悪役令嬢が転倒したはずみで幼児退行して、俺に『お兄様!』と懐いてきたので守ってやることになった。悪役令嬢を恨む相手からの逃避行。
在庫の短編放出します。
よろしければお読みください。
二条院桜姫は典型的な悪役令嬢である。
悪役令嬢ってそもそも都市伝説みたいなものだと思っていた。
少なくとも、うちのような地味な公立学校にはいない。
しかし部活の練習試合でお坊ちゃまやお嬢様たちが通うとされる後鳥羽学園に行った時にその悪役令嬢に出くわしてしまった。
トイレを借りるために校舎内を歩いていると、こんな話し声が聞こえてきた。
「…なのよ!庶民のくせにわたくしに逆らえるとお思い?お父様に言って退学にして差し上げますわ。いいえ、やっぱりあなたの家族ごと社会から抹殺して差し上げたほうがいいですわね」
「や、やめて!」
「ちょっと麻里!触らないで!沙織!詩織!早くこいつを引き剥がしなさい!あっ!きゃああっ!」
ドタドタドタガスン!
すごく嫌な音が聞こえたのでその音のした方へ駆け寄ると、女の子が階段の下に倒れていた。
「しっかりしろ!」
よく見るとすごい美少女だ。
しかしピクリとも動かない。
頭を打ったのかもしれない。
さっきの会話からして、揉めて階段から落ちたのだな。
でも…どうして誰も助けに来ないんだ?
「誰か!怪我人です!誰か来てください!」
叫んでも誰も来ない。
このまま放置して助けを呼びに行くことも、頭を打っている彼女を抱いていくことも出来ない。
頭を打っている時は動かしたらいけないと聞いた気がするからだ。
仕方なくスマホを出してこの学園の事務室に電話する。
校舎内広すぎて迷子になりそうだからと連絡用に持ってきたスマホが役に立つとは。
『はい、後鳥羽学園です』
「今、その学園内にサッカーの練習試合に来ている先村という者ですけど、おたくの生徒が階段から落ちて気を失っています!すぐに来てください!」
連絡はしたから、あと出来そうなことは…床に頭を直に乗せているから痛そうなので、持っていたタオルを頭の下に敷いてあげた。
ちょっと汗臭かったら申し訳ないけど。
先生たちが来て、たくさんの生徒たちが集まってきた。
そして聞き耳を立てなくても口々にこんなことを言っていた。
「悪役令嬢二条院桜姫もとうとう年貢の収め時か」
「意識が戻らないといいのに」
「それよりあの顔が潰れればよかったのに」
やっぱり彼女があの時怒鳴っていた子なのか。
しかしものすごく嫌われてるな。
「沙織と詩織もこれでようやくあいつから解放されるかも」
ん?
そういえば口論していた時に、彼女たちの名前があったぞ。
すぐ側に居たはずなのにどうして助けに来なかったんだ?
「あなたたち、二条院と一緒じゃなかったのか?」
先生が女子生徒に質問している。
双子みたいだからもしかして彼女たちが沙織さんと詩織さんか。
「それが…トイレに行ったきり戻らないので探していたんです」
「まさかこんなことになっているなんて」
どうしてそんな嘘を?
それとも俺の勘違いか?
「う…」
「意識が戻った?」
「えっ?」
びくっとする詩織さんと沙織さん。
それを見て俺は彼女たちが嘘をついていたのだと確信する。
「とりあえず保健室に連れていこう」
「よし、頭側と足側を持ち上げるぞ」
女の先生たちしか来ていないから、一人ではとても運べないのだろう。
しかし運ぶ様子があまりにも不慣れな感じで、また落としそうだった。
「俺が運びます」
ひょいと彼女を軽々と抱き上げる。
「大丈夫か?」
「軽いですから」
サッカー部よりラグビー部が似合うと言われる俺にとって女子生徒一人くらい問題なく運んでいける。
「そういえば君は?通報してくれた子だよね?」
「斎王高校の先村遥斗です」
キャーッ!と周りから黄色い悲鳴が上がる。
「先村さんってプロから声のかかっている先村さんですよね?」
「うちのマドンナで生徒会長の泉宮さんの告白を断ったって本当ですか?」
「全国模試も1桁台なんですよね?弁護士目指してるって聞きましたけど!」
「かっこいいっ!私もお姫様抱っこされたいっ」
いや、恥ずかしいからあまり騒がないでくれ。
それにプロ選手にも弁護士にもならないから。
うちは代々和菓子屋だからな。
一人息子の俺が跡を継ぐんだ。
そんなことを考えていると再び二条院さんが身動ぎした。
「う…」
「大丈夫か?」
ぱちり
彼女は目を開けると、俺の方を見て…
「お兄様!」
そう言ってぎゅっと首に抱きついてきたのだった。
あれ?俺ってこの子と幼なじみか何かだったっけ?
