第8話 わんぴーす。わんぴいす、じゃないよ。そこ、超重要!
「ふ、ふざけないで! アルレリア家が絶える? そんな不敬なこと、よく言えるわね!! そんなことを言って、ただで済むと思っているの?」
「別に絶えるなんて一言も言ってはいませんが……いえ、御不快に思われたのであれば謝罪致します。……それで私を、モンモランシ家をどうされるのですか?」
私は笑みを浮かべ、尋ねた。
ルイーズ姫殿下は怒りで口をパクパクさせている。
「い、良いの? 爵位を失っても!!」
「爵位? ガリア王家の、モンモランシ侯爵位のことですか? ええ、その程度で御怒りが収まるのであれば、どうぞご自由に。お返し致しますよ」
所詮、たった六百年の歴史しかない国の侯爵位。
それが無くなったところで、どうということはない。
モンモランシ家の歴史は三千年なのだから。
というのが、私の……そして歴代モンモランシ家の当主の総意だ。
もっとも、そもそもモンモランシ家から爵位を没収する、つまり封建契約を打ち切るような愚かな選択肢をアルレリア家が、現ガリア王がするはずもない。
ルイーズ姫殿下が如何に私のことを悪く言ったとしても、絶対に有り得ない。
アルレリア家にとって、ガリア王国にとってモンモランシ家は重要なパートナーなのだ。
困るのはガリア王国、アルレリア家である。
私は困らないというか、万能メイドになりたいので是非とも差し上げたいくらいなのだけれどね。
「ルイーズ姫殿下、あまり下手なことをおっしゃると……御父上に、ガリア王陛下に叱られますよ?」
「ふ、ふざけないで!!」
ルイーズ姫殿下はヒステリー気味に叫び、私の胸倉を掴んだ。
バチン!
と頬に痛みが走る。
「アナベラ!」
「はい、姫様!!」
アナベラお嬢様、いやスネ夫が私を無理やり立たせて壁際まで引っ張っていく。
そしてルイーズ姫殿下と愉快な仲間たちが私を取り囲む。
「生意気な口、叩けないようにしてあげるわ」
「……」
どうやらルイーズ姫殿下は私をリンチするつもりらしい。
……お姫様なのに、やけに武闘派だな。いや、人の事言えないけど。
アナベラお嬢様が先陣を切り、私に近づく。
そして両手を振り上げた。
どうやら私の両頬を、左右同時にバチン! とやるつもりらしい。
絶対に痛い。
………………
…………
……
想像したら興奮してきた。
ドキドキ、ドキドキ、ドキドキ。
私は怯えた表情をして見せる。
ちょっとした演技、ロールプレイだ。
するとアナベラお嬢様は大変嬉しそうに笑みを浮かべた。
久しぶりに私を殴れるのが嬉しいみたいだ。
さあ、来い!!
カモン!!
私は目を瞑った。
そして……
「あれ?」
期待、じゃなかった、覚悟していた衝撃が来ない。
どうしたんだと思い、目を開ける。
すると、ルイーズ姫殿下やアナベラお嬢様含め、皆私から背を向けていた。
いや、違うな。
正確に言えば、私から背を向けて誰かと話しているみたいだ。
「おやおや、ルイーズ姫殿下!! 何をなさっていらっしゃるのですかな?」
嫌味な男子の声が聞こえた。
この声の主を、私は知っている。会話はしたことはないが……重要人物だったので覚えていた。
「あなたには関係ないでしょう? ギヨーム様」
ギヨーム・ド・アンディーク。
ガリア王国、アンディーク伯爵その他複数の領地・爵位を持つアンディーク家の長男である。
ほぼ間違いなく、ガリア王国でもっとも力のある貴族家であり、そしてこの学園のヒエラルキーの頂点に君臨する。
うん?
ガリア王家、アルレリア家が一番じゃないのかって?
