三話・メイドさんと朝御飯
「ん……」
俺は小さな小鳥のさえずりで目を覚ました。
かなり熟睡していたようで、不覚にも王様と話していて寝落ちした後の記憶がない。
だが今俺が寝ているのはふかふかのベッドの上だ。しかも最高の寝心地で、スイートだったホテルのベッドと遜色ない快適さを誇っている。
「恐るべし異世界の王権……」
俺は感嘆しながらすべすべとした、──詳しくはないけど、多分絹だ──の布団(?)から抜け出して床に足を下ろした。
俺は転移する前の格好そのままで、クラブの青いジャージにトレーニングシューズを履いている。
特になにかいじられた様子はないし、一緒に飛ばされてきたスポーツバッグも、ベッド横の小さな丸机に置いてあった。
「取り敢えず部屋出るか……?」
起き上がったが、誰か来る気配はない。自分で出向けということなのだろう。
大体こういうのって起きると枕元に誰かいるのが定番だと思ってたんだけどな。それはそれでホラーか。
俺はバッグを抱え、ゆっくりと扉を開いた。金色をした真鍮であろう丸いドアノブが軋みも無く回る。
そして俺が顔を少しだけ出して外の様子を伺う。
開いた側の方向から、ゆっくりとだ。
うん、昨日の部屋と変わらず赤いカーペットに、綺麗な壁とインテリア。十メートル間隔くらいで立派なシャンデリアが蝋燭をのっけてる。豪勢だな。今は火、ついてないけど。
……廊下もこれどこまで続いてるんだ?なんかぼやけて見えるけど──
「おはようございます。昨晩は良くお眠りになれましたか?」
「ひっ!?」
いきなり後ろから声をかけられて、思わず情けない声が漏れた。
勿論後ろといっても俺の寝ていた部屋からではないけどね。扉の後ろ側からだ。反対側をじっくり見ていたせいでそっちには全く気をかけていなかった。
恐る恐るそっちを見れば、昨日の夜ちらっと見たメイドさんが立っていた。細いつくりの、整った顔に微笑をたたえて俺を見ている。
ちなみに、髪は俺と同じ黒髪で瞳も黒だ。異世界で会った人のなかでは一番日本人に近い容姿をしている。
「……おはようございます」
「顔色が優れませんね、お加減が悪いのですか?」
「……心臓に悪いんで普通にお願いします」
「あら、それは申し訳ございません」
まだ少し心臓がばくばくと跳ねている。
くそう、デンみたいな悪戯しやがって。
けどこっち来てから怯えられてばっかだったから、こういう遊び心のある人話せると正直嬉しい。
……ただ宮仕えとしてどうなのよ、それ。どういう制度なのか知らんけど。
「朝食をお摂りになりますか?一応用意してありますが」
「……いただきます。メイドさんも一緒にどうですか?」
「あら、それなら雑事が終わったらメイドたちで頂きますわ」
「それは残念です」
「ふふ、それではこちらです」
メイドさんにちょいと挟んだ冗談も軽くいなされ、案内をしてもらう。
ううむ。そつがないぁ。
あの父娘も見習って欲しい。外行きの顔ぐらいつくれるだろうに。
やっぱり人に怖がられるのはちょっと傷付くよな。まあ怒鳴った俺もちょっと悪かったけど。
メイドさんについていくようにして案内され、てくてくと長い廊下を歩く。
これだけ広いと使用人のような人達も多いようで、たまにメイドさんらしき人やタキシードを着た腰の低いおにーさんとすれ違った。
ちゃんと男もいるようで安心した。良かった、どこぞの後宮みたいに男子禁制とかではなくて。
それに皆さんわざわざ立ち止まってお辞儀をしてくれる。
うーむ。スカートを摘まんでするお辞儀なんて初めて見たぞ。着てるのは普通(?)のメイド服なのに、なんか優雅だ。外国人が芸者に反応するようなものなのだろうか。
「こちらです」
我ながらアホなことを考えているうちに、広い一室に通された。部屋の真ん中にはずらっと長いテーブルと、何脚あるのか数えるのも面倒な量の椅子。絵に描いたような偉い人の食卓だ。
「お好きな席へどうぞ?」
「ええ………」
メイドさんが席の方を手で指して、にっこり笑って首を少し傾けた。
綺麗な人がやると様になってる。
けど見とれてる場合じゃない、これは下手な席に座ると不味いんじゃないか?そこに座るのは不敬だー、とか。
まぁ王様怒鳴り散らしてるから今さら感あるけど。
取り敢えず下座に座りたいな。
俺はずいっと視線をテーブルに向ける。うん、一際豪勢な椅子が長方形の短い辺に一つずつ。
あとは全部同じっぽいけど……いや、上座どっちだよ!?
これは真ん中に座れば良いのか?それともどっちかに寄るか……
ええい、もう知らん!
「あら、そこでよろしいのですか?」
「え、ダメな感じ?」
結局俺はテーブルの長い辺の、ちょうど真ん中に座った。下手に冒険するのは勘弁だと思って、案パイついたんだけど……
メイドさんが意外そうにしてるし……これはミスった!?
「いえ、王が、『あの者ならなにも言わずに儂の席に座るじゃろう』と」
「そこまで恐いもの知らずじゃないよ!?」
指差すメイドさんの視線の先にはあの一際立派な椅子。
ああ、右手側が王様のだったんだね……。左手側は王妃様のかな?