後日。
俺は部活が終わって下校しようと思ったら、校門に黒塗りの高級車が止まっていて、そこから出てきた人に声をかけられた。
「先村遥斗様ですね?」
「はい」
まるで執事のような雰囲気の男性だ。
執事なんて実際に見たことないけど。
「先日は当家の桜姫様をお助けいただき、ありがとうございました」
「いえ、たまたま居合わせただけですから。それより、もう元気になられましたか?」
「はい。つきましてはお嬢様自らお礼をしたいとの事なので、お迎えに上がりました」
「部活終わったばかりで汗臭いし汚れているから、一度家に帰ってからで良いですか?」
「すぐにお連れせよとのことです。当家でお風呂と着替えを用意致します」
と、強引に連れていかれる俺。
見えてきたのはものすごい豪邸。
二条院さんは二条院グループの親族だと思うのだけど、もしかしたら本家筋なのかな?
二条院グループとは国内屈指の財閥と聞いているが、特に興味が無いのでそれ以上の知識はない。
しかし豪邸だけあって来客用のお風呂とか普通にあるんだな。
でもゆっくり浸かっていられないので、汗を流して体をきれいにしてすぐに出る。
服は…なにこれ?礼服?
着方合ってるかな?と思いながら着替えると、今度はメイドさんに案内されていく。
本物のメイドさんってこんな感じなのか。
可愛いというより凛とした感じだな、
「こちらでございます」
「はい」
中に入ると、そこには誰も居なかった。
「二条院さんは?」
「その前にお話がございます」
俺の目の前にメイドさんが立つ。
よく見ると結構綺麗な人だな。
「今、旦那様と奥様は海外におられます。ですから桜姫お嬢様の守役である私が代わってお礼申し上げます」
「いえ、大したことはしていませんから」
「あなたが助けてくだされなければ、あのまま放置されていたかもしれません」
え?
「お嬢様は…学園内では悪役令嬢と言われて嫌われております。もしあなた以外の人が見つけても助けられなかったかもしれません」
どれだけ嫌われているんだよ?!
「それで、恩人ではある先村様にこんな申し出をするのは心苦しいのですが、どうかお嬢様をお救いください!」
え?どういうこと?
「お嬢様にお会いしてくださればわかりますが、実はお嬢様は頭を強打したせいで記憶の混乱が起こっているようなのです」
「そうなんですか?!」
「それで、『お兄様に会いたい』と言っては泣いてばかりいるのです。お兄様とは誰かと聞いたら、保健室へ抱いていってくれた人だと言うではありませんか」
お兄様?
そういえば、助けたときに俺のことをそんな風に呼んでいたな。
あのあとまた意識を失ったから勘違いだと思っていたけど、どうして俺がお兄様なんだ?
「実はお嬢様にはお兄様が居られたのです。お嬢様が幼い頃病死されたのですが、もしかすると先村様をお兄様と思い込まれたのかもしれません」
「俺と似ているんですか?」
「いえ、全然似ておりません。ですからどうしてかわからないのです。とりあえず、会っていただけば何か分かるのではないかと思いまして」
「俺で役に立てるのでしたら」
そして改めて二条院さんの待つ部屋に移動する。
コンコンコン
「お嬢様、お連れしました」
「お兄様!」
ドアがいきなり開いて中から二条院さんが飛び出してきた。
がしっ、ぎゅうううっ!
「お兄様!もうどこにも行かないで!桜姫を独りぼっちにしないで!」
同い年の女の子、それもすごい美少女に抱きつかれることは嬉しいけど、何だかすごい違和感がある。
妹っぽいだけじゃなくて、何だか無邪気なような?
「お嬢様の精神は幼児退行してしまい、お兄様が亡くなられた五歳頃まで戻っているようなのです」
違和感の正体はそれか!
だから恥じらいもなにもなく、全力で抱きついてきているのか。
お陰ですごい柔らかなものが押し当てられてしまっているけど。
「すみませんが…えっとあなたのお名前は?」
「わたくしは香織と申します」
「香織さん、二条院さんを離してもらっていいですか?」
「お嬢様のやりたいことを邪魔するわけには参りません」
「お兄様、どうしていつものように桜姫と呼んでくださいませんの?」
「香織さん、どうしましょう?」
「とりあえず話を合わせてください」
「さ、さき?」
「はい、お兄様!」
顔を上げて微笑む彼女は悪役令嬢などではなく純真な美少女だった。
かああっ
顔が熱くなるのを感じる。
性格は幼児でも外見は美少女女子高生だ。
この距離感は危険すぎる。
ふふっ
ん?
何か聞こえた気がして振り向くと、メイドの香織さんが暖かい目でこちらを見ていた。
「しばらくお嬢様をお願いいたします。わたくしは旦那様にこの事を報告して、どうするかお伺いを立てて参ります」
この事をって、お兄様って言われていることだよな?
まさか抱きついていることじゃないよね?
それこそ社会的に抹殺されそうなんだけど。
「お兄様、お膝に乗せてください」
「あ、ああ」
俺は椅子に座るとその膝の上に二条院さんが乗ってきた。
膝にまたがるようにしてこちらを向いて。
「お兄様」
両手を首に回してくる。
すごくいい匂いだし柔らかいし、色々不味いぞ。
「お兄様、ぎゅっとして」
「それはちょっと…」
うるっ
目に涙が光る。
「わかったよ」
ぎゅっ
「えへ。お兄様ぁ」
俺の胸元に顔をすりすりしてくる。
同級生と思うからいけないんだな。
妹と思えば大丈夫っぽいな。
そうじゃないと『変なもの』を押し当てて、メイドの香織さんに見つかったらそれをちょん切られかねない。
「お兄様、撫でて」
「あ、うん」
なでなで
「んふふー」
何この可愛さ。
お持ち帰りしたいくらいだ。
しばらくそうしているとメイドの香織さんが戻ってきた。
「お待たせしました。あらあら、お嬢様ったらすっかりなついておられますね」
「すみません」
「それでは旦那様からのお言葉を伝えさせていただきますわ」
何を言われるんだろう?
