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第14話 これは遠い、あなたも知らない私の友達の話なんだけどね……と予め断る場合、高確率で自分の話だったりする。あ、これは勿論友達の話で私の話じゃないからね。

 「私、筋トレが趣味なんです。ですから、その……できればこの部屋の筋トレ器具を貸して頂きたいなと」

 「………………本気で言っているのかね?」

 「本気ですとも! お疑いですか?」

 「いや、まあ……貴族のご令嬢の口から筋トレという言葉が出るとは、思わなかったのでね」


 どうやら私の筋トレへの情熱を疑っているようだ。

 よし、では証拠を見せてやろう。


 「ほら、見てください。薄らですけど、筋肉あるでしょう?」


 私は服を捲り、お腹を見せた。 

 そこには未完成ではあるが、綺麗な筋肉が浮かび上がっているはずだ。


 「こらこら、年頃の娘さんがそう易々と肌を見せるんじゃない」

 「やだ、私に対して欲情なさるんですか?」

 「まさか、十八歳以下は守備範囲外でね。しかし世の中にはよくない大人がいる。そういうのは身の安全のために、止した方が良い」


 どうやらイルハム枢機卿は相手が十八歳以下かどうか聞いてから、欲情するかしないかを決めているらしい。

 随分と不思議な下半身をお持ちだ。

 十八歳より上、という数字に興奮しているようなものだ。 

 

 まあ冗談はともかく、よくない大人がいるという意見には賛成である。

 ロラン伯父様とか、ロラン伯父様とか、ロラン伯父様とか。


 「まあ、しかし……あれだね。そのタトゥーは、少し悪趣味だね。あまり人に見せない方が良い」

 「そうですか? カッコイイと私は思ってますが。というか、モンモランシ家の家紋を悪趣味というのは少し失礼ですね」

 

 少しムッと、なって、私は言い返した。

 私の臍の下、東洋医学で言うところの丹田には刺青、タトゥーのようなものがある。


 自分の尾を噛んで環状になった蛇、ウロボロス。

 その環の中には五芒星。

 そして五芒星の中にある正五角形に内接する、時計(みぎ)回りの矢印。

 その環状の矢印の中心に突き刺さる、杖。

 そしてびっしりと書き込まれた幾何学模様。


 モンモランシ家の家紋であり、魔法陣でもある。

 これは世界で初めて行われた錬金術である、天地創造を模している。

 

 万能メイドを目指している辺り、未だに厨二病が治っていない私は、こういう紋章とか魔法陣とかは大好きだ。

 ウロボロスとか、五芒星とか、幾何学模様とか……

 厨二要素盛沢山の、この紋章は気に入っている。


 なのでそれを否定されるのは、少しだけ腹が立つ。


 「ああ……気を悪くされたのであれば、申し訳ない。いや、その紋章そのものは問題ないと思うのだがね、しかし、その……よりにもよってその紋章をその位置に入れるのは、うーん、分かる人間には分かるというか……」

 「分かってらっしゃるではありませんか。だから、この位置なんです。これは魔法陣でもありますからね」


 五芒星は下腹部のある臓器のメタファーである。

 そこに突き刺さる杖は、まあ、そういう意味だ。


 そもそも『()なる神秘』を内包している()に、()なる唯一神が『()なる神秘』を送り込み、そして()で掻きまわす天地創造は、元来そういう意味なのだ。


 だからそういう意味の魔法陣を、そういう場所に刻み込むのは魔術的に正しい。

 というか、そこでなければ機能(・・)しない。

 私たちモンモランシ家の錬金術は、そういうものだ。


 と、ここで私はしゃべり過ぎたなと少しだけ反省した。

 「だからこの位置なんです」と言えば、神学的な知識を持つ頭の良い人ならば、モンモランシ家の錬金術に対してある程度察しがついてしまう。


 私たちモンモランシ家の当主が皆、女性であることを、女性でなければならないことを合わせて考えれば、少し想像力があれば結論に辿り着いてしまう。


 私たちモンモランシ家がエリクサーの錬成に使用している、〝釜〟の正体を看破されるのは少々具合が良くない。


 「あー、すみません。今のと、この紋章については忘れてくださると嬉しいです」

 「ふむ、忘れよう。私は何も見なかったし、聞かなかった。……以後は気をつけたまえよ、シャルロット君」

 「はい、ありがとうございます」


 イルハム枢機卿が良い人で良かった。

 これがロリコン伯父様だったら、少々面倒なことになっていた。


 「と、まあ話を戻しますが筋トレ用具を使わせてください」

 「……ふむ、すまない。そういう類の申し出は初めてでな。少し、迷っている」


 そらそうよ。

 

