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十九話・高い所は怖い、これ真理

ちょっと長めです



 「うおお………」


 俺は闘技場の前でこんな声を上げていた。

 だがこれもしょうがないと思う。本当に大きいのだ。高さ、横幅どちらも相当ある。図面や模型では迫力までは分からないものだ。

 闘技場自体はこの国でとれるトラヴェルーノという石材を使っているらしく、大理石に少し似た白さが特徴だ。


 「ご主人様、入りますよ?」

 「あ、了解」


 リリアさんが先導してくれて、無数にあるアーチ型の入り口の一つから中に入った。こうしてリリアさんに案内してもらうのも久し振りな気がする。


 中に入るとそこは観客席の階下のようで、他の幾つかの入り口と繋がり、開けた選手の待機場になっている。図面によるとこの待機場が確か六つあるはずだ。

 

 てくてくと歩いてその中を抜ける。今は本当に無人で、俺とリリアさんしかいない。トラヴェルーノの地面に俺たち二人の靴の当たった音が響く。 

 この待機場は入口こそ幾つかあれど、出口、つまり現サッカーコートにでる部分は一つしかない。十メートルほどのトンネル状になったそれを通り、コートへと出た。


 「すげえ」


 思わず呟いた。青々と広がる芝の地面に、綺麗に引かれた白い線。コートもここからは随分と小さく見えるが、記憶にあるものと変わらない形状で二つ、両サイドに立っている。


 「おーい、主君‼︎」


 後ろから俺を呼ぶ聞き慣れた声に、思わず観客席を振り返った。見れば俺とリリアさんが出てきたアーチのすぐ上の観客席からローズが手を振っていた。

 彼女は王命でここ一ヶ月、闘技場の見回り警備の人員を兼任していた。今日は丁度シフトだったのでここで待ってもらっていたのだ。

 ……え? 護衛の意味が無い? 野暮なこと言いなさんな。確かにその通りだけど。


 「ローズ! こっちに降りてこれるか?」


 手を振り返してそう聞いた。というのも、闘技場は観客に危害が及ばないように少し戦闘場所より高くなっている。長さにしてニメートル半と言ったところだろうか。重そうな甲冑を着たローズには少し厳しいかなと思った次第だ。


 「無論だ! ちょっと待っていてくれ!」


 けれど彼女はそう言って、少し後ろに下がった。


 「ご主人様、少し後ろに下がってください」

 「え?」


 リリアさんに引っ張られて俺は数歩分下がる。なんだって言うんだ?


 「とうっ!」


 あ、察し。


 ローズが跳んだ。いや、飛んだ。彼女は身を踊らせて入り口を軽々と越え、俺の数センチ手前に着地した。着地の衝撃のせいなのか知らないが、俺の髪の毛が車が横切った時みたいになった。ついでに喉がヒュッと変な音を立てた。


 「ははは! 到着‼︎」


 この野郎。あ、野郎じゃない。この淑女(レディ)。……これも違う気がする。


 「到着じゃねえよ! 危うく死ぬところだったぞ⁉︎」

 

 その甲冑でぶつかられたら肉塊になるわ。


 「なに、リリアならそこまで察してくれると思っていたからな! それに主君ならギリギリでも避けられるだろう」

 「確かにそうだけどさ……」


 そういうことじゃないんだよな。


 「ご主人様、ローズ(アホ騎士)のことなんて気にするだけ無駄ですよ。さっさと点検を済ませて地方に高飛びしましょう」

 「お、おう」

 「変なルビがついていたように聞こえたのは私の気のせいか?」


 スルーされるローズ。

 欲望丸出しのリリアさんになに言っても無駄だよ。


 …………あれ、俺の護衛とメイドって似た物同士? 話の通じないところとかそっくりなんだけど。


 「ご主人様、チェック要項です」

 「お、ありがとうございます」


 おっとっと。馬鹿なこと考えてないで仕事しないとな。殆ど無給だけど。


 「えーと、まずラインの太さ。十二センチ以下で一定である………と。次はベンチ、は現在仮設。フィールドから五メートル以上離れていること。………よし」


 コートだけをとっても確認しなければいけないことは多い。それ一つを怠って選手が怪我したら大変だからだ。


 「あ、リリアさん、ゴールのこの出っ張りは無くすように申請して下さい。下手したら大怪我ですから」

 「分かりました」


 かきかきと書類になにか書き込むリリアさん。

 ローズは記録珠で現在の進行過程を撮影中だ。地方の環境整備の時に使う………はず。うん。


 百近くある要項を全て確認していく。

 技術者の腕が良いからか、殆ど不備は見られない。結局修正の必要な箇所はゴールポストの不備を含めて二ヶ所だけだった。


 「よし。これでコートは終わりですね」


 そう。コート()終わりだ。次はカメラ(記録珠)の設置場所の確認がある。


 観客席から三メートルの区間 ──コートから約七メートル離れたところ── に一応記者席的なスペースを設けた。一応この世界にも新聞はあるらしい。ちなみにボールボーイの待機場所も兼ねてある。

 ここに必要なカメラ十九個のうち八個を置くことになっている。両サイドに四個ずつだ。それぞれ試しに置いてから映りを見て調節が必要なら少しだけ動かす。これが案外大変で、時間がかかった。

