十六話・記録珠と、闘技場と
「いやー、すまんかったのう。お主の説明もそうじゃが、やはりプレーそのものを見てもらった方が良いと思っての」
そう言ってからからと笑うヒゲ親父。
ここは俺が何度か通っている応接室だ。
部屋の中には俺、リリアさん、王女様、ヒゲの四人。ローズは扉の外で警戒中だ。
俺はソファに座って、俺を呼び出したことに対する言い訳を聞いているわけだ。尤も、件の王様は反省する気ゼロだけどな。
「……それは百歩譲っていいとしてですね、なんで映像媒体を黙ってたんですか?」
先に言ってくれればもっと選択肢が増えたのに、と恨みがましい視線を送る。
「なんじゃ、『記録珠』のことかの? お主の国にも同じようなものがあると思って聞かなかったのじゃ」
そう言って、手元から一つのガラス球のようなものを取り出した。手にすっぽりと覆われるサイズで、一方向に目のような黒い丸がついている。
「これですか。リリアさんが使ってるの気がつきませんでしたよ」
「まあお主、試合に集中しておったからの。この大きさじゃ特に目立たんじゃろ」
王様はそう言いながら、手の中でそれを弄んでいる。あんま話聞く気ないだろ。
「それ、最高でどれくらい映せるんですか?」
「魔力が続く限り無限じゃよ。リリアの魔力ならそうじゃの……十時間は余裕じゃろ」
「へえ」
思ったより続くな。これはサッカー布教にも使えるし、なんならテレビ中継もできるんじゃないか⁉︎
「王様、この映した情報を、他の記録珠に送ることってできませんかね?」
「ほう? うーむ、この記録珠だけでは無理じゃが………研究所の者に頼んだらなんとかなりそうじゃの」
そう言われて俺は、ソフィアのことを想像した。彼女に頼めばやってくれるだろうか?
「取り敢えず明日にでも研究所に行って、頼んでみます」
それしか方法がないのだから、彼女を頼るしかないだろう。王様も同感のようで、深々と頷いた。
「うむ、それがいいじゃろ。それとお主、この後はどう動くつもりじゃ?」
流れるような話の切り替えで、今後の話予定を聞かれた。
そうだな、まずは……
「まずは王都内のスラムの残り三ヶ所を回って、協力をこぎつけます。もし成功したら彼らに王都は任せて地方に向かおうと思ってます」
「ふむふむ」
闘技場の改築も必要だが、それは同時進行でどうにかなるだろう。というかこれこそ王様に頼もう。
「で、王様には闘技場の改修をお願いします。今日中にサッカーコートに必要な要素と簡単な図面を渡しますんで」
「了解じゃ。貴族にもそれを送って良いか?」
「んー、それは現地の闘技場を見てから決めたいです。あまりにコートに不向きな形状じゃ迷惑かけてしまいますから」
「うむ、確かにその方がいいかの」
そういえば、結局闘技場を持っている貴族達は全員がプロチームをつくることに賛成してくれた。サッカーの魅力を知り、そしてそれが経済的にも良い効果があると分かったのだ。賛同しておいても損はないか、くらいの気持ちだろう。
闘技場を持たない貴族からは消極的な意見も聞かれた。それを持つ貴族との格差が開いてしまうのではという懸念からだ。けれど、サッカーによって出来た人の移動の流れを考えると、口を出しづらい。
例えば、闘技場がある領地に挟まれたところを領有する小貴族であれば、そこを通る旅人達から金を拾えるのだ。その経済効果はサッカーが人気になればなるほど大きい。彼らにとっては悩ましいところだろう。
まあ大貴族の賛同を貰えた時点で、もうこっちのものなんだけどね。影響力の小さい人達なんて知らん! 弱肉強食の時代なのだよ。ははははは。
「うむ、それでは今日はここまでで良いじゃろ。儂は執務に戻る。リリア、図面を届ける時はお付きのメイドに渡しておいてくれ」
「かしこまりました」
「じゃあまたの」
そう言って王様は王女様と共に部屋を出ていった。
少なからず俺も気が抜けて、一つ伸びをした。
