十五話・サラリーマンになった気分
「えー、皆様本日は私のような者のためにお時間を割いていただき、ありがとう存じます」
そんな訳で、俺はこんなへりくだった態度でお辞儀をしていた。
場所は王城、謁見の間。参加者は王都に住む貴族家の者全員。俺は無駄に高い玉座に座る王様を後ろに、貴族様方の方に正対している。
俺は今からこの人達、特に領地に闘技場を持つ大貴族の方々になんとかサッカーの有用性をPRしなくちゃいけない。あーあ、お得意様相手に初めてプレゼンをする新人にでもなった気分だ。
お辞儀ついでにちらりと後ろを伺うと、王…ヒゲが気まずそうな顔でこちらを見ていた。
舌打ちしたくなるのを抑えて、前を向いた。
沢山の貴族と目が合う。
貴族と言っても、多種多様だ。ブクブク太っただらしのないやつもいれば、引き締まった顔と身体のやつもいる。………だいたい身体つきを見れば、どんなやつか分かるな。
「うむ、それではタケフサが来たことだしの、話の続きをしようかの」
そんな王様の号令に、ぺこりと頭を下げるお偉方。
「それではバレンシアのロイ侯爵。お主の疑問から行こうかのう」
「は。ではタケフサ殿にお聞きしたい。このサッカーのプロチームとやらを作った時、我々闘技場保有者が被ると考えられる不利益はどのようなものが挙げられるのか」
うん、この人は侯爵様だから闘技場保有者か。そうなるとリスク管理は確かに重要になるだろう。となると………
「申し訳ながら、サッカーぎこの国に大々的に普及した場合のみの不利益をお答えさせていただきます」
「構わない」
「それでは。……まず、他の地方からのプロチームの移動を支えるため、公道の整備と保全が不可欠になります。途中でチームが盗賊などに襲われては元も子もないですから。次に違うチーム同士のファンの諍いですね。これは一応解決策を用意しておりますが、ある程度の争いは避けられないでしょう。そして最後は、従来ほど闘技場を簡単に使えなくなることでしょうか。もちろん試合はそう何度も連日でやるものではありませんが、流石に従来ほどの使い勝手は利かないかと」
「ふむ、なるほどな……回答感謝する」
「勿体ないお言葉」
俺がそこまで言うと顎に手を当て、何か考えるようにしながら侯爵が礼を言った。
やれやれ、はじめにサッカーが普及している前提の話だって言っといたから、そこまで突っ込んだ話にならなかった。……まずサッカーをこの国で人気にしないといけないからなぁ。頑張ろ。
「次はサラゴサのヴィヴィ公爵じゃの」
げ、貴族の序列一位じゃないか。
その声に応じて前に出てきたのはがっしりとした身体つきの中年男性だった。高い地位なのにそれに溺れている様子は無くて、好感が持てる。
「は。タケフサ殿にお聞きしたい。そのサッカーをどうやってこの国で広めていくのか。どうやって児戯を成人まで普及させるのか」
来たな。
「私が各地方の大都市にてサッカーの普及をさせていただきます」
「それでは答えにならない、と言わせて頂きたい」
むむ、やっぱりそうなるか。こうなると実演かなぁ……
「王様、ここで先日ご覧にいれたものを披露してもよろしいでしょうか」
「許す。ボールをここへ」
あっさりと許可がおり、俺のところにボールが届けられる。昨日使った綺麗なボールだ。
「それでは皆さまに、今からサッカーのテクニックを少々ご覧にいれたいと思います。もちろん試合とは少し違いますのでそこはご容赦を」
そう言ってリフティングを始める。ポンポンとボールが宙を舞い、何人かの貴族からほう、と感心したような声が聞こえた。おそらくボールを蹴って安定させるのがどれだけ難しいか理解している人だろう。
「ほっ」
この前王様達に見せたアラウンドザワールドやクロスオーバーなんかを披露する。ボールが地面につきそうで、つかない。落ちそうで、落ちない。貴族席から大きなどよめきが起こった。
そのまま肩、頭、胸のリフティングに移行する。
そしてボールが安定したところで、俺は思いっきりそれを蹴り上げた。
高い天井すれすれをボールが飛んでゆく。これ、普通に痛いんだけどなぁ。しょうがない。
細かく動きながら調整して、落下地点に右足を出す。ボールは、その勢いのまま俺の足に落ちてきた。
痛い。けど、ボールが少し跳ねた。上手くタイミングを見計らって、マル◯ロ譲りの踏みつけトラップでボールを止めた。
そして最後に、深々とお辞儀。ありがとうございました、と。
ざわめきがどよめきに変わり、拍手が謁見の間に響き渡る。今俺に拍手をしていない貴族は一人もいない。いやー、いい気分だ。
拍手がおさまってからまた話の続きを始める。
「こういう訳で、高いレベルのサッカーというのは一度見れば感動を覚えるものでございます。人はこれを、もう一度見てみたいと強く願う。それが普及を促すのです」
「ヴィヴィ公爵、これの答えで良いかの?」
「は、異論はございません」
納得してくれたようで、公爵様も落ち着いた。どうやらこれであらかたの質問は終わったらしい。
「それでは最後に、今日タケフサがスラムで行ってきた試合を見て、終わりとしようかの」
はい? カメラもビデオもない国でどうやって……
そんな思いをかき消すように、俺の頭上に大きなスクリーンが浮かび上がった。縦横五メートルくらいはありそうだ。スクリーンは俺がロナルドと話し込んでいるシーンで止まっている。
「では始めるかの」
王様がそう言うと画面が動き始めた。そして俺の動きをずっと追い続けている。初得点を決め、さらに決勝点を奪ったシーンまでバッチリ映っている。
貴族達はその度に大盛り上がりだ。頬を興奮で染めながら、楽しそうに周りと話している。
いや、サッカーの楽しさ分かってくれて、喜んでくれるのは嬉しいけどさー。
「……それ、先に言ってよ…………」
こんなのがあるのならサッカーの普及なんて一瞬だろうに。作戦練り直さなきゃいけないじゃないか。
後で王様は問い詰めてやろう、と俺は心に決めた。