第17話 当たると思っているから当たるのさ。当たらないと思っていれば当たらないよ。私を信じろ! ……え、信じられない?
「さぁ! 皆さん、今からとっておきの調味料を作りますよ!!」
「ぴぎぃ!」
「はい! シャルロットお姉様!」
「……」
ハイテンションで私が叫ぶと、ルイーズ姫殿下とブーメランは元気よく答えてくれた。
しかしアナベラお嬢様はテンションが低い。
「アナベラお嬢様、ノリが悪いですよ」
「……おお!!」
明らかに取り繕った気合いの入れ方だが……まあ、良いか。
大事なのは形から入ることだ。
「それで何を作るのですか? シャルロットお姉様!!」
「今回作るのはマヨネーズです!」
みんな大好きな、あの白濁色でネバネバした奴だ。
「それ美味しいの?」
「良い質問ですね、アナベラお嬢様!」
私は笑みを浮かべて言った。
「まあぶっちゃけ私は好きじゃないです」
「ぴぎ!」
「……」
「……」
二人は無言になった。(ブーメランは意味もよく分からず騒いでいる。可愛い)
多分、二人はこう思ってるだろう。
じゃあ何で作るんだと。
「いや、美味しいですよ? ただまあ、そうですね。ジャガイモに塗るなら塩かバターの方が美味しいですし、サラダはドレッシングが一番ですし……」
たこ焼きとお好み焼きになら使用するが、この世界にはそんなものはない。
というわけで個人的にマヨネーズを使用する機会はあまり無さそうだが……
「まあ、好きな人は好きですしね」
世の中にはマヨラーという人種もいるのだ。
取り敢えず作っておいて損はあるまい。
「それにあれですよ。様式美、ってやつです。お約束ですね」
異世界に来たら取り敢えずマヨネーズを作っておくと。
不味い調味料しか知らない異世界人共にマヨネーズの味を啓蒙してやる、というよくあるあれだ。
「では、まず材料を発表します。一つ、卵! 二つ、塩! 三つ、胡椒! 四つ、酢! 五つ、食用油! 最後にお好みで洋がらしを!」
「シャルロットお姉様! お酢と食用油は何が良いんでしょうか!」
ほう、そこを聞くかルイーズ姫殿下。
興味があることは素晴らしいことだ。
「今回は酢はワインビネガー、食用油はオリーブ油を使用しています。でもそれ以外でも作れますよ。もっとも分量が変わるので、いろいろ試してくださいね」
ガリア王国で一番手に入りやすいのはワインビネガーとオリーブ油であることは間違いないため、教える材料としては一番適切だとは思う。
「ではまず卵。生卵を使用します。えー、卵白は使わないので卵黄と分けて……」
「ねぇ、シャルロット」
「おや、何ですか? アナベラお嬢様」
私がせっせと卵黄と卵白を分けているとアナベラお嬢様が眉を顰めながら尋ねてきた。
「生卵って、大丈夫? 食中毒とか起こらない?」
「良い質問ですね、アナベラお嬢様! スリ〇リンに十点!」
「……今、私のこと遠回しにバカにした?」
「まっさかー」
私もルイーズ姫殿下もアナベラお嬢様も、きっと仲良くス〇ザ〇ンって叫ばれるから安心して欲しい。
ロラン伯父様はア〇カ〇ンだろうけど。このロリコンどもめ!
「まあ結論から言いますと……今日の朝、産みたてを貰ってきましたし、割る前にキレイにタワシと石鹸で洗っておきましたので、多分大丈夫です」
「……多分?」
「多分」
異世界でマヨネーズ作りをするのがテンプレならば、卵の生食が気になって気になって仕方がなくなっちゃって夜も眠れなくなるのもテンプレだ。
これぞ様式美。
さて海外等で生食が食べれないと言われている所以はサルモネラ菌に感染している可能性があるからだ。
卵を生食する場合、サルモネラ菌の感染経路は三つ。
一つ、卵を割る際に殻に付着したサルモネラ菌が混入。
二つ、卵の殻を浸透してサルモネラ菌が内部に侵入。
三つ、最初から入っていた。
日本の卵が生で食べれるのは殻を親の仇か何かのように徹底的に洗浄し、さらに賞味期限そのものを短く設定しているからだ。
海外では鶏の糞が付着したままだったり、賞味期限そのものがかなり長いのでサルモネラ菌への感染リスクが高まる。
もっとも、海外でも生食用と明記されているのであれば問題ない。
要するに海外で食べれないのは、そもそも生食用ではないからである。
加熱用の牡蠣を生で食べてはいけないのと同じだ。
さて話を戻すが……まず卵を割る時にサルモネラ菌が混入するのを防ぐため、直前でタワシと石鹸で洗い、アルコール消毒を施したのでこちらは問題無い。
次に殻を浸透してサルモネラ菌が侵入する可能性だが、そもそも卵の殻には抗菌作用があるのでそう簡単に内部に浸透することはない。
この卵は朝、産みたてなのでまだ中に浸透していないはずだ。
最後に最初から入っているパターンだが、まあこれはそんなに確率的にも高くない上に、サルモネラ菌の数も数個程度だ。早い内に、増殖しないうちに食べれば問題無い。
というか、そもそも日本の卵だって中に入っている時は入っている。
