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第9話 ドラゴンって構造的に絶対に空飛べないよねー、とか言うのは野暮

 竜種。

 別名はドラゴン。


 前世の世界では架空動物だったが、この世界ではれっきとした動物である。

 大きく四足竜、二足竜、翼無し竜の三種に分類されている。


 卵生だが、幼体は母乳で育てられる。

 爬虫類と哺乳類の中間、カモノハシのような生物的な特性を持っている。


 知能が高く、そして多くの種は大変凶暴。

 その皮膚は鋼よりも堅く、槍や弓を寄せ付けない。


 そして何より、体内に精霊、『母なる神秘』を宿しており、竜種特有の魔法を扱う。 

 また人間の使用した魔術を、そっくりそのまま模倣してみせた事例も報告されている。


 単体では、ほぼ間違いなく最強の動物であることは間違いない。







 「そんな動物がなんで学園に? 学校に通いたかったとか?」

 「そんなわけないでしょう! 早く逃げますよ、シャーロット姫!」


 さすがのインテリヤクザも会話の通じない猛獣は怖いのか、早く逃げようと言わんばかりに私のメイド服をぐいぐいと引っ張っている。

 

 「キャー!! 助けて!!」


 ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 この声はルイーズ姫殿下の声だ。

 何か、ヤバそうだ。


 「ウィリアム殿下、避難誘導とかをお願いできますか? 多分、今この学園で一番発言力があるのはあなた様なので」

 「シャーロット姫はどうするつもりだ!」

 「私はちょっと、人助けして来ます」


 そう言うや否や、私は一気に駆け出した。

 向かうのは声の聞こえてきた、寮だ。


 ……というか、今授業中なのに何で寮にいるのよ。

 いや、私もサボってたから人のこと言えないけど。


 獣人族は元々身体能力が高いが、それに加えてさらに身体能力強化の魔術を重ね掛けする。

 日頃から足腰を鍛え、持久力を付けてきたこともあり、私は息切れ一つすることなく現場に急行した。


 そこには四足、巨大な翼を持ったドラゴンが一匹。

 ドラゴンの種類には詳しくないが、見た感じ強そうなのはよく分かる。

 試しにナイフを投げてみたところ、鱗に弾かれてしまった。


 取り敢えず周囲を見渡して、ルイーズ姫殿下と愉快な仲間たちがいないか探す。

 しかし人影は見えない。

 ……授業中だったのが幸いだね。

 これが夜だったら、大量の人死が出ただろう。

 

 ルイーズ姫殿下が授業をサボって寮にいた理由は謎だが。


 「ルイーズ姫殿下、死んじゃいましたか? 死んじゃってたら返事を下さい」

 「死んだら返事はできないでしょう!」


 元気な突っ込みが帰って来た。

 声のする方に赴くと、ルイーズ姫殿下が地面に座り込んでいた。

 見ると、足を怪我している。


 早くも応急処置を……と言いたいところだが、ルイーズ姫殿下はドラゴンの足元にいた。

 今にも食べられるか、消し炭にされそうな雰囲気だ。


 「取り敢えず逃げましょう、ルイーズ姫殿下」

 「あ、あなたは変態メイド!」


 どうやら助けに来たのが私だと、ようやく気が付いたらしい。

 見たところコバンザメの姿は見えない。

 もうとっくに逃げたか、真面目に授業を受けているのかのどちらかだろう。


 というか、変態メイドは失礼じゃないかな?

 いや、確かに変態だしメイドなんだけど。


 私はルイーズ姫殿下を抱きかかえ、一気に跳躍した。

 私が飛ぶのと同時に、先程までルイーズ姫殿下がいた場所を、ドラゴンの口から噴き出た青白い炎が舐める。


 摂氏千度は超えている。 

 あれをまともに喰らったら、如何に私が万能メイドと言えども死ぬだろう。


 「ところでルイーズ姫殿下」

 「な、何よ!」


 ガタガタと震えているお姫様に私は尋ねた。

 

 「そのバスケットの中身、何ですか?」

 

 私は先程からルイーズ姫殿下が大事そうに抱えているバスケットを見る。

 気のせいかもしれないが、卵が見えたような気がする。


 「こ、これは、そ、その……」

 「竜に返してくるので、貸してください」

 「は、はい……」


 ある程度距離を取ってから、私はルイーズ姫殿下の足にポーションを塗り、治癒魔術を掛ける。

 応急処置なので完治とは言い難いが、取り敢えず逃げられるはずだ。


 「逃げてください」

 「は、はい……そ、その……」

 「何ですか?」

 「あ、ありがとう」


 ルイーズ姫殿下は顔を赤らめて言った。

 私は笑みを浮かべた。


 「いえ、クラスメイトを守るのはメイドの務めですので」

 「……メイド?」


 困惑気味のルイーズ姫殿下をその場に残し、私は竜の下へと向かう。

 消えた卵とルイーズ姫殿下を探しているようで、先程からずっと大暴れしている。


 「ドラゴンさん! 卵です、あなたのお子さんのですよね? お返しします!」


 竜にガリア語が通じるか分からなかったが、取り敢えず私は笑顔を浮かべて、友好的な雰囲気を醸し出しながら卵を差し出した。

 するとドラゴンはじっと、私を見つめてきた。


 ゆっくりと、頭を近づけて卵の臭いを嗅ぐ。

 そして……




 ガブリ!




