同じこと言ってたなあ。君の能力って風属性だよね?能力違うと考え変わるよねえ」
多種多様な剣士が属する騎士団ではこのような柔軟な考えを持つものも少なくない。ヤイチは否定されなかったことに少し驚きつつも準備を急いだ。
ハートを出ると広大な大地が広がっている。だが、彼らは迷わず進む。あらかじめルートを決めていたのだ。
ヤイチは先輩達の後ろをおとなしく付いていった。先輩騎士たちはヤイチが緊張とは別の理由で静かなんじゃないかと思った。
ヤイチは多少緊張してはいたが、例えば戦闘に巻き込まれたり、安全が脅かされる事態に陥ったりしたとしても十分に対処できる程である。
その程度ならば、ヤイチはここまで大人しくならないだろう。
騎士たちの想像通り、ヤイチには別に悩みがあった。
「先輩方、任務中にこんな話どうかと思うんですが…」
口籠るヤイチであったが、先輩騎士たちは話しかけられたことが嬉しかったのか、その先を促す。
「気を抜き過ぎなければ構わないさ。何か聞きたいことがあるなら聞くといい」
質問しやすい空気を作ったことで、ヤイチは少し緊張がほぐれた、ように見えた。
「えっと…、男女が2人で家で生活するってどう思いますか?」
ヤイチは自分が任務に出ている間のヨルカ達の事を考えていた。試験に合格すれば、彼らは家を借りるだろう。無論、自分もそこに住むつもりだが、ユウヒとヨルカが2人きりという状況は確実にできる。
騎士たちは思わず歩みを止めた。聞いてもいいとは言ったが、まさかそんな話だとは想像もしてなかっただろう。
ヤイチは自分が場違いな質問をしたことを理解していたが、彼らの反応を見て、質問したことを恥じた。
「あの…なんでも…ないっす」
最後の方は消えそうな声で、ヤイチは質問を取り下げた。
だが、騎士たちは質問の内容、そしてヤイチの素振りを見て大いに笑った。
その様子に驚いたヤイチは2人を交互に見たあとに頭を抱えたのだった。
「いやなに、君のことは強気で優秀な剣士と聞いていたから、すごく大人しいのを見て驚いてたんだ。…まさか、それをずっと考えてたのかい?」
笑いを堪えながら話を続ける先輩騎士は些か気を抜きすぎだと思う。
「そ、そうっすよ。で、どう思うんすか!?」
いくらか笑いのおさまった騎士が穏やかな顔で言う。
「私にも娘がいるが、男と同棲すると言われたら正気ではいられないね。民を守るのは我々の使命だが、私にとっては娘の事情の方が使命より重い。男を殺すかもしれない」
ヤイチはそれを聞いて共感した。主に同棲相手の男を殺すかもしれないというところに。
だが、聞きたいのはそれじゃない。男女の間で何が起きるかである。ヤイチは咳払いして話を続ける。
「そ、そいつを殺すかもしれない理由について聞いても?」
すると、笑い続けていた騎士が話に割って入ってきた。
「そんなの決まっているじゃないか。男女が同じ部屋で過ごすなんて、互いに気を許してなきゃ出来ない。…体の方も」
その最後の一言はヤイチの顔を赤く染めた。
「も、もし娘が男に染められたら、わ、私は…」
手が震え出す穏やかな騎士。それを見てさらに笑う相方。この隊は本当に大丈夫だろうか?
「か、かか、からから、からだって…あの?」
ヤイチも動揺でおかしくなっている。自分の体を指差して「これ?」というように確かめている。
2人の騎士は「それ」と頷く。
「ど、ど、どうしよう!?はやくアイツ殺さないと!よ、ヨルカ、ヨルカあああ!」
見回りの始まりは穏やかで、笑いもあった。緊張感は足りなかったかもしれないが、その後の彼らは気を引き締めて仕事に臨んでいた。
後にも先にも、これほどまでに気を緩めていた時間は無かったのだ。
書いてたら楽しくなってきて…脱線しかけました




