十一話・やっとサッカー
ちょい長めです。
「ローズ、いい加減機嫌直してよ、スラムでもそれでいるつもり?」
「……私は不機嫌じゃない。リリアに怒っているだけだ」
「それが不機嫌というんですよ、虫嫌いのローズさん?」
「お前が言うなぁああ!」
俺たちは今、三人で王都を歩いている。
仲の良い二人は置いておいて、取り敢えずここまでの経緯を説明しよう。ほい、回想。
───────────────────────
「き、貴様……絶対後で叩きのめす!」
「あら、怖いですねー」
ふふふ、と笑うリリアさん。
楽しいのかもしれないが、煩いから程々にして欲しい。なにもしてないのに疲れた。
「リリアさーん、今日はサッカー布教ですよ? 早く行きませんか?」
「ああ、そう言えばそうでした」
「適当すぎん?」
そう、今日は王都でサッカーを広める、記念すべき一日目だ。
まずは初歩の初歩、取り敢えずサッカーをしている人達に会って交友を深めたい。
「それでは行きましょうか。あ、それとサッカーしているのはスラムなので一応気をつけましょう」
「なに⁉︎ お前主君をどこに連れて行くつもりだ! はっ、さては貴様、そこでナニしようと……」
「ローズさん?」
「ひいっ⁉︎」
仲良いなぁ。
それにローズは心配性だ、護衛だから普通かもしれないけど。
別にスラムだからって危険だとは限らない、南米に遊びに行った時はよくサッカー教えに行ってたし。
あそこの住人はちゃんとルールがあってそれを守る人達だからな。どこぞのマフィアよりよっぽどマシだ。
「じゃあ出発ーー」
「ほら行きますよ、ローズさん」
「わぁ待ってくれ!」
──────────────────────
はい、回想終了。
思った以上に回想の中身が薄くて、自分でもびっくりしたよ。
なんでもスラムじゃ、子ども達が暇つぶしにやるスポーツらしい。ちなみに、貧しい彼らになぜ暇が生まれるのかは秘密だ。そこはスラムの闇なのだよ。
ともかく、そんな訳で俺たちは王都を歩いている。
しっかりと石畳で舗装された広い道に、綺麗に区画された家群が広がる。
大きな道に面したところの家は多くが店で、少し細い道を行くと家に繋がる場合が多い。
なんでも、王都の人口は三万を超えるらしく、中世ヨーロッパを考えるとかなり大規模と言える。確かケルンっていうドイツ最大の大都市が十四世紀にやっとこの人口だった筈だ。
十四世紀……バビロン捕囚と同じくらいだろうか。歴史を感じるなぁ。
「ご主人様? そろそろスラムですよ」
「あ、りょーかい」
地球の歴史に思いを馳せていたら、いつの間にかそこまで来ていたようだ。
この王都は周囲を壁に囲まれていて、四ヶ所に門がある。スラムは王城とその門から離れた、壁際のところに位置するらしい。
心なしか辺りも薄暗くなってきて、ローズとリリアさんに不躾な視線を這わせる人間も増えてきた。二人は気にもかけてないけど。
「そこのお兄さん、これ買っていかないかい? デスタートルをふんだんに使った精力剤だよ。美人さん二人も相手にするのなら必須じゃないかい?」
「要らないでーす」
きしし、と不気味に笑う性別不詳の老人はスルーする。これが本当に精力剤ならまだマシな方で、中毒性のあるナニカを入れてくるやつは後を絶たない。理由はもちろん、そっちの方が儲かるからだ。
この土地、毎日が夜の繁華街みたいなものだろうか。
「良いんですか? 買わなくて」
俺はそこまで馬鹿じゃないですよ?
「リリアさんは人をなんだと思ってるのかな?」
「前もこの流れでしたね」
「リリアは思考がトンでるからな。私達には分かりはしないさ」
話し変えたな?まあ良いけど。
それとローズ、 案外リリアさんは単純な気がしなくもないぞ。
……っと、リリアさんが立ち止まった。路地の行き止まりだ。前には二メートルほどの壁が立っていて、見たところ十二、三歳の男の子がその前に立っている。
あ、こら少年よ、怪しい目をするのはやめちくり。不審者じゃないから。
「ここですよ。交渉はお任せします」
「交渉ねぇ……」
俺の得意分野とは決して言えないけど。俺が得意なのはプロ契約の時の交渉だけだ。
ともあれ、俺は一人、てくてくと歩いて少年に近づいていく。
「どうもー」
「止まれ! あんた見ない顔だな。何しに来た?」
おお。それっぽい。
「普通にサッカーしに。ここでしょ?サッカーやってるの」
「は? あんた賭けじゃなくて試合しに来たのか? とんだ道楽貴族だな。試合でれるかは中のやつに聞いてくれよ」
呆れたような少年。
それと君、貴族だと思ってるなら敬語を使いなさい。不敬罪にされちゃうぞ?
