四話・おめかし
「ごちそうさまでした」
悲しい現実逃避から約十分後、俺は綺麗に朝食を平らげて、手を合わせていた。
「タケフサ様、王の庶務が夕方で一段落する予定です。それまでにお着替えの方を済ませていただきます」
「あ、了解です」
腹もすっかりふくれて、俺がじんわりと満腹感の余韻に浸っていたら、後ろからリリアさんが声をかけてきた。
ついで、促されるようにして席を立つ。
一度さっきの部屋まで戻るんだろうか?バッグも持ってきたのに意味なかったな。
そして流石に、行って直ぐに会えるほど王様は暇ではないようだ。国を動かす第一人者なんだからそれはそうだろう。
だけど俺もそれまでにサッカー布教の計画を練っておけるし、好都合だ。
しっかりプランを練って、サラリーマンよろしく交渉してやろうと考えていたら、ふとあることに気が付いた。
「そういえば俺、服がこれしかないんですけど……」
スポーツバッグに入っているのはシューズとレガース、それから替えのユニフォームとiP◯dだけだ。
ちなみにi◯odの充電は昨日の帰りのバスで切れている。
そんなわけで部屋に戻っても着替えがないです、とリリアさんに言った。
するとリリアさんは相変わらずの微笑をたたえて、静かにかぶりをふった。
「あら、そんなことはお気になさらず。今から王家付きの服飾店に行きますので。もちろんお代は王の自腹です」
「あ、そうなんですか」
……………………もちろん?
こういうのって心苦しいけど国の血税からじゃないの?まあ王様の給料だって税金だからなにも言えないけどね!
なんかリリアさんすごい強調して言ってたけど、王様って意外と立場低いの?
そんなこんなで王様に同情しながら廊下を歩いて、階段を下りてとしていたら、いつの間にか城の外に出ていた。
「うわー、広いな」
「王城の敷地だけで王都の四分の一を占めていますから」
俺がみたのは大きな庭だった。
西洋的な綺麗に整えられた鮮やかな種々色々の花を咲かす木々に、背中に羽を生やした天使のような見た目の真っ白な彫像。さらにたくさんの噴水が、あちこちで水を涼しげにふりまいている。
てくてくとリリアさんに連れられて庭を進む。その美しさに一々驚きながらふと後ろを振り返ってみれば、規格の外れたような豪華な城がそびえ立っていた。
「リアルシンデ◯ラ城じゃん」
「はい?」
「あ、気にしないで下さい」
あまり俺は行ったことはないが、ディズ◯ーランドにある彼の有名なお城のようだ。それよりも大きいかもしれない。
城の根幹部分はどっしりとしていて、それでいて上へいくほどに細くなっている。
華美な見た目ではあるが、それでもなにか悠然としていて安心するような造りだ。
………うーむ、自分で言ってて良く分からん。兎に角すごいのだ。進んでるな、異世界。
そんな調子で歩いていたら、城とは少し離れたところにある大きな落ち着いたレンガ造りの館に着いた。
マンションの高さを低くして、横に広げたような感じだ。使用人の宿舎だろうか?