 イルハム枢機卿は暫く悩んだ末に頷いた。


 「……まあ君なら問題もないだろう。この部屋には特に重要書類もない。明日、合鍵を上げるから好きに使ってくれ」

 「本当ですか! ありがとうございます!!」


 やっぱりジムに行かないと! と思っていたのだ。

 腹筋や腕立て伏せ、スクワットだけではどうしても上手くいかない。


 「……というか、そもそも何でこんなに筋トレ器具をお持ちなんですか?」


 私は葡萄ジュースを飲みながら尋ねる。

 そしてあまり飲み過ぎると太るんじゃないか、と思ったが、まあたまには自分へのご褒美だということで良いだろうと思い直す。

 砂糖よりは太りにくいだろうし。


 あまうま。


 「それは私が君に対して、何故筋トレをするのかと聞くのと同じだが?」

 「私が筋トレをするのは体を鍛えるためと、プロポーション維持のためです。……綺麗な腹筋が欲しいじゃないですか」

 

 筋肉は芸術だと思う。

 もっとも筋肉だけあれば良いという問題ではない。胸もそれなりの大きさが無ければ美しいとは言えない。

 私の理想はミロのヴィーナスだ。


 「それにほら、筋肉は裏切らないじゃないですか」


 身体能力強化を使うにも、下地の筋肉があった方が掛かりが良いし、さらに使用後の反動も小さいのだ。

 もし魔力が無くなっても、筋肉があれば最低限の抵抗もできる。


 筋肉、超大事。


 「筋肉は裏切らない……か」


 イルハム枢機卿はなぜか、遠い目をした。

 そして私に対して、悲しそうな、儚げな笑みを浮かべた。


 「全く、その通りだな。……筋肉は裏切らない。それが私が体を鍛える、理由だ。まあ、無論武装神官だからというのもあるが」


 武装神官とは、読んで字のごとく武装した神官である。

 自衛及び異教徒・異端撲滅のために、一部の聖職者は体を鍛え、武装している。

 何でも、武装神官の方が上層部に受けが良く、出世しやすいだとかなんとか。


 「その言い方だと、昔裏切られたことがあったみたいですね」

 「……まあね」


 イルハム枢機卿は葡萄ジュースをグビグビと飲む。

 ……アルコールは入っていないはずなのに、なぜか顔が赤い。 

 まさか、雰囲気だけで酔ったの?