娘に触れたら許さないとか、二度と会わないようにしてくれとかかな?
「先村様に、お嬢様の兄として振る舞ってほしいと」
「え?」
「記憶が戻るまでで構いません」
「でも、学校も違うし、接点がありませんけど」
「転校していただきます。そしてお嬢様をお守りください」
「え?守るって?」
「お嬢様は多くの生徒の恨みを買っています。幼児退行したお嬢様は復讐されても太刀打ちできません」
「それなら治るまで休ませたらどうです?」
「二条院家のお嬢様が留年するわけにはいかないのです。成績は寄付金でかさ上げできますが、出席日数はどうしようもないのですから」
私立ってそういうものなのか。
「俺は部活あるし、そろそろ大会なんだけど?俺が抜けるとかなり困ると思いますが」
「元の学校にはあなたが抜けてもいいように同レベルの選手を転校させます。二条院家であれば容易いことです」
すごいな財閥って。
「それに後鳥羽学園のサッカー部も強豪ですからそちらに入っていただければ良いかと」
「それはやめておく。どうせサッカーは次の大会までと思っていたんだ」
本当はやめたくない。
でも、二条院さんをほうってはおけない。
それはこうやって抱きつかれているからではなくて、『違う心配事』があったからだ。
「それではお願いできますか?」
「わかりました」
「では、今夜からここに住んでいただきます。すでに先村様のご両親には話を通してご了承いただいております」
手際よすぎるだろ!
スマホを確認すると母親から連絡が入ってた。
『逆玉?頑張ってね。お店のことは心配しないで』
いや、俺は店を継ぐからな。
記憶が治るまでの約束だから。
「それでは、お嬢様、お風呂の時間です」
「うん!お兄様と入る!」
おいっ!
「先村様、お願いします」
「ちょっと待ってくれ!いくらなんでもそれはだめだろ!」
「お嬢様のお兄様はいつも一緒にお風呂に入って、お嬢様の頭を洗っておられました」
「何歳の話ですか?!」
「お嬢様が五歳、お兄様は六歳の時です」
「子供じゃないですか!今そんなことしたらいけないですから!」
「旦那様や奥様の許可はもらっております。兄妹としてのスキンシップは構わないと」
「スキンシップ越えてますよ!」
「記憶が戻るためであれば、お嬢様が望まれたことなら先村様が何をされても問題ないと旦那様から言われております」
「え?」
「その代わり、本当にお嬢様が望んだことかどうか私がお側で見張らせていただきます」
そして流されるまま本日二度目のお風呂へ。
体を一切隠そうともせずに俺に頭を洗わせている二条院さんと、その様子を眺めているメイドの香織さん。
「あの…どうして香織さんまで脱いでいるんですか?」
「ここはお風呂場ですから」
香織さんも何も隠していないから顔を背けて見ないようにしている。
いや、最初に見てしまったけど、ものすごいプロポーションいいんだな。
メイドさんって全然恥ずかしいとかないのか?
むしろ機械のような冷たさすら感じるけど。
「はい、終わったよ」
「お兄様、体も洗ってください!」
「先村様、スポンジとボディソープはこちらです」
わかっていたかのように道具を手渡される。
仕方なく二条院さんの体を洗う。
なるべく体の柔らかさを感じないように、無心で。
むう
ん?
また何か声がした気がしたので、香織さんのほうを伺うと、香織さんは笑顔でこちらを見つめていた。
お風呂を出て、豪華な食事をして、再び二条院さんの部屋に戻る。
「ちょっと失礼いたします」
部屋を出ていった香織さん。
トイレか何かだろう。
しかしチャンスは香織さんの居ない今しかない。
俺は抱きついているパジャマ姿の二条院さんの耳元で囁く。
「もしかして記憶戻ってますか?」
「ん?お兄様、何のこと?」
「香織さんって、沙織さんと詩織さんのお姉さんだったりしません?」
「香織?」
「さっきまでいたメイドの人だよ」
「伊織のこと?香織と沙織と詩織はその子供だよ」
もしかして、二条院さんが五歳の時のメイドが香織さんのお母さんの伊織さんなのか。
それと、やっぱり香織さんと沙織さんと詩織さんは姉妹なんだな。
さっきから香織さんが『妙な気配』をさせていた。
それは『悪意』に近い。
サッカーをやっていた俺は見えない所からの『気配』には敏感になっていて、背後から来るのが仲間か敵かを判断できるほどだ。
特に敵であれば反則行為である真後ろからの足を狙ったスライディングすらも『悪意』を察知してかわすことができる。
そして、香織さんから感じたのは『敵意』や『悪意』に近いものだ。
表情や言葉には全く出ていないが、何か良からぬことを考えてる気がする。
階段から二条院さんを助けに来なかった沙織さんと詩織さんのことが関係している気がしてならないのだが…。
「二条院さん」
「桜姫だよ」
「桜姫、例え記憶が戻っていなくても、俺が守ってやるからな」
「うん!」
笑顔で返事をしてくれる桜姫。
○香織視点○
妹たちがうまく事故を引き起こしたのに、まさかあの程度の怪我で済むなんて。
このまま学園に戻れば復讐したがっている生徒たちが勝手にお嬢様を手にかけると思ったのに、まさか幼児退行して、お兄様と思い込んでいるあの男とと一緒じゃないとどこにも行かないと言い始めるなんて。
あんな体格の良い男が側に居たら復讐なんてされないに違いないわ。
だから私は旦那様のお言葉をねじ曲げて『お嬢様が望まれたことなら先村様が何をされてもいい』と言っておいた。
旦那様たちはあと3か月は戻られない。
その間に…
あの男にお嬢様を女にしてもらい、旦那様たちに絶望を味わわせるのよ!
