第20話 ペドフェリアは病気だけど、ロリコンは病気じゃないからね。大丈夫、安心して。あ、でも手を出したら犯罪者だからね?
「おはよう、シャルロット……今日も精が出るわね」
「ええ! 私が学園に行ってる間にこのお屋敷も随分と汚れてしまいましたからね」
私が床を磨いていると、寝ぐせで髪の毛がボサボサになったアナベラお嬢様が現れた。
そして私を見下ろし、溜息を吐く。
「……あなた、本当に好きなのね」
「アナベラお嬢様もやりますか?」
「……遠慮しておくわ」
アナベラお嬢様は溜息を吐いて、去っていった。
最初は私の掃除をやめさせようとしたアナベラお嬢様だが、最近は諦めたようだ。
まあこればっかりは私の趣味なのだから、やめるわけにはいかない。
「ふん! やっぱり骨の髄まで下賤の仕事が染みついているのね! あなたはそうしているのがお似合いよ!!」
丁度、通りすがったディアーヌ奥様は私を見下ろして悪態をついた。
帰宅して当初は掃除をしている私を見かけるたびに靴で私をお踏みになられたが、それを見かけたアナベラお嬢様に説教を受けて以来、私に悪口を言うだけになった。
最近、お屋敷ではディアーヌ奥様とアナベラお嬢様の冷戦が激化している。
その間をジョゼフ様がオロオロしているのが滑稽で、見てて面白い。
「メイド長! トイレの掃除が終わりました!」
下っ端メイドに声を掛けられた。
よく分からないが、最近私はこの屋敷のメイド長になったようだ。
何でも私がいなくなった後、いかに私の各方面の技術が素晴らしかったかに気付き、私にリスペクトを抱いたようだ。
あれだね、あれ。
無能だと思ってた会社員をクビにしたら、その人は実は縁の下の力持ちで、それがいなくなった所為で会社が大混乱!
とか
無能なパーティーメンバークビにしたら、その人(以下略)、パーティーが大混乱!
みたいなあれだ。
まさか私の身で起こるとは、思わなかった。
「舐めれるくらい掃除しましたか?」
「それはもう!」
「よろしい! あとで確認しに行きましょう」
私は今、メイドたちの教育に勤しんでいる。
学園に戻った後、この屋敷が再び汚れるような事態を避けるためだ。
シャルルお父様が帰って来た時に屋敷が汚れているようではお話にならない。
さて掃除を終えた私は厨房に向かう。
丁度、コックがマヨネーズを作っている最中だった。
「これはメイド長! 味見をして頂いても構いませんか?」
「良いですよ」
私はスプーンでマヨネーズを口に入れる。
……ふむ。
「どうでしょうか?」
「……八十点、ですね。悪くはないですが……しかしこれではアナベラお嬢様の舌を誤魔化せません」
「くぅ……」
コックは悔しそうな表情を浮かべた。
ここは激励してやらねば。
「確実に上達はしています……良いですか? 私が去った後、ディアーヌ奥様とジョゼフ様のためにマヨネーズを作るのはあなたなのです。頑張りなさい」
「はい、メイド長!」
コックはなぜか軍隊式の敬礼をした。
ここは私もそのノリに乗って、敬礼を返しておく。
現在、大喧嘩中ではあるがやはり親子の味覚は似るらしく……
ディアーヌ奥様とジョゼフ様もマヨラーになってしまった。
マヨラー一家、ここに爆誕。
その所為で目に見えて太っている気がするが、まあ悪いのは私ではなくマヨネーズだろう。
……もし私が「この調味料、考えたの私なんですよ!」と言ったらあの二人はどんな顔を浮かべるのだろうか?
