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あの月を灼くユウヒがノボル  作者: 上戸 シカロ
第二章 ハートの朝は少し眩しく
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ハートでの日常 1

ヤイチには苦難が待ってる

 クランベルは軽く息を吸って、冷静な表情でユウヒの肩に手を置いた。


「君と共に戦える時が来ることを楽しみにしているよ」


そう言い残すと、彼はその場を去っていった。ユウヒはその背中をしばらく見送り、彼が見えなくなったあと、当初の予定の通りに受付へと向かった。


辛い旅路。その言葉がユウヒの中で繰り返された。「月」を追って、すべてを知ったとき、自分は何を思うのか?どんな真実があっても受け入れる自信があるのか?


そんな疑問に足が止まりそうになる。それでも、ユウヒは進まなくてはいけなかった。ヌスの町を出た時に、引き返す道は失ったのだから。


受付では、ユウヒのための書類や能力使用許可証が用意されていた。それらを受け取ると、ユウヒはヨルカの元へと戻った。


「ね?大丈夫だったでしょ?」


ヨルカがユウヒの手元の許可証を見て笑った。ユウヒはその言葉を聞いて、自分の手元を見た。


「え?ああ、おー、そうだな」


ユウヒは先ほどの考え事をまだ引きずっていた。自分が受付で許可証を渡されたことも気付いていなかったようだ。


「なあヨルカ、俺は今順調にいっているんだよな…」


「どうしたの?許可証取れたじゃない。順調だと思うよ?」


歩いた道が正しいかを確かめるような、踏んだ地面がぬかるんでいないか怪しむように「そうか。そうだよな…」と繰り返すユウヒ。


ヨルカは悩むユウヒを見て、話題を切り替えようと手を叩いた。その音を聞いてユウヒの意識がヨルカに向いた。


「そうだ!私、普段は医療班の人たちの手伝いをすることになってるの。それでね、ハートの使ってない家を貰ったの!」


「貰った!?借りたんじゃなく?」


「貰ったの!しかも無料だよ!」


それを聞いたユウヒは、さっきまでのが嘘のように喜んだ。それと少し驚いてもいた。


騎士団に認められれば安く家を借りられるという話だったが、まさか無料で譲られるとは思ってもいなかった。


「昨日泊まった宿から近いみたい。ヤイチが来たら一緒に行きましょ」


ユウヒはそれに同意して頷いた。2人は浮かれた様子を抑えるように、ロビーに座ってヤイチが来るのを待っていた。


しかし、1時間を過ぎても来る気配は無く、2人はすっかり落ち着いていた。


「ねぇユウヒ。もしかしてヤイチは今日騎士団に入団したら、ここには戻ってこないのかな?」


「浮かれてて気付かなかった。その可能性は十分にあるぞ。俺、人に聞いてくるわ」


ユウヒは立ち上がり、受付の方へと向かっていった。それを追うようにヨルカも続いた。


「まってユウヒ。私も行くよ」






「あー、多分もう見回りに参加しているねえ」


受付の男性は書類仕事をしながら答えた。ユウヒたちはその答え自体には特に驚かなかった。騎士団に入団した以上、ヤイチは騎士団の一員だ。初仕事が見回りなこともなんらおかしくはない。


「見回りからはいつ帰ってくるんですか?」


ヨルカが訊ねた。そう、ユウヒたちにとってはそこが大事だった。男性は手を止めて、上を見上げながら「うーん」と言いながら考えている。


「見回りと言っても色々でね。今日中に帰ってくることもあれば、2日後に帰ってくることもあるのさ」


それははたして見回りなのか?ユウヒは首を傾げた。男性が近くの棚から紙を取り出している。


「ヤイチと言ったかな。彼女の行き先は…ほお、街の外か。中々見どころのある新入りらしいね。となれば、今日は帰ってこないかもしれないな」


騎士団の新人は、入団してすぐに見回りに行くことになる。大半は街の中、ハートを巡回するのだが、能力の高さや期待度によっては今回のようにハートの外の見回りに行くこともあるようだ。


ユウヒとヨルカは互いに顔を見合わせる。やがてユウヒが男性に向けて発言する。


「それじゃあ、あいつが戻ってきたら伝えてください。住む場所が決まったからその場所を…ヨルカ、家の場所の詳細って分かるか?」


そう言われて、ヨルカは紙を一枚取り出して受付に見せた。そこには家の住所と案内図が描かれていた。

それを男性が書き写して、「用件は承ったよ」と言った。


「お願いします」


ヨルカが一礼して男性が微笑んだのを見て、ユウヒも頭を下げた。二人は本部を後にした。




外に出ると空には雲がかかっていて、数十分後には一雨来そうな勢いである。ユウヒとヨルカは案内図を頼りにして件の家に向かった。


前日に泊まった宿の近くだと言っていたが、その宿を通り過ぎてから15分が経とうとしていた。ぽつりぽつりと雨粒が落ち始め、やがて小雨となってユウヒたちを濡らした。


それでも目的地に着かなかった彼らは、屋根のついたベンチを見つけ、そこで雨宿りすることにした。


「ごめんねユウヒ。まさかこんなに着かないとは思わなくて。体は痛む?」


「まあ、少しな。けど、そんな大したものじゃないさ」


ユウヒの言葉を聞いた後、ヨルカは何か言いたそうに口をパクパクさせている。


「どうした?」


ユウヒに聞かれ、一呼吸置いた後にヨルカは話す。


「医療班の人に言われたの。これからたくさんの怪我人を治療するにあたっての注意だって。魔力は有限だからなんでもかんでもは治しちゃいけないって。だから…」


ヨルカは今までどんなに些細な怪我であっても、その力で治療してきた。ヨルカの魔力は膨大で、多少多くの怪我人を相手にしたところで魔力切れにはならないだろう。


だが、ヨルカが今後目にする怪我人はヌスの町民の比ではない。それらすべてを治療していてはヨルカの身が持たない。


さらに言えば、この先重傷者を優先しなければいけない状況が増えていく。その時に、軽傷者を割り切る覚悟が必要となってくるのだ。


医療班の人間が言う、「なんでもかんでも治しちゃいけない」とはそういう意味があるのかもしれない。ユウヒはそこを理解できていた。これに納得できなそうな人間は、この場においてヨルカだけであろう。


これまでやってきたことを我慢しなければいけない。ヨルカに限らず多くの人にとってつらいものだろう。


「気にすんな。本当に大した傷じゃないんだ」


「でも…、ユウヒが傷だらけなのは見てて辛いよ」


そう言って、ユウヒの体に触れる。雨で濡れた体は少し冷え、ヨルカに触れられたところがささやかな熱を帯びる。


「今日だけ…、少しだけ…。明日からは私も頑張って切り替えるから」


ユウヒは止めようと口を開きかけたが、心地のいい感覚がして、言おうとした言葉を飲み込んだ。二人の間に沈黙が訪れ、その空気に耐えられなくなったかのように雨は勢いを増し、彼らの代わりに騒ぎ立てたのだった。

ユウヒは無傷での勝利が絶対できない能力です笑

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