幼児退行したお嬢様は過度なスキンシップ好きな美少女で体つきもいい。
そして相手は体育会系の男子高校生。
間違いなんてすぐに起こるわ。
私が側にいて『キスを望むならしてあげてください』とか言って、どんどんエスカレートさせていけばいいのよ。
そしてこっそり幼児退行したお嬢様に男女の営みを教えて、愛するお兄様と思っている相手にそれをさせるのよ。
それで妊娠とかすれば最高ね!
そうすれば死んだお母様の恨みが晴らせるというものだわ!
事故と言われているけど旦那様と奥様に殺されたも同然なお母様の仇を討てるのよ!
○桜姫視点○
もしかして遥斗様は結構鋭いの?
私が演技しているだけだなく、香織たちの関係にも気づくなんて。
そう、私は幼児退行なんてしていない。
私を階段から突き落とした真犯人は沙織と詩織。
香織もおそらくそれを知っている。
でもそれを言うつもりはない。
だって、私はようやく『自由』を手に入れられるのだもの。
まさか遥斗様が私を助けてくれるとは思わなかった。
練習試合の時に何度か見かけて、そのプレーに打ち込む姿や、爽やかな笑顔に私は心惹かれていた。
そして意識を取り戻したときに目の前に遥斗様の顔があった時に私は閃いた。
幼児退行したふりをして、遥斗様を私のものにしようと。
私はこの二条院の家が大嫌い。
お父様もお母様も家のことしか考えていない。
多くの人を苦しめてまで守るような家じゃないのよ。
だから私は勘当されたくて悪役令嬢を演じた。
それでも私を溺愛するお父様はそれを聞いても一切咎めなかった。
お母様は『若い頃の私にそっくりですわ』と言っていた。
でも、今度こそこの家を出てみせる。
遥斗様を誘惑して、私を女にしてもらうの。
それで妊娠とかすれば最高ね!
私は勘当されてこの家を出て、遥斗様と幸せに暮らすの。
そして私の代わりにお父様の妾の子である香織たちがこの家を継げばいいわ。
香織たちは母である伊織が死んだのは事故のせいと思っているけど、実際は伊織たちを守ろうとするお父様と追い出したいお母様が大喧嘩をして、お母様がナイフを持ち出したところで伊織がお父様をかばって死んでしまったのよ。
うまく事故死に見せかけたらしいけど、お母様は香織たちに悪意なんてもう持ってないわ。
だから私が居なくなっても何の問題もないのよ。
遥斗様が思ったより鋭いみたいだけど、真実には近づかないでほしいわ。
香織たちの邪魔が入るかもしれないから。
それに幼児退行した少女を演じるなんて悪役令嬢を演じてきた私にとっては楽な話よ。
だからこのまま遥斗様にうんと甘えて、この体で篭絡するの。
うちに復讐したい香織がお父様の言葉をねじ曲げているみたいだけど、それすら利用させてもらうわ。
私は目的を遂げられて、香織は復讐を果たせるから一石二鳥よね。
香織、遅いわね。
早く遥斗様と一緒に寝たいのに。
○遥斗視点○
二条院さんからは好意しか感じないからどうやら本当に幼児退行しているんだな。
でなければ知らない男に体とか洗わせないだろうし。
何とか理性を持たさないとな。
二条院さん綺麗すぎるし、仕草とか可愛すぎるし…色々魅力的すぎるんだよな。
幼児退行していなければ危なかったかも。
いや、こちらから襲ったりはしないけどね。
「戻りました。それでは、床につきましょう」
香織さんに言われるままに俺はベッドに入る。
これってダブルサイズくらいだから、すごく狭い。
なにしろ3人で寝ているからな。
俺の右に二条院さん、左に香織さんが寝ている。
俺をお兄様と慕っている二条院さんが抱きついてくるのはわかるが、どうして香織さんまで胸を押し付けてくるんだ?
「香織さん、その…」
「狭いのでお許しください」
「それなら上を向けば」
「それではお嬢様が何を望んでいるか見張れません」
これは天国で地獄というやつか。
「お兄様、おやすみのキスをして」
「え?」
「早く」
目を閉じて待つ二条院さん。
今日会ったばかりでどこまでする気なの?!
でも恥ずかしがっている様子はないし、兄妹としてのスキンシップの範囲なのか、香織さんも止めないし。
ちゅ
俺は二条院さんの額にキスする。
「お兄様、口にして」
「そういうのは好きな人と大人になってからね」
「うん…」
良かった、納得してくれたみたいだ。
○香織視点○
興奮させるためにわたくしの胸を押し付けていたのに、お嬢様からせがまれた口へのキスを思い止まるとか、なんて自制心ですの?