「じゃあ部屋に戻るのも面倒なんでここで図面描いちゃいましょうか」
「そうですね。それとこれ、王都の闘技場の図面です」
「お、ありがとう」
準備のすこぶる良いリリアさんから、大判の図面をもらった。早速闘技場のサイズを確認する。
「……ってでか!」
「収容可能人数は二万人、純粋な闘技の場は150×170の長方形ですね」
「おかしいでしょ、王都の人口の三分の二入るって………」
「大は小を兼ねるんですよ」
いや、それにしてもでかく作りすぎだろう。
ローマのコロッセオを楕円から長方形に、そして観客席の部分を小さくして闘技できるところを引き延ばした感じだ。
コロッセオは確か観客席込みで長径180の、短径150くらいで、収容人数は五万人だったか。だから収容人数自体は少ないけど、大きさはそれよりもかなり上だ。現代のサッカー専用スタジアムを大きくした感じだろうか。恐るべし、異世界の建築技術。
「けどこれなら大して作図も難しくなさそう……」
かきかきと新しい紙に羽ペンで図を描き込んでいく。
取り敢えずコートの広さは110×85メートル、コートの素材は芝かそれに近いもの。ゴールのサイズは幅が7.3メートル、高さが2.4メートル、ラインの太さは0.1メートル…………
「終わったーー!」
数十分後、俺はやっと図面を書き終えた。いちいち図解で示したせいか、情報量の割に時間がかかった。
「お疲れ様です。はい紅茶」
「ありがとー」
横でリリアさんが淹れてくれていた紅茶をいただく。
うん、美味しい。なんちゃら王国に遠征で行った時のことを思い出す。
紅茶以外の郷土料理はもう食べれたもんじゃなくて、チームメイトと一緒にラ・リーグゆかりの食事を食べに行ったものだ。ほんとにあそこの料理はすごかった。ああいうのを怠慢って言うんだなって思ったもん。
「それにしても細かく書きましたね」
ふと、横から図面を覗いたリリアさんがそう言った。まあ確かに、かなり大きな紙だっただけに調子に乗ってかなり色んなこと書いたからな。
「……この女性によるちありーでぃんぐ、というのは必要なんですか?」
「それが最優先事項だよ!!」
ラ・リーグじゃ存在しなかったんだから。ほんとこれだけはJリーガが羨ましかった!
むさ苦しい男より綺麗なお姉さんに応援してもらった方がやる気が出るに決まってる。
……おや? リリアさんの笑顔が怖いぞ?
「リリアさん、どうかしました?」
「いいえ? なんでもないですよ」
なんだ、気のせい「今日の夜は精々虫刺されに注意して下さい」………か?
「ちょっとリリアさん⁉︎ それ完全に脅してますよね⁉︎」
あれか⁉︎ ぷーん、て耳元でうるさいあいつか⁉︎
「嫌ならこの一文削除して下さい」
「だからそれ脅し!!」
脅迫、ダメ絶対。
だれかリリアさんに常識を教えてあげて下さい。
「ほらさっさと消すんですよ」
「強引! ……くそう、俺の夢が………」
悲しいことに、安眠とは引き換えられない。もしこれを無視でもしたら、リリアさんが毎晩虫テロを起こしてくるだろう。リリアさんなら絶対やるね。
「はい、これで良いですか?」
「ええ、結構です。それじゃあ着替え渡すのでお風呂入ってさっさと寝て下さい」
こ、この………。夜に近付けば近づく程、リリアさんの加虐性が増してきているように見えるのは気のせいなんだろうか?
く、ここは主人として少しキツく………
「リリアさん!!」
「(チッ)なんですか?」
「お風呂行ってきます………」
「早く行ってください」
俺は………無力だ…………!
「リリア、お前嫉妬深すぎないか? あんなんじゃ主君に嫌われるぞ?」
「ローズはうるさいです。………足元、虫踏んでますよ」
「ふふん、どうせ何も無いのだろう? そう何度も同じ手は喰わん…………ぎゃあぁぁああ!! 黒いのが‼︎ なんか黒いのが靴に‼︎ 」
「それ私が毛糸で作ったおもちゃです」
「貴様ぁぁああ‼︎」