その通り、アルレリア家は確かにガリア王の地位を代々世襲している一族だが……
家柄は平凡であり、財力や軍事力ではアンディーク家には遥かに劣る。
まあガリア王国で贔屓目に見ても三番目、まあ五番目程度が実情だろう。
ガリア王国では王様は偉いかもしれないが、弱い。
弱っちい貴族家がやる仕事である。
まあ分かりやすく説明すると、学級委員長だ。
仕事や義務だけは増えるが、権利は大してない。
だからみんな嫌がってやらない、押し付け合う。
王様なんて、そんなものだ。
ルイーズ姫殿下はこのクラス、教室ではボスだが……
学園全体ではまあ十番目くらいじゃなかろうか? 女だし。
「おや、失礼。てっきり弱いモノイジメをしているのかと」
「……まさか、そんなはずありませんわ」
「それは良かった! 私の婚約者の姉が、酷いイジメをしているのだとしたら、将来の夫である私の品位が疑われてしまいますからなぁ!」
ゲラゲラと嬉しそうに笑うインテリヤクザ、じゃなかった、ギヨーム。
ルイーズ姫殿下の妹君とは婚約関係にあるはずで将来義理の兄弟姉妹になる予定の二人だが、大変仲が悪そうだ。
アンディーク家とアルレリア家の仲の悪さは深刻だ。
この分だと、停戦期間が過ぎればすぐに戦争が再開されるかもしれない。
「ところでそこにいらっしゃるのは、モンモランシ侯爵ですか?」
「ええ、まあ……そうです」
私が声を上げると、ギヨームは鉄砲玉、じゃなかった、取り巻き、じゃなかった、お友達を引き連れ、ルイーズ姫殿下のコバンザメを掻き分けるようにして私の下までやって来た。
そして私の手を取り、跪き、手の甲にキスをする。
ちなみに実際に唇はつけず、ギリギリで止めるのが作法だったりする。
「お会いできて光栄です、シャーロット姫。今、お暇ですか?」
「……これから授業がありますが?」
「そんなもの、どうでも良いではありませんか。それよりも私とあなたの運命的な出会いの方が大切だ」
「……隣のクラスですけどね」
まあでもぶっちゃけ、この学園の授業を受ける意味はあまりない。
教師たちよりも、私は勉強ができる自信がある。
「私が暇なら、どうなのですか?」
「一緒に紅茶でも、飲みませんかな?」
「まあ、良いでしょう」
特に不都合はない。
ギヨームは私をエスコートするように、その場から連れ出そうとする。
「ちょ、ちょっと! まだ話は終わって……」
「少し、お借りしますよ。ルイーズ姫殿下」
ギヨームはルイーズ姫殿下の唇に人差し指を当てた。
インテリヤクザ改め、インテリギザヤクザだ。
とはいえ、ルイーズ姫殿下はギヨームを嫌っているということもあり、怒り心頭のようだが。
そしてそのまま私は拉致されるように、庭へと連れ出される。
庭にはテーブルと二つの椅子、そしてティーセットを持ったメイドさんがスタンバイしていた。
メイド……メイド……ああ!! お掃除がしたい!!
メイド業務依存症の発作に襲われて苦しんでいる私を、ギヨームは椅子に座らせた。
そして自らも向かい合い、椅子に座る。
私はメイドさんが視界に入らないように、ギヨームを見つめた。
イケメンではある、が大変意地悪そうな顔だ。
グラサンをかければ、どこに出しても恥ずかしくないヤクザになる。
「では用件をお聞きしましょう。……ウィリアム・フランティアスト・アルビオン王太子殿下」
「ここでは、ギヨームですよ。シャルロット・カリーヌ・ド・モンモランシ・ド・ラ・アリエ選教侯」
アルビオン王国王太子、ウィリアム殿下はニヤリと笑みを浮かべて言った。
大昔、ガリア王国が建国された当初。
ガリア王国沿岸部を海賊が荒らしまわっていた。
これを押さえる力は、当時のガリア王にはなかった。
故にガリア王は毒を持って、毒を征す、海賊を持って、海賊を征すという大胆な策に出る。
当時、有力な海賊を騎士に任じ、他の海賊と戦わせたのである。
これが上手く行き、瞬く間に海賊は平定された。
が、一つだけ計算違いが起こった。
というのも倒された海賊たちは殺されず、まとめてその騎士に任じられた海賊の傘下に入ってしまっていたからだ。
まあ、つまりこんな感じだ。
「俺たちは、もう、仲間だ!」ドン!!
さて斯くしてその騎士は全ての海賊を傘下に入れてしまった。
「海賊王に、俺は、なった!」ドン!!
晴れて海賊王になったその騎士はこんなことを言いだした。
「ガリア貴族に、俺はなる!」ドン!!
ガリア王国北西部の広大な沿岸部、その土地の支配権をガリア王に要求したのだ。
バラバラに分裂していた海賊すらも倒せないガリア王が、海賊王を倒せるはずもない。
そんなわけで
「ガリア貴族に、俺はなった!」ドン!!
なってしまった。
ちなみにガリア王はその海賊王に逆さ吊りにされたり、蹴られたり、殴られたりと散々な目にあったとか。
そして百年くらい時が流れ、ある時その海賊王の子孫はこんなことを言いだした。
「アルビオン王に、俺はなる!」ドン!!
海賊王の子孫はアルビオンという土地に攻め込み、アルビオン王になってしまった。
斯くしてガリア貴族アンディーク伯爵兼、アルビオン王国国王という謎の貴族が爆誕してしまったのであった。
さてそれから数百年、今から八十年ほど前……
アルビオン王はこんなことを言いだした。
「ガリア王に、俺はなる!」ドン!!