でも好都合ですわ。
『好きな人と大人になってから』って言うのだから、大人の階段の登り方を教えればいいのよ。
翌朝、わたくしは先村様がトイレに行ったのを見届けてからお嬢様にこう言いましたの。
「お兄様とキスをしたいなら、大人になる方法をお教えしますわ。幸い今日は土曜日。ずっとお兄様と一緒に居られますから、お兄様に大人にしてもらえますわよ」
「えっ?本当?!」
目をキラキラさせて聞き返してくるお嬢様。
ふふっ、騙されているとも知らないで。
でも、具体的なやり方とか教えても覚えられるかしら?
服を脱いで、男性のアレをどうにかして、えっと…。
は、恥ずかしながらわたくしも経験がありませんのよ!
だってお母様みたいに旦那様に手込めにされるなんて絶対に嫌でしたから、そういう知識は拒否してきましたの。
「どうすればいいの?」
「ええっと…」
やっぱり予習が必要ですわ!
確か妹たちがそういった漫画を隠し持っていたはずですの。
朝食をとられている間に沙織の部屋に行きますわ。
「沙織!」
「お姉さま?どうしたの?」
「あなたの隠し持っていた漫画を貸しなさい!」
「な、何のこと?」
「男女の営みの描いてある本ですわ!違うカバーが掛けてあるでしょう?」
「ひどい!勝手に部屋に入ったのね!」
「そんなことよりも早く!それを参考にしてあの二人に大人の階段を登らせるのですから」
「え?」
「早く!」
「そういうことなら早くそう言ってよ!」
すぐに漫画を手渡してくれましたわ。
「それでこれをどうするの?」
「今から読んで覚えて、教えるのよ」
「そんな悠長なことするの?それより私が教えるわ!待ってて!」
沙織は素早くメイド服に着替えてきましたわ。
「じゃあ交代ね」
「え?」
「だって二人も見ていたらきっと緊張してうまくできないかもしれないもの」
「私もお嬢様がやられるところを見たいですわ。復讐ですもの」
「それなら詩織も呼ばないと不公平じゃない?」
○遥斗視点○
どうしてこうなった?
俺はベッドで寝込んでいる。
その横から申し訳なさそうに二条院さんが覗き込んでいる。
そして壁際にはうなだれた香織さんたち三姉妹がメイド姿で正座している。
「お兄様に大人にしてもらえると思ってしたのに、怪我をさせてしまうなんて、桜姫は悪い子なの!」
「いいよ、まだ子供なんだから。無理せずゆっくり大人になろうね」
香織さんたち3人に体を押さえつけられて『なにも抵抗せずお嬢様に任せてください』と言われてから、いきなり二条院さんが股間に飛び蹴りをくらわせてきたんだよな。
薄れ行く意識の中で聞こえたのは、
『お兄様?!しっかりして!香織!どうしてお兄様が気絶してしまいましたの?』
『沙織!話と違いますわ!』
『だって股間を踏まれたり蹴られたりすると興奮するって描いてあったから』
『姉様、そうじゃなくてまず自分のお尻を叩いてもらって男性を興奮させるんだよ』
何を参考にしているんだ?
でもお陰で二条院さんを傷つけなくて済んだけど。
翌日も香織さんたちが手本を見せようとしては失敗したりしていたが、どうにか休み中に変なことはしないですんだ。
でも、これではっきりわかった。
香織さんたちは二条院さんと俺に不埒なことをさせようとしている。
二条院さん、大丈夫。
俺がしっかり守ってやるから!
月曜日。
初めて二条院さんと二人で登校したが、幼児退行していて勉強がわからないので保健室登校になった。
「あなたが二条院さんを助けてくれた人ね。はい、コーヒー飲むかしら?」
「はい、ありがとうございます」
保健の先生は優しそうに見えるけど『悪意』のある人だった。
「はい、二条院さんはジュースね」
「ありがとう、おばさん」
ぴくっ
「お・ね・え・さ・ん・よ!」
怒っている隙にこっそりとコーヒーを先生のとすり替える。
何か一服盛られているっぽいんだよな。
二条院さんのは大丈夫かな?
「いただきまーす」
「ま、待て!」
カシャン!
カップの割れる音がして振り向くと、先生がガクガクと震えていた。
「まさか…すり替えたの?」
「やっぱり何か入っていたのか!」
「う、ううっ、うあああっ!」
保健の先生は叫ぶと自分の白衣を引き裂いた。
「オトコ、オトコお!」
そしてゾンビのように俺に詰め寄ってくる。
まさか媚薬的なもの?
野生的すぎるけど!
俺に二条院さんを襲わせるためか!
ガチャガチャ
保健室のドアが開かない!
「二条院さん、窓から…って何してるんですか!」
「ぷは。美味しかったの」
ジュース飲んでしまった?!
まさか二条院さんも媚薬に?
精神が幼くても体は大人だから効くかもしれないぞ!
「あ、あう、あれ?」
二条院さんの体が硬直している。
もしかしてあれって動けなくなる薬?
動けなくなった二条院さんを発情した俺に襲わせる気だったのか!
がしっ!
しまった!
