第4話 世の中、気の持ちようだ。どんなに辛い状況でも全力で楽しんでいれば楽しくなる。というかむしろ癖になってきた。
数年の月日が流れた。
いろいろなことが起こった。
せっかくなので、箇条書きで説明しよう。
その一、お父様が戦場で行方不明になった。
何でも異教徒との戦争が発生したらしく、教会と封建契約を結んでいるお父様は戦争に行く羽目になったのだ。
そして生死不明の行方不明である。
私は生きていると思う、
少なくとも死体を見るまでは死んだとは思わない。
というか、あの筋肉猫耳おっさんが戦場でくたばる絵面が想像できない。
まあでも奴隷とかにはなっているかもしれない。
その二、お父様の姉ディアーヌがラ・アリエ家の屋敷に入った。
一応、私の後見人兼財産管理人という立ち位置だ。
その三、ラ・アリエ家の使用人大量解雇。
マルグリットすらもクビにされた。
私は止めようとしたのだが、現状ラ・アリエ家の財産管理人になっているディアーヌには逆らえなかった。
その四、私の部屋が馬小屋になった。
そんなわけで、皆さんこんにちは。
猫耳金髪縦ロールお嬢様改め、猫耳金髪馬小屋姫にジョブチェンジしたシャルロットでございます。
まあどちらかといえば姫というよりはメイドだけど。
馬小屋メイドって、それただの馬の世話係だよねー。
さてそんな馬小屋メイド(姫)の朝は「ヒヒーン!!」というお馬さんの嘶き声で始まる。
もう同居人のお馬さんたちとはすっかり仲良しだ。
お馬さんたちに餌を与え、軽くブラッシングをしてから水浴びをして臭いを落とし、メイド服に着替える。
斯くして朝のお勤めが始まるのだ。
私の主な仕事はお掃除である。
一般的に3K(キツイ、キタナイ、キケン)な仕事はやりたがらないものであり、逆に言えばこれをやらせることは相当な嫌がらせになる。
まあ危険ではないが、掃除というお仕事がキツイ、キタナイのは明らかである。
ただ……掃除好きの私にはご褒美みたいなものだ。
汚かった床、台所、トイレがピカピカになるのはとても楽しい。
掃除で洗われるのは何もモノだけではない。
人の心も洗われて、キレイになるのだ。
「ふふふ……今日もいい仕事をした!」
キレイに磨かれた床を見て、私は思わず嘆息する。
私はきっと世界で一番掃除の上手な十一歳だろう。
女性の中でも五指に入るに違いない。
「あら、駄犬メイド。今日もちゃんとお掃除しているのね」
私に声を掛けたのはアナベラお姉さま……いや、アナベラお嬢様である。
ディアーヌ奥様の子供、早い話私の従姉で、若干私よりも数か月年上だ。
ディアーヌ奥様と同様に屋敷に移り住んできたのだ。
典型的な悪役令嬢という感じだ。
こんな模範的なテンプレキャラって、実在するんだなーというのが私の個人的にな感想である。
こんな悪役令嬢がいるならば、万能メイドだっていても良いだろう。
「はい、おはようございます。お嬢様……あと私は犬ではなく猫です」
「そんなことはどうでも良いのよ!!」
「失礼しました」
まあ確かに犬も猫目だから大差はない……
うん? だとするならば犬を猫と言うのは良くても、猫を犬と呼ぶのは良くないのではないだろうか?
とはいえ、アナベラお嬢様はこういう難しいお話しをお嫌いになられるため、口には出さない。
「やっぱりあなたはその髪型が似合っているわよ」
「ありがとうございます!」
私は綺麗に切られた髪に触れる。
アナベラお嬢様に褒められてしまった。
そう、馬小屋に放り込まれた翌日。
私はすっぱりと、金髪ドリルをカットされたのだ。
ディアーヌ奥様やアナベラお嬢様からすると、それはもう盛大な嫌がらせだったのかもしれない。
何しろ髪は女の命である。
内心で私は歓喜した。
だって金髪ドリル嫌いだったんだもん。
ドリルヘアというのはお嬢様キャラの髪型であり、間違ってもメイドの髪型ではない。
ドリルヘアのメイドなど、リーゼントの坊さんやアフロの野球部員くらい違和感がある。
私の金髪ドリルはお父様とマルグリットの趣味であり、二人が消えた段階で私が金髪ドリルを維持するメリットはない。
それに無駄に長い髪は掃除にもお料理にも、不向きだ。
まあお貴族様には、「長くて美しい縦ロールはしっかりとお金をかけて手入れされており、尚且つその女性が掃除や料理などという下賤な仕事をする必要もないくらい高貴で金持ちである」という価値観があるのかもしれないが、私にとってはどうでも良い話だ。
ちなみに今の私の髪型はボブカットだ。
さすがに丸坊主は嫌だ。
「……調子狂うわね」
「お体の調子が悪いのですか?」
「黙りなさい!」
アナベラお嬢様の手が動く。
お嬢様のセンスが私の頬を打つような起動を描く。
無論この程度の攻撃を避けるのは容易いし、それどころかカウンターを返すこともできる。
が、そんなことをすればアナベラお嬢様は怯えてしまうだろう。
ここはプロのメイドとしても、イジメを受けている従妹としても当たらなければならない。
まあさすがにモロに当たると痛いので、若干受け身を取りつつ私はセンスを頬で受ける。
その衝撃で床の上を転がる演技も忘れない。
私は打たれた頬を手で押さえ、ビックリした顔を浮かべてアナベラお嬢様を見上げた。
「おーっほほほほ!!」
どうやらご満悦のようだ。
お嬢様がお喜びのようで、メイド冥利に尽きる。
「駄犬メイド、床を舐めなさい。……ちゃんと掃除したのなら、舐めれるはずよね?」
な、何を言ってるんだ……アナベラお嬢様は。
それはいくら何でも、この私への侮辱だ!!
