第26話 口では嫌だと言っているが……ぐへへへ、体は正直じゃねえか。やっぱり俺と結婚したいんだな? ……なーんてされちゃったら、どうしよう? キャー!!
「思ってた以上に田舎だなぁ」
「姫様、そのようなことは言ってはなりませんよ」
「まさか、本人に直接言ったりはしないよ」
私とマルグリットは少数の護衛と共に、モンモランシ伯のお屋敷に辿り着いた。
お屋敷は農村のど真ん中に、場違いのように立っていた。
モンモランシ伯領は絵に描いたようなド田舎であり、一面畑・畑・畑だった。
まあ物静かで研究はし易いのかもしれないけどね。
「それにしても農奴制なんだね」
「姫様、あまり他家の統治方針に対して口を出すのはよろしくありませんよ」
「別に悪いなんて一言も言ってないじゃん」
モンモランシ伯領は今時、少し時代遅れな農奴制が残っているようだった。
農奴、というのは土地に縛られて領主の権力に従属する農民たちのことを言う。
平民と奴隷の、丁度中間のような存在だと思ってくれればいい。
最近ではどこの領も貨幣経済が浸透した結果、農奴が金持ちになり……
領主から土地を購入し、自作農となるという流れが起きている。
まあ時代遅れとは言ったが、ガリア王国ではまだまだ農奴制が残っている地域は多い。
そんなに珍しいことでもない。
それにぱっと見、農奴の生活環境は良い……とはいえないが、劣悪というほどでも無さそうだ。
馬車から降りて屋敷の門まで歩いていく。
槍を持った二人の門番が私たちに対して一礼した。
「シャルロット・カリーヌ・ド・モンモランシ・ド・ラ・アリエ様でいらっしゃいますね? お話はお館様から聞いております。どうぞ、お入りください」
私は軽く会釈してから門を潜る。
護衛たちには門の前で待ってもらう。さすがに武装した兵士、それもイルハム枢機卿の私兵を屋敷の中に入れるわけにはいかない。
門を潜った先は庭があり、その向こうに屋敷の出入り口、正門があった。
その前にはロラン伯父様が待ち構えていた。
「よく来てくれた、シャルロット。さあ、中に入ってくれ」
ロラン伯父様は大袈裟に手を大きく広げ、私を歓迎した。
応接間に通され、ソファーを勧められる。
私とロラン伯父様がソファーに座るのを見計らうように、メイドさんがアイスティーを置いた。
うん……七十五点。
「改めて、お招き下さりありがとうございます。伯父様」
「いやいや、無理を言って来てもらったのは私の方だからね。お礼はむしろ私が言わなくてはいけないだろう」
まあ別に暇だったので、無理でも何でもないんだけどね。
「しかしシャルロット、今日はメイド服ではないんだね? いや、よく似合っているよ」
「……ありがとうございます」
あまり嬉しくはないが、一応嬉しそうに笑っておく。
今、私が着ているのはマルグリットが選んだイチオシの外行きの服だ。
「ところで……もしかした化粧もしているのかな?」
「よくお分りですね」
「普段よりも大人っぽく見える……ああ、無論、していなくても君は十分魅力的だと思うが」
私はするつもりは無かったのだが、マルグリットに捕まり、強引に化粧を施されたのだ。
まあ化粧といっても、本当に軽くだけど。
別にロラン伯父様に会うのに、そこまでお洒落する必要もないと思うのだけど、マルグリット曰く「身嗜みは大切です!」だそうだ。
面倒くさい。
「あのドラゴン、えーっとブレーメンだっけ?」
「ブーメランです」
「そうそう、そのブーメランくん……ちゃん? はお留守番かな?」
「はい。最近は少しだけなら私から離れても大丈夫になったので」
今頃はお屋敷でメイドさんたちと遊んで貰っているだろう。
もっとも寂しがり屋なのは相変わらずだから、早く戻ってあげないといけない。
夜泣きも完全に治っているわけじゃないしね。
「……ところでどうして家出なんてしたんだい? 何か、嫌なことでもあったのかな?」
「まあ、それなりに」
口に出すのも何となく嫌だったので、適当に答えて置く。
まあ思春期の女の子が家出するのはさほど珍しい話でもあるまい。
「ふむ、そうか……」
ロラン伯父様は目を細めた。
そして紅茶を飲んでから、身を乗り出した。
「シャルロット。今日、君に来て貰ったのは重要な話があるからだ」
「はい。何でしょうか?」
何となく、予想はできているけど……
「君と私の、縁談だ」
「へぇー……」
やっぱりそう来たか。
しかし割とストレートに切り出したね。
「案外、驚かないんだね」
「うーん、まああり得ない話でもないですし。客観的に見て良縁じゃないですか?」
実は私とロラン伯父様の結婚は、政治的に考えるとさほど悪い話でもない。
貴族の結婚というのは、実は大きなリスクが存在する。
その一つが所領の分散、及び爵位等利権の請求権の移動だ。
最たる例はアンディーク家とアルレリア家である。
知っての通り、アルレリア家はガリア王国の王冠を継承している一族だ。
一方アンディーク家はガリア王国のアンディーク伯爵家と、アルビオン王国の王冠を継承している。
この両者には血縁関係が存在する。
つまりアンディーク家にはガリア王家の王冠を請求する権利があるのだ。
そして実際に王位を請求し、そしてそれが拒絶されたことを理由に戦争が発生した。
これが先のガリア王国の内戦の概要である。
これと同様のことが私と私の結婚相手に発生する可能性は十分にあり得る。
まあ自分よりも遥かに家格の低い相手と結婚すれば、その相手の家に喧嘩を吹っ掛けられるということもなくなるが……
それはそれで家柄が釣り合わないという問題が生じる。
同じくらいの家柄、同じ程度の実力の家と結婚したいが……
同時にまた相手に請求権を与えたくない、というジレンマが生じる。
その点同族同士の結婚ならば問題無い。
同族同士であれば家柄や家格は同じ程度で釣り合うし、加えて請求権が他の一族に渡ることもない。
場合によっては分割相続で分散してしまった所領を、一つに集めることもできる。
メリットは多い。
私とロラン伯父様の場合、錬金術師同士の繋がりもある。
それにロラン伯父様はガリア王、アルレリア家と繋がりが深い。
ガリア王からすれば意図が測りにくいモンモランシ侯爵(選教侯)を、ロラン伯父様という楔で押さえることもできる。
ロラン伯父様はああ見えて他の貴族からもそれなりに信用されており、そしてまたその経営手腕も確かであるため、もしかしたらモンモランシ侯爵家の莫大な借金返済の目処が立つかも……と周囲は思うだろう。
と、以上は客観的に見た場合の話である。
「ここに保護者からの同意もある」
「へぇ……あの二人が」
ロラン伯父様は私に一枚の書類を見せた。
私の保護者、財産管理人であるジョゼフ様の署名がばっちりと書いてある。
あの人が私を手放すとは……
腹パンが効いたのかな?