二条院さんに気をとられて、保健の先生に捕まった!
破れた白衣から覗く胸を押し付けてくる先生。
仕方ない!ここは気絶させよう!
ビシッ!
後頭部から首にかけての位置にチョップを入れる。
いわゆる当て身だ。
これで気絶…しない?!
漫画の知識では駄目なのか?
すると今度は先生がいつの間にか包帯を持っていて、それを俺の体に巻き付けてきた。
何て力だ!
媚薬の影響なのか、俺よりも力が強い!
そして俺は包帯で拘束されてしまった。
「ハジメルゾ」
そういって俺の腰の前をなで回す。
「フフフフフフ」
気味悪く笑っているものの、それなりに綺麗な保健の先生に触られたら俺の相棒は黙っていられなくなる。
はずだったが、幸いそうはならなかった。
包帯を巻きすぎて俺の腰の回りは真っ白になっており、大事なところに触れなくなっていたのだ。
「ウーウーウー!」
どうやらこの薬は知性も低下するんだな。
そこだけほどけばいいのにひたすら自分の腰をすり付けてきている。
しばらくして、電池が切れたように先生が動かなくなった。
どうやら助かったみたいだな。
しかしまさか二条院さんが保健の先生にまで恨まれているとは。
俺は何とか包帯をはずすと、痺れている二条院さんに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「おに、い、さま…」
まだうまく話すこともできないみたいだ。
そうだ!解毒薬とかあるかも!
先生の机を漁るといくつかの瓶が出てきた。
『惚れ薬』
『発情薬』
『痺れ薬』
『解毒薬』
『エリクサー』
いや、最後のおかしいだろ。
何のファンタジーだ。
でもこの先生にこんなものを持たせていたら危険だから没収しておこう。
「解毒薬、飲めるか?」
「う、うう」
どうやら口がうまく開かないらしい。
こうなったら口移ししかないのか?
でも悪役令嬢とはいえ、幼児退行した女の子の唇を奪うなんて。
「おに、さ、ま。くち、うつ、し、で」
本人は望んでいるみたいだけど…ええいっ!
ジュースと一緒なら飲みやすいかも!
俺はジュースを瓶から直接口に含むと解毒薬を、
ガチャガチャ!
ドンドンドン!
「先生!開けてください!」
「んぐっ」
いかん、ジュースを飲んでしまった。
やり直しだ。
廊下にいる生徒が誰かを呼んでくる前にここから出ないと!
ぎぎ
あれ?
ぎくしゃく
おや?
どうしてジュースを瓶から飲んだのに体が痺れるんだ?
まさかコップじゃなくて、瓶にしびれ薬を入れてた?!
で、でも、体はどうにか、動く!
俺は二条院さんを抱えると、窓を開けて外に出た。
その後、俺たちは男子生徒や女子生徒、先生どころか用務員にまで襲われる始末。
どれだけ恨み買ってるんだよ。
とりあえずどこかに逃げこまないと…。
学園に時々来ていた俺が良く知っているのはサッカー部の部室と『あそこ』だけか。
仕方ない。
あいつに頼りたくはないが、今信用できそうなのはあいつだけだ!
『生徒会長室』
この学校には生徒会室の他に生徒会長室がある。
そこは生徒会長の城であり、先生すらも立ち入りできないとされていた。
ドンドンドン!
「泉宮さん!泉宮さん!」
ガチャッ!
「遥斗!」
「すまん、匿ってくれ」
「とにかく入って!」
ソファーに二条院さんを座らせて、やっと一息つく。
「泉宮さん、助かったよ」
「遥斗、昔みたいに莉奈と呼んでほしいですわ」
「いや、お前にフラれたからもうそんな呼び方したら駄目だろ?」
俺と彼女は幼なじみで、中学で学校が別々になってから連絡を取っていなかったが、この学園で再会して時々この生徒会長室に来るようになっていた。
俺以外の男性は誰もここには入れたことがないなんて言うから、てっきり俺に気があるのかと思って告白したら見事にフラれた。
だからもうここにも来ないようにしていたのだけど。
「莉奈と呼ばないなら追い出すわよ」
「わかったよ、莉奈」
「うん、それでいいわ」
相変わらず『好意』は感じるのだけど、恋愛感情じゃないのだろうな。
「それにしてもどうしたの?」
「実は二条院さんが変なものを飲まされてね。俺もうっかりそれを飲んでしまって体が思うように動かないんだ」
「保健室に行ったら?」
「そこで一服盛られたんだよ」
「それで、今はどうなの?」
「う、うん。少し動きにくいけど、歩くぐらいならできるかな」
「そういえば知ってる?」
そう言いながら彼女は俺の隣に座る。
「あの告白、私がフラれたことになってるのよ」
「ああ、聞いた。悪かったな。きちんと噂を広め直しておくよ」
「いいのよ。だって、私がその噂を流したんだもの」
「え?」
「だってその方が同情されるでしょう?遥斗を振ったほうがあなたのファンから嫌がらせを受けるわ」
「結局俺が迷惑掛けているんだな」
「気にしなくていいわ。それより私は嬉しいのよ。冷たくした私を頼ってくれるなんて」
「もうここで信じられそうなのが莉奈しかいないからさ。それともまさか莉奈も二条院さんに恨みがあるのか?」
くすっ
え?それは何の笑み?