さすがにイライラする。
………………
…………
……
そんなの当然、聞くまでもないことでしょう!
「当然です! お嬢様」
私はアナベラお嬢様の目の前で床に舌を這わせてみた。
たった今、磨いたばかりの床だ。
汚いはずがない。
自分で掃除した場所だから、この場所がどれくらいキレイになっているのかは当然分かっている。
私は自分が掃除した場所なら、床だけでなく台所や便器だって舐められる。
自分で舐めることができないなんて……それこそ掃除を舐めているとしか言えないし、わざわざ試すようなことを言うアナベラお嬢様も私のプロ意識を舐めている。
というか、多分床よりも私の体の方がばっちい。
舐めたところは後で掃除し直さなければ。
「……ふふん、それで良いのよ」
ぐぅぇ……
私の口からカエルが潰れたような声が出た。
アナベラお嬢様が靴で私の頭を踏み、髪をグリグリしてきたのだ。
さすがにこの行動は予想外だったし、髪が引っ張られて痛い。
床を舐めさせられ、足で頭を踏まれる……
ちょっと背徳的で興奮します。
あ、ちなみにアナベラお嬢様の履いている靴は早朝にキレイに磨いて於いたので清潔です。
むしろ私の髪の方が汚いので、靴が髪で汚れたとも言える。
「ふん! 何がモンモランシ家とラ・アリエ家の正統後継者よ。……あなたは一生、そうやって床を舐めている方がお似合いよ」
などと言って、アナベラお嬢様は去っていった。
毎朝の日常だ。
その後、窓を拭いているとカツカツと高い靴音を立ててディアーヌ奥様が現れた。
「ちゃんと、言いつけ通り掃除をしているみたいね。猫娘」
猫娘と言われると妖怪になった気分になる。
もっともディアーヌ奥様の言う猫娘というのは、国民的妖怪漫画のヒロインのことではなく、純粋に女性猫型獣人への侮辱としての『猫娘』なんだろうけど。
「はい、奥様」
私は笑みを浮かべた。
今の私はメイドなんだから、お掃除をするのは当たり前だ。
どうやら奥様は私の笑みを痩せ我慢と受け取ったようで、楽しそうに鼻で笑った。
まあ奥様が楽しいなら、それはそれで結構なことだ。
ふと、何かを思いついたようで……
奥様はニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、窓枠を指で撫でる。
「あら? こんなところに埃が……な、ない!?」
窓拭きのプロであるこの私が塵一つ埃一つ逃すはずもない。
掃除は隅から隅まで、キチンとやる。
しかし奥様は何故、残念そうな表情を浮かべているのだろうか……埃が無いのは良いことだと思うんだけど。
「ふ、ふん! あ、あまり調子に乗らないことね!」
「はい、肝に命じます。ディアーヌ奥様」
親切にも忠告してくれたディアーヌ奥様に私は頭を下げた。
初心忘れるべからず……
何とも深い言葉だ。
車の運転もそうだが、最初のうちはみんな丁寧にやる。
だが時間が経つと慣れてきて、疎かになってしまうのだ。
これくらい良いや……
という気持ちが重大な事故を引き起こす。
埃一つで死人が出るシチュエーションは思いつかないが、そういう油断が良くないのだ。
これからも私は自分の舌で舐めれるほど、キレイに掃除をしていこう。
さてあらかた掃除を終えてしまった私は、庭の掃除をするために外に出る。
その途中で男性に止められた。
妙に目つきがいやらしい。
「シャルロット」
「これは……ジョゼフ様」
正直似合っていない、ダサい髭を蓄えた男性の名前はジョゼフ様。
ディアーヌ奥様の夫、この屋敷で今のところ一番偉いかもしれない人だ。
かもしれないというのは、尻に敷かれているっぽいからである。まああの性格だ、仕方がない。
ディアーヌ奥様と私は叔母と姪の関係だが、私とジョゼフ様の間には特に血の繋がりはない。
まああるとすれば、ジョゼフ様が錬金術師であるという点くらいだろう。
母方の血、モンモランシ家は代々錬金術師の家系であり……私の母も錬金術師、そして私自身も錬金術師である。
まあその前にメイドだけれど。
「エリクサーの錬成法を、本当に知らないのかね?」
「お母様が亡くなったのは私が五歳の時ですよ? 知らないです」
私はできるだけ純粋無垢に見えるような笑みを浮かべて見せる。