 「うわぁ!!」



 私は間一髪のところで、竜の口から逃れた。

 こいつ、卵ごと私を食べようとしたぞ!!


 理性が吹き飛んでいるのか、それとも人間の触れた卵はもう自分の子供ではないのか、それとも他人だったのかは分からない。

 分かるのは話し合いは通じなさそうだということだ。


 仕方がない、ここで倒そう。


 生憎、剣は手元にないのでナイフと糸で戦うしかない。

 私はまず、袖口からナイフをそれぞれ四本、合計八本取り出す。


 手首のスナップを利かせて、これを投擲する。

 音速に達したナイフが真っ直ぐ竜に向かって飛び……

 全てが鱗に阻まれて、地面に落ちた。


 やはり鱗にはナイフは刺さらないようだ。


 とはいえ全くダメージが無かったわけではないようで、目障りだとでも言うように、竜は私に向けてブレスを吐く。

 これをジャンプし、宙返りしながら交わす。

 宙返りする意味は特にない。強いて言えば、カッコイイからだ。


 宙返りするついでに、さらに八本のナイフを投げた。

 今度は全てのナイフが突き刺さった。


 何のことはない。

 鱗と鱗の隙間に差し込んだだけだ。

 鱗の下は脆弱な肉なのだから、当然突き刺さる。


 今度は相当痛かったようで、ドラゴンは絶叫を上げた。

 だが致命傷に至る様子は見えない。


 タンスの角に小指をぶつけて、痛みで転げ回る……

 多分そんな感じだ。


 私は両手の手首をナイフで軽く切断する。

 血がタラタラと流れる。


 そして再び八本のナイフを持ち、血液をたっぷりと刃に塗る。

 痛みから回復して私に襲い掛かってきたドラゴンに投擲した。

 

 再びナイフは寸分狂わず、隙間に突き刺さる。

 私は慌てて耳を塞いだ。

 直後、鼓膜が破れるんじゃないかと思うほどの叫び声を上げた。


 タンスの角に小指をぶつけた、なんてレベルではない。

 とてつもなく苦しそうな叫び声だ。


 それもそのはず。

 私は血液をフッ化水素酸に錬成し、それをたっぷりとナイフに塗って投擲したのだ。 

 痛いのは当然と言えば、当然だ。


 少し可哀想ではあるが、容赦するつもりは無い。

 メイド服の内側に隠していたナイフ、全てを投げつける。


 だが……

 それでも死なない。


 息を切らしながらも、ドラゴンは立ち上がり、怒りの炎をその瞳に宿して私を殺そうと襲い掛かる。

 もうかなりの量のフッ化水素酸を体内に送り込んだはずなんだけど……


 普通なら動けなくなっている。

 多分、私ほどではないにしろ体内に高濃度の神秘を宿しているんだろう。

 高い解毒能力を持っているのだ。


 あまり長引かせると、効かなくなるかもしれない。 

 私みたいに。



 だが、もう勝負はついている。

 


 私は戦闘中に準備していた糸のトラップを作動させる。

 すると、瓦礫やドラゴンの体に突き刺さっているナイフを支えにしてドラゴンの体全体に纏わりついていた糸が一気に締まった。


 結果、ドラゴンは蜘蛛糸に囚われた蝶のように身動きができなくなってしまう。

 暴れれば暴れるほど、糸は強く締まる。

 

 ドラゴンはブレスで自分の体ごと糸を焼き払おうとする。

 それは判断としては正しいが、もう遅い。

 私は糸を引っ張り、喉を締め上げた。


 するとドラゴンのブレスは体内に逆流。

 己の肉体を内部から焼くことになった。


 これが致命傷となったのだろう。

 すぐにドラゴンは動かなくなった。


 「取り敢えず、一件落着かな」


 私は溜息を吐いた。

 見たところ、死者はいなさそうだ。

 まさに不幸中の幸い、といったところだろう。


 「さて、この卵どうしようかな」


 私はバケットの中の卵を手に取った。

 ルイーズ姫殿下に返すのが妥当な選択肢かな?


 ……ドラゴンの卵の目玉焼きって美味しそう。


 こっそり食べてしまおうかと私が悩んでいると、ピキピキと音を立てて卵が割れ始めた。

 

 「え、え、え?」


 私は慌てて卵を地面に置いて、身構えた。

 すると殻を破り、翼の生えたトカゲ……ドラゴンの赤ちゃんが出てきた。


 粘液でべとべとの赤ちゃんは私を見上げて、小さな声で鳴いた。


 「ぴぎぃ!」


 一瞬、私の脳裏に『刷り込み』『インプリンティング』という言葉が浮かぶ。

 ……これ、ちょっと不味くない?


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