第24話 な、何だって!! そんな事実があったなんて……私、ちっとも知らなかった……ということはないです。
私、ロラン・ド・モンモランシはルテティアの小さな屋敷で生まれた。
母はナディア・カリーヌ・ド・モンモランシ。
父はイスマイル・ファールーク・マタル・ド・モンモランシ。
母親であるナディアはガリア貴族、モンモランシ侯爵兼、神聖諸侯の一角モンモランシ選教侯。
父親であるイスマイルは東方の聖騎士の息子で、ルテティア大司教区に努める司教の一人であった。
家柄は悪くはなかったと思う。
母方のモンモランシ家は知る人ぞ知る、名門中の名門。
父方は……決して良いとはいえないが、司教という地位は社会的なステータスが高い。
ただ家柄の割には生活はそこまで良くなかった。
無論、一般的な平民の家よりははるかに良い暮らしをしていた。
今まで貧しさを感じたことも、一度もなかった。
だが母方のモンモランシ家には莫大な借金があり、本来あるべき広大な領地を事実上奪われていた。
だからルテティアの屋敷も借家だった。
私よりも遥かに貧しい者、惨めな者がいることは知っていたが……
土地なし貴族と揶揄されれば悔しかったし、大きくプライドも傷つけられた。
さて私には妹が一人いた。
カリーヌ・フランソワーズ・ド・モンモランシ。
私の目から見ても、十分優秀な子だった。
その才に嫉妬したことはあったが、それでも私は彼女のことが好きだった。
カリーヌは次期モンモランシ家当主だった。
モンモランシ家は不思議な家で、代々女系の女性当主がその家柄と血、錬金術を継いできた。
最初は大して疑問に思わなかったが、他の貴族の友人ができるにつれて疑問を抱くようになった。
なぜ、私が後継者ではないのだろうかと。
他の家は男児が、長男が継ぐのに。
嫉妬四割、純粋な疑問六割といった感じだろう。
私はカリーヌに強い嫉妬を抱いていたが、同時に妹としても愛していたし、同時にモンモランシ家の莫大な借金を相続させられることに同情していた。
私は母であるナディアに尋ねた。
何故、モンモランシ家の家督は女性が相続するのかと。
母はしばらく悩むように黙ってから、答えた。
「男性ではモンモランシ家の〝釜〟を継承できないからよ」
モンモランシ家の錬金術には二つの疑問、特異な点があった。
一つは〝釜〟が存在しないこと。
錬金術には絶対に〝釜〟が不可欠である。
エリクサーを錬成できるレベルのモノになると、それはかなり巨大な、オリハルコン製の、補助釜が無数に直列・並列した高性能の〝釜〟でなければならないだろう。
もう一つは妹であるカリーヌは錬金術の勉強を一切していないということだ。
彼女は物心ついた時から母の研究に協力し、助手として働いていたが……ついぞ教えを受けているところは見たこと無かった。
私は母ナディアと妹カリーヌの二人から錬金術の手ほどきを受けたが……
傍目から見て、母と妹の技量は同じか、もしくは妹の方が優っているように感じられた。
……当時、妹は八歳だった。
いくら妹が天才とはいえ、その実力の高さは明らかに不自然だった。
才能だとか、努力だとか……そんなもので片付けられるような代物ではなかった。
まるで生まれた時から錬金術師であったように見えた。
私はその疑問を口にし、母と妹に尋ねたが……
はぐらかされてしまった。
ただ、明らかに隠していることだけは確かだった。
私が二人への追及を諦めてからしばらくした後、家族揃って湖に遊びに行く日があった。
母と妹の水着姿を見るのは、少々気まずいものがあった。
人間の見た目や寿命は、体内に宿す神秘量で決まる。
母は莫大な量の神秘をその身に蓄えていたから、三十過ぎているのにも関わらず十代後半のような見た目をしていた。
神秘量に関しては普通の人間と同じだった父は、嬉しそうで、しかし悲しそうな表情を浮かべていた。
私は平均よりは上だったが、母には敵わなかったし……
そしてまたそんな母よりも神秘量で優る妹には、到底及ばなかった。
漠然と、二人は私や父よりも長生きするんだろうなと思った。
その時、水遊びをする二人の下腹部にはタトゥーのようなものがあった。
それはモンモランシ家の家紋だった。
その時は当主の証なんだろうなと、適当に思っていたが……
今、思えばそれはただの家紋ではなかった。
あの時の私は魔導に関する知識が無かったが……今なら分かる。
あれは魔法陣だ。
