出会い 3
迷子になったら大声で泣こう
ヤイチが汗だくでヨルカを探していたころ、ユウヒも同じように捜索していた。ただ、ヤイチのような速度で動くことが出来ないため、しらみつぶしに探すというのは現実的ではなかった。それでもできうる限り見落とさないようにしていたようだ。
ヤイチが東へと向かったことは知らなかったはずだが、手分けするかのようにユウヒは西に向かった。
街の賑わいを抜け出したユウヒは、道行く人々から情報収集を行った。賑わいを抜けたとはいえ、多くの人がいるため、ヨルカを見かけた人は早々に見つかると思っていた。
しかし、中々ヨルカらしき人物を見たという情報は得られなかった。それもそのはず、ヨルカがこの辺りを通った頃にはより多くの人がいたのだ。
ヨルカはこの街の中にいて、目立つ方ではない。加えるならば、出店が立ち並ぶわけでもないこの道では、長く滞在していた人もいない。
ユウヒはそんなことは分かっていただろうが、それでも聞き込みを続けながら更に西へ向かった。
日が沈み始めた頃、ユウヒは視線の先に何か建っていることに気付いた。よく目を凝らしてみるとそれは噴水であった。
水の音が心を落ち着かせ、ユウヒは深呼吸をした。その噴水から辺りを見渡すと、遠くの方に柵が打ち付けられているのが見えた。
あの場所は崖になっているのだろうか?よく目を凝らしてみると、柵に手をかけて景色を眺めているような人影が二つ確認できた。
ユウヒはそのうちの一つがヨルカに似ているように思え、小走りでそちらに近づいて行った。徐々に暗くなっていく道で転びそうになりながら、まっすぐにそこを目指した。
「ヨルカ!」
景色を眺めていた人物がヨルカだと確信を持てるほど近づいたとき、ユウヒは大声で名前を呼んでいた。その声に二人は振り向き、良く知った顔の少女は手を振ることでユウヒの呼びかけに答えた。
隣に立つ人物がヨルカに何か話しかけ、ヨルカは頷いていた。ユウヒがいる場所からは聞こえなかったが、「あれは知り合いか?」とかそんなやり取りのように感じていた。
そうして崖にたどり着いたユウヒだったが、ヨルカに話しかけようとする前に、隣に立つ白い女性と目が合った。
日はあともう少しで沈むという中、普通ならば暗くて顔もしっかりと認識できなくなりそうな状況の中、ユウヒはその女性の目をはっきりと捉え、その吸い込まれそうな感覚から、声を出すことが出来なくなっていた。
それは相手も同じようで、茫然と立ち尽くしてユウヒから目を逸らせなかった。まるで時間が止まったかのように固まる両者。そして、呼吸も忘れて見つめあう二人は今自分が立っているのかどうか分からなくなっていた。
キゲツは傘を握る手に力が入っていないようで、時折吹く風に傘を揺らしている。ヨルカは一体何が起こったのか理解できず、両者の顔を交互に見ている。
キゲツは一見動じていないように感じられたが、その目は初めて会った時に感じた余裕のようなものが揺らいでいるように見えた。ユウヒは驚いた顔のように見えるが、それでも何も話さず固まっているのは奇妙に思えた。
「えっと、二人は知り合いだったり?」
今しがた意識を取り戻したかのように、その言葉で両者は同時にヨルカに顔を向けた。急に時間が動いたかのようでびっくりしたヨルカは後ろに一歩引いてしまう。
「いや、彼とは初対面だよ。だが…なんだろうね?なんだか懐かしさみたいなものを感じてしまって…、おかしなことをしゃべっているね。すまない」
そう言いながら傘を持ち直したキゲツは数秒目を閉じて、また開く。そこには先ほどの動揺はなく、いつもの余裕が感じられる。
「俺も…他人とは思えなかったというか…、いやそれはいいんだ。見知らぬ街で田舎娘を助けてくれてありがとう。俺はユウヒ」
