表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/30

第15話 子供が悪いのは親が悪いから。え、その親が悪いのは何でかって? そりゃあそのまた親さ。え、そのまた親が悪い理由そりゃあ(以下略)やっぱり神様が悪い、はっきりわかんだね

 「ね、ねぇ、シャルロットお姉様……」

 「何でしょうか、ルイーズ姫殿下」


 ある日、私がブーメランにミルクを与えているとルイーズ姫殿下が話しかけてきた。

 いつものコバンザメたちもいない。


 「最近、イルハム枢機卿のお部屋に出入りしてるって、本当?」

 「ええ、本当ですよ」


 確かにここ最近はずっと、イルハム枢機卿の部屋で筋トレをさせて貰っている。

 筋トレ器具があるというのもあるが、やはり一緒に筋トレをする仲間がいるというのも大きい。

 一人でやるよりも捗る。


 それにいろいろと話が合う。

 元々私はアカデミックな議論は好きな方だ。元々は万能メイドとして教養を深めるためにいろいろな分野を齧ったのだが、いつしかすっかりと嵌ってしまった。

 

 まあ筋トレをしながら「普遍とは、何であるのか」「啓典の第〇項、〇節はこういう解釈だが、正しいのか」「魔物と普通の生き物の差は何であるか」というやり取りをしているのは、かなりシュールな後継だろうけれど。


 「ね、ねぇ……な、何をしてらっしゃるのか教えてくださらない?」

 「筋トレです」

 「……筋トレ?」

 「はい、私とイルハム枢機卿は筋トレ仲間なんです。一緒に筋トレをしてるんですよ」


 そう言うとルイーズ姫殿下は何とも微妙そうな表情を浮かべた。

 残念ながら期待していた回答ではないようだった。

 まあ、多分ピンク色な妄想でもしてたんだろう。


 ルイーズ姫殿下もお年頃であらせられますからね、と。


 まあそういう話もしていないこともない。

 但し、あくまで生物学的な機能について、つまり学問的な話であるが。


 私が「睾丸が外付けなのは、精子が熱に弱いからで、体温で死なないようにするためだ」と説明したら「へぇー」と感心していた。

 

 その後、「竜のペニスは普段体内に入っていて、いざという時に出現するんだ」と教えてもらった。

 私はペニスが見当たらないからブーメランは女の子だと思っていたのだが、もしかしたら男の子の可能性がある、ということだ。


 まあブーメランは男の子でも女の子でも適合する大変良い名前なので、何の問題もない。

 我ながら天才的なネーミングセンスだと思う。

 

 と、別に人間や竜の生殖器の事は今はどうでも良い。


 私は思考を振り払い、ルイーズ姫殿下を見上げる。


 「それが、どうかしたのですか」

 「い、いえ、そ、その……シャルロットお姉様とイルハム枢機卿は、その、お付き合いをなさっているのかと、勝手に勘違いをしてしまっていて」

 「していますよ」

 「……え?」

 「ジョークです」


 私は笑みを浮かべた。

 まあ素敵な筋肉を持つ男性だとは思うが。

 

 彼の持っている筋肉は素敵だが、彼自身は何とも言い難い。

 

 娼館に入り浸っているという事実が、大きなマイナス要素になっている。

 変な性病を持っている可能性が低いという意味合いでは、まだロリコン伯父様の方がマシかもしれない。


 まあ彼の生い立ちは大変不幸というか不運で、妙に前世の戸籍上の父と重なって世話を焼きたくなってしまうということもあり、いろいろ差し入れをしたりしてはいるが……

 それは黙っておく。

 

 「ルイーズ姫殿下はイルハム枢機卿がお好きなのですか?」 

 「え? い、いや、ま、まあ、その……素敵な方だとは、思いますが……」

 「あー、恋に恋している感じですねー」

 「そ、そういう言い方は酷くありませんか?」

 

 頬を膨らませて怒るルイーズ姫殿下。

 私をイジメていた時の、あの醜い表情と比べて、今は大変可愛らしく見える。

 