っとそんな馬鹿なことより、賭けがあるのか! いいねぇ、サッカーで金が動いてるならやりやすいぞ。
「おけおけ」
「……あんた、ノリ軽いな。まあ入れよ」
「ありがとー。リリアさん、ローズ、入れてくれるってよ」
「良かったですね、入れて」
ええ本当に。
話の分かる人で良かった。すごい呆れられた気がするけど。
と、男の子が壁に手をかけた。そのままゆっくりと力を込めると、壁がゆっくりと半回転して開いた。
おお!これ壁じゃないのか! 扉だ扉!
「ほい、行ってこいよ」
「おう、ありがと!」
うきうきと浮つく心をなんとか落ち着かせながら中に入った。
「おお……」
懐かしい歓声に、思わず俺の足が止まった。
まだここに数日しか経っていないというのに身体は試合の昂りを待っていたようだ。
「なかなか本格的なようですね」
「確かにそうですね」
リリアさんの言葉に頷く。
入ってすぐのところはコート外で、十メートル先くらいからがコートのようだ。
広さは本当のサッカーコートの四分の三くらいだろうか? 地面は砂で、粗末な衣服を来た十代半ばの子供達が裸足でサッカーをしている。
観客も多い。コート外で応援する人、壁の上に座って応援する人、壁の外のスラムの家から応援する人、様々だ。
形としてはアフリカのサッカーコートに南米のごちゃついたスラムを合わせたような感じだ。
「おいあんた。何しにここに来たんだ?賭けならあそこの家だぜ?」
聞いたことのあるような台詞を言いながら男の子が近づいて来た。身長は170後半、年齢は十五、六だろうか? 少し痩せ形の赤い髪の毛をした目つきの鋭い少年だ。
「いや、そうじゃなくてここにはサッカーしに来たんだ。取りまとめ役みたいな人はいるかな?」
「は? プレーヤーかよ。それと、一応ここのリーダーは俺だ」
「あ、そうなのか」
俺は少し驚いた。まさか一番上のやつが話しかけてくれるとは思ってなかったからね。
おっとっと、なら自己紹介からか。
「えーっと、俺はタケフサ。こっちはお付きのリリアさんとローズ。サッカーとビジネスしに来ました。よろしく」
「……いろいろ突っ込みたいけどまぁいい。俺はここのリーダー、ディエ・マラドナだ。よろしく」
「ほいほい」
名乗ってくれたマラドナとしっかりと握手する。
いい名だね。どこかの伝説の選手みたいだ。
「取り敢えずサッカー入りたいんだけど良いか? そのあと少しマラドナと話したいんだけど」
「せっかちだな。まぁ良いさ。下手ならぶっ飛ばすけどな。………おいファルカ!! 選手交代、こいつと替われ‼︎」
「えー!! マジですか⁉︎」
「マジだ‼︎ ……おいタケフサ、ここのサッカーは八対八、審判は無しのセルフジャッジだ。靴は脱ぐこと。それと三十分ハーフの今は後半十分、お前のチームが二対一で負けてる。……とこんなもんか。 じゃあ行ってこい」
「あいよ! リリアさん、上着お願いします」
「はい。行ってらっしゃいませ」
うっし、やる気出てきた!