 「まあ、聞いてくれ」

 「あ、はい」


 どういうわけか、語りモードに入ってしまったイルハム枢機卿。

 私は先程から、遊んで遊んでと強請ってくるブーメランの頭を撫でながら、大人しくイルハム枢機卿の話を聞く。


 「昔、私には将来を誓い合った女性と、一番の親友がいたんだ」

 「へぇー、寝取られたんですか」

 「………………」

 「あ、あれ? ほ、本当に寝取られちゃったんですか?」


 冗談で言ったつもりだったのだが、本当だったみたいだ。 

 なんか、すまないことをした。

 まあでもどちらにせよカミングアウトする予定だったし、少し早くなった程度だ。問題ない。


 「ああ、そうだ。……ある日、家に帰ったらな。普段は出迎えてくるはずの婚約者が、いなかった。どうしてだろうと思い、寝室を覗いたら……」


 恋人と親がランデブーなプロレスをしていたと。

 というか……


 「聖職者のくせに結婚前の恋人と同棲してたんですか? 生臭坊主ですね」


 イブラヒム聖教会では聖職者が結婚し、子供を作ることは許可されている。

 子をつくるための儀式である性交渉は、神が人間に与えた機能であり、そして子供を作ることは人間の繁栄に繋がるのだから、むしろ奨励されている。

 ただし、あくまで結婚してからだ。

 婚前交渉はそもそも一般信徒ですらも好ましくない、罪な行動とされているのだから、聖職者がやったらアウトだ。


 まあ実はあんまり守られていないらしいが。


 とはいえ、良くないことは変わらない。 

 同棲していたということは、イルハム枢機卿もプロレスをしていたわけで……


 「同棲はしていた。だが当時は婚前交渉など全くしていなかった。……まあその後、自暴自棄になって娼館に入り浸ったことが……というか、今でも入り浸ってはいるが」

 「聖職者がさすがに不味くないですか?」

 「聖下の方がもっと酷い。……私は、まあ確かに聖職者の中でも酷い方だが、酷い方の中ではマシな方だ。隠し子とかもいない」

 「なるほど……まあ、やっぱり禁欲とか人間には無理ですもんね。適度な発散は、大事です、うん、まあ適度なうちは」


 戒律を守っていたのに恋人を奪われた。

 そして今は戒律を守っていないのに、特に不幸は訪れていない。

 何というか、世の中って理不尽だね。


 まあでも、だからこそなのかもしれない。

 その元恋人もいろいろと溜まっていたんだろう。


 「それでその恋人さんと親友はどうなったんですか?」

 「縁を切った。……もうどうなっているのか、知らん。知りたくもない」


 そして、「クソ、あいつらめ……ふざけやがって」などと小さな声で恨み言を言う。

 

 「……まあ結婚する前に本性が知れて良かったと思うしか、ないですね」

 「ああ、それだけがせめてもの慰めだ」


 イルハム枢機卿は溜息混じりに呟く。


 「托卵されていたらと思うと、ぞっとする」

 

 ズキッ!


 一瞬、心臓に針が突き刺さるような痛みを感じた。

 

 「顔色が悪いようだが、体調でも悪いのかね? シャルロット君。もしかしてモンモランシ伯の風邪が?」

 「いえ、すみません。少しだけ……昔のことを思い出しまして。大丈夫です」


 そう、昔。

 前世のことを、少し思い出してしまった。


 「……もし、されていたらどうしましたか?」

 「されていたら、ということはされていたと分かったら、ということかね?」


 私は小さく頷いた。

 心臓が高鳴る。


 「離婚するさ。ただ……アレがまともに養育できるとは思えん。私が引き取るしか、ないだろうな」

 「……娘として、育てられますか?」

 「それは、難しいかもな……私も人間だ。年齢を重ねるごとに、その、似てきたら、憂鬱な気分にはなるだろう」


 そうか……

 まあ、そうだよね。


 「じゃあ、もう一つ質問なんですけど、その娘がある日突然、死んでしまったら、どう思いますか?」 

 「……生憎、子供を育てたことがないからどうにも言えないな。ただ、そうだな。やはり悲しむだろうし、泣くだろう。今まで育ててきたのは、事実だからな」

 「…………そう、ですか」


 ……今更、こんなことを考えても仕方が無いか。


 「すみません、変なことを聞いて」

 「構わない。……役に立てたかな?」

 「ええ、まあ。少しスッキリしました」


 私は笑みを浮かべた。

 何にせよ、今の私の母はカリーヌお母様で、父はシャルルお父様だ。

 ……お父様、本当にどこに消えたのよ。


 「その、あれだ。失礼を承知で聞くのだが……」


 イルハム枢機卿は戸惑いがちに尋ねた。


 「……まさか、ラ・アリエ公の娘じゃないとか、そういう重い話だったか?」

 「まさか! 私の猫耳が目に入りませんか?」

 

 猫耳はガリア王家に連なる血筋であることの証。

 つまりお父様の子供であることの証明である。

 

 猫耳メイドって、良いよね。


 「い、いや、すまない。妙に、その、実感が伴っていたように聞こえたので」

 「あはは、まあ、友達の話ですよ。私とは違う人の話です。そう、遠い遠いところに住んでいた、友達の、ね」

 

 私は曖昧に笑った。


 

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