第10話 ドキドキする……顔が熱い、あの人のことを考えると、胸が切なくなる……これって、もしかして……本編をどうぞ!!
さて、回想を終えた私は学園の厨房へと向かった。
そこではたくさんのコックやメイドたちが働いていた。
彼らは私を見ると、向き直り、礼をした。
「これは名誉メイド長!」
「ありがとう、仕事は続けてていいよ」
この学園の使用人のレベルは低い。
正確に言えば、私の求めるレベルが高すぎるのかもしれないが……とにかく一部非合理的なところが多々あった。
そこで軽く指導したところ、作業効率が向上し、以前よりも仕事が楽になったと喜ばれた。
結果、私はこの学園の名誉メイド長と呼ばれることになったのである。
ドラゴンキラーだとか、我らの英雄だとか、シャルロットお姉様と呼ばれるのは恥ずかしすぎて死にそうになるが、名誉メイド長と呼ばれるのは気分が良い。
ふふふふ……
「名誉メイド長、牛乳です」
「うん、ありがとう」
私はメイドさんから牛乳を受け取る。
それを哺乳瓶に移し替えてから、人目のないところに向かった。
そして先程からピィピィと五月蠅く鳴く、頭の上の翼を持つトカゲの赤ん坊を降ろしてやる。
膝の上に乗せてから、哺乳瓶を近づける。
小さな口で一生懸命に加え、チュウチュウと牛乳を飲み始めた。
「私は君のお母さん、まあお父さんかもしれないけど、それの仇なんだけど。良いの?」
一応聞いてみるが、無視された。
うん、まあ良いんだろうね。
母親と認識されてしまった以上、育てないわけにはいかない。
ルイーズ姫殿下に押し付けようかと思ったのだが、もうドラゴンは懲り懲り……らしい。
話を聞いたところ、ルイーズ姫殿下は闇市場でドラゴンの卵を購入したらしい。
正確に言えば、買わないか?と聞かれたとか。
興味本位で買ったところ、このような事態になったとか。
怪しいもんは買わないのが一番、というのが今回の購入だろう。
尚、今回の事件では死者は出なかった。
負傷者はドラゴンの卵の様子を見に、寮へと戻っていたルイーズ姫殿下だけである。
まさに不幸中の幸いと言える。
まあ私が早期に討伐した、というのも大きな理由の一つなんだけどね。
……そのせいである種のイジメを受けているわけだが、まあそれは置いておこう。
「しかし牛乳で良いんだろうか? ねぇ、大丈夫?」
「ぴぎぃ!」
たっぷりと牛乳を飲み終え、げっぷをしてから、赤ちゃんドラゴンは一鳴きした。
大丈夫っぽい。
一応本には「牛乳でオッケー」とは書いてあったが、本に書いてあることが正しいとは限らない。
何しろ、前世の世界と比べるとあまり科学が発展していない。
観察と科学的な考察が足りていない可能性がある。
少なくとも人間の赤ちゃんには、牛乳はアウトだと聞く。
とはいえ、ドラゴンの母乳なんて売ってない。
まだ十三歳で最近辛うじて膨らみが観測できるようになった私の乳では、母乳が出ない。
いや、出たとしてもそれで育つかどうかは怪しいのだが。
お腹が一杯になり、すやすやと寝始める赤ちゃんドラゴン。
この後、すぐに授業なんだけど……
まあ、良いか。
どうせこの学園の授業のレベルは低いし、受ける価値はない。
私がこの学園の授業を受けるのは、大学生が幼稚園児にひらがなを習うようなレベルの話だ。
どうせ居眠りか、読書のどちらかをすることになる。
すっかり不良生徒になってしまったな、と私は苦笑いを浮かべた。
「しかし可愛いなぁ……」
私は思わず呟いた。
夜泣きが酷いことと、これから膨大な餌代がかかるであろうことに目を瞑れば、凄く可愛い。
元々私は、トカゲとか蛇なんかの爬虫類系は大丈夫なタイプだ。
前世の家でも、戸籍上の父がたくさんの動物を飼っており、爬虫類もうじゃうじゃいた。
私のお気に入りはアルマジロトカゲだったが、この赤ちゃんドラゴンは少しアルマジロトカゲに似ているような気がする。
「名前はアルちゃんにしようかな?」
最初はレーニンやスターリンなど、ネタに走ろうと思ったのだが、この可愛らしいドラゴンを見るたびに、頭の中でおっさん独裁者の顔が浮かび上がりそうなのでやめた。
いやー、でもアルマジロトカゲみたいだからアルちゃんは安直かな?
うん、安直だ。
私、元日本人だし和風にしてみようかな?
