十七話・三つのスラム
ちょっと遅れてごめんなさい!
「おはようございます、ご主人様。朝ですよ」
「……んあ………」
俺は次の日、リリアさんに揺り起こされた。
渋々目を開ければ、日の光が窓から差し込んで眩しい。リリアさんはそんな光に照らされて輝いていた。
「……おはよーございます、リリアさん」
「おはようございます。着替えを置いておくので着替えて下さいね」
「はーい………」
そう言ってリリアさんは部屋から出て行った。
うん、いつも通りの距離感だ。なんか毎晩俺の扱いが酷いとは思うんだけど、次の日になると結構どうでも良くなってる。
これぐらいがどっちも気兼ねしなくていいんじゃないだろうか?知らんけど。
俺はもくもくと着替え始めた。リリアさんが持ってきたのは貴族が着るには少し簡素なタイプの平服で、今日もスラムに行く予定だから華美にならないように気を使ってくれたのだろう。
「っしょ、と」
ベッドに座って俺は靴を履いた。
この国は欧米とは違い、靴を脱いだ状態で寝る。俺としても慣れ親しんだその形式で良かったと思っている。
「失礼します。朝食運びますね」
「
ありがとうございます」
ちょうど着替えが終わったタイミングでリリアさんが食事を運んできてくれた。ふと廊下の方を見れば、ローズがひらひらと手を振っている。リリアさんが食事を持ってくるには少し時間が足りないような気もするし、彼女が持ってきてくれたんだろうか。軽く手を振り返しておく。
もともと朝食は昨日のように食堂で食べるつもりだったのだけれど、他の人達と時間が合わないからこっちに持ってきた方が料理人や給仕の人達としても楽らしい。俺としては持ってきてもらうのも少し気が引けるけれど、そっちの方が楽だろう、とリリアさんが言うので自室で頂いている。
ま、ローズが持ってきてくれるなら引ける気もないけどね。
「ごちそうさまでした」
いつも通り綺麗にたいらげ、手を合わせた。パンとスープにサラダだけの簡単な食事だったが、相変わらず美味しい。感謝の念を込めて少し長めに合掌しておいた。
「ふう……、それじゃあ行きますか」
リリアさんが食事の載っていたワゴンを片付けてくれたのを待ってから、そう言った。少しせかせかしている気もするが、そうじゃないと今日一日でスラムを回りきれない。
「分かりました。昨日行ったのは東のスラムでしたから、今日はそれ以外ですね。どこから行きますか?」
そう、前にも言ったけど、スラムは王都に四つある。王都を出入りする門が北東、南東、北西、南西にあるので、その間の東西南北だ。
ちなみに、門が綺麗な方角に無いのは旅人や門番が太陽を直視しないように配慮しているかららしい。
「そうですね……じゃあ今日は南のスラムから行きましょう。そこから西、北って感じで」
「分かりました」
「あ、リリアさん。昨日の記録珠忘れないで下さいね」
「もちろんですよ」
鷹揚に頷くリリアさん。
良かった、あれがあれば説明だけでどうにでもなる。流石に三連続で本気でサッカーやるのは疲れるから嫌なんだよな。
「それじゃあローズ、行こうか」
「うむ! 今日も主君の護衛は任せておけ!」
「はいはい、頼りにしてますよー」
「……はい、そんな訳で到着いたしました南のスラムでございます」
「誰に言ってるんですか、ご主人様」
「なんとなく」
はい、そんな訳で南のスラムに到着しました。
特に東と変わってるところはないけどサッカーコートに壁がなくて、いかにも家の間に作りました感がある。ただ門番もいたりして、そういう所は変わらない。
「どうもー」
「止まれ! あんた見ない顔だな。何しに来た?」
なんだかデジャヴ。
「ちょっとここの頭目とお話しに。今から会えたらする?」
「なんだお前、ヤヤさんに会いに来たのか? あの人なら今試合に出てるぜ。あと五分くらいで終わるから中で待ってな」
「りょーかい。ありがと」
まーた聞いたことある名前だな。今度はアフリカの英雄かよ。
まあ気にしたら負けだな。
俺たちは門番の横を通ってコート外に足を踏み入れた。コート外に足を踏み入れるっていうのも変な話だけど、ここはマラドナのところと比べてもコート外が広い。壁の上で見物できないからか、地べたに座って応援する人も多かった。