しかし思った以上に外堀が埋められている。
「そういうわけで、話を進めて良いね?」
決定事項だと言わんばかりにロラン伯父様はことを進めようとする。
それに対し、横から見ていただけのマルグリットが口を挟んだ。
「お、お待ちください! 姫様はまだ十三歳。そのようなこと、勝手に決められては困ります」
「ふむ、君はシャルロットの何なのかね?」
「そ、それは……」
マルグリットは答えに窮した。
マルグリットはただの使用人でしかない、それも……今はイルハム枢機卿の使用人だ。
この話に口を挟んで良い立場ではない。
だから……
「マルグリット、少し黙ってて」
「……はい、姫様」
私はマルグリットを制した。
そして姿勢を正し、ロラン伯父様に言う。
「単刀直入に言わせて頂きます。私はあなたと結婚する気はありません」
こういうのははっきり言った方が良い。
曖昧に濁すと、事態が拗れる。
今までの流れから、私の返答は少し予想外だったのか、ロラン伯父様は眉を上げた。
「……理由を聞かせて貰っても? 君も悪い話ではないと、言ってくれたじゃないか。無論、今すぐ結婚するという話ではない。最低でも君が十五になり、成人してから……君が望むならばいくらでも待とう」
「お心遣い、ありがとうございます。……ですがそれでも私はあなたと結婚できません」
私は首を大きく横に振った。
そして理由を言う。
「私とあなたは、伯父と姪なので」
「……珍しい話でもないと思うが。それとも忌避感があるのかね?」
「いえ、別に忌避感はそこまでありませんが……」
伯父と姪くらい離れているなら、ぶっちゃけ他人かなーと正直思う。
だが……
「近交弱勢を知っていますか?」
「……やはり、それが理由か」
予想はしていたようだ。
やはりモンモランシ家、ある程度、私たちの事情は分かっているらしい。
「分かっているなら、ご理解して頂きたい」
「ふむ……私はカリーヌから、君は『賢者の石』を錬成することができる存在だと聞いた。ならば次の世代にまで、そのようなことをする必要はないのではないかね」
そこまで知っているのね。
確かに、それもそうだ。
私の体は賢者の石の錬成に耐えることができるだろう。
ただしそれは理論上のお話。
「何が起こるか、分かりませんからね。念には念を、というやつです。……ただ、実はもう一つ、結婚をお断りする大きな理由があります」
「……それは何かね」
私は肩を竦めた。
「単純にタイプじゃないんです」
「……」
ロラン伯父様は一瞬、呆気にとられたように固まった。
……どうやらフラてるとは思っていなかったようだ。
でもさ、惚れ薬持ってくる男っていくらイケメンでも嫌じゃない?
それに……
「私、筋肉質な男性が好きなんです。伯父様は少し、ひょろひょろし過ぎかなと」
「……これは参ったな」
ロラン伯父様は頭に手を置き、天井を仰ぎ見た。
そして困ったように笑う。
「これでもモテてる方だったんだがね」
「まあ人には好き好みがあるので」
私がそう答えるとロラン伯父様は溜息を吐いた。
「仕方がない。……このまま無理強いしても、君はうんと頷いてくれないだろうね」
「はい。無理強いなんてされたら、嫌いになってしまいます」
私がそう答えるとロラン伯父様は肩を竦めた。
「仕方がない。諦めよう」
ロラン伯父様はそう言って立ち上がった。
そして小さな声で呟く。
「言葉で説得するのはね」
その瞬間、私は体が宙に浮くのを感じた。
上を見上げると、そこには笑みを浮かべるロラン伯父様と驚いた表情を浮かべたマルグリットがいた。
ロラン伯父様の声が上から響く。
「落とし穴だ。しばらくそこにいて貰おうか」
「ひ き ょ う も の ぉおおおおお!!!!!!」