アル次郎……いや、ダサイ。
絶対却下。
うん、どうしよう。
何か、こう……普通じゃないカッコイイ名前を付けたい。
キラキラネームを自分の子供に付けようとする親の気持ちが少しだけ分かったような気がする。
……ペガサス?
いや、ダメか。変わった名前を付けようとして、失敗した感が半端ない。
ピー助。
いや、あからさまなパクリはダメだろう。
ミルクは?
カッコよくはないけど、可愛い感じはする。
でもいつまでも牛乳を飲んでいるわけじゃない。
大きくなって「ミルクちゃん(くん)」は可哀想だ。
光宙(五十六歳)に通ずるものがある。
ナポレオン?
いや、ネタに回帰している。……そういえばフランスでは豚にナポレオンと名付けるのは禁止だったんだっけ?
いや、この子は豚じゃないけど。
……ブーメラン。
うん、ブーメランにしよう。
空も飛べるようになるだろうし。
「ぴぃ……」
「あ、起きた? ブーメラン」
目を開けてキョロキョロと周囲を伺うブーメラン。
そしてキョトンとした顔で私を見上げる。
「君の名前は今日からブーメランです」
「ぴぎぃ?」
絶対に理解してない。
まあ、ブーメランと呼び続ければいずれ自分がブーメランだと分かるだろう。
「さて、寮に戻ろうかな。どうせ、もうこの日の授業も終わりだろうし」
私はブーメランを抱えて、立ち上がる。
「いたいた、君がシャルロットだね?」
すると、声を掛けられた。
私に声を掛けたのは、金髪のエルフ男性だ。
……出会ったことはないはずだが、誰かに似ている気がする。
「授業をサボるのは、あまり感心できないな」
「あなたは?」
「ロラン・ド・モンモランシ。君の伯父だ」
なるほど、通りで。
毎朝、鏡に映っている私の顔と、容姿が大変よく似ている。
「これは、モンモランシ伯様。失礼しました……」
「いやいや、頭を上げてくれ。モンモランシ候、本家筋である君の方が私よりも立場は上だ」
もし本当にそう思っているならば、敬語を使うべきなのではないだろうか?
と、私は思ったが口には出さない。
まあ私はまだ未成年だし、敬語を使われてもこちらがむず痒くなってしまうから良いんだけどね。
「ロラン、と呼んでくれ」
「では、ロラン伯父様と……ロラン伯父様は何故、この学園に?」
「明日からこの学園で錬金学の講義をすることになっているんだよ」
「それはまた……大変そうですね」
私は少しロラン伯父様に同情してしまう。
はっきり言って、この学園の生徒の質は悪い。
質、というのは学力的な能力のお話だ。
錬金学は大変高度で高尚な学問。
間違いなく、生徒の大部分は居眠りをするだろう。
「ははは! まあ、分かりやすい授業を心掛けるつもりだよ」
ロラン伯父様はそう言って笑い、私の頭に手を置いた。
頭を撫でられる。
ふむ……中々上手いじゃないか。
私は尻尾と猫耳が思わずピクピクと動くのを感じた。
今まででトップレベルの上手さだ。
もしかしたら、家で猫でも飼っていて撫で慣れているのかもしれない。
「カリーヌによく似ている。……本当は私が君の後見人になるべきだったんだけれどね。負けてしまった、すまない。家で虐められていないか?」
「うーん、まあ掃除とかはしていますかね?」
「それは……本当にすまない」
いや、私楽しんでたし……
あまり真剣に謝られると、むしろこちらが申し訳なくなる。
「ところでシャルロット」
「はい?」
「甘い物は好きかな?」
「嫌いではないですけど……」
できるだけ控えるようにはしている。
余計な脂肪がつくからだ。
今はしなやかな筋肉を育成している最中。甘味は控えたい。
「それは良かった。これをあげよう」
「……これは?」
「最近、流行っているチョコレートというお菓子だ。食べてみてくれ」
仕方がない。
私はロラン伯父様に促され、チョコレートを口に入れる。
仄かな苦みと甘味……普通のチョコレートだが、久しぶりに食べたため美味しく感じる。
「では、明日の授業で会おう。サボらないでくれよ」
ロラン伯父様は爽やかな笑みを浮かべて、去っていった。
私は思わず、胸を押さえる。
「ピギィ?」
ブーメランが不思議そうに私を見上げた。
多分、今私の顔は真っ赤に染まっている。
顔が、耳の先まで熱い。
心臓がドキドキと高鳴り、胸がキュンとする。
それはロラン伯父様の顔や、声を思い出すと同時に強くなる。
あの時、私の頭を撫でてくれたあの手触り。
あれを思い出すだけで、うっとりとしてしまう。
うん、間違いない。
これは……
あのロリコン、チョコレートに惚れ薬を仕込みやがったな?
解毒により、急速に冷めていく思考の中で私は思った。