第3話 急募:「万能メイドに私はなる!」と言っている娘を諦めさせる方法。というか、万能メイドって何なんだ?
私、シャルル・ド・ラ・アリエには可愛い一人娘がいる。
シャルロット・カリーヌ・ド・モンモランシ・ド・ラ・アリエ。
それが一人娘の名前だ。
私の名前からファーストネームを、亡き妻カリーヌからミドルネームを与え、姓もラ・アリエ家とモンモランシ家の両家のものを受け継いでいる。
今でこそ元気だが、昔は随分と心配した。
殆ど泣かなかったからだ。
赤子は泣くのが仕事、と言われているのに対しシャルロットは殆ど泣かなかった。
お腹が空いたり、おしめを変えてほしい時は意図を伝えるために泣くが、それも最低限で、夜泣きは一切しない。
モンモランシ家の女性当主は短命の傾向があり、妻のカリーヌは特に病弱だったためシャルロットもそうなのではないかと心配したものだ。
今では元気があり過ぎて困っている。
多くの者たち―主にシャルロットに付けた家庭教師たち―は口を揃えてこう言う。
姫君は、お嬢様は天才、神童です。
それについては私も異存はない。
あの子は本当に、私の子供なのか疑わしいほどよくできた子だ。
(まああの猫耳を見る限り、間違いなく私の娘なわけだが)
まず第一に頭が良い。
言葉を覚えるのが他の子供よりも早い……なんてレベルではない。
ガリア語は無論、複数の主要言語、そして神聖語や学術語すらも自在に操る。
平民は無論のこと、貴族たちですらも自国の言語の読み書きが覚束ないのが普通だ。
私は貴族の中ではかなり分かる方ではあるが、ガリア語の読み書きはともかくとして神聖語・学術語の読み書きとなるとお手上げだ。
それを齢十歳で完璧に仕上げているのだから、恐ろしいほどの頭の良さだ。
もしこの子が一人っ子ではなかったら、聖職者にでもさせるのが良いのかもしれない。
……もしあの時のあれを断っておかなければ、聖女になれたかもしれないと思うと、少し惜しいと思うこともある。
第二に身体能力、魔力操作能力が驚くほど高い。
私とカリーヌ、双方の長所だけを増幅させた上で受け継いだ。
そんな感じだ。
もう私よりも強いのではないだろうか?
と思ってしまう。
先ほど聖職者にさせるのも良い、とは言ったが……
騎士としても多くの戦果を挙げることができるだろう。
第三に……
まあ正直、これに関してはあまり褒めたくはないが、家事が上手い。
驚くほど上手い。
一体、誰が教えてのか分からないが我が家の使用人たちよりも上手に家事を熟して見せる。
神はこの子に多くの天賦の才を与えたが、そのうちもっとも優れたものが家事の才能のようだ。
そして本人も一番楽しんでいる。
楽しんでいるようだし、伸び伸びとやらせてやりたいと思う一方で……
シャルロットの将来や評判を考えると、あまり大っぴらにやらせることはできない。
下賤の仕事をする、というのは悪評にしかならないのだ。
そういうわけでシャルロットの家事を妨害する一環として、あの子の髪型は縦ロールにしている。
さぞややり難いことだろう。
可哀そうではあるが、これもシャルロットのためだ。
「お父様、お父様!! 少し、来てもらえませんか?」
「構わないが……一体、どうしたんだ?」
シャルロットについて考え事をしていると、当の本人に声を掛けられた。
この子はとても分かりやすい。
考えていることが全て猫耳と尻尾に出るからだ。
今もピクピクと猫耳が動き、尻尾がグルグルと回っている。
本人は全く気が付いていないことが、面白い。
「ふふん、見せたいものがあるのです」
そう言われて中庭に連れられる。
そこには山のような洗濯物があった。
……嫌な予感がする。
「この洗濯物は、何だ?」
「ふふ、見ててください」
シャルロットの体から魔力が膨れ上がるのを感じた。
相変わらず、我が子ながら恐ろしくなるほどの魔力量だ。
シャルロットは魔術で井戸から水を汲みあげた。
大きな水の塊が空中をプカプカと浮かぶ。
さらに魔力が膨れ上がる。
浮遊の魔術とは別の魔術を発動させたようだ。
シャルロットは当たり前のようにやってはいるが、異なる魔術を同時に使用するのはかなりの高等技術だ。
この子はそれを分かっているのだろうか?