 急げ急げ。残業は勘弁だ。


 「次はゴール付近のカメラです」

 「ほいほい」


 ゴールには左右のネットの上部分に一つずつと、ゴール裏に一つの計三つだ。それが二ヶ所。六つのカメラを使うことになる。

 ゴール裏はともかくネットにつけるカメラは無くてもいいんだけど、一番迫力のある画が撮れるのはここだから迷わず設置箇所。撮れ方の確認もバッチリだ。


 「えーっと……次は闘技場の一番高い所、ですね。………どうやっていくんですか、これ」


 呆れ声のリリアさん。けどこれが一番使うカメラなんだよ。低い位置じゃ滅茶苦茶見づらいからなるべく高くないと。


 「一応整備用の屋根に行ける通路があった、と思います」

 「……取り敢えずそこに行ってみましょうか」


 図面を思い出しながら観客席の一番高いところにある通り道の、小さな扉を探し当てた。ひっそりと目立たないように立っていて、ニューシネ◯パラダイスの映像室にいく階段をなぜか思い出した。まじで行きたくないなぁ。


 王様からここのマスターキー的なものをもらっていたのでそれを差し込んで回した。闘技場の鍵という鍵は全て同じ鍵で開けるらしい。

 扉が開く。ギィイイと音を立てて階段が露わになる。覗いてみると案外しっかりした階段で、ニューシネ◯パラダイスみたいな段と手すりだけじゃなくて石を丁寧に積んで造られたものだ。


 「じゃあいきましょうか」


 内心少しホッとしながら俺は足を踏み出した。揺れたりだとかボロボロと石材が壊れ出すとかいうのもない。急勾配の数十段を上り切り、同じく小さな扉を開く。


 「わっ!」


 途端に風が強く吹き込んできて少しあおられた。慌てて体勢を整える。後ろの二人はまともに当たらなかったようで、何食わぬ顔をしている。


 そろそろと足を踏み出した。

 地上数十メートルの屋根の上だ。命綱は勿論、フェンスだってない。落ちたくないなぁ。

 じりじりと足を這わせるようにしてすり足でコート側の端へと近づく。本気で怖い。ここに来る人は命綱必須にしよう。

 念には念をいれて腹這いになってからカメラの設置場所に手をかける。一応予定としては屋根の厚みの部分に設置するつもりだ。そこに落ちないように簡単な固定をして目の部分だけがぐりぐりと動くようにする。

 ローズから記録珠を受け取って撮れ方を確認する。

 うん、ばっちりだ。地球のテレビ中継と比べても遜色ない。俺は図面にマルをつけた。反対側にもつけるけどそれは見に行かなくてもいいだろう。……怖いから。


 「それじゃあ戻りましょうか」

 

 端から離れてから立ち上がり、二人にそう言った。

 二人とも頷いて扉へと戻っていく。

 そんな俺たちが帰るのが名残惜しそうに、扉が軋みながらゆっくりと閉まった。


 ぶはあ、と大きく息を吐いた。

 気付けば背中に冷や汗をかいている。


 「主君は高い所が苦手なのか?」


 ローズが楽しげにそう聞いてくる。

 う、そこは聞かないで欲しいなぁ。情けないから。


 「ちょっとね。昔マドリード──とにかくたっかい建物に連れてかれたうえに後ろから脅かされてトラウマになったんだよ」


 下手人は例によって寮母さんの娘だ。俺をパシリにするどころか遊びに行く時の財布として連れ回してくれちゃった大罪人で、彼女に展望台から下を見てる時に後ろから押されて死ぬほど驚いたのが俺のトラウマと化している。

 あの子は腰を抜かしそうになった俺を見て大笑いしていたが。


 「なかなか酷いことをする方ですね」

 「ほんとですよ。それからあの子に連れて行かれる時は、絶対先に目的地を聞くようになりましたもん」


 大変だった、とそう語ると、リリアさんの動きがぴたりと止まった。


 「あの……子?」

 「へ? ええ。俺が住んでたところの娘で俺の三つ下だったかな?」


 少しは俺がいなくなって寂しくしてるのだろうか。

 ……うーん、あの子の性格だから俺の存在すら忘れて新しいオモチャでも探してるかもしれない。


 「へえ……仲がよろしかったんですね?」

 「まさか。俺が暇つぶしか金づるだと思われてただけですよ」


 寮にいた若手で一番稼いでたのは俺だし。

 てか、なんでリリアさんちょっと不機嫌なんだ? すごい黒いオーラが出てますけど。


 「あのー、リリアさん? なんかありました?」


 恐る恐る聞いてみる。

 

 「いいえ? 怒ってなんかいませんよ?」


 嘘だ。そんな表情してたら流石に俺でも気づく。

 けど………チラリ、とローズを見れば、首をふるふると小さく横に振っている。多分何も言うな、ということなのだろう。よし、俺は黙ってるぞ。

 

 「ローズ、今日の昼食はご主人様持ちだそうです」

 「本当か! ご馳走になるぞ!」


 おい、早速裏切るんじゃない。


 「俺お小遣い制の薄給なんですけど⁉︎」

 「ローズ、『ヴィヴィズ』に先に行って席をとっておいてください。あそこなら飛び入りも可能だったはずです」

 「そこ王都有数の高級店だから‼︎」

 「分かった! 行ってくるぞ! 」

 「あ、ちょっと待てローズ! ………行っちゃったよ」

 「楽しみですねぇ。公爵様プロデュースのお店の味なんて」

 

 聞いたことあると思ったらあの侯爵様か。絶対高いだろ。

 …………お金足りるかなぁ。





 

 

 


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