『悪意』は感じないけど。
「どうして私が遥斗の告白を断ったかわかる?」
「え?」
「私はね、女の子のほうが好きなの」
ええっ?!
「だからね、いつか悪役令嬢って恐れられている桜姫のことを」
ぺろり、と艶かしく舌なめずりする莉奈。
「いい声で哭かせてあげたかったのよ!」
何てことを!
しかも悪意を感じないって、それが彼女のためになると信じているってことなのか?
「動けなくなった桜姫をわざわざ連れてきてくれてありがとうね」
「やめろ!手は出させないぞ!」
「それなら私の体を好きにしていいから、桜姫は私の好きにさせてもらえるかしら?」
「え?」
「遥斗ってすごくモテるでしょう?だからあなたが可愛い女の子たちをいっぱい引き寄せて、私がそれを美味しくいただくの。もちろん遥斗も参加していいわよ。私、男は嫌いだけど遥斗なら許せるから」
何とんでもないことを考えているんだ!
「ハーレムになるのよ。どう?素敵でしょう?」
「断る」
「相変わらず生真面目ね。でも、他に逃げ場は無いのよ。彼女を守りたいなら、私の手駒になりなさい」
「…二条院さんに手出ししないか?」
「そうねえ、代わりの誰かを連れてきてくれるうちは手出ししないわ」
「それはできない」
「じゃあ出ていって。そしてまた絶望したら戻っていらっしゃい。それまでに桜姫が無事だといいけど」
くっ
それだけの事を言って『悪意』が無いのがかえって恐ろしい。
俺はどうすべきなんだ?
「おに、いさま。たす、け、て」
そう言う二条院さんのほうを見て目を見開く莉奈。
「遥斗がお兄様ってどういうこと?」
「実は幼児退行しているんだ」
「頭を打って記憶が混乱しているとは聞いていたけど」
「なあ、莉奈。お前はそんな幼い精神状態の子に悪さをするつもりか?」
「うっ…わかったわ。そこまで趣味悪くないわよ。でもどうする気よ?」
「下校時刻になったら迎えが来るからそれまで居させてくれればいい。あと、走り回って息が切れたから水が欲しい」
解毒薬を飲んで、先程より口が開くようになった二条院さんの口にも解毒薬を流し込んであげる。
放課後、何とかお迎えが来て無事に屋敷に帰ることが出来た。
このままではいけない。
早く幼児退行を治さないと。
確か『エリクサー』っていうのは万能回復薬みたいなものじゃないか?
もしかしたらそれで幼児退行が治るかもしれない!
でもおかしな薬だったら困るよな。
媚薬とか痺れ薬は本物だったから大丈夫な気もするが…。
「香織さん」
「どうされました、先村様?」
「実は学校で薬を見つけてきたんです」
「薬?」
「ええ、それで幼児退行が治るかもしれないんです」
「本当ですか?!」
…一瞬『悪意』を感じたな。
「それで、この薬を一口俺が毒味しますので、もしおかしくなったらこっちの『解毒薬』を飲ませるか医者を呼んでください」
「先村様が試されるんですか?!」
「得体の知れないものを二条院さんに飲ませられないよ」
「それはそうですが…どうしてそこまでしてくださるんです?お嬢様が美少女だからですか?悪役令嬢ですよ?」
「二条院さんにお兄さんが居たように、俺にも妹が居たんだよ。俺が小さい時に死んだんだけどさ」
「それでは、お嬢様をその代わりと思って?」
「お兄様って言われた時、もし生きていたらこんな感じだったかなって思ってさ。だからただの自己満足なんだよ」
「そうですか。では、わたくしが試します」
「え?駄目だ!危ない薬かもしれない!」
「大丈夫です!お嬢様のためにさせてください!」
○香織視点○
何てものを見つけてきたの?
絶対これは阻止しないといけないわ!
毒味する振りをして、全部飲んでやるわ!
「じゃあ、飲みますね」
わたくしは瓶を傾けると…一気に飲み干した。
「あっ、うっかり飲みきってしまいましたわ」
「やっぱりそういうことするんですね」
わたくしがこういうことをすることを見抜いていましたの?!
「念の為移しておいて正解でした」
先村様は『エリクサー』と書かれた瓶を取り出します。
じゃあこれは?
「この『エリクサー』を半分空き瓶に移したものですから、俺が飲んでも問題なかったんですけどね」
「そ、そんな…」
「無事みたいですから二条院さんに飲ませますよ」
駄目!ここで幼児退行が治ったら私たちの復讐が!
「あ、ああっ!先村様。いえ、遥斗さまあ」
私は精一杯色っぽい声を出して『演じる』。
「あなたのこと、愛してしまいましたのぉ」
惚れ薬と錯覚させれば飲ませないはず!
「惚れ薬?まさか?」
ふふっ、信じていますわ。
「『悪意』を感じないどころか『好意』を感じる?惚れ薬の入っている瓶の中身を捨てて洗わないで詰め替えたせいなのか?」
え?
今なんて?
…遥斗さまったら、よく見たらすごく凛々しいお方ですわ。
ああ、本当に愛してしまったかも。
「遥斗さまあ、わたくし、妾でもいいからおそばに置いてくださいまし」
ああ、きっとわたくしのお母様もこうやって妾になりましたのね。
「これを飲むんだ」
わたくしに何かの瓶を差し出してきましたわ。
「これを飲んで元に戻るんだ!」
「嫌ですわ」
カシャン!