 「……そう言えば、最近アナベラお嬢様がお一人で歩いているのを見ます」

 「え、ええ? あ、アナベラ?」

 

 あ、目が泳いだ。

 この分だと、アナベラお嬢様をハブっているんだろう。

 

 「私は別にどうでもいいので、アナベラお嬢様と仲良くしてあげてください。ルイーズ姫殿下以外、友達がいないのですよ。あの人は……」


 まああの関係を友達と言って良いのかは少々疑問が残るが。

 寂しそうにしているのは本当だ。


 「よ、宜しいんですか?」

 「いえ、別にお嫌なら良いですけど。ただ従姉が可哀想だと思い、頼んでいるだけですので」

 「い、いや、そ、そうではなくて、ですね……そ、その、シャルロットお姉様は私がアナベラと仲良くしても、そ、その、良いんですか?」


 はぁ……

 面倒くさい。


 「何であなたがアナベラと仲良くするのに、私の許可が必要になるんですか?」

 「い、いや、で、でも気を悪くされるんじゃ……」

 「別になりませんよ? むしろ従姉と仲良くしてくれて有難く思います。そもそも私の気持ちなんて、どうだって良いでしょう?」


 遊びたい人と遊んで、遊びたくない人とは遊ばなければ良い。

 なぜ、一々人に許可を取るのか。

 全く理解できない。


 「お、お恨みにならないのですか? アナベラのことを……」

 「何故、私がアナベラお嬢様を恨まなければならないのですか?」


 私は首を傾げた。 

 するとルイーズ姫殿下は戸惑いがちに言う。


 「そ、その、お屋敷であなたのことを、酷くイジメたとアナベラが言っていたので。その、馬小屋で生活させたとか、ゆ、床を舐めさせたとか」

 「ああ、そのことですか」


 いやー、正直あれは楽しんでたので全然恨みとかないっす。

 と、いうのはさすがに変態すぎるので、私は少し考えてから返答する。


 「まあでも私は今、楽しんでますし。そんな過去のことを掘り返して不快な気分にはなりたくないですからね」

 「そ、そ、そうなの、ですか?」

 「ええ、それに……」


 まあ、これだけは言っておいた方が良いか。


 「あなたも、同じでしょ?」


 そう言うと、ルイーズ姫殿下は押し黙ってしまった。

 ちょっと涙目で、泣きそうな顔をしている。

 

 うーん、少し可哀想だったかな?


 まあでも、こういうのは本人にしっかりと言った方が良い。


 「そ、その、ご、ごめんなさい」

 「……そう言えば、あなたの謝罪は今、初めて聞きましたね」


 ちょっとした悪戯心でそう言うと、ポロポロと泣き出してしまった。

 おい、ブーメラン。 

 何だ、その私を責めるような目は。


 まるで私がルイーズ姫殿下をイジメているみたいじゃないか!

 いや、まあそんなに間違ってないけど。


 「ど、どうしたら、その、許してくれますか?」

 「いや、だからそもそも恨んでもないし怒ってもないですよ。反省しているなら、アナベラお嬢様と遊んであげてください」


 私はそう言って、立ち上がった。

 私がゆっくりと手を上げると、打たれると思ったのかルイーズ姫殿下は目を瞑った。

 あなたじゃないんだから、そんなことするわけないじゃない。


 私はルイーズ姫殿下の頭を撫でてあげる。


 「私に責められて、辛かったでしょう?」

 「……はい」

 「相手に気持ちになって考えましょうね。人をイジメるのは弱者の行動ですよ。弱者が自分の弱さを誤魔化すために、人をイジメるんです。弱い犬ほどよく吠える、ってやつですね」


