異世界の魔王様との楽しい楽しいお電話
「もしもし、魔王ですか?僕です。タロウです」
「ああ、タロウさん!いやぁ丁度こっちから電話しようかと思っていたところでしたよ」
僕には誰にも言えない秘密がある。もちろんママにもパパにも。
「それで、勇者の奴はどう動きましたか」
「ええ……それがですね、厄介なことになりまして」
実は僕、魔王と友だちなんだ。
友だちと言っても実際に会ったことはないけど。
「なるほど。確かに面倒なことをしてくれましたね。でも、大丈夫ですよ。回復魔法が得意な僧侶から倒せば、勇者一行は一旦教会へ戻るでしょ。そこを狙うんです」
どうしてかって、魔王は僕とは違う世界に住んでいるから。そして魔王は以前から勇者たちと戦っているんだ。僕は友だちとして、勇者たちを倒すアドバイスをしてる。
「おお……!確かにそうすれば今度こそ勝てるかもしれません。いつもありがとうございます。あなたが居なければ私たちはとっくの昔に滅んでいますよ」
「いえ、これくらい朝飯前です!またご連絡をいただければ、いくらでも力になりますから!」
そう言い、今日の電話を終えた。
僕はこの不思議な電話を、『世界電話』と名付けている。世界電話が毎日の日課になったのは僕が中学一年生のころだから、今日を入れて一年と二か月になった。
毎日午後六時になると、家の固定電話がひとりでに動き出すんだ。それもなぜかママとパパが居ないときに限って。動き出したときに受話器を取ると、それが魔界へと繋がる世界電話に早変わり。いつも魔王が電話に出る。
もちろん、最初はびっくりした。何せ、学校でちょっと嫌なことがあった後だったから……。
それは僕が中学一年生のころの話。
僕がお昼休みにママの作ってくれたお弁当を食べようとして鞄を開けたんだ。そしたら入っているはずのお弁当がない。どこを探しても見つからないからその日はお弁当を諦めて、早めに家に帰ってカップラーメンでも食べようと思ったんだ。
お昼休み中は教室で本を読んでたんだけど、五時間目の授業が始まる前に僕はトイレに行きたくなって、駆け足で近くのトイレに向かったんだ。
そしたら、トイレのごみ箱に僕のお弁当が捨ててあった。
後ろを振り返ると、クラスメイトのヤンキーたちが僕を見つめて笑っていた。腹を抱えてげらげらって。僕はママがせっかく作ってくれたお弁当が捨てられていたことに怒ってヤンキーたちに突進していったんだ。けど、僕なんかじゃ全然敵わなかった。逆にヤンキーたちの怒りを買って殴られ蹴られしたけど、それでも僕は許せなかったんだ。その後も僕は一人でヤンキーたちに抵抗したけど、ヤンキーたちがどこかへ行った後に鏡を見たら、それはもうひどい顔だったよ。
家に帰ってからも殴られたところがキリキリと痛んで、でもそんな悪い奴らに何もできなくて、僕は悔しくって泣いた。
そんなときだった。リビングの固定電話がグラグラと動き出したんだ。何だろうと思って受話器を取ったら―――
「ああ、もしもし?タロウさんって方、いらっしゃいます?」
それが魔王の第一声だった。僕は驚いて、うわずった声で僕がタロウだと伝えた。
「あなたがタロウさんでしたか!いやぁ、ずっとあなたとこうしてお電話できる日を心待ちにしていたんですよ。ああ良かった。……おっと、失礼しました。私は魔王。魔界の王です。今後ともごひいきに」
「は、はぁ」
それから魔王の話を聞くと、どうやら魔界の存亡を賭けて勇者たちと戦っているんだそうだ。だけど勇者たちは強くて、魔界はほとんど壊滅状態らしい。
「それで、僕の力が必要と?」
「ええ、そうなんですねぇ。我々にはタロウさんが必要なんです。タロウさんのご指示がね」
正直言って、僕が必要だと言ってくれたことがこの上なく嬉しかった。そんなことこっちの世界じゃ言われたことがなかったから、余計に嬉しく思った。僕が喜んで引き受けると魔王も喜んでいた。そうして僕らは友だちになったんだ。
初めは苦労したけど、段々と勝手が分かってきて最近じゃ勇者たちをあと一歩のところまで追い詰めることだってできたんだ。初めは敵わなかった相手でも、今はこうやって対等に戦うことができてる。だから僕は明日からも頑張るんだ。勉強なんてさっぱりやめて、どうやって勇者を倒すかの作戦立てに時間を使おう。
僕は魔王と友だちなんだ。誰にも負けない。誰よりも強い。
僕が正義なんだ。
僕が魔界の救世主。
僕が魔界を救う。
僕が。
僕が。
僕が。
僕が。
「ねえ、父さん。あの子いつもあそこで何やってるのかしら……」
「さあ、そういう時期なんじゃないのか?」
「でもやっぱり変よ。だってあの子―――」
何もないところで、ずっと一人でぼそぼそ話してるんですもの。