多分、何も知らない分からない少女に見えるはずだ。
まあ本当は作れるけど。
「ふーむ、困ったな。このままではモンモランシ家の錬金術が絶えてしまう。困ったな……本当に、何か知らないのかね?」
ジョゼフは私の両肩を掴んだ。
指がグリグリと食い込んで少し痛い。
セクハラはやめて頂きたい。
一人の錬金術師として知識の断絶を心配している……ように見せかけたいのだろうけれど、エリクサーをどうにか錬成して大儲けしようという下心が見え見えだ。
エリクサーを錬成できるのは、世界でも唯一……モンモランシ家の錬金術師だけである。
錬金術の知識こそ、モンモランシ家の秘宝とも言える。
無論、私は彼に教える義理はない。
義理はないが……可哀想なので、少しヒントを出してあげよう。
「……そう言えば、お母様は『塩は砂糖よりも溶けやすい』という言葉をよく覚えておきなさいと言っていましたよ」
「塩は砂糖よりも溶けやすい? ………………なるほど、分かったぞ!!」
廊下を走って研究室へと向かうジョゼフ。
どこぞの漫画で錬金術師は暗号で知識を隠すとかそういう設定があったが、この世界の錬金術師も、極一部の変わり者は研究成果を暗号化したりする。
なぜ変わり者なのか、と言えばこの世界は特許制度が発達しているので大々的に発表した方が儲けられるからだ。
知識を秘匿する理由はあまりない。
ただモンモランシ家の錬金術は少しだけ特殊なので、知識を秘匿している。
事実、お母様の研究室にはただの料理本に見せかけた錬金術の研究成果が収められている。
ジョゼフは日夜、それの解読に勤しんでいたのだ。
先程のワードは、その解読のヒントである。
……まあ実際はただの料理本に見せかけた錬金術の本、に見せかけた正真正銘の家庭料理のレシピなんだけどね。
ジョゼフが毎晩、遅くまで解読しているのは『モンモランシ家秘伝特製ソースの絶品ハンバーグ』の調理法だ。
そもそも本当に大事な知識ならば、紙媒体なんかに記録するべきではない。
解読できない暗号なんてないのだから。
モンモランシ家の錬金術は全て、私の頭の中にある。
ジョゼフがいくら頑張っても、彼が知ることができるのは家庭料理のレシピだけだ。
もっとも……そもそもレシピを知ったところで錬成は不可能なんだけどね。
エリクサー、そして賢者の石の研究をしていたのはモンモランシ家だけじゃない。
多くの錬金術師が挑み、理論を構築してきたのだ。
ただし、技術……より正確に言えば高出力の錬成に耐えうる『錬金釜』がないため、机上の空論にしかならない。
その辺をよく分かってない辺り、所詮二流、いや三流錬金術師だ。
ジョゼフのことは放って於いて、私は庭に出て掃き掃除を始める。
相棒の箒は今日も絶好調だ。
本当は箒に剣か刀を仕込みたいんだけど……今のところはただの箒だ。
こればかりは我慢するしかないね。
それにしても好き放題お掃除ができるというのは実に楽しい。
転生してから、今までで一番人生充実している気がする。
……お父様がこの場にいないのは残念なことだ。
まあ空は繋がっているけどね。
天国のお母様。
そして天国にはまだ行っていないと信じたいお父様。
私、シャルロット・カリーヌ・ド・モンモランシ・ド・ラ・アリエは幸せですよ~♪
>>タイトル
癖になっちゃいかんでしょ。
>>私は綺麗に切られた髪に触れる。
アナベラお嬢様に褒められてしまった。
髪の毛を短くできてご満悦なシャルロットお嬢様
>>自分で舐めることができないなんて……それこそ掃除を舐めているとしか言えないし、わざわざ試すようなことを言うアナベラお嬢様も私のプロ意識を舐めている。
自分で舐められるくらいしっかりと掃除しなさいを実行するプロ魂
>>ちょっと背徳的で興奮します。
新しい扉を開いてしまわれるシャルロットお嬢様。
割とノリノリ。
>>「あら? こんなところに埃が……な、ない!?」
ぬかりはない、シャルロットお嬢様。
>>妙に目つきがいやらしい。
ロリコン……というよりはペドフェリア。
>>モンモランシ家秘伝特製ソースの絶品ハンバーグ
隠し味にヒ素と水銀を使用しております。天にも昇るほどの味です。
面白いと思って頂けたら、ptブクマ、よろしくお願いします