……多分、分かっていないんだろうな。
「何をしている?」
「水をお湯に変えているんです」
「熱魔術か……」
熱魔術は特に繊細な操作が必要となる分野である。
少なくとも十歳の女児が使いこなせる魔術ではない。
水をお湯に変えたシャルロットは、そのお湯の塊に洗剤を投入する。
そしてまた別の浮遊魔術を使い、洗濯物をお湯の塊の中に放り込んだ。
すると洗濯物がお湯の中を踊るように泳ぐ。
ここまで来たら、さすがの私もシャルロットが何をしているのか分かった。
……洗濯だ。
この子は高度な魔術を同時並行でいくつも扱いながら、洗濯をしているのである。
「(何という才能の無駄遣いだ……)」
私はどこから突っ込めば良いのか、判断に迷った。
いつの間にか習得していた複数の魔術の同時使用か、高度な熱魔術による熱操作か、それともそれを使って洗濯をしているところか。
とりあえず、許可を取らずに勝手に家事をしていることを咎めなければならない。
「シャルロット、許可を得ずに家事をするなと言っただろ?」
「魔術の鍛錬ですよ」
……まあ確かにそうとも言えるかもしれない。
だがシャルロットにとってはきっと魔術の鍛錬が次いでであり、本当の目的は洗濯そのものであろう。
「このやり方なら手も荒れませんし、大量の洗濯物を一度に片づけられるのです!」
「しかし洗濯物が痛むだろう?」
するとシャルロットはニヤリと笑った。
猫耳が自慢げに揺れ動く。
「ふふふ……お父様。合計十本しかない指と、水流。どちらの方が細やかな動きができるとお思いですか? 水流を操り、個々の洗濯物を必要最低限濯ぎ、揉み洗いをすることで、手で洗うよりもはるかに清潔に、そして洗濯物を洗うことができるのです! しかも水も最小限度しか使わないので、エコ! 洗濯機と手洗いの良いところだけを集めた、夢の洗濯方法なのです!!」
後半は何を言っているのか分からなかったが、才能を無駄遣いしていることだけは分かった。
水流と指、どちらの方が細かい動きができるかだって?
指に決まっているだろう。
確かに水流なら理論上は指よりも細やかで繊細な動きをすることができるかもしれないが、現実として、生まれ持った手先と魔術で操る水流では前者の方が圧倒的に動かしやすい。
私は改めて洗濯物を見る。
なるほど、確かに洗濯物によって動く速度が違う。
材質によって力加減を繊細に使い分けているようだ。
……これが普通の魔術師なら、すでに洗濯物はビリビリに破れているだろう。
こんなこと、普通の人間なら脳味噌がいくつあっても足りない。
シャルロットの脳力が常人よりも遥かに優れていることは明白だ。
私は再びシャルロットに視線を移した。
キラキラとした目でこちらを見ている。
猫耳がピクピクと動き、尻尾が忙しなく動いている。
褒めて、褒めて!
と、全身でアピールしている。
可愛い、可愛いんだが……
心配だ。
この子は確かに天才だし、神童だ。
だが同時に抜けているところがある。
言い方は悪いが、アホなところがある。
自分はしっかりしていると思っているのが、より質が悪い。
今だって、自分がどれほど凄いことを、常識外れなことをしているのか分かっていない。
心配で仕方がない。
しかも最近、こっそり真夜中に抜け出して魔物と戦っているみたいだ。
問い詰めると涼しい顔をして誤魔化すが、猫耳と尻尾が素直なのですぐに分かる。
メイド服を着た、猫耳の金髪縦ロールの少女なんてシャルロット以外存在しないのに誤魔化せると思っている辺りもアホだし、何よりそんな危険なことをするのもアホだ。
そういうところも可愛いなと思うときもあるが、やはり親としては心配だ。
「さすがだ、シャルロット。本当にお前は凄い。だがな……それが悪いとは言わないが、もう少し自覚を持てというか、一般常識をだな……」
私は丁寧に、シャルロットがどれほど凄いことをしているのかを教えてやる。
聞き分けは良い子なので、教えたことはちゃんと理解してくれたのか「うんうん」と頷く。
「分かったか、シャルロット」
「分かりました。……でも便利だから良いじゃないですか」
「あのな、シャルロット。この世には洗濯をしたがる公爵令嬢なんていないんだよ」
便利だとか、手が汚れないとか、キレイに洗えるとか……
そういう問題ではない。
公爵令嬢が洗濯をする。
その一点がおかしいのだと、教えてやる。
が、これには納得がいかないようで口では「分かりました」とは言っているが、猫耳と尻尾は大そう不満そうだ。
この分だと隠れてやるだろう。
普段はカリーヌの遺言があるが、この洗濯は「魔術の訓練」という大義名分がある。
(本当に大丈夫なのだろうか? この子は)
私は心底、シャルロットの将来が心配になった。
>>タイトル
そりゃあ、親なら頭抱えるよ
>>姫君は、お嬢様は天才、神童です。
ハイスペックなお姫様。できないことは基本的にないです。
>>もしこの子が一人っ子ではなかったら、聖職者にでもさせるのが良いのかもしれない。
……もしあの時のあれを断っておかなければ、聖女になれたかもしれないと思うと、少し惜しいと思うこともある。
詳しい説明は後でしますが、この世界で一番偉いというか社会的・学歴的に上なのは聖職者。
聖女には……うーん、万能姫聖女メイドですか、詰め込み過ぎですね。
>>こんなこと、普通の人間なら脳味噌がいくつあっても足りない。
シャルロットの脳力が常人よりも遥かに優れていることは明白だ。
例えるならば、滅茶苦茶難しい数学の問題(東京出版難易度D相当)を暗算で解きつつ、超高性能カラオケマシーンで満点が出るような完璧な歌を歌いながら、両手両足に四セットの一メートルほどの箸を持って、神経と神経を縫い合わせる手術をするくらいには器用なことをしています。