第21話 こんなところであなたに会うなんて!! って、人生長いとよくあるよね。思い出話に花が咲いちゃう。え? 誰に出会ったって? それは本編をどうぞ!!
「というわけで義理の叔父がキモかったので家出してきました」
「それはまた、大変だったな。無事で何よりだ」
イルハム枢機卿は自分の屋敷に私を上がらせてくれた。
何というか、さすがに強姦魔と同じ屋根の下に住みたくなかった私は翌日、家出した。
一応アナベラお嬢様には「やはり居心地がよくない」と伝えてある。
あなたの父親に強姦されかけました、というとアナベラお嬢様と強姦魔の関係が修復不可能なレベルになりそうなので、さすがに言えなかった。
うーん、まあ社会正義的には言った方が良いような気もするんだけど……
さすがに私も責任が持てない。
家出したは良いが、良く当てが特になかった私はイルハム枢機卿の屋敷に転がり込んだというわけだ。
来たことは無かったが、住所だけは知っていた。
尚、さすがにメイド服で「たのもう! イルハム猊下はいらっしゃるか!!」とやると追い払われる可能性があったので、今回はバッチリスーツを着てきた。
ついでに知的に見えるように伊達眼鏡も掛けている。
「しかしその恰好だと賢そうに見えるな」
「やだ、私はいつも|かしこいかわいいシャルロット《KKC》ですよ」
「口を開くとアホに見える」
失礼な。
私はクイっと、眼鏡を中指で上げて見せる。
「っふ」
鼻で笑われた。
最近、イルハム枢機卿の私へのアタリが強い気がするのは気のせいか。
「ところで私の屋敷以外、転がり込めるところはないのかね?」
「強姦されかけたので家出しました、って言えるところはイルハム枢機卿くらいですね」
「……まあ、それもそうか」
そもそも私が強姦されかけた証拠がない。
証拠がない以上は、例え裁判になったとしてもジョゼフ様が勝つだろう。
適当な理由を付けて家出したしょうもない不良少女と思われるのがオチだ。
「しかし本当に大丈夫……まあドラゴンを倒せる君に聞くまでもないか」
「ぴぃ!」
何故かブーメランが返事をした。
まあ実際、指一本もジョゼフ様は触れられなかったわけだが。
「しかし最近の貴族の質の低下は困ったものだ」
「教会としてはむしろ、都合が良いのでは?」
「まさか。教会とて、統治の全てを担うことはできない。秩序の維持には貴族の協力が不可欠だ、と私は思っているよ」
『私は』思っている。
つまり教会の中にはそうは思っていない派閥もいるということか。
でも確かに、いきなり貴族階級がごっそりいなくなったら大変そうだ。
何だかんだで治安維持なんかは諸侯・騎士がやってるんだし。
「……そうそう、この屋敷に滞在するならばいくつか条件がある」
「そんな、イルハム枢機卿のエッチ……」
「……」
「すいません、冗談です」
冷たい目で見られたので、慌てて言い繕う。
「メイド服で働くのはやめたまえ」
「ええ! なんでですか!」
「君、イルハム枢機卿は客人の女子生徒にメイド服を着せて働かせているという醜聞を立たせる気かね」
「今更では?」
イルハム枢機卿が風俗にのめり込んでいるのは、もうルテティア市の主婦たちの間では常識となっている。
「とにかく! 働かないでくれ」
「はぁ……仕方がないですね」
居候させて貰う身であまり贅沢は言えない。
こればかりは仕方がないと諦めよう。
「イルハム猊下、お客人が来たとお聞きしましたが……その方ですか?」
私とイルハム枢機卿が話していると、中年のメイドさんが現れた。
あれ、この人……
「もしかしてマルグリット?」
「……姫様、シャルロットお嬢様ですか?」
中年のメイドさん……マルグリットが目を見開いた。
正直、私も驚いている。
まさか、こんなところで出会えるとは。
「ふむ、知り合いかね?」
「知り合いも何も、以前ラ・アリエ公爵家で働いていたメイドさんです。私の家庭教師でもありました」
私がそう説明すると、イルハム枢機卿は「なるほど……」と呟く。
そしてマルグリットに対して、どういうわけか穏やかな目で言った。
「……大変だっただろう」
「それは、もう……大変でした」
「いやいや、私はかなりお利口さんの方でしょ」
私ほど手の掛からない子供はそうそういないと思う。
だって掃除まで自分でしてくれるんだよ?
私がそう主張するとマルグリットは溜息を吐いた。
「お変わりないようで、良かったです……はぁ」
嬉しそうで、嬉しくなさそうな……
そんな表情を浮かべる。
うん、人の気持ちって複雑で全然分からない。
「姫様、今までのことをお聞きしてもよろしいですか?」
「うん、まあ後でね。取り敢えず着替えたい」
カッコつけてスーツを着てきたは良いが、やはり少し窮屈な感じがする。
「ふむ、まあそろそろ夕食の時間だ。風呂にでも入ってなさい。その後、食事を取ろう」
「いろいろ、ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」
「気にすることはない。聖職者としての、当然の職務だ」
家出娘に加担するのは当然の職務なのだろうか?
と思ったが、下手なことは言うまいと口を閉じた。
「ふむ、君は私の話を聞いていなかったのかな?」
お風呂から出て、着替え終えた私に対してイルハム枢機卿は言った。
頭痛がするようで、こめかみを抑えている。
大丈夫かな? 働きすぎとか?
