ハートでの日常 5
朝。昨日の雨の面影を地面に落としきった空は満足そうに晴れ渡っている。
地面の水溜りは空を写し、さながら彼のための鏡のようだ。
暖炉の薪は燃え切り、灰があるのみである。
ソファで横たわるヨルカは、窓に差し込む朝日で目を覚ました。
眩しそうに目を細め、やがて目を擦りながら起き上がる。
辺りを見回すがユウヒがいない。
ソファを離れてユウヒを探すが、家の中にユウヒの姿はなかった。
「どこぉ…?」
眠い目を擦りながら、外への扉を開いた。朝の風は涼しく、日差しは暖かく感じた。
「おう、おはよ」
薪を抱えたユウヒがヨルカの前に現れた。
「おあよぉ。早起きだねえ」
ヨルカの言葉があまりに幼さを感じさせ、ユウヒは思わず笑ってしまった。
「顔洗ってこいよ。火を焚くから朝メシにしようぜ」
ヨルカはこくりと頷くと、井戸の方へとよろよろ歩いて行った。
「あいつ大丈夫か?」
ユウヒはヨルカの後ろ姿を心配しながら見送る。家の角を曲がり見えなくなると、火おこしに取り掛かる。
一晩経って、ユウヒの魔力は充分に回復したようで、火おこしはすぐに終わった。
「さて、火はあるけど食料はどーすっかな」
ユウヒは昨日、保存の効く食料としてパンは買った。だが、それだけで朝食終了にするには色々と足りない。
近くを流れる川ならば魚が獲れるだろうか?ユウヒは焚き火から離れ、川の方に歩いていく。
川は昨日の雨の影響もあってか水位が高かった。流れも速く、泥のせいで川の中まで見通せない。
「これは…無理か?」
ユウヒが肩を落として焚き火の元へ戻ると、人影があった。ヨルカだろうか?
その人物はヨルカよりも背が高く、腰には剣を携えている。
ユウヒはその人物に見覚えがあった。クランベルである。
「クランベル隊長?」
ユウヒが呼びかけると、彼はこちらに手を振ってくる。足下にはクランベルが運んできたであろう荷物が置かれていた。
「やあユウヒ。君がここに住むことになったと聞いてね。掃除が必要だろうから調理場も使えてないんじゃないか?」
そう言いながら荷物の中から紙袋を取り出し、それをユウヒに渡した。中身はチーズとハムだった。
「これは?」
「私がハートで一番美味いと信じている店のハムとチーズさ。そのまま食べて美味いから調理の必要が無いからね。君たちにちょうどいいと思って」
親指を突き立てるクランベルは楽しそうだ。
「ありがとうございます。実はパンしか食べるものが無くて困ってたんです。隊長がいなかったら空腹のまま掃除に臨んでいました」
「そうかそうか、それならちょうどよかったね。あと、隊長はよしておくれ。君は団員ではないのだから、クランベルで構わないさ」
「…そうですか?じゃあ…クランベルさんで」
クランベルはにこりと笑い、荷物を拾い上げると別れの挨拶をした。
「それじゃあユウヒ、近いうちにまた会おう」
「はい。忙しいのにありがとうございました」
「構わんさ。私の隊員は優秀でね、最近は私の仕事も奪う勢いさ」
クランベルの部下はどんな人たちなのか、ユウヒは想像した。優秀な人間の下に就く者はきっと真面目なんだろう、と推測した後に、あることを思い出した。
「クランベルさん、ヤイチっていう新人が本部に帰ってきてませんでした?昨日ハートの外に見回りに出ていったらしいんすけど」
結局ヤイチは昨日のうちには帰ってこなかった。クランベルが本部からここへ来たのならば何か知っているかもしれない。
ユウヒの質問に対して、クランベルが驚いた表情をしていた。
「新人の見回りでハートの外か…。よほど優秀なのだな。悪いが、私も全ての団員を把握しているわけではないからね。ヤイチという子がどんな人物か分からないからなんともね…。だが、新人が2日以上見回りに出るなんてあまり聞いたことが無い。私が戻るころには帰ってきているかもしれないね」
「そう…ですか」
確証の無い答えにユウヒは元気のない返事をした。
「心配かい?」
「は?何を言ってるんですか?あいつのことは何とも思ってません」
クランベルの問いに、心底理解できないといったような声で答えてしまうユウヒ。そんなユウヒにクランベルは笑っていたが、ユウヒは目をそらしていた。
そうして今度こそ去っていくクランベルの背中を見送ると、入れ替わるようにヨルカが現れた。
「色々任せちゃってごめんなさい。寝癖が中々直らなくて…、それどうしたの?」
自分の身支度に時間をかけすぎたことを謝ったヨルカは、ユウヒの持っている紙袋に興味を示した。
「あぁ、さっき騎士団の人が置いていってくれたんだ」
「えぇ?そんな親切にしてくださるんだ。遠かったでしょうに…。もっと早く支度が終わっていれば私もお礼言えたのにー」
ヨルカは残念そうに俯いている。それを見て「ふっ」と笑うと
「ヨルカの分も感謝しといたから気にすんな」
そう言って朝食の準備に取り掛かった。ハートまでの旅路でも何度か料理をしていた彼らには、ある程度の調理器具の準備があった。
フライパンの上にパンを乗せ、軽く焼いていく。その上にハムとチーズを乗せると、今度はその表面を火に近づける。
チーズが溶けハムとパンを覆い尽くすと、2人はそれを口へ運んだ。
口の中が火傷しそうになり、口内の熱を外に逃がそうと、はふはふと息をはく。
そうしてパンを飲み込んだ2人はその味に感動した。
なるほど、クランベルが1番と信じるだけはある。2人がこれまで食べてきたどのチーズよりも濃厚で、ハムは肉本来の味と塩加減が絶妙、それらを同時に味わう幸せこそを彼らは咀嚼していた。
食事を終えた2人には活力が漲り、大掃除が終わるその時まで2人を満たし続けたという。
最初はクランベルって呼び捨てにさせようとしてました




