第19話 変わったなぁ……と思ったけど、やっぱり変わらない。人の持って生まれた性質は変わらない、仕方がないね。つまり私の万能メイドへの情熱は揺るがないのさ。
今日は久しぶりに制服に袖を通すことになった。
理由は簡単、終業式の日だからだ。
いくら空気の読めない私でもこういう日にメイド服を着ない程度の良識はある。
TPOって、大事だよね。
今更な話ではあるが、実はこの世界の学校は秋から始まり夏に終わる。
つまりこれから長い夏休みが始まるのだ。
やったー!
大概のお貴族様は避暑地へ旅行に赴くらしい。
もっとも、私はアナベラお嬢様と同行することは多分できないんだろうけれど。
できたとしてもディアーヌ奥様やジョゼフ様と一緒に旅行して楽しむことができるほど、私はあの二人が好きなわけでもないので、こちらから断りたいくらいだが。
ブーメランの件もあり、個人的には学園に残った方が気楽なのだが……
夏休みの間は寮が閉鎖されてしまうので帰るしかない。
「私は一足先に帰ります。お屋敷で会いましょう」
「いやいや、ちょっと待ちなさい」
リュックサックを背負い学園を出ようとする私を、アナベラお嬢様は引き留めた。
ふむ、どうした?
「一緒に馬車で帰るわよ」
「でも行きは別々でしたよ?」
「……それはそれ、これはこれよ」
ふーむ……
まあ、良いか。
ガタガタ、と馬車が揺れる。
馬車という乗り物はあまり乗り心地が良くない。
多分、タイヤの素材が悪いのだろう。
「安心して、シャルロット。私が両親をどうにかするから。馬小屋で寝かせるようなことはさせないし、掃除なんて絶対にさせないわ」
「はぁ……」
なんかよく分からないが、アナベラお嬢様は張り切っているようだ。
これはあれだね。
反抗期というやつだ。
アナベラお嬢様もついにご両親に反抗したくなるお年頃になったのだ。
まあ自立し始めたということなので、お祝いしておこう。
でも……
「馬小屋はともかく、掃除とかは好きなので別に良いですよ。あと、私の待遇よりもブーメランの方を説得してくれませんか?」
「ぴぎぃ……ぴぎぃ……」
馬車という慣れない環境のせいか、ブーメランは不安そうに辺りをキョロキョロと見ている。
最近は少しマシにはなってきたが、ブーメランは夜泣きが酷い。
学園の皆さんは慣れてくれた(諦めてくれた)ので良かったが、果たして屋敷では大丈夫か。
ブーメランの夜泣きはドラゴン級だからとても心配だ。
まあドラゴンなのだから当たり前だけど。
「……その子は馬小屋になるかもしれないわ」
「それは困りますね……この子、一人で寝れないので」
私の馬小屋生活は続きそうだ。
「防音魔術って、使えないの?」
「使えますよ。ただ使った場合は寝れません」
「それもそうか……」
いくら私が器用だからといっても、寝ながら魔術を維持できるのはムリムリムリムリかたつむりだ。
「……頑張って説得するわ」
「別にそこまで頑張らなくても良いですよ?」
「お帰り、アナベラ!」
「よく帰って来たなぁ!」
お屋敷に着くと、さっそくディアーヌ奥様とジョゼフ様のお出迎えがあった。
私に関しては華麗にスルーだ。
しかし二人とも、見ない間に老けたような気がする。
特にジョゼフ様の顔色があまりよろしくない。
この分だとエリクサーの錬成方法の糸口は一切掴めていないようだ。
なあ無い物は掴めないので、当然と言えば当然である。
さてどうしようかと悩んでいると、ディアーヌ奥様と目が合ってしまった。
おう! 掛かって来い!!
と私はガンを飛ばす。
ツカツカとディアーヌ奥様は私に近づいてきた。
「ねぇ、あなた。どうしてアナベラと一緒に帰って来たの?」
「アナベラお嬢様に一緒に帰ってくれないと寂しくて泣いてしまうと号泣されて頼まれたので……」
「そこまでしてないわよ!」
Why?
アナベラお嬢様は私の味方ではないのか?