 そう言って私はポンポンとルイーズ姫殿下の頭を軽く叩く。


 「もう人をイジメたりしちゃ、ダメですよ?」

 「シャルロットお姉様!!!! 私、良い子になりますぅ!!!!」


 抱き付いてくるルイーズ姫殿下を、私は手で止める。 

 今、私はブーメランを手に抱きかかえているのだ。


 まずブーメランを頭の上に乗せてから、改めて抱きしめてあげる。

 まあ、これも万能メイドの務めでしょう。







 それから一週間が経過した。

 私のお願い通りルイーズ姫殿下はアナベラお嬢様をハブるのをやめてくださったようで、仲良くしている姿を観測することができた。

 傍目から見た限りでは、お二人とも楽しそうに見える。


 良かった、良かった。


 それと私への過度な持ち上げ、英雄扱いも鳴りを顰めた。

 まあそれでもたまに頭を下げられたりはするのだが……それくらいは許そう。


 今の学園生活はそこそこ快適だ。


 たまにルイーズ姫殿下が「シャルロットお姉様! シャルロットお姉様!」と犬のように尻尾を振ってくることを除けば、クラスでは一人で本を読んでいることの方が多い。

 だが元々、私は一人でいることは結構好きなタイプなのでむしろ気が楽で良い。

 以前のように五月蠅く騒がれるよりはマシだ。


 話し合いてとしてはこの学園で働く使用人や、筋トレ仲間のイルハム枢機卿がいる。

 前者とは料理や掃除について、後者とは筋肉やアカデミックなお話をすることができて大変満足している。

 最近は天動説と地動説、どちらが正しいかで大盛り上がりだ。


 「ほら、取っておいで。ブーメラン」

 「ぴぎぃ!」


 私が木製のボールを投げると、ブーメランは地面をよちよち歩きでボールを取りに向かう。

 小さな口でボールをしっかりと噛み、私のところへ持ってくる。


 翼をパタパタと動かし、褒めて褒めてとアピールする。

 

 「よしよし、良い子だよ。ブーメラン」

 「ピギィ! ピギィ! ピギィ!」


 私はブーメランの頭を撫でてあげる。

 普段、ブーメランは私の頭の上か胸の前で抱かれて移動しているが……

 多少は運動させた方が良いかな、と思い時間を見つけてボールで遊ばせている。


 ボールを見ると、小さな歯型がついている。

 乳歯が生えてきたのだ。

 ブーメランと出会って、もう半年は過ぎている。


 乳離れの準備が早くも始まっているのだろう。

 あと半年ほどで、離乳食を食べ始め……そしてさらに一年後には完全に乳離れをしてお肉を食べることができるようになる。


 いやー、可愛いなあ。

 この後、どれくらい餌代が掛かるのか考えるとゾッとするけど。


 ま、まあ成長すれば竜の血液が採取できるようになるし……

 そ、それで餌代賄えるから(震え声)


 「ねぇ、シャルロット」

 「おや、お久しぶりですね。アナベラお嬢様。どうか、しましたか?」


 声を掛けられ、後ろを振り向くとアナベラお嬢様がいた。

 なんか、複雑そうな表情を浮かべている。


 「……何で?」

 「はい?」


 疑問詞だけ言われても。

 主語と述語をください。


 「どうして私を許したの?」

 「はぁ……」


 まーた、このパターンか。

 面倒くさいなぁ。


 「そもそも特に気にしてないので」

 「私はあなたに酷いことをしたのよ?」

 「へー、自覚があったんですかぁ」


 そう言うとアナベラお嬢様は押し黙った。

 だから何でそういう顔をするのだろうか。私がいびってるみたいじゃん。


 「うーん、端的に言いますと私が許せば丸く収まる問題ですし、私自身ピンピンしているので、まあ別にどうでもいいかな、というのが私の気持ちですね」

 「……また、するかもしれないわよ」

 「できるんですか?」


 するとアナベラお嬢様は目を逸らした。

 つまりできない、ということだ。


 「ギスギスするのは好きじゃないので。一応血の繋がりのある従姉ですからね」


 私がそう言うと……


 「……ありがとう」

 