俺の評価についてあのヒゲ、小一時間くらい問いただしたいなぁ。
「ちょっと理不尽だなぁ」
「一国の王と王女を怒鳴り倒したら、そうならないほうが不思議では?」
「あれ?やっぱ俺が悪い感じ?」
「はい、こちらが朝食です。遠慮なくお召し上がり下さい」
「おーい?」
スルーはちょっと酷いんじゃないかい?
しかし当のメイドさんはどこ吹く風だ。
俺の扱いがはじめからどんどん悪化してる気がするけど、メイドさんなりの親愛表現だと思いたい。うん、そうに違いない。
それに料理も美味しそうだ。どうにもならないことを考えるより、冷める前に平らげたほうが建設的だ。
「いただきます」
そう言って俺は並べられた料理を見渡した。
ふむふむ。小さめなカップの中で湯気をあげている温かそうな玉ねぎのスープに、レタス?のサラダ。それに主食はパンか。クロワッサンもどきがサラダの横に二つ並べられている。
俺は早速置かれていたフォークを手に取り、サラダを口に放り込んだ。
「………!」
驚いた。
もし今の俺の顔を少し後ろで控えてくれているメイドさんが見ていたら、相変わらずにやにやとした顔で笑われていたに違いない。それくらいにサラダは美味しかった。
たかがサラダ、と思う人もいるだろう。けれどこの野菜はいつも寮で食わされるものの三倍くらいは美味しい。そしてその理由も分かる。完全に鮮度だ。
ここの野菜がどう仕入れられているのかは知らないけれど、寮のはただのスーパーで買った特売品だ。俺は寮母さんの娘に荷物持ちをさせられていたからそこらへんはよく知ってる。
そのお陰で最寄りのスーパーのどこが特売コーナーか知り尽くしてたぜ!一応俺、レギュラーで忙しいはずなんだけどな!
……まあそれは置いておいて。
別に寮のものをけなす訳じゃないけど、シャキシャキ感が違うのだ。ついでに野菜自体の味も違う気がする。
スープにも手を伸ばしたけれど、これも美味しい。味付けはもちろんだし、やっぱり玉ねぎ(?)そのものの味がしっかりしている。
うーん、と少し唸りながら、俺は感慨に浸った。
得点王とリーグ優勝を目指して、意気揚々と試合から帰ってからの異世界召還。
目を覚ましたら一国の王と王女に怯えられる異世界召還。
寝落ちして、起きたと思ったらメイドさんにおどかされる異世界召還。
……ここまでほんとろくでもないな。
けど。とそこで俺は思う。この料理とサッカーがあるんなら悪くないな、と。
よく考えればサッカーのプロリーグをつくるなんて面白そうなことを国の支援ありでできる。
これだけでも十分サッカー好きには魅力的だ。自分好みのチームづくりなんかも出来ちゃうしね。
しかもサッカーがそこまで発展していないようだし……これは所謂、俺TUEEEEE!系ではなかろうか。主人公が取り敢えず安易に無双するやつ。いや別に望んでる訳じゃないけど。
「卿、コーヒーをお飲みになりますか?」
そんなことを妄想しているとメイドさんが声をかけてきた、ちなみに、妄想はしていても俺の口は止まっていない。絶賛咀嚼中だ。なにせ美味しいからね。
「もぐもぐ、ごくん。………んー、普通の水で結構です………、って卿?」
「あら、ご存知ない?取り敢えず名前の分からない方につける敬称ですわ。便利ですわよ?………はい、お水ですわ」
「あ、どうもー………じゃない!俺自己紹介してなかったっけ?」
「はい、王も『そういえば名前を聞いてなかったのー』と」
「おおう………」
やってしまった。王様と王女様はちゃんと名前を教えてくれたのに、俺は名乗ってなかったのか。これじゃあイメージの中に非常識も追加かなぁ。
「すいません、自己紹介させてもらっても?」
「別にわたくしは気にしませんよ?そういう役回りですし」
「いえ、そういう訳には。兎に角、俺はタケフサです。タケフサ・オノ。タケフサって呼んでくれれば嬉しいです」
そう言って座ったまま、少し身体をひねってメイドさんの方を向き、小さくお辞儀した。
するとメイドさんはスカートの裾を少し上げて、同じように俺に自己紹介してくれた。
「ご丁寧にありがとうございます、タケフサ様。それと申し遅れました、わたくし王宮付きメイドのリリアと申します。以後お見知りおきを」
「あ、よろしくお願いします、リリアさん」
ぺこりと慌てて頭を下げたが、さっきまではメイドさんと呼ばれてもなにも言わなかったのに、どういう風の吹きまわしだろう。
……もしかしたら俺より後に名乗って、俺の名乗らないという非常識さをカバーしてくれたのだろうか。自分を悪く見せて、相手を良い意味で霞ませる、みたいな。
んー、それならお礼を言いたいけど人に聞かれたらわざわざやってくれたのに意味がなくなっちゃうしな。うん、後で落ち着いたら言おう。
勝手に自分の中で折り合いをつけた俺は、リリアさんに続きを食べますね、と告げてからまた食べ始めた。
「……名乗るのを忘れてましたけどタケフサ様から言ってくれたのはラッキーでしたね」
そんな小さな声が後ろ聞こえたが、きっと俺の空耳だったのだろう。
………そのはずだ。そうであって欲しい。いや、そうでなければならない。
本筋入らなくてごめんなさいね!?
頑張りますのでこれからもよろしくお願いいたします。