より正確に言えば、錬金釜の外側に刻み込み、錬金釜の内側に刻み込まれた錬成陣を修復したり、調整したりするための魔法陣だ。
五芒星は魔導学的には『子宮』のメタファーである。
そして二人の魔法陣は、その子宮の真上にあった。
それの意味することはつまり……
モンモランシ家の錬金釜は『子宮』である、ということだ。
ああ、そうだろう。
それでは男が継ぐことができないのは、当然だ。
そしてモンモランシ家の錬金釜が『子宮』であることは、もう一つの疑問の答えでもあった。
何故、カリーヌは私と比べてずば抜けて優秀なのか。
そしてなぜ、まるで生まれながらの錬金術師であるかのように、誰にも習っていないのに錬金術に長けていたのか。
答えは簡単だ。
妹はホムンクルスだったのだ。
母、ナディアの胎内で錬成されたホムンクルスであったのならば全ての説明がつく。
おそらく、受精卵の段階から調整を受けたのだろう。
エリクサーを錬成可能な錬金釜として機能し得る量の神秘を宿すように。
子宮が錬金釜として機能するように、魔法陣と錬成陣を刻み込まれ。
そして技術を伝える手間を省くために、その胎内でモンモランシ家の技術を伝えたのだ。
おそらくだが、母もホムンクルスだったのだろう。
そしてその祖母も。
そのまた祖母も。
……もしかしたらモンモランシ家の祖すらも、ホムンクルスだったのかもしれない。
モンモランシ家という家は、そういう家だったのだ。
もっとも私がそれに気付いたのは、私が十五歳となり、成人し、とある功績によってガリア王国から伯爵に任じられた後だったが。
はっきり言って、モンモランシ家の錬金術は狂気の発想だ。
他人ではなく、我が子を錬成するなど……
私自身、そのとある功績、つまりある種の狂気に染まるまでは気付かなかった。
一緒に育った私が気が付かないくらいなのだから、他の錬金術師たちが気が付かないのも当然かもしれない。
だからこそ、モンモランシ家は生き残り続けたのだろう。
私がモンモランシ家の狂気に気付く切っ掛けを掴んだのは、私が十四歳の頃だった。
母が病に倒れた。
意外だなと思う一方で、ついにこの日が来たかとも思った。
モンモランシ家の当主は代々、その神秘量に対して、短命なのだ。
この時は理由が分からなかったが……
今なら、分かる。
『アナスタシアの五原則』の四番目。
『釜よりも高い純度の〝神秘〟を精製した場合釜は消耗する』
母ナディアは、己よりも高い純度の〝神秘〟である妹カリーヌを錬成したことで、消耗してしまったのだ。
モンモランシ家の錬金術師たちが軒並み短命なのは、これが理由だ。
自分よりも優れた釜を錬成することで消耗し、神秘そのものが損傷し、寿命が削られて、死んでしまう。
それが理由だ。
少し話が逸れた。
私が狂気に気付く切っ掛け、それは死の淵にいる母との会話だった。
私は尋ねた。
「母上、エリクサーを使えば寿命を伸ばせるのでは?」
当然の問いだった。
しかし母は答えた。
「私の寿命はエリクサー程度では、治せないわ」
この時、その理由は分からなかったが……
今なら分かる。
つまり〝釜〟として消耗しきってしまっているため、エリクサーでは修復できないということだった。
「母上、エリクサーを売れば借金を返せるのでは?」
「お金なんて、どうでも良いじゃない」
お金なんて、どうでもいい。
なるほど、生粋の、古き良き錬金術師らしい回答だった。
モンモランシ家にとっては、エリクサーは賢者の石の失敗作でしかないのだ。
「そうまでして、どうして賢者の石を錬成するのですか? そもそも賢者の石はどうやって使うのですか?」
何のために。
どうして。
どうやって。
それに対する答えは、こうだった。
「さぁ?」
この時、私の背筋に一瞬冷たいモノが走った。
というのも母ナディアはまるで「なぜそんなことを聞くのか」とでもいうように、質問の意図がまるで理解できないとでも言いたげな表情だったからだ。
十五歳となり、私自身もある種の狂人になり、そしてモンモランシ家が代々やってきた所業について気付いた時……
その寒気の正体が分かった。
モンモランシ家には、目標はあっても目的がない。
賢者の石を作るという目標はあるが、それで何かをしたいという目的がない。
狂っている。
我が子をホムンクルスに錬成する、それだけの狂気を行うに足る理由が、一切ない。
この私ですらも、金と名誉という目的があるのに!!
