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あの月を灼くユウヒがノボル  作者: 上戸 シカロ
第二章 ハートの朝は少し眩しく
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ハートでの日常 4

雨は止み、空はすっかり暗くなっている。予定していた掃除が無事に終わり、ヨルカはそのまま入浴している。当初の予定ではユウヒの能力で湯を沸かす予定だったが、灰状態にまで陥ったユウヒにはそんな力は残っていなかった。


今ヨルカがやっていることは、入浴というより水浴びであった。薪が外に置いてあるはずなので、それを使って火を起こすことはできるはずだ。だが、水着で掃除していたヨルカは体が水の温度に慣れていたためか、そのまま水浴びをしている。


慣れていたといっても、水浴びを終えた後は体が冷えてしまう。ユウヒはヨルカが水浴びしている間に、暖炉に火を点けるために外の薪を見に行った。


薪は十分な量蓄えてあるが、雨や湿気の影響を受けているだろうことはすぐに分かった。ユウヒはそこから幾分マシなものを選び取り、室内に持ち込んだ。


暖炉の上には火打石が置かれており、前の住人がこれを使って火を起こしていたことが分かる。


「置いていってくれてありがとな」


独り言のように小さい声で前の住人に感謝してから、火打石を手に取った。暖炉に向けて使おうとしたとき、そういえば火打ち金が無いということに気付く。


先ほどの感謝は撤回された。


ユウヒはため息をついて火打石を元の場所に戻した。その後、暖炉内に薪をくべて、使わなそうな布やら紙を突っ込んだ。


手元に残しておいた一本の薪を、荷物から取り出したナイフで削る。


「ヨルカが戻ってくる前にやらなきゃな」


削った薪も暖炉に入れると、ユウヒは右手を暖炉にかざした。


ユウヒの魔力は試験終了時は空っぽであったが、数時間が経過し、幾らか回復していると考えていた。


感覚的にそう思っただけで、実際に回復してるかどうかは試してみないと分からない。


だが、灰状態を終えた後に再び能力を使うという行為はレオルに禁止されていた。体への負担が大きいことが理由だ。


その禁止にはヨルカも賛成していた。もし仮にいま能力が使えたとして、それをヨルカに見られたら何を言われるかユウヒは予想できていた。


ユウヒは右手に意識を集中させた。普段の能力の使用と違って、魔力を絞り出すような感覚であった。


額に汗が滲み、視界が一瞬揺らぐ。疲労のせいか能力のせいかユウヒは分からなかった。


やがて右手で炎が燃え、それを暖炉の布に移す。幸運にも薪にうまく火が移り、メラメラと燃え出した。


能力の使用時間は20秒もなかったが、それでもユウヒはソファにぐったりとして座った。そのまま寝てしまいそうにウトウトしていると、髪をタオルで拭きながらヨルカが戻ってきた。


「暖炉に火が点いてる…、あったかい」


「あぁ…マッチがちょうどあったんだ。体冷えただろ?」


ユウヒは当然、能力を使ったことを隠した。


「え、マッチあったの?うぅ、お風呂少し我慢すればよかった!寒いよぉ」


(でも掃除で汚れてたし、どのみち我慢できなかっただろうなぁ)


ヨルカはユウヒの嘘に疑いを持たず、自分の行動の反省をした。そして、ユウヒの隣に座ると、落ち着いたように深く息を吐いた。


ニコニコしながら、ユウヒの顔に自分の手を当ててみるヨルカ。


「冷たっ!?よく耐えれたな。これ羽織れ」


ユウヒの体はびくりと跳ね、ヨルカの手の冷たさに驚いた。その後、自分の上着をヨルカに渡した。


「ありがと。ユウヒ寒くない?」


「全然。気にせず使えよ」


ヨルカは「うん」と頷き、上着に袖を通した。ヨルカから石鹸の香りがして、ユウヒはなんだか落ち着かない様子であった。


そのまま焚き火のパチパチと弾ける音だけが鳴り、無言の時間が流れた。


ユウヒは顔を逸らして黙っていたが、ヨルカが何を考えているのか、どんな表情をしているのか気になった。


それとなくヨルカの方へ目線をやると、スースーと可愛らしい寝息をたてて眠っていた。


髪が目元を隠し、口に入りそうになっていたので、手で避けてやる。


そのついでのように、目元を隠す髪にやさしく触れ、その寝顔を覗く。


この場にヤイチがいたらユウヒはバラバラにされてしまっていただろう。いや、ヤイチじゃなくても許されないかもしれない。


女性の寝顔を覗く行為の危うさをユウヒは知らない。


ヨルカの寝顔は、起きている時よりも幼く見えた。それは庇護欲を掻き立て、吸い込むような魅力も持っていた。


ユウヒは呼吸を忘れて、そんなヨルカに顔を近づける。


何かしようと企てたわけでは無い。ただ吸い寄せられるように顔を近づけていた。


「ふっ、たい焼きに鯛は入ってないってこの前言われたじゃない」


急にヨルカが寝言を言い、ユウヒが我に返る。


「おれ、今、え、えぇ…?」


いまヨルカが起きたら、寝込みを襲おうとしていたように思われても仕方なかった。ユウヒは自分の行動に頭が真っ白になり、どうしてこんなことをしようとしたのか理由を考えられなかった。


1人であたふたしている隣で、相変わらずスヤスヤ寝ているヨルカ。


ユウヒはなんだが気が抜けて、とりあえず自分も水浴びしようと思い、立ち上がった。


着替えを持ってその場を離れ、ソファにはヨルカだけが残された。


少しして、ヨルカはバランスを保てなくなり、ユウヒが座っていたところに倒れてしまう。


外では、屋根から雨粒が一定の間隔で落ち、何かに当たっているような音を鳴らす。


時折風が程よく吹き、古い家であるこの場所の窓をやさしく揺らす。


依然、暖炉の火は燃え続け、その火がヨルカの顔を照らす。


「ユウヒ…す」


パチンと薪が爆ぜる。ヨルカの寝言は最後が掻き消され、それを聞き届けた者は誰もいない。


焚き火はゆらゆら燃えている。

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