ユウヒもキゲツに共感しつつも、すぐに話題を変え、自己紹介をした。
「助けただなんて大げさだ。私はただおしゃべりに付き合ってもらっただけだよユウヒ。私はキゲツ。よろしく」
自己紹介を終えて、握手を求める手を差し伸べるキゲツ。その手は細く、力の加減を間違えれば壊してしまうのではないか?ユウヒはそう思って、手を伸ばすことを一瞬ためらった。ほんの少しの間をおいて、ゆっくりとキゲツの手を掴む。
冷たく、細いその手に自分の体温が奪われるような錯覚を覚えつつも、不思議と名残惜しさを感じるようなそんな握手だった。
握手を交わした後、ユウヒはヨルカを見た。服や顔に怪我や汚れは無く、自分たちとはぐれた後に危険に巻き込まれていないであろうことが分かった。
「夜になる前に見つかってよかった」
ハートの警備は頼もしいが、ここ最近物騒になっているという噂は無視できなかった。ヨルカは自分の身を守る術を持っていない。彼女に何かあったときのユウヒの後悔は彼自身、想像つかなかった。
だが、ヨルカを見て安心したユウヒは、いつもよりも心臓の鼓動が近くで鳴っているように感じた。そのとき彼は、自身で想像していた以上に焦りを感じていたことに気付いた。
「はぐれちゃってごめんね。人が多くて迷子になっちゃって。…ヤイチは?」
ヨルカは笑顔でヤイチの居場所を聞く。はぐれたのは自分だけで、二人は手分けをして探してくれていたのだと考えていた。だが、実際にはユウヒもヤイチもヨルカ捜索にあたっての情報共有など一切していない。
ユウヒもヤイチも闇雲に捜索していたし、合流することは一度もなかった。ヨルカが見つかった後の待ち合わせ場所なんて当然決めていなかったのだから、ヤイチが今どこにいるかなんてユウヒにも分からなかった。
「今度はあいつが迷子か」
ため息をつくユウヒには、ヤイチを心配する気持ちは全くない。実際、ヤイチはヨルカと違って自衛の手段があるのだから心配する必要はないのかもしれない。
そんなユウヒの反応を見てヨルカは頭を抱えた。そう、あの二人が物事を協力して行うなんて、積極的にするわけがない。今もなお自分を探しているであろうヤイチへの罪悪感と、協調性の無い二人への呆れが混ざり、ヨルカは「うぅ…」と唸っている。
そんな様子を穏やかな微笑みで見ていたキゲツが口を開いた。
「君たちはハートに来たばかりだろう?どちらにも疲れが見えるし、少し休んだ方が良い。中心街なら休めるし、人探しなら街のほうが情報収集に適している」
日は完全に落ち、街灯に明かりが灯る。差していた傘を畳み、軽く背伸びをするキゲツ。それと同時にユウヒの腹の虫が鳴る。
「たしかに一旦街に戻りたいな。腹減った」
「今日一日歩きっぱなしだったし、ヤイチも中心街に戻ってるかもしれないわね」
そんな様子で二人は街に戻る意向を固めた。
「今日は楽しかったよヨルカ」
そのように話すキゲツは本当に楽しげで、纏っていた神秘さのようなものの内側が見えたようにヨルカは思えた。
「は、はい。私も楽しかったです」
そんなキゲツに驚いたのか、ヨルカの声が少し裏返った。隣ではユウヒがくすりと笑っていた。
「それじゃあ私はここで失礼するとしよう。君たちの安全な旅を祈っているよ」
キゲツはそう言うと、街とは反対の方向に向かって歩き出した。街灯に照らされた彼女の顔は美しく、人通りが多ければ間違いなく誰もが足を止めていただろう。
「また会いましょう」
ヨルカの呼びかけに振り向き、小さく手を振って返す。ユウヒはその時に目が合ったような気がしたが、大して気にしなかった。
そうして今度こそ向こうへと歩いて行くキゲツは足音すら鳴らさず、静かに、夜の静寂よりも静かに闇の向こうへと消えていった。
知らない人には関わっていこう