「メイド服は着るなと、言っただろう」
「そ、そんな……イルハム猊下は私に下着で過ごせと言うんですか……ぐす、分かりました。げ、猊下がそうおっしゃるなら、脱ぎます……」
「ええい、脱ぐな!」
ボタンを外しにかかった私を、イルハム枢機卿は怒鳴りつけた。
脱げとか脱ぐなとか、いろいろと注文の多い人だ。
「他の服はないのか?」
「ネグリジェならあります。ロリコンが欲情する感じの」
「……」
ピンク、黄、青の三色を一着づつ持っている。
私のお気に入りだ。
「もしかして君は……」
「制服とスーツとメイド服しか持ってませんね」
「制服を着てきなさい」
「えぇ……」
「良いから!」
学校でもないのに制服を着なきゃいけないのかぁ……
面倒くさいなぁ。
と思ったけど、冷静に考えてみるとそもそも私、学校でも制服着てなかったわ。
さて制服を着替え終えた私は客間に向かう。
そこにはお金持ちの家によくある感じの、長い机があった。
イルハム枢機卿は私の手を取り、席まで案内してくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
椅子を引いてもらい、そこに座る。
こういう場では男性が女性をエスコートするのがマナーで、女性も男性の顔を立てるために従わなければいけないとされている。
まあたまにはこういう扱いも悪い気はしない。
「マルグリット君、君もこちらに来たまえ。積もる話があるだろう?」
「ありがとうございます、イルハム猊下」
マルグリットは机に近づいた。
一瞬、座るのかと思ったがさすがに座らないっぽい。
「まずシャルロット君」
「何ですか?」
「明日、私服の一着や二着、買ってきなさい」
「ええ……でも私、お金ないですよ?」
「私が出そう……出世払いで返してくれれば結構だ」
居候させてくれる上に服まで買ってくれるの?
やだ、凄い紳士。
「でもなんか、申し訳ないです」
「いつものお礼だ。……そもそも貴族がドレス一着すら持っていないというのは問題だろう」
いつものお礼?
……ああ、イルハム枢機卿にあげてるお菓子とか軽食とかか。
野良猫に餌付けする感覚だったから、完全に忘れていた。
「そうだ! このお屋敷、防音のお部屋はありますか?」
「防音? まああるにはあるが……」
「そこで寝泊まりさせて頂けませんか? ブーメランが夜泣きをするので」
「ふむ、まあ使わない時ならば問題あるまい」
夜中に起こされるのは困るからな、とイルハム枢機卿は許可をくれた。
何から何まで申し訳なくなってきた。
「ありがとうございます」
「本当に遠慮することはない。君一人の生活費程度、大きな負担にもならない。そんなものよりも君の身の安全の方が大切だ」
やだ、イケメン。
不思議と普段より二割増し、カッコよく見える。
そう思ったことを伝えると、イルハム枢機卿は一言「ありがとう」と言った。
イケメン、イケメンと持て囃されるのは慣れているんだろう。
なんか、腹が立ってきた。
「申し訳ありません……姫様。身の安全、とは何のことでしょうか? 今まで何があったか、聞いても宜しいでしょうか?」
「ふむ、考えてみれば私も君の半生については殆ど知らないな。一から、教えてくれないか?」
そうだね。
隠す理由もないし、養って貰う以上話さないのは失礼だろう。
それにマルグリットの気持ちもよく分かる。
「そうですねー、まあ取り敢えずお父様が行方不明になった辺りから……」
私は紆余曲折あった話を、食事しながら話す。
ここの料理人は腕が良いようで、大変美味しい。
さすが文化都市ルテティアで最大の権力者の屋敷。
これほど美味しいガリア料理は初めてかもしれない。
後でレシピを習おうかな……
「と、まあそんな感じで馬小屋で生活してたんですけど……、あ、すみません。葡萄ジュースじゃなくて葡萄酒にして貰えませんか? あ、弱いので良いんで」
飲み物をジュースから葡萄酒に変えてもらう。
やっぱりガリア料理を食べる時は葡萄酒じゃないと。
真紅の葡萄酒をシャンデリアの光に照らしてみる。
うん、良い色だ。
香りも良し。
ゆっくりと口に含むと芳醇な葡萄の香りと、繊細で上品な酸味と甘みが口内に染みわたる。
いやー、これ良いお酒だね。
ラ・アリエの屋敷で飲んだのよりも高そうだ。
「これ、ジルドゥ産ですか?」
「あー、すまない。私は葡萄酒の銘柄についてはあまり詳しくなくてね……」
「ジルドゥ産でございます、姫様。……お話の続きを聞いても?」
「まあ良いけど」
そこからは特に面白い話もない。
精々、ドラゴンを倒してくらいだろう。
全てを話し終えた頃には、何とも微妙な空気が漂っていた。
マスのムニエルが美味しい。
「ぅ……ぐぅ、ひ、ひめ、姫様……」
何か、泣き声が聞こえるかと思って声のする方を見たらマルグリットだった。
何で泣いているんだろうか?
そんなに感動的なエピソード、あったかな?
「……大変だったんだな、シャルロット」
「いえ、私はそこそこ楽しんでいたというか……」
「良いんだ、シャルロット。分かっている……」
何が?
何も分かって無さそうなイルハム枢機卿と、先程から泣き続けているマルグリット。
「姫様、申し訳ございません……わた、私が、私が頼りないばかりに……」
「?????」
よく分からない。
よく分からないけど……
確かなことが二つだけ、ある。
一つは口直しのソルベが美味しいこと。
そしてもう一つは今、私の前に出されたステーキがそれ以上に美味しそうだということだ。
幸せ太りしそう……
明日、運動頑張らないと。