こうしてガリア王国はアンディーク派(アルビオン派)とアルレリア派(ガリア派)に分裂。
アルビオン軍は貧弱なガリア軍をボコボコに粉砕し……
結果、最近アルビオン王国優位な講和条約が結ばれた。
その条件の一つが、ウィリアム王太子殿下とルイーズ姫殿下の妹君の婚約だ。
そんなわけで、一時の平和が訪れたのであった。
めでたし、めでたし……
「どうかな? 紅茶の味は。東方から取り寄せたのだが……」
「……」
私はウィリアム殿下のメイドさんに入れて貰った紅茶を一気に飲み干してから、メイドさんたちに言った。
「ちょっと、どいて」
「は、はい? え、えっと……」
「退きなさい、この下手くそ」
私はメイドさんたちを追っ払い、紅茶を入れ直す。
そして唖然としているウィリアム殿下のカップに注ぎ直した。
「少しはマシな味になっているかと」
「ふむ……」
ウィリアム殿下は私の入れた紅茶を飲み……
目を丸くさせた。
「驚いた。こんなにも味が変わるとは……どうやら私が今まで飲んでいた紅茶は、泥水だったようだ」
「お喜び頂けて幸いです」
私は自分のカップに紅茶を入れて飲む。
うーん、六十点かな?
用意されていたスコーンに手を伸ばし、口に入れる。
お菓子はまずまずの味だ。
「……ところでなぜメイド服を着てらっしゃるんですか?」
「それは何故、他の動物と違い人は服を着るのかという問いでしょうか?」
それについてはいろいろと理由があるとは思うけど……
「いえ、あなたがメイド服、を着ている理由です」
「ただの趣味です」
「しゅ、趣味……ですか?」
「はい、私は万能メイドを目指しているんです」
「……」
ウィリアムは困惑した表情を浮かべた。
万能メイドの素晴らしさが伝わっていない。
まあ理解されたいとは思わない。
万能メイドは孤高の存在なのだ。
「まず本題に入る前にお一つ、シャルロット姫、シャーロット姫、モンモランシ選教侯。どれで及びした方が宜しいですかな?」
「殿下が呼びやすい名で構いませんよ」
「では、ウィリアムに合わせてシャーロット姫とお呼びさせて頂きましょう」
気分良さそうにウィリアム殿下は紅茶を飲んだ。
自分の入れた紅茶を美味しそうに飲んでもらえるのは、やはり嬉しい。
相手がインテリ海賊だとしてもだ。
「シャーロット姫、単刀直入に言いましょう。……私に仕える気はありませんか?」
「それはメイドとしてですか?」
「……アルビオン貴族としてです」
「それはお断りします」
まあメイドとしてなら考えないこともないのだが。
貴族は面倒臭いので結構だ。
もうガリア貴族位も捨て去りたいくらいなのだから。
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「ガリア王国もそうですが……国王というものと封建契約を結ぶメリットが、モンモランシ家にはありません。まあラ・アリエ家としてならばありますがね。ラ・アリエ家はガリア貴族です」
「なるほど。つまり……選教侯としての爵位があれば十分だと」
「そういうことになりますね」
私は紅茶で喉を湿らせてから答える。
「はっきりいって、アルビオン王家もガリア王家も、同じようなもの、どんぐりの背比べでしょう。教会、教皇聖下と比べれば」
私はカップをテーブルに置く。
封建契約の二重契約は認められていると説明した。
故に私たちモンモランシ家はアルレリア朝ガリア王国と、教会(教皇)との間に封建契約を結んでいる。
モンモランシ家は六百年前にガリア王家の建国に関わり、侯爵位を得たが……
それよりも遥か前、三千年前から教会、当時ただのカルト宗教団体に過ぎなかったイブラヒム教団と友好関係を結んできた。
説明は今度させて頂くが、この世界の教会、イブラヒム聖教会は世界唯一の一神教の宗教結社であり、聖俗両方に大変強い権威と権力を持つ。
ガリア王もアルビオン王も、教皇に「お前、破門w」と言われただけでクビになるような存在だ。
教会との関係さえ保てるのであれば、他の王家と敢えて契約を結ぶ理由は特に無い。
選教侯、教会より与えられたこの爵位さえあればモンモランシ家としては何の問題もない。
元より、私たちは政治には興味がない。
「まあ、ウィリアム殿下がギヨーム陛下としてガリア王に御即位されるのであれば……ラ・アリエ公爵として仕えることになる可能性が、無きにしもあらず、ですがね」
「即位する前に、あなたのご支援が欲しいのですがね」
即位したい、ガリア王位が欲しいという野心は否定しないようだ。
まあこれは聞かなかったことにしておこう。
話は終わりだと、私はゆっくりと立ち上がる。
ウィリアム殿下も諦めたようで、溜息混じりに立ち上がった。
その時である。
北の方角から、何かが崩れる音と人の悲鳴が聞こえた。
「い、いったい何なんだ?」
さすがのインテリ海賊王子も狼狽しているらしい。
私もちょっと、ビックリしている。
すると誰かが叫んだ。
「竜だ、竜が暴れているぞ!!」
「誰か助けて!!」
ええ……ちょっと唐突過ぎてついて来れないです。