俺は腕まくりをしてから靴を脱いだ。陽当たりの悪さで冷たい砂が心地いい。
「おっけ、後は任せとけ!」
「おう、誰か知らんけど負けんなよ!」
「タケフサだ! ちゃんと俺のプレー見とけよ?」
ファルカからビブス的な布切れをもらって被らながら俺はそう言った。
本当なら金とって見せるレベルだからな。
「皆さんよろしくお願いしまーす!! 俺タケフサっていいます! 」
コートに駆け込みながら大声で言っておく。
ボールは今外に出ていて、スローインも止めてくれている。ちなみに俺のチームは黄のビブス、相手は赤だ。
「おーう、宜しく。俺はロナルド。お前は俺とツートップだ! 」
「りょーかい!」
剃髪の貫禄のある少年がそう声をかけてくれた。こういうのはありがたい。
八対八でツートップなのは笑えるけど。
周りにも軽く挨拶しておく。
メンバーはGKからマリソン、マルセッロ、ロヴェ・カルロス、ソクラティース、ジーク、ネイマー、ロナルド、俺だ。
……どいつも聞いたことのあるような名前だけどスルーしよう。
「始めるぞ! 」
メンバーと少しコミュニケーションをとったところで相手のプレーヤーがそう声をかけてきた。
センターライン付近のサイドからスローインで再開だ。
「タケ、詰めろ!」
「りょーかい‼︎」
ロナルドからの声で一気にボールを持った相手選手と距離を詰める。
タケと読んだのは俺の名前が呼びにくいからだろう。
相手がボールを後ろに下げた。
パスで組み立てるタイプのチームのようで、安定したボール回しでこっちにボールを渡してくれない。
「……それなら!!」
「あ、おい!」
ネイマーが止めるのも聞かず、ロナルドが敵に突っ込んだ。普通なら下策だ。けど、それを下策にしないのがチームプレーだ。
「ネイ、左の奴に詰めろ! 俺は右に!」
「……! りょーかい!」
相手のパスコースを一気にカットしに行く。相手は中盤までボールを下げた時点でパスが若干乱れ、フォーメーションが崩れている。
そこにロナウドが一気に詰めたせいで後ろにパスを出すには間に合わない。結果、前にパスを出さざるをえない。
そう、俺とロナルドが詰めた先に。
「しまっ……!」
「うっし!」
敵は自分から見て左、つまり俺の方向にパスを出した。一気に加速し、パスをカットする。
今日初めて触ったボールは硬くて重く、まるでフットサルボールのようだ。
「裸足にゃキツいな!」
口にそう出してみるが実際はそんな訳がない。
裸足だろうがなんだろうが、やることは変わらないのだから。
そのままスピードを落とさず、ドリブルに移行する。
「おい止めろ!」
「くそ、追いつけねぇ!!」
俺のドリブルに観客が騒めき、敵から焦った声が聞こえる。今は敵陣の半ばほど。ゴールまではあと三十メートルくらいだろうか。
「潰せ‼︎」
「くそっ」
物騒な指示と共にスライディングをかけにくるパスを受けるはずだった相手選手。
おいおい、そのコースは引っ掛けたらレッドカードだぞ?
俺は少しだけボールを空中に上げて、後ろから迫る足を簡単に避けた。
「なっ⁉︎」
相手の驚いたような声が聞こえる。
ここまでバレバレのタックルを避けられないやつはラ・リーグのFWにはいない。
俺のドリブルは止まるところを知らなかった。ボールは俺の足に吸い付いて離れない。俺がボールを蹴るんじゃなくて、ボールが俺から離れたがらないんだ。
相手DFを一人二人と抜いていく。その全てが俺の技術の結集であり、至高だ。それに上がるどよめきが心地良い。
ついに相手ゴールを阻むのはGKしかいなくなった。
ちらりと横を見ればロナルドが並走している。相手キーパーまであと五メートルもないだろう。
俺の見る景色がスローをかけたように間延びする。周りの歓声がぼやけて聞こえ、思考がいつも以上に疾く頭を駆ける。
GKは俺に注視せざるを得ない、ロナルドにパスを出せば必ず得点になるだろう。それで2対2、同点だ。
けれど、そうじゃない。それではいけない。
俺は今FWとして試合に出てる。俺は得点を決めるためのポジションにいるんだから。
足を振りかぶった。キーパーがそれを見て一気に距離を詰めてくる。正解だろう、俺が普通にシュートを打つのなら。
「なっ⁉︎」
俺はボールを蹴らなかった。
俺はボールをすくい上げた。
慌ててGKの伸ばした手の上を越えて、ボールがふわりと飛んでいく。
そしてゆっくり、ゆっくりボールは粗末なゴールのラインを越した。
「「「うぉぉおおお‼︎」」」
音が戻って来た。
周りから物凄い歓声が聞こえる。
「ナイスゴール!!」
「お前上手すぎだろ!!」
足を止めればロナルドとネイマーが抱きついて来た。落としても悪いし、がっちりと抱きとめる。
「お前どっかでやってたのか⁉︎ こんなうまい奴は俺初めて見たぞ!」
「俺もだ!」
興奮げにそう聞いてくる二人。
称賛が心地良い。
そうそう、二人の質問に答えなきゃな。
「俺は、地球でちょっとな」
「「?」」
「なんでもないさ、ほら逆転するぞ!」
「ん? お、おう!」
「っしゃあ! 行くぞ!」
少しごまかして自陣に戻る。
中盤以降の選手とハイタッチしてハグを交わす。
「なあロナルド」
「ん、なんだ?」
「サッカーって楽しいな」
「当たり前だろ」
その時の俺は、きっと満面の笑みを浮かべていただろう。
◆◆◆
──────────────────────
●フォーメーションの補足
FW FW
ロナルド タケ
MF
ネイマー
MF MF
ソクラティース ジーク
DF DF DF
マルセッロ アウヴェ ロヴェ・カルロス
GK
マリソン
……最終回じゃないですよ?