少し面白そうだ。
「おい、シャルロット」
「……これはジョゼフ様。どうされましたか?」
ジョゼフ様はジロっとした目で私を見てきた。
前々から思ってたが、この人の私を見る目はかなりいやらしい。
今もほぼ私の膨らみかけの胸を凝視している。
ロラン伯父様の目当てはほぼ間違いなくモンモランシ家の技術で私の体には興味がない……つまり私の脳内ロリコン弄りは冗談なのだが……
この人は割とガチな感じがする。
まあ目つきがいやらしいとかで、犯罪者扱いするのはさすがにどうかと思うので、別に騒ぐつもりはないが。
見る分は自由だろう、見る分はね。
「……少し、来てくれ」
「……はい」
私はジョゼフ様の後に従う。
ジョゼフ様が私を連れてきたのは……カリーヌお母様の研究室だった。
研究室には例の「ただの料理本に見せかけた、錬金術の本、に見せかけた本当にただの料理本」が散乱している。
「この本のことだが……まさか、これは本当にただの料理本ではあるまいな!」
「そうですよ。だって料理のことしか書いてないじゃないですか」
何を言ってるんだと、私が答えると……
ジョゼフ様は私の肩を強引に掴んだ。
そして壁際に追い込む。
「エリクサーの錬成法を教えろ!」
「教えろ、と言われましても……知らないものは知らないですね」
「嘘をつくな!!」
と、言われてもあなたに本当のことを離す義理はないしなぁ……
「ロラン・ド・モンモランシが貴様を求めているということは、貴様が何かを知っているのだろう!」
「ロラン伯父様が?」
ふむ……
まあ、当然と言えば当然か。
私と結婚したいならまず、外堀から埋めるよね。
「じゃあ返答を変えます。話したくありません」
「やはり貴様、騙していたな!!」
「騙された方が悪くないですか? 素直に教えるわけないでしょう」
私がそう答えると、ジョゼフ様は手を振りあげた。
私はすぐに糸の結界を張り、ジョゼフ様の拳を待ち受ける。
だが……
「ピギッ!」
「ぎゃー!!」
ジョゼフ様は突然、絶叫を上げた。
視線を下に移すと、ブーメランがジョゼフ様のお腹の肉に齧り付いていた。
ナイス、よくやったブーメラン。
でも……
「それ、食べたらお腹壊すよ。放しなさい」
「ぴぎぃ……」
実際、あまり美味しくなかったのかブーメランは大人しく口を離した。
……そろそろ離乳食を食べさせた方が良いかもしれないね。
「じゃあ、私はいろいろ用事があるので、そろそろ行きますね」
「待て! 話は終わっていないぞ!!」
私は怒鳴るジョゼフ様を放って於いて、すぐにお仕事に戻った。
さてその夜のことだ。
「ぴぎぃ! ぴぎぃ! ぴぎぃ! ぴぎぃ!」
「あー、よししょし……良い子だね……」
バルコニーの上、満月の下。
私は夜泣きをするブーメランを寝かしつけていた。
今は防音魔術を使っているので声は漏れていないが……
泣き始めは大音量がこの屋敷中に響き渡っただろう。
正直、この点に関してはいろいろ申し訳ないと思っている。
「ぴぎぃ……」
「ふぅ、ようやく寝たか」
私も昔、こんな感じだったのだろうか?
あ、ちなみにここで言う昔というのは前世のことだ。
今世では前世の記憶があったため、夜泣きなどは殆どしなかったと思う。
私は部屋に戻り、ブーメランを寝床に戻す。
ついでにおへそを出して寝ていたアナベラお嬢様に布団を掛け直してあげる。
「……目、覚めちゃったな」
たまには一人で月見でもしようか。
私は厨房に行き、何か食べれるものを探す。
「チーズと……葡萄酒かぁ」
まあ未成年だけど良いか。
ガリア王国では十五歳以下の未成年はあまり酒を飲むのはよろしくない、という風潮こそあれどもそれを禁じる法律はない。
バルコニーに出て、葡萄酒をグラスに注いで口に含む。
……香りも味も、悪くない。
さすがお貴族様。
良いお酒を持っている。
炭酸ジュースにアルコールを添加しただけのような味がする、ストロン・グゼロとは味の質感が違う。
「不良になった気分だなぁ……」
ほろ酔いで月を見上げる。
前世もそうだったが、この世界の月も一つだ。
二つ、三つくらいあった方が面白いと私は思うんだけどね。
でも潮の満ち引きとかごちゃごちゃしそうだし、一つの方が良いのかもね。
この世界の月はどうやってできたんだろうか?
ジャイアントインパクト説と同じかな?
生憎、天文学はあまり詳しくない。
この世界の星座は前世の世界とはまるで違うため、前世の知識は殆ど役に立たない。
「たまにはこうやって、のんびりするのも悪くないね」
今、私はメイド服を着ていない。
さすがの私も寝る時くらいはメイド服を脱ぎ、ネグリジェを着る。
TPOというやつだ。
普段はすぐに寝てしまうが……うん、少し新鮮だ。
やっぱり人生は緩急が必要だね。
ふと、背後で音がした。
後ろを振り向くと、男が一人立っていた。
「ジョゼフ様?」
「こんな時間に何を……」
ジョゼフ様の視線が私に向いた。
その瞬間、ゾクリとしたものが背筋を走った。
私は慌てて糸の結界を作動させる。
ジョゼフ様の手が、私の胸に触れるか触れないかのところで止まった。
私はジョゼフ様の指を掴み、捻りあげる。
「この指で何を触るつもりでしたか?」
「いた、痛い! な、何をする! 放せ!」
「何をする、は私のセリフですけどね」
私はそう言ってジョゼフ様の腹を蹴りあげた。
ぐふぅ、と音を立てて崩れ落ちるジョゼフ様。
YES!ロリータ!NOタッチ。
の精神を知らないとは、ロリコンの風上にも置けない。
ロラン伯父様を見習え。
まだタッチしてないぞ。
……まだだけど。