ピッピッピーッとなんだか笛の音が辺りに響いた。どうやらここは審判がいるらしい。黒い服を着た男が一人、笛を口にしている。
そしてその音を聞いて、どっと人が動き始めた。
観客は選手の周りに集まり、肩を叩いている。みんなが選手を讃える、いい光景だ。
「さて、と……ヤヤさんはどの人かな………」
ごちゃごちゃと集まった人に目を凝らす。試合に出ていたのならその団子の中心にいるはずだ。
と、俺は一際大きな団子を見つけた。
中心の人物を見れば、長身の黒人だった。
そういえば、このスラムは東のに比べて黒人が多い。しかもみんな健康的で羨ましくなるような綺麗な身体をしている。
その人気者も、背丈は190くらいあるだろうか?周りより頭一つ分大きい。ニコニコと笑っていて、優しそうな雰囲気もある。完璧かよ。
「ヤヤさんってあれかな?」
「確かに他の選手より人が集まってますね」
リリアさんに聞けば、肯定とも取れない、かといって否定とも言えない答えが返ってきた。
彼がヤヤさんだという確証は無いが、しかし他にめぼしい人物もいない。ここで人が減るのを待つことにした。
「あ、すいませーん」
五分後、次の試合が始まってやっと人が捌けたところを見計い、声をかけた。
「おう、なんだ? ………ってあんた誰だ?見ない顔だな」
「俺はタケフサ。ちょっとここのリーダーと話をしたくて来たんだ。えっと……ヤヤさん、であってるか?」
「ああ、俺はヤヤトゥールだ。一応ここのリーダーもやってる」
おお、ビンゴだ。ちょっと怪しいやつを見る目をされてるけど、それはまあしょうがない。余所者だからね。
「良かった、ほんとに頭目だった。……実は今日話にきたのは、王家が関わるビジネスのことなんだ。少し静かに話せないか?護衛に信用できるやつならつけてくれて良いから」
「……怪しさ満天だな、あんた。まあ少しなら聞いてやるよ。…おいペレ! ちょっと商談だ! 一応お前も来い!」
ペレと呼ばれた男が駆け寄って来る。……俺はもう名前に突っ込まないぞ。
そんな訳で、スラムの一室についた。
「さて、それじゃあ話してもらおうか。つまらなかったら叩き出すからな」
こわっ。サッカーした後はすごい好青年だったのに。……ま、いっか。多分聞いてくれるだろ。
「じゃあ早速。王家は今、サッカーのプロチームをつくろうと───」
長いので、説明と記録珠を見せ終わったところまで割愛。すまん。
「───と、こんな感じだ」
「……なるほどな。これだけのプレーと証拠を見せられちゃあ、信じないわけにもいかない。分かった、協力しよう」
「ありがとう」
がっちりと握手を交わした。
うんうん、話の分かる人間は好きだよ。
「それじゃあ俺は西のスラムに行くから、こっちの方の布教は任せるぞ?」
「ああ、大船に乗ったつもりでいろ。俺も高いレベルのサッカーてのをやってみたいと思ってたんだ」
にかりと真っ白な歯を見せて笑うヤヤ。
良いね順調だ。そんなこんなで西へ。
「どうもー」
「止まれ! あんた見ない顔だな。何しに来た?」
「いいね、協力しよう」
「ありがとう」
北へ。
「どうもー」
「止まれ! あんた見ない顔だな。何しに来た?」
「いいわ、協力してあ、げ、る♡」
「あ、ありがとう……」
終了‼︎ 現在、日の入りの時刻! 疲れた。移動時間が全体の六割くらいかな……。今俺たちは、自室のソファでぐったりと座り込んでいた。……なんだかんだ座るの初めてだな、このソファ。めちゃくちゃ座り心地が良い。
いやー、それにしてもまさか北のリーダーがオカマで、色目を使われるとは思ってなかった。それでいてガチムチの筋肉男だもんな。参った参った。
「やっと終わりましたね……」
「ええ。疲れました」
「私も疲れたぞ!」
リリアさんもいつもの辛口が霞んで、少し静かだ。
ローズは知らん。いつも通り過ぎて言うことがない。
「あ゛ーー、早く寝たい」
「私もですよ。宿舎に戻るのも面倒なのでご主人様のベッドで寝ていいですか?」
「私も面倒だからここで寝たいぞ!」
「俺が寝れないからやめてください」
さらっと事案を挟んでこないで欲しい。
………ほんとに疲れてるんだよな?