瓶を叩きつけますの。
「遥斗さまのことが嫌いになるようなものは飲めませんわ」
するっ
わたくしは服を脱いでいき、ありのままの自分をさらけだして
さらけだして
え?
何で私、部屋の中で脱いでいるの?
そういえば媚薬がどうとか…
走馬灯のように記憶がよみがえっていきますわ。
『あなたのこと、愛してしまいましたのぉ』
ぼんっ
「失礼いたしますっ!」
わたくしは服を抱えたままそこを逃げ出しましたの。
○遥斗視点○
どうやら薬が少なかったせいですぐに正気に戻ってくれたみたいだな。
しかし、その後の二条院さんとお風呂に入るときに香織さんはバスタオルを巻いていた。
もしかしてさっきのやり取りのせいで恥ずかしいって感覚が出てきたのかな?
「香織さん、お風呂なのにバスタオルはいいの?」
「バ、バスタオルはセーフですわ」
「マナー的に湯船に浸けられないけどいいの?」
「そ、そんなっ」
「それなら二条院さんにもバスタオルを巻かせてほしいな」
「お、お嬢様。バスタオルを」
「いや。お兄様は桜姫の体嫌いなの?」
「可愛すぎてずっと見てられないからバスタオルをしているくらいが丁度いいな」
「そうなの?それならバスタオルを巻くね!」
よし、うまくいったぞ。
「でも体を洗ってからじゃないと無理だよね?」
「あ、そうだね」
よし、なるべく見ないように洗おう。
目を閉じて…
ごしごしごしむにむにむに
ん?
目を開けるといつの間にか二条院さんがこっち側を向いている。
「お兄様、目をつぶっていてきちんと洗えるの?」
もういい!
中身は幼児なんだ!
妹だと思えば恥ずかしくない!
ごしごしごしむにむにむに
恥ずかしく…
ごしごしごしむにむにむに
うう
意識が薄れて…
○桜姫視点○
ふらっと遥斗様が倒れていく。
「お兄様!」
「先村様!」
私と香織は慌てて遥斗様を抱き止めます。
「お嬢様、おそらくのぼせたと思います」
「そうなの?じゃあみんなを呼んで運んでもらって」
「いえ、大丈夫です。メイドたるもの、一人くらいは余裕です」
すごいわね。
あんなに体格のいい遥斗様を背負って行ったわ。
あら?バスタオルが落ちているけど…
『きゃああっ』
あら、やっぱり。
脱衣室で腰にタオルを巻いただけの遥斗様が全裸の香織の上に倒れ込んでいますわ。
「お姉様?!」
「姉様?!」
そこに沙織と詩織が来ましたわ。
「ああっ!お姉様が襲われてる!」
「すぐにそこからどきなさいっ!」
「違うの!これはわたくしが原因なの!」
「「え?」」
顔を見合わせる沙織と詩織。
「気を失った先村様を運び出す時に足を滑らせてしまいましたの」
「そ、そうなのね。てっきりお姉様が襲われたのかと」
「とにかく運ぶのを手伝いなさい。いえ、まず服を着せて差し上げなさい」
「「はい!」」
部屋に戻って私と遥斗様で二人きり。
それにしても中々関係が進みませんわ。
まだキスすらできていませんもの。
明日も学園に行きたいですけど、あの会長には会いたくないですわ。
でも学園に行けば私が誰かに襲われてもっと関係が深まる気がしますわ。
…ここで私が襲えば早いのよね?
私は意を決して遥斗様の唇に顔を近づけますの。
「遥斗様…」
「…二条院さん?」
「ど、どうして目を覚ましていますの?!きゃっ!」
思わず仰け反った私は
ガツーン!
床に頭を打ち付けて気を失いましたわ。
あれ?だあれ?この人?
わかった!
お兄様ね!
お兄様!帰ってきてくれたのね!
○遥斗視点○
「お兄様!」
目を覚ますなり抱きついてきた二条院さん。
「良かった。どう、俺の事分かる?」
「うん、大好きなお兄様!」
記憶は戻らなかったか。
「あのね、明日から学校で嬉しいの」
「え?怖くないのか?」
「大丈夫なの。だってお兄様が一緒だから!」
「そうか。それならきちんと俺が桜姫のことを守るよ!」
「うん!小学校でもよろしくなの!」
え?小学校?
だって今日は学園(高等部)に何も言わずに行ってたのに?
幼児退行が進んだのか?
「あれ?ねえ、どうして私のお胸、大きくなってるの?」
え?
「わかった!お兄様と子供を作れるようにだね!」
「なっ!か、香織さんっ!」
「お、お嬢様が望まれているなら…」
「それなら香織さんがお手本できる?」
「えっ?そ、それは、その、知識がないからお手本は無理です」
よし、助かった!
そのまま二条院さんを説得してくれ!
「で、でも、わたくしでお試しになっても構いませんから。そ、その代わり、や、優しくしてくださいまし」
「わーい!伊織も一緒だね!」
守りたい女の子に襲われるとかなんなの?!
どうにかその場を収めつつ、本当に小学校に行くかどうかで悩むのであった。
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