リリアさんがその建物の横に立つ若い衛兵二人に近付くと、その片方からリリアさんに声をかけてきた。
「なにかご用でしょうか?騎士団長はただいま不在ですが」
「王命で馬車と護衛を用意していると思いますが、そちらを借り受けに来ました。確認用の書類です」
どこから出したのか、リリアさんが一枚の書類を衛兵に見せた。
なるほど、ここは使用人の宿舎ではないようだ。
会話から察するに、騎士の騎士の詰め所だろうか。そういえば建物の後ろの方からなにか掛け声が聞こえるし、この詰め所も敷地の目立たないところに建っている気がする。
「………はい、サインのほうも確認できました。こちらへどうぞ。ご案内します」
「恐縮です」
どうやら話しが終わったらしい。案外スムーズだ。今度は今の衛兵さんが案内してくれるようで、俺とリリアさんを先導してくれた。
また少し詰め所から離れたところに、馬車が停めてあった。二頭引きのそこまで派手ではない馬車だ。センスいいな。
その横に重そうな鎧を着た若いおにーさんが二人、ぴしりと気をつけの形で待機している。
「タケフサ様、今回の護衛の騎士です。わたくし同様、煩わしいかもしれませんがご容赦を」
「「よろしくお願いいたします」」
「ええ……よろしくお願いします」
リリアさんの紹介で、騎士の二人に軽くお辞儀をして挨拶する。
んー、護衛なんて要らないと思うけど………やっぱりこの国、なんだかんだ優しいな。
さらに俺はそれとは別に、リリアさんが少し自分を卑下したいることに驚いていた。
俺は煩わしいと思ったことないんだけどな。これで煩わしいなんて言ってたら、俺はパパラッチのストーキングでストレス死してるぞ?
「それではタケフサ様、中に」
「はいはい」
俺がリリアさんに促されて馬車の中に入って座ると、反対側の座席にリリアさんが座った。
護衛の方々は自分の馬に乗るらしい。
「それでは手始めにチャネルにお願いします」
「チャネルですね、かしこまりました」
外の御者さんにリリアさんがそう告げると、外から掛け声と馬の嘶きが聞こえて馬車が動き出した。造りが良いのか、思ったより揺れない。
「外になにかございましたか?」
流れていく外の街並みを眺めていたら、リリアさんが声をかけてきた。ちなみにもう既に王城の敷地ではなく、街のなかだ。
「こういった街の造りが珍しくて。俺が住んでた世界とは全然違って新鮮なんですよ」
流石に、サッカーしている人を探していましたとは言わない。
それに街並みも見ていたから嘘ではないのだ。ちなみに建物の造りはほとんどがレンガか石造りだ。絶対王政の末期頃のヨーロッパだと思ってくれていい。
そんな回答とは少しずれたことを考えていたが、リリアさんは特に何も思わなかったようだ。なるほどと言った感じで頷きながら言葉を紡いでいる。
「そうなんですね。やはり文化の差でしょうか。あ、そういえば異世界からの人の召還、我が国では約五百年ぶりのことだそうです」
「………それを父娘の団らん中にあっさり成し遂げたんですね………」
一応あの父娘が俺を『異世界の人』と捉えていたから前例はあると思ってたけど、そんな前か。
俺を召還し(ちゃっ)たのはエリザベス様らしいけど、そんな芸当が出来たんだ、曲がりになりも凄い人なんだろうな。
「この国の王族なんて皆様そんなものです。あんまり気にしたら負けですよ?」
「そういうもんですかねぇ……」
どうも気分的に、しみじみとしてしまう。サッカーでもすれば忘れられるんだけどな。
リリアさんとの会話が途切れてまた外の景色を眺めていたその時、ふとそこで、俺がリリアさんに誤魔化した時の言い訳、つまり街並みが珍しい、と言っていたのを思い返した。
そして気付いたのだ。
あれ?俺って街並みどうこうの前にこの世界のことを何も知らなくないか?、と。
まず、俺をこの国に召還した方法は魔法だと言っていたが、詳しくは何も知らない。
そもそも、この国、ひいてはこの世界について知らない。せいぜいここが西ゴウト王国で、王様があのヒゲだってことくらいだ。
「あれ?非常識なのは俺のほう………?」
「……いきなりどうかしたんですか?」
おっと、心配事がつい口に出てしまったようだ。リリアさんが怪訝な目で俺を見ている。
「いえ、そういえば俺、この世界についてなにも知らないなって思って」
「…………? ああ、そういうことですか。それなら心配しなくても王がお会いになった時説明すると思いますよ。もしよろしければわたくしも最低限伝えられますし」
「本当ですか?それならぜひリリアさんにお願いしたいです」
「わかりました。それならこの国の簡単な成り立ちから──」
リリアさんは始めこそ良くわからないといった顔をしていたけれど、直ぐに得心が言ったとばかりに次の言葉を紡いでくれた。
そしてリリアさんがしてくれた提案は渡りに船で、俺とっても丁度よかった。
王様が話してくれるとは言ったが、ヒゲとはサッカーについての交渉だけをして、他のことで時間を食いたくないのだ。
ついでにあのヒゲに常識があるのか怪しいという理由もある。
王様とメイドなら、メイドの方が一般教養を知ってそうだろ?
