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あの月を灼くユウヒがノボル  作者: 上戸 シカロ
第二章 ハートの朝は少し眩しく
35/63

出会い 1

生き返りました

ここ数か月、ハートとその周辺の町では物騒な事件が頻発していた。失踪、強盗、殺し、挙句の果てには先日のヌスでの襲撃である。


その影響もあってか、ハートの出入りは以前よりも強化されたものになっているらしい。


ハートを囲む高い壁のうち、人が通れる門は一か所のみであり、交易が盛んな時期になると検問だけで一日が終わってしまうこともあるそうだ。


もちろん、商人のような多くの荷物を持たない旅人などであれば、そこまでの時間を要することは無いが、それでもユウヒたちがハートへと通されたときには三人とも疲れを隠すことはできなかった。


「まさか入るだけでこんなにかかるとは思わなかったぞ」


「仕方ないわよ。最近物騒だもの」


ユウヒとヨルカはうなだれながら、そんな感想を述べていた。


「おお!ヨルカ見てみて!人たくさんだ!」


そんな二人とは反対に元気な少女は街の活気にご機嫌である。


ハートの町は、門をくぐって最初に目にすることになる大きな道「ハブック通り」を主軸に、複数の通りに並ぶ屋台によって首都たる賑わいを見せている。


三人はハブック通りの人ごみの中をはぐれそうになりながら進む。時折、食欲をそそる匂いに釣られてはその店の前で立ち止まっていた。


「見ない顔だねえ。旅人かい?たい焼きはいかがかな?」


肌を焼いた逞しい店主が汗をかきながら商品を進めてくる。どうやらたい焼きなるものを売っているようだ。


三人は、初めてみる料理に興味深々である。


「この中に鯛が?小型の鯛を焼いてるのか?こんな小さい鯛がいるのか?」


ユウヒがそう言うと、


「国の中心なんだからいるに決まってんだろ?たい焼き用に開発されたんだよ!」


ヤイチが興奮気味にハートを称えている。


「いくらハートでもあり得ないわ。きっと、鯛の切り身が入っているのよ!」


ヨルカは名推理かのように目を輝かせながら言い放った。


そんな三人の姿を見て、店主は苦笑いをしていた。白熱する三人の口論にいつ水を差せばいいのかタイミングを見計らっていた。


口論が一瞬止む時を彼は見逃さなかった。そうして放たれた言葉は


「あんことかクリーム入ってるよ」


であった。


そんな店主を襲ったのは、三人の田舎者からの驚きの目であった。数秒、ほんの数秒だけ無言の時間が流れる。


「あんこ味の鯛がいるのか!?」


「私は鯛が食べたかった!」


「甘い匂いしたのに何で気付かなかったのかしら…恥ずかしい」



ここまで何も知らない客は珍しかったのだろう。店主はたい焼きを三個無料で配ってやった。三人が同時に頬張ると、目を輝かせてお互いの目を見あっていた。


特にヨルカは心底嬉しかったようで、店主に何度も頭を下げていた。


寄り道をしてしまった彼らはその流れに任せて次々と屋台を巡っていった。年頃らしく様々な店に目を輝かせていた彼らは、ふと話しかけようと振り返ったときにようやく、自分たちが離れ離れになっていたことに気が付いた。


この状況になったとき、真っ先に焦っていたのはヤイチであった。


「し、しまった!ヨルカ!ヨルカあああああ!!」


そんな叫びを街の賑わいにかき消されながら、ヤイチは来た道を全速力で戻るのであった。


そのかき消されていた叫びを奇跡的に聞き取れたユウヒであったが「なんだヤイチか」と一言呟き、同じくヨルカを探すために移動していた。





一方ヨルカは、


「二人ともどこ行っちゃったのー」


今にも泣きそうな状態で歩いていた。いつしかハブック通りを抜けて、人の数も減っていった。しかし、だからといって寂しい印象もなく、野原に咲く花々は屋台の活気に負けないくらいに強く、綺麗に並んでいた。


先ほどの、人であふれていたハートから一変した光景にしばらく立ち尽くしていると、遠くに噴水が見えた。


引き寄せられるように歩いていくヨルカはまるで、自分がはぐれてしまっていることを忘れているみたいだ。


近づいてみると、噴水の周りにベンチが置いてある。そして、こちらに背を向けるように座る女性が目に入った。


真っ白い髪、白い長袖から微かに見える肌もまた白い。その体を太陽から守るように黒い傘をさしていた。


「この辺では見ないお嬢さんだね」


その女性は背を向けたまま話しかけてきた。


ヨルカは突然のことに驚き、自分が話しかけられているかどうかわからなかった。


「ああ失礼。突然でびっくりさせてしまったかな。昔から気配に敏感でね。怖がらずにこちらにおいで」


そう言って振り返った女性の目はきれいな赤色をしていた。ヨルカは噴水ではなく、最初からこの人に引き寄せられていたのではないかという錯覚に陥りかけていた。


彼女の声は、瞳は心地よく、気づくと隣に腰かけていた。


「あの私、ヨルカって言います。この町には今日初めて来たんですが、迷子になってしまって」


白い女はヨルカの髪をなでると、優しく微笑んだ。


「そうだったのかい。最近のハートは少し殺気立っているように思える。君のような女の子が一人で街を歩くのは危険だと言わざるを得ないな」


そうして、ヨルカの目をじっと見る。ヨルカも目を離すことが出来ない。


「え、えっと、一緒に来た二人がすごい強くて。頼ってばかりじゃだめだとは思うんですが、二人がいてくれたら安心できるんです。だから、きっとこの町でも大丈夫だと思います」


「…」


「…」


お互いに目を合わせて沈黙を過ごす。


「そうか。ではその二人のところに無傷で送り届けなければいけないね。何かあったら怒られてしまうかな」


そう言って立ち上がった女はヨルカの手を取る。ヨルカも立ち上がると、白い女に手を引かれて歩き出した。


「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」


「ああ、まだ名乗っていなかったね。失礼した。キゲツと呼んでくれ」


「綺麗な名前ですね」


ヨルカは心からそう思った。だが、そう言われたキゲツは笑った。ヨルカは何がおかしかったのか理解できなかった。何か気に障ったのかもしれないと考えたヨルカはあわてて謝罪しようとしたが、言葉を選んでいるうちにキゲツが喋った。


「いやすまない。名前を社交辞令以外で褒められたのは初めてでね。君は名前だけでなく、心もきれいだ」


キゲツは笑顔を向けたが、ヨルカは背中に冷たいものを感じた。まるで幽霊に見つめられたような、不気味で脳にこびりつくようなものだった。


しかし、それは一瞬で消え、キゲツの言葉に対する恥ずかしさに切り替わっていた。


「え、えっと、キゲツさんは心が読めるんですか?」


ヨルカは疑問を口にした。ヨルカが本心を口にしたのは事実であり、もしそれが社交辞令として受け取られていたら、それはヨルカにとっては不本意であっただろう。


しかし、自己紹介において相手の名前を褒めることは一般的によくあることである。それこそ社交辞令で。


それなのに、ヨルカの言葉が社交辞令ではないとどうして言い切ることが出来たのだろうか?それゆえのヨルカの疑問。


ヨルカの手を引いて歩くキゲツが立ち止まる。


ゆっくりと振り向く彼女の瞳は、先刻にも増して赤く見えた。


「だって君は、そういう女の子だろう?」






がんばる

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