さて成人を迎え、私はある研究に没頭するようになった。
妹のカリーヌとは時折、その研究のアドバイスを貰いに行った。
「兄さん、そんなことをしているの? 教会にバレたら面倒なことになるわよ! それにそんなことをして許されるはずが……」
「それはお前には、言われたくないな」
そう言うと、カリーヌは黙った。
そして尋ねてきた。
「どこまで、知ってるの?」
「どこまでというのが、どこまでなのかは分からない。ただモンモランシ家がイカれていることくらいさ」
「そう……」
ある意味、互いに弱みを握り合うような関係でもあった。
兄弟の情もあったこともあり、妹は何だかんだでアドバイスをくれた。
もっとも私の研究に直接手を貸すことも、また資金を提供してくれることもなかったが。
それからしばらくして……
妹がラ・アリエ公爵と結婚した。
随分と良い男を捕まえたもんだと、思った。
結婚して暫くしてから、妹は妊娠した。
私は久しぶりに妹の元を訪れた。
ラ・アリエ公爵は大変、人格が優れた人物で、私を快く迎えてくれた。
私が研究について話したら、どんな顔を浮かべるだろうか。
モンモランシ家の狂気について、教えてやろうか。
とも思ったが、妹の幸せに水を差すのもどうかと思ったので控えた。
「ああ、兄さん。来てくれたのね」
思ったよりも、妹は幸せそうだった。
私は尋ねた。
「その子は女の子か?」
「そうよ」
「次期後継者か」
「そうなるわね」
やはり妹も同様の狂気に犯されているようだった。
「ラ・アリエ公爵、良い人だな」
「そうね。私には勿体無いくらいには」
「全くだ。……お目当ては『神秘修復Ⅳ』か?」
私が問うと、カリーヌの顔が強張った。
やはり私の仮説は正しかったようだ。
一般的に貴族というのはその貴族階層どうしで結婚することが多い。
親戚同士で結婚することもよくある。
高貴な血を保つためであり、また所領の分散を防ぐためだ。
そして……これは一般的な話だが、普通は同じ国の者どうし、同じ種族どうしで結婚する。
だがモンモランシ家は違う。
モンモランシ家の女性当主は親戚どうしの結婚は絶対に避けているし、加えて外国人、または他種族と結婚する傾向が強い。
事実、母ナディアはガリア出身のエルフだが、父イスマイルは外国人の上に人族だ。
モンモランシ家は雑種強勢・近交弱勢を心得ているのだろう。
そしてまた……モンモランシ家は結婚相手の『神秘体質』を重視する。
『神秘体質』は遺伝する傾向があるからだ。
事実、モンモランシ家の女性当主は皆、今までの婚姻によって蓄えた数多くの『神秘体質』を保有している……らしい。
私も母ナディアや妹カリーヌが、何を、どれくらい保有しているかは知らない。
「やはり『神秘体質』が目当てだったか。お前もつくづく、モンモランシ家だな」
「……そうね。でも、言い訳させて。兄さん」
カリーヌは自己嫌悪するように言った。
「私はあの人のことを愛している。それに……結婚を申し込んだのもあの人の方よ」
「惚れ薬でも使ったか?」
「使ってないわよ。……それにあの人も、まあ全部は話せないけど、ある程度知ってる。結婚を決めた理由の一つに『神秘体質』があったことも、伝えた」
これはさすがに以外だった。
世の中には随分と、度量の広い男性がいるものだ。
「それにこれは、この子のためなのよ?」
「どういうことだ?」
「神秘修復レベルⅣの体質を持っていれば、『賢者の石』を錬成しても生きられる」
カリーヌは目を細めた。
そして私に言ったのだ。
「この子は歴代モンモランシ家、最高傑作の錬金釜となるでしょうね。モンモランシ家、三千年の技術の結晶、到達点。賢者の石を錬成し得るに足る神秘、それを輔佐し得る数々の『神秘体質』を保有している。魂も強固なものを選んだわ。この子は『賢者の石』を錬成できる。できるのであれば、錬成しなければならない。それがモンモランシ家の呪縛だからね」
呪縛ね……
記憶や知識を胎児の段階で刻み込むことができるのだ。
『賢者の石を錬成しなければならない』という意思を伝えることも、可能なのだろう。
「でもこのままだと『賢者の石』を錬成した後、この子は死ぬでしょうね。『アナスタシアの五原則』の第四原則に逆らえるわけがない。……でもそれではあまりにも可哀想。だから……」
「レベルⅣ相当の、釜を回復させることができる『神秘体質』が必要ということか。……一応聞くが、エリクサーでは無理なんだな?」
「無理よ。エリクサーはその錬成者には効果を発揮しないからね」
「だろうな」
万能の霊薬と呼ばれるエリクサーにも限界がある。
その寿命そのもの、神秘が損傷してしまえば、それを癒す手段はない。
だが……
「それは『神秘修復Ⅳ』でも同じではないか?」
「……レベルⅣ、相当ならばね」
「……まさか、Ⅴ相当の子を産むつもりか? そんなことをすれば、短いお前の寿命はさらに削れるぞ。そもそもそんなこと、可能なのか?」
私が尋ねると、カリーヌは笑みを浮かべた。
「こんな宿命を背負わせて、無理やり産むのよ? これくらいは親として、当然でしょう」
「……なるほど」
カリーヌ自身も、モンモランシ家の狂気と呪縛を背負わされて思うところがあったのだろう。
まあカリーヌが自分で決めたことならば、私も特に文句はない。
「ねぇ、兄さん」
「なんだ?」
「私が死んだ後、この子を任せて貰える?」
私はこの時、こう答えた。
「私の研究に役に立つのであれば、な」