そんな低確率なことを気にするくらいならば、歩道を歩いていてアクセルとブレーキ踏み間違えお爺ちゃんにキリングされる可能性の方を心配した方が良い。
アメリカで生食をバクバク食べても当たらない奴は当たらないし、日本でたまにしか生卵を食べなくても当たる時は当たる。
当たると思ってるから当たるのだ。
当たらないと思っていなければ当たらない。
心頭滅却すればサルモネラ菌もセーフ。
まあどうしても気になるというのであれば、低温加熱殺菌をすれば良い。
サルモネラ菌は六十度ちょいで、死滅する。
少しの間ならば卵もそんなに固まることはない。
今回は面倒くさいからやらないけど。
「そんなわけで基本的には大丈夫です。まあ、当たった時は一等賞でも当てたと思って喜んでください。ラッキーですよ」
「さすがシャルロットお姉様! ポジティブですわ!!」
「ぴぎぃ! ぴぎぃ! ぴぎぃ!」
「……」
世の中、ポジティブな人間が一番得をする。
だから私はどんな時も前向きに生きている。
大事なのは気の持ちようだ。
「まあご安心を。当たったら私が解毒用の魔法薬を差し上げます。それにこの学園に常駐している聖職者の方の腕はいいですからね」
「そう……まあ、なら良いわ」
アナベラお嬢様は納得してくれたようだ。
もっとも……そもそもこの世界にサルモネラ菌が存在するのかは若干の疑問が残る。
というのも、まず鶏が鶏ではない。
この世界の鶏、と私が呼んでいる食用の鳥は小さな孔雀のような姿をしている。
鶏とは違い、羽が大変美しいのだ。
面倒くさいので私は鶏と呼称しているけれど。
まあサルモネラ菌がいようがいまいが、モンモランシ家最高傑作のホムンクルスであるこの私がたかが原核生物如きに屈するわけにもいかない。
「さて卵黄には酢、塩、胡椒、お好みでマスタードを投入します」
ちなみに酢にはサルモネラ菌を殺す効果がある……
が、まあ卵黄とかと混ぜている段階で酸性はかなり薄まってしまっているのでそんなに期待しない方が良い。
「後はこれに食用油を混ぜながら、攪拌します。気合いです、気合いでやりますよ!」
私はガンガン、掻き混ぜていく。
こういう地味な作業は楽しい。
「ふん、ふん、ふーん♪」
「ぴぎぃ、ぴぎぃ、ぴぎー♪」
ブーメランとメイドマーチ(作詞作曲私)を鼻歌で歌いながら、攪拌していき……
マヨネーズを完成させた。
さて隣を見ると……腕が疲れたのかアナベラお嬢様はダウンしている。
ルイーズ姫殿下は頑張ってはいるが、できそうな気配がない。
二人とも、腕の筋肉がないんだろうね。
骨と皮と脂肪しかない。
今は良いけど、年取ったら太るよ?
「二人とも、貸してください」
二人に任せているといつまでたっても完成しなさそうなので、私は二人からボウルを取り上げた。
そして風の魔術を使い、一気に掻き混ぜてしまう。
「よし、完成!」
「さすがシャルロットお姉様!」
「……最初っから、そうしなさいよ」
いや、まずは基本をしっかりさせてから応用でしょ?
そもそも風で掻きまわすやり方は私にしかできないらしいし。
……そんなに難しいとは思わないんだけど、みんなできないんだよね。
変なの。
「取り敢えず、味見にしましょう。茹でブロッコリーを用意しました」
私は皿に盛った凝縮された森、ことブロッコリーを出した。
ブロッコリーにマヨネーズを付けて食べてみる。
「うん、美味しい」
味はそこそこ、悪くない。
よくできた方だと思う。
まあ市販のやつが一番美味しいんだけどね。
「不思議な味ですわね」
「……あら、美味しい」
ルイーズ姫殿下は首を傾げ、アナベラお嬢様は目を細めた。
どうやらアナベラお嬢様は気に入ったようで、バクバクと食べている。
……カロリー高いから太るとかは、言わない方が良いのかな。
「アナベラお嬢様、ゆで卵にも合いますよ」
「本当に?」
私は疑うアナベラお嬢様に、ゆで卵を差し出した。
口に入れた途端に、アナベラお嬢様の表情が柔らかくなる。
「……他には何か、ある?」
「蒸かした若いポレト芋にも合います」
ポレト芋というのはジャガイモとサツマイモを足して二で割ったような芋類である。
早くに収穫するとジャガイモ、遅くに収穫するとサツマイモのような味になる。
少ない肥料と水で育つ上に、連作障害が発生にしくい。
多分だが、根粒菌と共生しているんじゃないかと私は考えている。
ガリアでは貧しい農民の主食として大活躍しており、またお隣のゲルマニアでは平民貴族問わず食べられている。
ガリア貴族は「貧民のパン」であるポレト芋はあまり食べないけど。
「ポレト芋? 貧乏くさくない?……あ、でも美味しい」
アナベラお嬢様は嬉しそうに笑った。
どうやら一人のマヨラーを産んでしまったようだ。
太ったら自己責任ね。
私は何も悪くない。
その後私たちの調理を後ろでメモを取りながらみていた料理人たちの手によって学園の食卓に上がるようになり……
結果、一部のガリア貴族の体重が増加するような結果になった。
私の責任ではない。