十話・護衛‼︎
俺は朝、鳥の囀りで目を覚ました。王城のかなり高いところのはずなのに。鳥ってどこにでもいけるんだな。
「ふぁ……あぁ」
俺は欠伸を一つついてから、眠気でしょぼしょぼする目をごしごしと擦った。
大きく伸びをして、ベッドから立ち上って着替えを始めた……かった。が、どうも身体が重い。
理由は分かっている。昨日リリアさんと口喧嘩したからだ。いや、俺が勝手に怒ってただけかもしれないけど。
昨日の俺はリリアさんと同じく、少し変だったかもしれない。言いすぎてしまった後悔が俺にのしかかっている。
リリアさんに対面して、もし無視でもされたらどうしようか。そんなことが頭の中でぐるぐると渦巻いている。
「あーあ……」
憂鬱だ。
取り敢えずリリアさんに会えたら、一度謝ろう。
俺はのろのろとベッドを這い出て着替えをした。
昨日と大して変わらない平服で、襟元のデザインが少しだけ違う……気がする。服には疎い。
朝食は昨日と同じところだろうか。昨日歩いた廊下をまた歩かなければいけない。
「はぁ……」
朝から何度目になるか分からないため息をつきながら、部屋の扉に手をかける。
昨日はこの扉の後ろにリリアさんがいたんだよな……。
「おはようございます」
「いや、いるんかい」
ドアを開けたらリリアさんがいた。昨日と同じような立ち位置で小さく俺に向かってお辞儀している。
「あら、私がいないとタケフサ様はどこにもいけないでしょう?」
「むぐ……」
いつものように微笑をたたえながらリリアさんがそう言う。
……この憎まれ口が少し嬉しく思ったのは、俺がおかしいからなのだろうか。
「……食堂に行きましょうか」
俺の心情を知ってか知らずか、リリアさんが俺を促した。
てくてくと長い廊下の絨毯を二人並んで歩いていく。
「……リリアさん、昨日のことごめんなさい。あんな風に怒っちゃって」
耐え切れず、謝った。元から言おうと思っていたことなのに、口にするのは難しい。
「良いんですよ、あれは私に非がありましたから。なんなら罰を受けなくてはいけないくらいの、です」
「⁉︎」
「どうしました?」
声にならない声をあげた俺を不思議そうに見つめるリリアさん。
「リ、リリアさんが…しおらしい……だと……⁉︎」
「ご主人様はもう少しデリカシーというものを知ったほうが良さそうですね」
「良かったー、いつものリリアさんだ」
「人の話聞いてます?」
まったく、一瞬リリアさんの偽物かと思ったじゃないか。
それに、やれやれ……ご主人様はデリカシーの塊だというのにいったい何処を見て……………ご主人様?
「やっと気付きましたか。わたし、昨日の夜から王城付きメイドからご主人様専属のメイドになりましたので。はい、これ委任状です」
「あ、どうも」
なになに……?
『王宮付き筆頭メイドリリア(甲とする)は本日より異世界人タケフサ(乙とする)の専属メイドとしてその身辺の扶助を行うものとする。なお乙は……』
長いわ。
俺、委任状が束になって渡されるのを初めてみたよ。
せめて原稿用紙一枚分くらいにまとめてくれないかな、どっかのアプリの利用規約みたいだぞ?
「そういうわけです」
「こういうわけですか」
委任状は読めなかったけど、取り敢えず相槌。
んー、どっちかと言うと名前で呼んでくれてた方が距離が近くていいなって思ったけど……まあリリアさんも機嫌が良さそうだし、これでもいいか。大事なのは目に見えることばかりじゃないからね!
「リリアさん、専属になってもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
隣を歩くリリアさんと目を合わせて笑った。
リリアさんに先導されないのも新鮮だなぁ。ずっと後ろをついていくばっかりだったし。
けど、すれ違う人の目がなにか生暖かいような………?