裏切られた気持ちだ。
「ほら、アナベラもそう言ってるでしょう。良いからメイドは馬小屋に戻りなさい!」
「はーい」
私は踵を返して馬小屋に向かおうとする。
が、しかし誰かに服を引っ張られた。
振り向くとそれはアナベラお嬢様だった。
「ちょっと待って、シャルロット。私が説得するって言ったでしょう?」
「でもさっき、私の言ってることは全部嘘だって……」
「そこまで言ってないでしょうが!」
アナベラお嬢様はなかなかキレの良い突っ込みをなさる。
「お母様」
「……何? アナベラ」
「シャルロットをイジメるのは私が許さないから」
おう!
本当に言った。
これにはさすがの私も感動してしまう。
一年前まで「駄犬メイド、床を舐めなさい。……ちゃんと掃除したのなら、舐めれるはずよね?」とか言ってた人と同一人物には見えない。
何か、悪いモノでも食べたのか。
もしかしてマヨネーズ効果!?
「な、何を言ってるの、アナベラ!」
「そうだぞ! そんな雌猫を庇うなんて……」
一方最愛の娘に裏切られたディアーヌ奥様とジョゼフ様はショックをお受けになられているようだ。
まあ、今まで自分の言うことに逆らったことがない子供に突然牙を向けられたら同様するのも当たり前と言えば当たり前だ。
そしてそんな二人がこう考えるのも当然だろう。
Q.誰がアナベラを悪い子にしてしまったのか?
A.金髪猫耳メイド。
「この猫娘! あなた、アナベラに何を吹き込んだの!」
ディアーヌ奥様は唐突に私の胸倉を掴んだ。
私の腕の中にいたブーメランが驚き、騒ぎ始める。
ブーメランに蹴られるわ、服を引っ張られて痛いわで散々だ。
まあ何を吹き込んだのかと言われると別に何も吹き込んでないけれど、何かをしたのかと聞かれると、あながち否定もできない。
「お母様、やめて!」
アナベラお嬢様は私とディアーヌ奥様の間に割り込んできた。
ディアーヌ奥様を無理やり引き離し、私を庇う。
「大丈夫?」
「ブーメランにお腹を蹴られてちょっと痛いですね」
「ピギィ! ピギィ!」
「……大丈夫そうね」
アナベラお嬢様は一瞬呆れ顔を浮かべたが、すぐにディアーヌ奥様に向き合った。
「とにかく、シャルロットは私と対等に扱って! ……シャルロットが馬小屋で寝るなら、私も馬小屋で寝るわ!」
「いやー、ちょっと馬小屋は狭いんでそれは勘弁して貰いたい……」
「あなたは黙ってて。話がややこしくなるから」
「はい、すみません」
怒られてしまった。
それからアナベラお嬢様とディアーヌ奥様&ジョゼフ様は散々怒鳴り合いをした結果、私がアナベラお嬢様の部屋に住むことになった。
「ごめんね、シャルロット」
「いや、別に良いんですけど……」
私はそう言ってアナベラお嬢様のおでこに手を当てた。
アナベラお嬢様は私の手を掴み、ニッコリと笑みを浮かべる。
「どういう意味?」
「いや、風邪でも引いているのかと」
「……あなたは私を何だと思っているの?」
「おーっほほほ!! 駄犬メイド、床を舐めなさい。……ちゃんと掃除したのなら、舐めれるはずよね?」
私が渾身のモノマネを披露すると、アナベラお嬢様は泣きそうな表情を浮かべる。
「……そのことは本当に悪いと思っているわ」
「ああ、すみません。別に掘り返してネチネチ嫌味を言いたかったわけでもないので」
しかし人とは変わるものだ。
まあ一番の変化は多分体重と体型だろうけど。
全てはマヨネーズが悪い。
「ところでシャルロット」
「何ですか?」
「私のドレスを貸そうと思うんだけど、どれがいい?」
別にメイド服で全然構わないんだけど……
と言いたいが、それでは納得なされなさそうなので私は一応アナベラお嬢様のドレスを拝見する。
そして上手い言い訳をおもいついた。
「すみません、サイズが合わなそうなので」
「……それはどういう意味で言ってるの?」
「腰周りと胸周りですね」
私はそう言ってアナベラお嬢様の胸周を目測する。
……勝った。
そして腰、もといウェストを確認。
……まあ当然の勝利。
「……馬小屋に放り込むわよ」
「うわぁ、酷い」
やはり一年そこらで人は変わらないらしい。
残念、残念。