リリアさんが色々と教えてくれる。国の成り立ちから国の制度、さらにこの世界に住む他種族と魔法について。
リリアさん曰く、西ゴウト王国はもともと大陸の東側にいた民族が建てた国家らしい。
大昔に魔物──魔石という魔力機関を持った、普通の動物よりなぜかアホみたいに強い生き物──が攻めてきたのでその地から逃れて、先住の者たちと今の王国を平定したとかなんとか。
あとはこの世界、法律がしっかり整備されているようだ。国王が領地を任せている貴族たちでも大本の法は覆せないものらしい。 例え貴族でも人を殺したら罰せられる、とか。抜け道はあるらしいけどね。
あとは異世界ものの定番、奴隷だろう。どちらかと言えばな◯う系の定番というべきだろうか。
これは人族の国では、戦争奴隷と犯罪奴隷のみが許されている。つまり、借金奴隷がいない。借金のかたに自分の身体を抵当にいれるのはNGということだ。
だがこれはあくまで人族のなかであって他の種族ではその限りではないようだ。
他種族の例を挙げると、
まず鉱人族。
・鉱山などに住み、鉄工製品作りを得意とする。
・背が低く、恰幅が良い。成人は髭を伸ばすのがしきたりらしい。
・寿命は二百年ほど。
森人族。
・多くが人間未開の森に住む。縄張り意識が強く、他種族が侵入するとかなり怒る。
・容姿の整った者が多く、耳が尖っている。
・寿命は二百年~三百年ほど。
獣人族。
・人族に、なにかしらの動物の特徴を与えた種族。魔獣の特徴を持つ種族もいる。成り立ちは不明。
・細かい分類が多い。猫人族、犬人族、竜人族などなど。
・受け継ぐ動物の能力を持つため、身体能力が高い。
・寿命は人間と大して変わらない。
魔人族。
・大陸の東側に住む。
・褐色肌の、人間に容姿が近い種族。頭に二本の角を持つ。
・血気盛んな者が多い。結果、戦争がしばしば起こる。
・常に下克上だぜやっほう! 状態で、国の勢力図が定まらない。一応、一国の王は『魔王』と呼ばれる。
・寿命は不明。百年とも二百年とも言われる。
こんな感じだ。
まあよくあるファンタジー世界の設定だと思ってくれて良い。
魔法については聞いてもよく分からなかったので、エネルギー変換を魔力と魔法で行っている、という解釈しかできなかった。
魔力を誰かさんにあげて、それを詠唱とかで別のエネルギーに変換して、放出。
……うーん、物理にこじつけてみたけど、このくらいだ。
ただ人によって魔力を変換できるエネルギーの種類が違っていて、それぞれ土、風、水、火、雷、氷、光、闇、無、精霊、血族と別れる。これが属性だ。
…………めんどくさっ!
ちなみに雷以降の属性は少し特別らしいけど、俺がここまで覚えるので精一杯だったから詳しいことは割愛。
リリアさんが苦戦している俺を見て、また折りがあったら説明しますね、と言ってくれたのでそれに甘えることにした。
「侍女様、到着ですよー」
「あ、着きましたね」
そんなこんなをしていたらあっという間に時間は過ぎて、のんびりとした御者の声で到着が告げられた。
お読みいただき、ありがとうございます。