てふてふ
ひだまり童話館の「ひらひらな話」に参加しています。
「ちょうちょだぁ」
幼い女の子が小さな手をひろげて、白い蝶を追いかけている。それを見て、私は「てふてふ」とつぶやいた。
若いお母さんが、公園を走り回る女の子に声をかける。
「もう家に帰りましょう!」
「ええっ、もっと遊びたい!」
「じゃあ、家でおやつを一緒に作ろうか?」
「やったぁ!」
女の子のお母さんが小さな手を取って私の目の前を軽やかに歩いて行った。
白い蝶がひらひらと飛ぶのをベンチに座って眺めながら、私にもあんなに軽やかに歩いていた頃もあったのだろうかとため息を一つ。
そして、あの幼い女の子のように蝶を追い回して走っていたなんて信じられないと首を横に振った。
「おばあちゃんは、蝶をてふてふと書いたと言っていたわねぇ」
旧仮名遣いでは蝶をてふてふと書いたと教えて貰ってから、私は何故か「てふてふ」と呼ぶのが癖になり、かなり大きくなるまで言い続けていた。
「おばあちゃんより年上になっちゃったね」
ベンチに止まった白い蝶に話しかける。これがおばあちゃんの魂が飛んできたのではないとはわかっているが、独り言よりましに思えた。
「さぁ、私も家に帰ろうかね。てふてふも……」
蝶は私が立ち上がると、ひらひら、ひらひらと空高く舞い上がった。
私もその白い蝶とともに空へと舞い上がり、懐かしいおばあちゃんと会った。
「おばあちゃん!」
「由実ちゃん! まだはやいよ」
「そんなことないよ。おばあちゃんより年寄りになったんだよ」
「でも、まだはやいよ。まだしなきゃいけないことがあるだろ」
私は、しなきゃいけないことなんてないと言いかけて、あれこれ思い出した。
「そうだった! 今月末には孫の結婚式があるんだ! 今、死んだら厄介かも」
「ふふふ……他にもまだあるだろう」
老人会の遠足、友だちのお見舞い、そして食べ切っていない冷蔵庫の中身。
「そんなの……どうにかなるよ」
「そうだね、でももう少しはやいんだよ」
おばあちゃんは、白い蝶をそっと捕まえると私の方へと差し出した。
蝶と共に公園へ戻った。ベンチにつかまって立ち上がると、ひらひら白い蝶が飛んで行くのが見えた。
「あと、もう少し頑張らなきゃいけないようだね」
私は、ゆっくりと、ゆっくりと家へと帰った。
おしまい