 小さくそう言って、立ち去っていった。

 アナベラお嬢様が遠くに行くのを確認してから、私は植え込みの茂みに向かって声を掛ける。


 「それで、先程から何の遊びをしていらっしゃるんですか? ウィリアム殿下」

 「はは、気付かれていたか」


 すると悪そうな笑みを浮かべたウィリアム殿下が姿を現す。


 「何の御用で?」

 「私の家臣になって頂きたいなと」

 「それは結構です」


 私が断ると、ウィリアム殿下は肩を竦めた。

 つれない人だと、溜息を吐く。 

 まあここまではいつものやり取りだ。


 「しかしシャーロット姫はお優しいですな」

 「面倒事がきらいなだけです」


 私は肩を竦めた。


 「そもそもこれは私と彼女の問題ではなく、彼女たちの問題ですからね。勝手に私を嫌ってよってたかって攻撃し、いつの間にか掌返しをして私を褒め称え、そして彼女たちが勝手に内ゲバをして争った。問題の原因は全て彼女たちにありますので。許すも何も、ないのですよ」


 ただ勝手に忖度されてアナベラお嬢様をイジメて、まるで私がイジメの主犯格みたいな感じになるのはちょっと嫌だっただけだ。

 

 「それでもお優しいのでは? もっと罰を受けさせるべき、と思わないのですかね?」

 「敬典にはこう書かれています。『汝の敵を愛せよ』『憎しみではなく愛を』『全ての咎人には救済の機会が与えられている』」


 少しかっこつけて、啓典を引用してみる。

 この世界の知識人というのは、何かあった時に啓典を引用して論理を補強したりするのだ。

 まあ諺みたいなものだ。


 「主の教えに従っただけですよ」

 「ふむ、ではシャーロット姫はどんな罪人も許すべきであると?」

 「さぁ? あくまで私にとっては、ルイーズ姫殿下とアナベラお嬢様は許せる範囲だったので許しただけです」


 そんなものは時と場合によるだろう。


 「どういう基準なのか、教えて頂けますか?」

 「まあ、そうですね。彼女たち二人はまだ子供だった、そして被害者は私だけで、私は何か失ったわけでもない。……そんな感じですかね?」

 「なぜ、子供だと許せるのですか? 子供でも大人でも、罪は同じでしょう?」


 さっきから罪罪うるさい人だ。

 べーつ、私は気にしてないって言ってるんだから良いじゃない。


 「人格というのは、環境によって形成されると思うんですよね。まあ、つまり彼女たちの親が悪いと思うんですよ」


 もっとも親が悪かったというと、永遠と遡る羽目になってしまう。

 これでは埒が明かないので、普通は悪いことをした本人が裁かれる。


 だが彼女たちはまだ子供だ。 

 子供ならやり直せる機会は十分あるだろう。

 親が悪くても、友達や教師の影響で改心する可能性は十分にある。


 「機会は与えてあげるべきだと思うんですよ。まあ、やらかした事の大きさや、被害者の心情にもよると思いますよ? ただこの場合、被害者は私ですからね」


 私が良いと言ってるんだ。

 それを当事者ではない人間が、横から口を挟むのはおかしなことだし、さらに言えば私の意向を抜きにしてルイーズ姫殿下やアナベラお嬢様に石を投げるのは、卑怯で恥知らずなことだろう。


 と、まあ私は思うんだけどね。


 というか私をイジメてたのは彼女たち二人だけではない。

 他にも私を攻撃した人は大勢いるし、見て見ぬ振りをした人もいるし、ウィリアム殿下やロラン伯父様のように敢えてその状況を利用して、私を抱きこもうとした人もいる。

 

 裁かれるべきは全員だよね。


 「でも彼女たちは反省しますかね? また同じことを繰り返すのでは?」

 「まあ、確かに人はそう簡単に変われませんからねぇー」


 だけど……


 「それが彼女たちの人生というのであれば、仕方がないでしょう?」


 それこそ私には関係のないことだ。

 私がそういうと、ウィリアム殿下はニヤリと笑みを浮かべた。


 「はは、やはりあなたは面白いお方だ。……是非とも、アルビオンに来て欲しい」

 「それは嫌です」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