「ごちそうさまでした」
ご飯を食べた。昨日とは違って少し軽めになっていて、丁度良い量だった。それに味もすごく良い。寮母さんもこれくらい作れればなぁ……。
「そういえばご主人様、今日は護衛が来るそうですよ。騎士団からだと思いますが」
俺が水を飲みながら一息ついていると、リリアさんがそう言った。
そういえば昨日、護衛の話を王様としたんだっけ。そうそう、リリアさんが言った条件は……
「……『からかい甲斐のある人』ですね……」
「あら、いいじゃないですか、堅い人より。友人になれるかもしれないですよ?」
「確かにオレの友達、リリアさんとソフィアだけですもんね」
気付いたら女の人ばっかだ、……友達自体まだ二人しかいないけど。男友達になれれば嬉しいかなぁ。
「あれ? リリアさんまた嬉しそうですね」
「気のせいじゃないですか?」
「んー、そうですか」
オレの勘違いか。オールウェイズスマイルが一段上がった気がしたんだけどな。
「これから主君の護衛を務めさせていただく、ローズ・パトリシアだ。よろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします、ローズさん」
「いや、わたしのことはローズでいい。護衛なのに敬称をつけられるのは恐れ多い」
「了解。よろしくローズ」
「ああ、よろしく頼む」
俺は今、にこやかに笑いながら俺の護衛、ローズと話している。だが心の中は驚愕でいっぱいだ。
(ローズって女じゃん‼︎)
サラサラの銀髪ボブに着込んだ鎧の上からでも分かる綺麗な曲線美、整った可愛らしい顔。胸はあんまりないけど、どこからどう見ても女だ。
いや、確かに護衛が男とは言ってないけど、完全にそういう流れだったじゃん! これじゃあおとこ友達なんて夢のまた夢だよ!
ちらりとリリアさんの方を見れば、微笑をたたえたままぴくりとも動かない。なんか冷や汗かいてるんだけど大丈夫?
「……あの、リリアさん?」
「…………………はっ! な、何ですか⁉︎ この女どうやって追い出そうとか考えてないですよ⁉︎」
「「えぇ〜〜?」」
いかん、思わずローズとハモった。
リリアさん、これは過去一の慌てっぷりじゃないか?確かに女の人が来たのは意外だったけど、そこまで?
「リリアはわたしが嫌いか? 同じ主に仕える者同士仲良くしたかったのだが……」
しょんぼりとするローズ。
あらまぁ可愛らしい。リリアさんもこんな表情ができたら良いのにね。
「……ご主人様、少々ここで待っていて下さい」
「え?はい」
剣呑だなぁ。いったいなんだって言うんだろう。
「む、わたしの腕を掴んでどこに行くのだ?」
「……お話しです」
「ここで良いだろうに。……すまんな主君。時間をとらせる」
「仲良くねー」
ぱたん、と部屋の扉が閉まった。廊下でお話し合いらしい。
「ごし……は………ねらっ………」
「いま……とこ……じゃま……」
「……のとこ……だめ…………」
「かくしょ………ない…」
「………ない………」
うーん、微妙に聞こえるけど聞き取れない。まあリリアさんにも事情があるのだろう。それを邪魔するほど俺も野暮じゃない。
「おー、お帰り。お話は終わりました?」
数分後、リリアさんとローズが戻ってきた。険悪な感じはしないし特に心配はいらないんだろうか?
「ええ、私が妥協しました。なにを、とは言いませんが」
「ああ、両者の合意、だ!」
リリアさんは少し渋い顔をしているが、ローズは心なしか楽しそうだ。いったいなにを話したんだろう?
「意味は分からんけどまぁ良かったです。仲良くお願いしますよ、どうせ昼間ずっと一緒なんだから」
「無論無論! 主君を支えるには配下が仲違いなどしていられないからな」
「……その通りです」
男友達ができなかったのは悲しいけど、それなりに仲良くなったみたいだし結果オーライだ。
…………あれ? そういえば王様って、リリアさんの要望に合わせて人選したんだよな。てことは………
「ローズ、甲冑に芋虫型魔物が」
「ぎゃぁあああ!! どこ⁉︎ リリア早く取ってくれ!!」
「嘘ですよ」
「貴様ぁあああ‼︎」
…………こういうことか。